吸血鬼
入院中のため、推敲は後日……
退院したので推敲しました。
見つけた誤字を修正、文章も多少変更してます。
「ぐぁ……ぁぁぁあああ―――ッ!
シーラは静かにカリナの首筋に牙を立てた。
出血の痛みで石化は解けたものの、首筋を吸いつかれるのは些か快感――もとい不快で、カリナは慌てて抵抗を試みる。
幸い、ダンが村人に噛みついた時とは違って大量の出血はしていないが、それでも手足が痺れを感じ始めていた。
「フフッ……とても美味よ。貴女、面白い血が流れてるのね」
「は……、離れ…………こ……の……っ!」
だが、どんなに力を込めて押しのけようとしても一向に離れない。
それどころか、どんどん力が抜けていく。
(ま、まず……ッ! 早く何とかしないと!!)
だが戦鬼と並ぶ腕力をもってしても、満足に力が出ないのでは逃れることはできない。
それならと、逆にシーラの体をしっかりと掴んだ。
(くらえっ!)
ヴヴヴ、ヴァヴァヴァヴァ――!!
「――――――ッ!?!?」
体中から電撃を放出する。
あらゆる魔法に耐性を持つ吸血鬼でも、さすがに腔内に直接電撃を受けてはたまったものではなく、驚いたシーラはカリナを振りほどいて後退した。
「劣等種の割には面白いことするのね――許さない」
その言葉には表情が無い。感情を読み取るのは困難だった。
「僕にしてあげるつもりだったけど、全部吸い尽くしてあげる――」
「村の子供達を誘拐している犯人は貴女ですね! どこに連れて行ったんですか!」
カリナが叫ぶ。だがシーラはそれを無視した。両手の爪が伸びるとカリナに迫る。
ガッ! ガッ! ガンッ!
「クゥぅッ!」
まだ手足が痺れて力が入らない。そして敵は正真正銘の吸血鬼。とび抜けた身体能力を持つ相手に、かろうじて攻撃を防ぐだけで精一杯だった。
更には子供達の行方もまだわかっていない。手加減ができない相手に手加減を強いられるのでやりにくい。
「答えなさい! 村の子はどこに連れて行ったの!」
斬り結びながら語気を強めて問い詰める。
「どこにも連れて行ってないわ。つまみ食いしただけだから――」
「え?」
「僕にする価値もないもの。さっさと吸って捨てちゃったわ――」
全身の毛が逆立っていく。急激に感情が昂り、止まらない。
怒りで飛び出しそうになる気持ちを抑えながらシーラに問い続ける。
「今、何と言って? 連れ去られた12人…………ぜ、全員……?」
――まさか、そんな事あってはならない。きっとこの人の言い間違い。そうじゃないなら、自分の聞き違いか、言葉を取り違えただけだ――
縋るように、カリナは言葉を続けた。
この吸血鬼を信じようと。信じない自分が壊れてしまうという恐怖が湧いてくるのを感じながら。
だが、シーラからの答えは非情そのものだった。
「12人? そんなに少ないわけがないでしょう? 子供の生命力は美味だけど少量なのよね――」
――――………。
「この害獣! 今、ここで、絶対に、滅ぼしてやる!」
軽く眩暈を感じたその瞬間、感情の箍が外れた。
もう自分を抑える必要も手加減する必要もない。コイツを滅ぼせという意思がシーラに飛び掛かる。
攻撃を防がんとするシーラの爪を魔力剣で切断した。
爪は一瞬で再生したが、その切れ味を脅威と判断したのか、シーラは下がりながら魔法を放つ。
「アイス・バックショット――」
「――! くそっ!!」
幾つもの氷塊が弾丸となって高速で飛来する。やむなく足を止めてそれらを全て斬り伏せた。
