抗戦
「ウヒヒヒ……殺す……絶対に殺す―――ッ!!」
「ゥウゥゥ……アァァ……」
魔術師がカリナに指差しながら気味の悪い声を上げると同時に、戦奴隷達はフラフラとおぼつかない足取りで歩み寄って来る。
その数およそ450。それに対してカリナ達魔物は250に若干届かない程度。約2倍とはいかずとも圧倒的な戦力差だ。
ジリジリと間合いを詰める敵から目を逸らさず、ソウヒはカリナに声を掛けた。
「気をつけろよ。こいつら急に動きが速くなって全然読めない」
「はい」
生死人のように――実際既に死んでいるが――ゆっくりとした足取り。かと思えば急に目にも留まらない速さで体を左右に揺さぶりながら間合いを詰めてくる。
先の戦闘でもソウヒも魔物達はその動きが対応できず、ソウヒやデクス達も苦戦し、子鬼族に至っては逃げ出す始末だった。
その事をカリナに伝えた次の瞬間、カリナとカリナを護る魔物達へ次々に飛びかかる。
「グオォオオォォ―――ッ!!」
「ギギ、ギャギャ――――ッ!!」
カリナに目がけて突進する敵と止めるべく、子鬼族達は自らも狙われているのも構わずに体を張って護っていた。
飛びかかり、掴みかかり、体当たりと、小さな体でカリナを護るが、敵の思いがけない波状攻撃になす術がない。
それでも魔物達は逃げ出すことはなかった。
壁上の子鬼族達と同じように、主人がそばにいるだけで勇気や使命感、そして力が湧いてくるのだ。
それは戦鬼のデクスやコンスティも同じだった。
「主様を守るぞ! オイラに続け―――ッ!!」
「子鬼族達は主様を後方へッ!」
先程の戦いとはうって変わり、捨て身となった子鬼族達と戦鬼達の指揮によって何とか攻撃を凌いでいた。
カリナとソウヒは、手分けして傷ついた子鬼族達を治癒魔法で治療する。
「カリナ、負傷した子鬼族をそこに並べてくれ。――ゾーン・ヒールッ!」
ソウヒを中心に光の輪が広がると、その輪に触れた子鬼族達の傷が塞がっていく。
息も絶え絶えだった15体の子鬼族達は、元気を取り戻すと喜び勇んで戦場へ駆け戻って行った。
「すごいっ! いつの間にそんな魔法を?」
「いつまでもお前に頼ってばかりじゃいられないからな」
だが、その魔法は魔力の少ないソウヒにとって負担が大きい。
肩で息をする様子を見ると、再び使用できるようになるにはかなりの時間がかかるのだろう。
「拙いな。斬っても突いても倒れないぞ……」
「みんな頑張ってます。今のうちに何とかしないと……。せめて浄化魔法があれば――」
首を斬っても心臓を貫いても止まる事がない。
四肢を切断すると急速に再生してしまうのだ。
それは最早、死体ではなく人の形をしている何かだった。
徐々に押され始めてきた局面を見て、ソウヒは撤退を考え始める。
その時、ソウヒに耳打ちするように理世が語りかけた。
≪治癒魔法をかけてみたらどうだい?≫
(何? なんでまたそんなのを?)
≪浄化魔法と言うのが何かは知らないけど、私の見立てが正しければ上手くいくかもしれない≫
尤もそれは前世でやったゲームの話だけどね。と理世は付け加える。
理世の前世は日本人。この大陸にない技術や知識を持ち合わせているが、これまでそれを使って何かをするといった事はなかった。
その様な事をすれば、大陸の秩序を破壊するという懸念もあったが、単に「面倒くさい」と言うのが本音だ。
だが、妹のように思っているカリナにはめっぽう甘い。
困ったときは陰ながら手を差し伸べられるようにしてきたのだった。
「よく分からんけど、駄目で元々だ。 一か八かやってやる!」
「え……? 何の事―――って、ああああッ!?」
カリナの言葉に答えず、ソウヒは敵の真ん中に飛び込んだ。
その行動にカリナは一瞬呆気にとられた後、悲鳴を上げる。
「――ゾーン・ヒールッ!」
敵中ど真ん中で光の輪が広がる。すると輪に触れた戦奴隷達は光の粒となって消え去った。
「な……? 盗賊風情が浄化魔法だとぉ――ッ!?」
敵の魔術師が驚くがそれは無理もない話だ。ソウヒが唱えたそれは、浄化魔法と全く同じ効果があった。
治癒魔法や浄化魔法を始めとする神聖魔法は、特別な魔術師でないと使用できない。
それは才能ではなく教会が信仰と権限を確保する為に、習得方法を公開していないせいである。
ソウヒはカリナに出会うまで独学でその能力を学んでいたが、魔力不足と知識不足によって十分な効果は発揮できなかった。
それも理世と言う宿主を得た事でまともに――神殿魔術師よりもずっと優秀に使いこなすことが出来る。
「ハハッ! 大成功だ!」
≪まあ、上手くはいったけど――大馬鹿だな君は!≫
理世は不満げな声を漏らす。確かに治癒魔法を使ってみろと入った。だがまさか魔力が枯渇している状況で範囲治癒魔法をもう一度、しかも敵がいる真っ只中で繰り出すとは思わなかった。
その結果、急激な魔力不足によって衰弱状態に陥る事になる。
