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射手座の箱舟  作者: トンブラー
魔王降臨編
5/72

奴隷商人と盗賊団

 エリオンの件から数日が経過していた。

 あの日以降、カリナの反応が薄くなっていく。

 どんなに鞭をいれても、声を上げる事もなければ苦痛で顔をしかめることもしなくなった。

 奴隷商人が力を込めていく。音を上げないのが気に入らないのだ。

 次第にエスカレートしていくが、ついに商人の方が先に音を上げ相手にしなくなった。

 その時にはカリナの体に無数の傷がついていたが――

 

 

「ん?あれは…」

 

 奴隷商人が、前方から走ってくる一団を見つけた。

 どうやら同業者だ。

 

「おう、どうしたんだ? そんなに慌てて」

 

 その一団の主には見覚えがあった。

 先日出会った、奴隷商人ことイシュミルだ。

 

「アルガットへ向かっていたら盗賊に襲われた! 何人かを囮にして何とか逃げてきたところだよ!」

「なんだと!? どの辺りだ!」

 

 盗賊が奴隷商人を襲う事なんかあるのだろうか?

 もしそうなら、奴隷を買い取ってもらえなくなるのではないか?

 カリナがそう考えていると、イシュミルと目があった。

 

 

 一瞬だけ、イシュミルが邪悪な笑みを見せる。

 

 

「この先の分かれ道を左に曲がった先だ。そっちは危ない。多少遠回りになるが、右に曲がって山脈を超えたほうがいいな」

 

 イシュミルが商人に道を教えると、「今回は大赤字だ!」と悪態ついて去っていった。

 

 

 イシュミルの説明通り、確かに分かれ道があった。

 左側は川沿いルート、右側は山脈ルートだ。

 奴隷商人はイシュミルの助言に従い、山脈ルートを選択する。

 それが罠であるとも知らずに。



*****



「よし、そこで止まれ!」


 奴隷商人とカリナ達奴隷。その前に立ちはだかったのは――


「と、盗賊だと…?」


 既に周辺は盗賊に取り囲まれていた。左右に10人ずつ、後ろに10人、そして前方1人


「1人…?」

 

 カリナは呟いた。

 どう考えても罠だ。罠じゃなければ相当腕が立つか、単なる馬鹿。

 そして、目の前の相手はとても馬鹿には見えない。

 

「その奴隷どもを置いて行ってもらおうか! 今なら命だけは助けてやる! 警告はこの一度のみだ!」


 前方の盗賊リーダーが叫ぶ。

 

「ふざけるな! どれだけ金が掛かってると思ってるんだ! 男どもは時間を稼げ!小娘、お前は俺の護衛だ! 見事守り切れたなら専属護衛にしてやる!」


 カリナを含め、奴隷達全員が命令に従うつもりなどなかった。

 武器を持った相手に素手で立ち向かうなど出来るはずもないし、そもそも従う義理はどこにもないのだから。

 

(専属護衛? 専属奴隷の間違いでしょう?)

 

 いくら魔法が使えると言っても、大人数を相手にできる程のものでもない。それ以前に今は魔力封じの鎖で繋がれているので、魔法も使用できない。そして、もし逃げ切って専属護衛とやらになったとしても、今後この男を護衛するだけでいいなんて事は絶対ないだろう。

 

 ただ時間は欲しかった。護衛するように見せかけ隙を見て一か八か逃亡する。成功する確率なんて考えない。それ以外の手立ては思いつかないのだから。

 

「よしついてこい!」

 

 カリナの鎖を引きながら商人が最も包囲が薄い処――前方に向かって走り出した。

 盗賊リーダーは慌てることなく槍を構える。

 カリナは思いっきり飛び蹴りを繰り出した。

 

 ――前方の奴隷商人に向かって。

 

「ぬおぉぉぉぉっ!?」

「むっ!?」

 

 後ろから押される形でバランスを崩しながら加速する奴隷商人。盗賊リーダーは予想外の驚きながら槍を繰り出し、そして――

 

「グフゥッ!」

 

 そのまま奴隷商人を貫いた。そこに一瞬隙が生まれた。

 

(――今だっ!)

 

 千載一遇のチャンス、盗賊リーダーの脇を抜き去り、猛スピードでダッシュした。

 

 

*****

 

 

 後ろは振り返らない。振り返る分だけ遅くなる。

 とにかく走った。走りながらカリナは考えた。

 

(逃げたところで当てがない、ここはフォルンとアルガットの国境で、どっちに逃げてもボクにとっては生き難い……)

 

 前者はハーフエルフを言うに及ばず、後者は更にひどい現実が待っている。

 

(…お母さんの里は? ……無理だ。逃亡奴隷のハーフエルフというだけでお母さんに迷惑が掛かる!)