「あら、避けないの?意外と冷静ね――」
「余計なお世話だ!」
シーラが放った魔法の射線上、つまりカリナの背後には先程まで治療を続けていた村人がいた。
村人の存在を気にして戦っていたわけではないが、気配察知によってその位置は把握している。
避ければ村人にあたってしまう可能性もあったのだ。
事実、シーラはカリナではなく村人を狙って放っていた。
「それを守りながら戦うつもり? 嘗められたものね――」
「うるさい! この卑怯者!」
シーラの目的は2つ。
一つ目はカリナを煽って判断能力を低下させること。
二つ目はカリナの足を止める事こと。
「魔法ならボクだって負けない。ここから離れなくてもやれるんだから!」
「そんな必要はないわ――」
シーラの紅瞳が鋭く光る。その瞬間、カリナは体が硬直していくのを感じた。
「ま、また石化を……」
「違うわ。興奮状態の今の貴女に、石化視線は効きにくいのよ――」
では何をと問いかけるその時――
――ワタシニ 従イナサイ――
「エッ……!?」
頭の中で声が聞こえてくる。
その瞬間、鈍った判断力が更に低下しする。
そして、目の前にいるこの吸血鬼が愛おしく思えてきた。
なにも考えらレなくナルくライ――。
「ウフフッ 貴女の血は人じゃないのよね? 同時に魔族とエルフの味もするのよ。やっぱり僕にしてあげる。ずっと、ね――」
「…………」
シーラがカリナに掛けたそれは、対象の判断能力と意志を奪い使役する隷属視線。魔獣使いが魔獣に用いる能力と同類になる。
尤も、それに比べると相当凶悪なものだが。
吸血鬼に血を吸われ、既に吸血症を発症していたことに気付けなかった。
「ア……アルさん、エルさん……」
消えていく意識の中、辛うじて眷属達の名前を呼ぶ。
≪お任せ下さい。主様≫
≪はいっ! 全ては天才のアタシにお任せくださいっ!≫
その言葉を聞きながら、カリナは気を失った。
*****
「フフッ――」
カリナを住処に連れ帰ったシーラは、新たな僕を手に入れたことを静かに歓喜する。
しかも脆弱で愚劣な人ではなく半人半魔。そして寿命の長いエルフの血も混じっているという極めて希少な存在。
恐らく『楽園』では絶対に手に入らないだろう。
旨くいけば『楽園』に戻ることも許されるかもしれない。
血を一口吸えば、吸血対象の寿命を5年は奪うことになる。
だが、人は短時間で一気に寿命を失うと、その負荷に耐えられない。
それこそ一口吸うだけで死んでしまうのだ。
血を吸われて生き残れる人間はごく稀で、それも回を重ねるごとに精神が崩壊してしまう。
そのため、吸血鬼にとって僕の質は重要な要素だった。
住処は陽光が入らないよう、洞窟の奥深くに構えていた。
居心地はそれほどよくないが、先の僕であるダンの家よりも陽光の脅威にさらされるリスクがなく、人に荒らされる心配も皆無だ。
シーラはカリナの服を脱がし、備え付けたベッドに寝かせると、その上に跨った。
その肌を指でなぞりながら、一人呟く。
「本当に奇跡ね。血も希少だけど、その上この若い身体。完璧よ――」
恐らく年齢は10から11歳くらいと言ったところか。
高い寿命を持ったエルフと、高い耐性を持った魔族の混血。
一体、どれほどの恩恵をもたらしてくれるのか、想像できない。
こんな素晴らしい僕と巡り合い、喜ばずにはいられない。
「では早速頂きましょうか――」
シーラはカリナに覆いかぶさると、そのまま首筋に牙を突き立てる。
その瞬間――
ガスッ!