浄化した言っても多くて見積もっても30体程度。最悪な事にソウヒは敵中に取り残されることになってしまった。
それを見逃す程、敵は甘くない。
「やば……か、体が動かん……」
「ああッ!? お兄ぃぃさん―――ッ!!」
カリナとソウヒの間を戦奴隷達の群が埋めていく――
*****
「ソウヒの大将、ちょっと遅いんじゃない?」
後ろを振り返りながらリーシェが呟く。
撤収して1時間程経過したところだろうか。腰まで水が浸かる地下水脈をガエン達は突き進んでいた。
ただその足は遅い。足元は至る所に窪みがあり、大人たちは子供が溺れないように抱えて行軍する必要があったのだ。
その為、ソウヒが無事撤退しているのならそろそろ追い付いてもいい頃だった。
「ハハッ! ねーちゃんはまだアイツの性格が分かってないな!」
背後でガエンの配下の男がリーシェに話しかける。
「アイツは、カリナのお嬢とすぐに会いたくて残ったんだぜ!」
「だよなぁ! 真面目振って『魔物に何かあったら申し訳ない』とか何とか抜かしてて、頭の中はお嬢で一杯なんだぜ!」
「やっぱりアイツはサルだよなサル! 腰振る事しか考えてねェよ!」
男の言葉に同意する仲間達。その雰囲気は撤退中だというのに明るかった。
内心は誰もが心配している。だがそれを面に出すものはいない。
そんな彼らの心を代弁するように、ガエンが締めくくる。
「アイツの事だ。簡単にくたばったりはしないさ」
「信頼されてるんだな。大将は」
「俺達、解放団の中で一番頭がいいのはあいつだからな」
その時、背後から小鬼族が這うようにして追いかけてきた。
夜目が利かないにもかかわらず、洞窟の中を走ってきたのだろう。頭がコブだらけだった。
その小鬼族はギャギャと声を上げながら、リーシェとガエンの元まで走ると息を切らせながら喚きだした。
「ゼェ、ゼハー……主、様……ゼェ……モドッタ……エン…グン……ゼェゼェ」
「何言ってるのかいまいちわからんが、嬢ちゃんが戻ったということか?」
「ああ、きっとそうだ! アタシは主様をお迎えにいくからなっ!」
カリナの眷属である魔物達はカリナの帰還の報を聞いて沸きあがる。
ここで二手に分かれるのは危険だし、できれば戦力を確保しておきたいところだが、元々魔物達はカリナの所有物だ。戻るというのを止めるわけにはいかない。
「分かった。だが俺達はこのままフォルンまで進む。ソウヒと嬢ちゃんと合流したらこの先の入り口で落ち合うよう伝えてくれ」
「ああ! 気をつけてな」
余程カリナと再会したいのか、魔物達は競うように元の道を戻っていく。
だが、残された魔物が一匹、ガエンに伝令に来た小鬼族だ。この小鬼族はすでに体力尽き果て戻るだけの力は残っていない。
それをガエンは背中に乗せて部下達に声を掛ける。
「よっし! お嬢が戻ったという事はあの程度の敵なんざぶっ飛ばしてくれるだろうよ! 俺達は後ろを気にせず出口の森まで逃げ切るぞ!」
「「おおっ!」」
*****
外壁の敵をあらかた排除したロトスは、カリナの元に向かうという衝動を抑えて、言いつけ通り引き続き警戒に当たっていた。
砦の外に動きがある。それは砦に突入するときの陣形とは思えなかった。寧ろ、撤退準備を始めてるように見える。
「チッ! もうおしまいか!」
舌打ちしながらも、どうやら役目を果たせそうだと満足気だったりする。
となれば気になるのは砦の内側だった。そこは大将達が守備に当たっていたが、どうやら苦戦しているらしく半包囲されている状態だ。
無理もない。上から見ればよく分かる戦力差だ。寧ろ小鬼族を指揮してここまで持っているのは見事だと言える。
だが、よく見ると目を疑う光景がそこにあった。
本来なら後方で指揮を執っている筈の大将が、なぜか敵に取り囲まれている。
「やべぇ! あれでは袋叩きになるぞ! なんであんなところに――ッ!?」
ロトスは思わず叫んだ。そして助けに行くべきか悩んでしまう。
少なくとも誰かが助けに行かないと大将は助からない。
だが自分は今、カリナの言いつけで外壁を守る身だ。それを放棄することが許されるのだろうか?
いや、もし言いつけがなかったとしても、助けに行けばここに残された小鬼族だけで守り切れるだろうか?
人からは邪悪な生物として忌み嫌われる魔物だが、実際は人よりも純粋で義理堅い。
大将とは一度刃を交えたこともあり「大将」を仰ぐ程に認めている。
「………俺は馬鹿だから、難しいことは分からねぇ。だがここで行かなけりゃ、きっと主様は哀しまれる」
自分に言い訳するように独り言をつぶやき、ロトスは外壁を飛び降り―――なかった。
「…なんだぁ、あれは――ッ!?」
ロトスが救出を躊躇った僅かな時間、地上は先程よりも更に目を疑う光景が繰り広げられている。
それは、カリナを中心に荒れ狂った魔力の暴風。
グアアアアアアァァァァァァアアァア――――――――――ッ!!
そして、とてもカリナの声とは思えない咆哮だった。