 

 考えるだけ無駄だったようだ。

 未来なんてものはもうどこにもなかったのだ。

 それが分かっていながらカリナは走るしかない。

 だが体力ももう限界だ。

 ここまで殆ど食べ物を口にしていない。

 僅かに出された食事は腐ったスープのみ。

 まともな料理は一度も貰えなかった。

 やがて足が動かなくなる。

 

 

 そんな時、前方から――

 

「おーい!」

 

 なんとなく間の抜けた声が聞こえてきた。奴隷商人のイシュミルだ。

 

「上手くいったようじゃな! 一団にお前さんがおったのを見て、急いであいつ等を呼んだんじゃ!」

 

 イシュミルはそう言いながらカリナに近づいた。

 

「近づかないで! お願い、見逃してッ!!」

 

 身構えるカリナは必死に懇願する。

 イシュミルは一旦足を止めて、両手を広げながら敵意がないポーズを取った。

 

「待て慌てるな。お前さんの悪いようにはせんから、な? まずは話だけでも聞いてくれんか?」

 

 それでもカリナの警戒が解けることはない。もう後がないのだから当然だ。

 

「どちらにせよ、そんな体じゃ遠くに行けんじゃろ? うまく逃げても魔獣共の餌になるのがオチだと思うが?」

「………くっ!」

 

 図星だった。

 この奴隷商人に、もう立ってるのもやっとの状態であることを見破られている。

 

「どれ、一休みのついでだと思って、少しの間だけでも話に付き合ってくれんか?」

 

 小太りの体でどっかりと座り込み、カリナが落ち着くのを待った。

 

(この人は奴隷商人。信用したらダメ…ッ!)

 

 半信半疑でイシュミルを見る。座り込むその姿に敵意は感じられない。

 むしろ本当に助けたいという意思が感じられる。

 だが、それが嘘である可能性も否定できない。

 カリナはどうしていいのか分からなくなった。

 

「分かった。少しの間だけ……」

 

 そう言って距離を取りつつ座り込んだ。

 

 

*****

 

 

「あれが盗賊じゃない…? じゃあ何なんですかっ!?」

 

 イシュミルの説明にカリナは声を上げた。

 身なりはどう見ても盗賊だったし、奴隷商人が相手とはいえ所有物――すなわち奴隷を奪おうとしていた。

 誰がどう見ても、身ぐるみを剥がしにきた盗賊の一味だ。

 

「疑うなら、直接聞いてみるといい」

 

 イシュミルがカリナにそう応えた。後方から声が掛かる。

 

「俺たちは奴隷解放団だ」

 

 振り向くと先程の盗賊達がやってきた。そこには今日まで共に連れられてきた奴隷達の姿もある。

 

(しまった…っ! もう追い付かれてしまうなんて!)

 

 もう逃げる術が残されていない。覚悟を決めて集団と対峙する。

 

「俺は団長のガエン。こっちは副団長のソウヒだ。よろしくな。」

 

 無精髭を生やした盗賊リーダーが名乗った。

 

「あの……奴隷解放団ってなんですか…?」

「その名の通り、盗賊に売られた奴隷達を開放し、望むなら故郷に帰す義賊さ!」


 ガエンと名乗った男が爽やかに答える。



(なるほど、自分達が捕まえた人達を奴隷商人に売り、後で助けてその恩も売るという事ね)


「でも、ボクお金なんか持ってないです。元々お父さんと行商をしてたので故郷もないし…」

「金なんていらねぇさ、義賊だからな! 身寄りがないなら俺らの里で働くかい? 君のような境遇の子も何人かいるぞ」


(……胡散臭い)

 

 

 

 この世はどんな事においても金が絡む。

 様々な以来を引き受ける冒険者ギルドだって、助けてもらったら金を要求される。

 それを無償で助けましょうなど、信用できるはずもない。

 

「な、なんの目的でそんなことを? 働くって何をするんですか?」

 

 結局働くということは、体を売れということなんだろう。

 奴隷よりはマシな待遇かも知れないが、絶対に遠慮したい。

 

「あぁ、その説明を始める前に…。手当てをしてやれソウヒ」

「ああ、まかせろ!」

 

 ガエンの隣に控えていた真面目そうな――猿顔の青年が前に出た。

 

「え…?」

 

 不意に近づいてくる青年を見て恐怖が蘇る。

 鼓動が少しずつ早くなっていく――

 

「 あ、ああぁ……」

 

 先日盗賊たちに襲われた記憶――

 

 ――倒れる父親

 

 ――すぐに姿が見えなくなる

 

 ――次に見たその姿は既に亡骸で

 

 ――自分を見る男達の眼が恐ろしくて

 

 ――体に手が触れて……体に手が触れて……体に手が触れて……!?

 

 ――手が……手が……手が…手が…手が…手が手が手が手が――――ッ!!

 

「いっ嫌ぁああああぁぁぁあぁぁ――――――――――ッ!?」

 

 弾け飛ぶように青年から離れた。同時に無意識で威圧を発動してしまう。

 周囲が凍り付いた。

 

「だ、大丈夫だッ! 怪我の手当てをするだけだって!」

「ぃ、いやだ……。 近寄らないでッ!」

 

 錯乱状態のカリナにソウヒの声は届かなかった。

 そして狂気が目を覚ます。

 

【エクストラスキル:狂化を発動します。】


 カリナの体に力が湧き出し溢れだす。


「な…っ!? 狂化だと!! ソウヒ、すぐに下がれ!」

 

 ガエンがソウヒに命令する。

 ソウヒは何が起こったのか理解できず、カリナの急激な変化に対応できなかった。

 

「――――――――――――――ッ!!」


 カリナの手足に繋がれた魔力封じの鎖が弾けた。

 自由を取り戻したカリナが近くのソウヒに飛びかかる。

 

 ―――――ガンッ!

 

 ガエンが割って入り、カリナの攻撃を防いだ。

 

「下がれっ! 早くしろっ!」

 

 改めてソウヒに命令するが、身が竦んで動けない。

 そこに周りの男達が引きずってなんとか後退させる。

 

「おい、お前ら近づくなよ! こいつは下手な魔獣より凶暴だ!」

 

 盗賊リーダーは武器を構えカリナと対峙する。


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