「グッ――!?」
シーラの歯が首筋に突き立つその直前、僕であるカリナに殴り飛ばされた。
「な、何?」
「クフッ 野良犬の分際で主様の生命を賜れると思っているのですか? 思い上がりも甚だしい」
カリナがシーラを嘲るように笑う。
その眼、その口元、そしてその雰囲気が、最初に相対したそれとはまったく異なる。
まるで人格が変わってしまったようだ。
シーラはベッドから立ち上がるカリナに身構ながら、思いがけない事態に警戒レベルを引き上げた。
殴られた怒りを抑えて慎重に相手の出方を探る。
「貴女、何者――?」
「クフフフッ 野良犬が知り得ることは出来ませんよ」
僕の言葉がいちいち癪に障る。
いくら希少な血が流れていても、所詮、この娘は人の血が流れる下賤な存在。
高貴な吸血鬼である自分に対して野良犬呼ばわりさせるのは、プライドが許さなかった。
「残念ね。本当に残念――
その血は勿体ないけど、僕にすらなれないのなら殺すしかないわ。
せめて、その血を一滴残さず吸い尽くしてあげる――」
そう言うなり、シーラの紅の瞳が輝く。
それは吸血鬼が魔力が高まる兆候。
不意討ちするように、その場から全く動いていない獲物に石化視線を発動する。
「――ッ!?」
直後、あっさりカリナの体が石のように硬直した。
呼吸が乱れ、小刻みに震えていく。
「余裕振って大口を叩いた割にはあっけないわね――」
「――ク、クフッ……。こ、れが……石化ですか……? こ、こんなものが……?」
だがカリナの様子は変わらない。
額に汗をにじませながらも、シーラを蔑んだ視線で微笑を浮かべていた。
「石化視線からは逃れられないわ。抵抗しない限りね。貴女にはそれもできない――」
だが何かがおかしい、何か不自然だ――
そんな感覚がシーラの頭を巡ってくる。
そして気がついた。
(そう。どうしてこの娘は言葉を発しているの? 口なんか利けるわけがない。手加減していないのに)
その自問の答えは、すぐに返ってくる事になる。
「くぁぁァァぁあああぁあアアアァ―――ッ!!」
思わず耳を塞いでしまう程に劈くカリナの叫び声が洞窟内に響き渡る。
その声が止んだ瞬間、カリナにかけられた石化が解けた。
「クフフッ! 確かに抵抗するには能力が足りません。ですが破ることは可能です」
「な……どうやって――」
クフフッ、とカリナが笑う。
「石化視線は威圧と同じく恐怖系能力。それなら破るのも同じく『気合』なのですよ」
「なッ――!?」
言葉を失うシーラだった。そしてその一瞬の硬直が致命的となってしまう。
ヂュンッッ
それが何なのか、何が起きたのか理解できなかった。
何らかの攻撃を受けた気がしたが、なんともない。
一瞬の眩暈と、少々の衝撃を感じた。ただ、それだけだった。
だが、やはり何かおかしい。
そう、体内の魔力が急激に失われていくのだ。
「まさか……ッ あ、ああ……あああァあアアア――ッ!?」
胸元を見るとそこにはポッカリと大穴が開いていた。
同時にそこから大量に血が吹き出し、シーラは膝をついて倒れ伏す。
「さすが野良犬とはいえ吸血鬼。しぶとさはリッチ並みですッ!」
「おのれ……おのれェェェ――ッ」
あまりの怒りで気が狂いそうになる。
その直後、カリナはシーラのそばまで歩み寄ると、その顎を踏み砕いた。
「これで助けを呼ぶこともできませんね。魔力低下で再生もままならない」
「――――ッ!!」
脱がされた服を着ながら、カリナは言葉を続ける。
「殺しはしません。『使徒化』の折に主様へ献上した能力は、後に色々と使えるかもしれませんからね」
そう言い残して、カリナその場を後にした。
*****
吸血鬼はたとえ心臓がなくとも死ぬことはないが、魔力が著しく低下する。
だが、誰かに血を与えられると、それを糧にして魔力を作り出すことができる。
本来、その役割は僕が担っていた。
だが、ダンは自らの手によって土に還し、先の少女にも裏切られたシーラには僕がいなかった。
それでも慌てることはない。
この体では洞窟の外に出ることはままならないが、残った魔力で体を再生してしまえば、陽光が当たらない所で助けを呼ぶことができるはず。
何なら夜を待ってその辺の動物の血でも吸えばよいのだ。
そう、血を吸えればこの際何でもいい。
(必ず、復讐してやる――)
そう心に決めるシーラだった。
だが、それは絶対に叶わない。
先程までいたカリナは、厳密にはカリナではない。
カリナに体を借りたエルベレーナだった。
そしてエルベレーナは戦闘系能力をカリナに献上している。
すなわち、戦闘に関しては妥協することがないのだった。
ズズズズズッ―――
何処から聞こえてくる、不吉な音。
その音が洞窟やトンネルに入った経験がある者なら、一度は誰でも予感してしまう。
(な、何―――!?)
まだ動かない体でシーラは驚き慌てふためく。
洞窟全体が轟音と共に揺れているのだ。
そして大量の土砂や岩石が天井から降ってくる。
降り注ぐ土砂がシーラを埋めていく。
(まさか、あの娘……洞窟を崩し――)
ズドドドドドドドドォォォ―――!!
それは、この吸血鬼がもう二度と地上に戻れることはないという意味だった。




