ヒトサライ 3
入院中につき推敲は後日・・・。
退院したので推敲しました。
誤字があったところを直しました。
文章の追加、表現の変更などを加えました。
シーラ・ヴァーミラルとその一族が『楽園』を追放されて3年が経過していた。
その間、吸血鬼にとって最大の天敵である陽光は、旅を続ける彼女達の心身を常に容赦なく苛み続ける。
人を凌駕する能力を持つ吸血鬼だが、彼らにとって陽光は猛毒だ。触れれば皮膚も肉も骨すらも一瞬で焼かれ灰となる。
そのため夜が明けない内に陽光の当たらない所へ避難し、また次の夜を待たなければならない。
それでも一族は新天地を求めて旅を続ける。この大地が人で溢れていようとも、どこか必ず新たな安息の地があるはずなのだ信じて。
だが『楽園』から遠く離れたこの地に辿り着くまでに、脆弱な僕達のその殆どが既に土に還った。一族の仲間達も一人二人と数を減らし続けている。
そしてシーラもまた、長旅による疲労と迫りくる陽光の恐怖に屈し、先立った者達と同じく土に還ろうとしていた。
「こんな旅、そもそも無謀だったのよ……」
動かない足がもつれ倒れても、最早起き上がる力は残っておらず、地に伏せながら呻くように呟く。
夜空の下、倒れたシーラを気に留めることなく離れていく仲間達。彼らも自分の事で精一杯なのだ。倒れた者に気を配る余裕は微塵もない。
それを一人寂しげに見送りながら、この荒れた地が自らの終着点であると覚悟を決めた。
野良の吸血鬼は、元々が野良というわけではない。大罪を犯した者や権力闘争に敗れた者などの様々な理由から、『楽園』から追放された者達が殆どだ。
彼女の場合、血縁だったという理由だけで追放された。受け入れがたい現実だ。
そんなその捻じ曲げられた運命に彼女は、一晩中、いや旅を始めてからずっと、呪いの言葉を吐き続けてきた。
――愚かな一族と、楽園の者どもに災禍あれ、と。
やがて陽が昇る。
陽の光がシーラの体を照らし始める。
足が灰となって崩れていく様を見ながら、恐怖と狂気から逃れるように意識を投げ捨てた。
*****
「だから! ジルマンさんの連れだって言ってるじゃないですかっ!」
「勇者様のお連れがお前のような魔物なわけあるか!」
村に降り立ったカリナは、待ち構えていた村の男達に取り囲まれていた。
武器を手に身構える彼らは、奇妙な翼が生えているカリナに容赦がない言葉を投げつける。
その『お前のような』という言葉が妙に心に引っ掛かった。
ハーフエルフだった頃から考えないようにしていたが、悲しくなってくる。
――貴方はボクの何を知ってるの?
と、問い掛けたくなる。
確かに、背中に翼が生えた人など、普通に考えれば怪しいと思ってしまうのは仕方ない事だ。
自分でも、そんな人を見かけたら思わず足を止めて見てしまうだろう。
だが、それ以外は普通の少女と変わらないのだ。
そういう心ない言葉を浴びせかけるのはやめてほしい。
「う……で、でも事件を調べに来たのに、種族や姿なんてどうでもいいじゃないですか!」
「お前が犯人という可能性だってあるんだぞ!」
「そんな……何の手掛かりもないのに、犯人扱いしないでください!」
こうまで言われると、自分は何故ここに来たんだと思えてくる。もう全部放り出してソウヒのいる砦まで帰りたいと脳裏に浮かぶ。
だが同時に男達の心情が察せられないこともなかった。気づかぬ間に一人二人と村の子が連れ去られ、そして戻ってきた子は一人もいない。
状況の中、少しでも怪しい輩がいれば警戒するのは当然だ。
「……ボクはこの村、そして近くの村でも起こってる誘拐事件の調査のために、『勇者』ジルマンさんの補佐としてきました。
もし、ボクの姿が気になるなら姿を変えることもできます。監視付きでも首に縄を括ってでも何でもいいので、とにかく火事のあった現場を見せてください」
ここで怒って帰ってしまっては、誰もいい結果になるとは思えない。自分の姿が普通じゃないなんて生まれた時からずっとそうだったじゃないか。
そんなカリナに根負けしたのか、男達もようやく顔を見合わせ対応を話し合うようになった。
「……おいどうする?」
「この子だってまだ10歳くらいだろ? そんな子にそこまでさせていいのか?」
「12歳だよっ!」
思わず声を荒げて凄んでも、威圧無しではあっさりスルーされた挙句、完全に放置される。
「よし、監視付きで腰に縄を括りつけていいのなら、村に入れてやる」
「もう、なんでもいいよ……」
村に入れてもらえるだけで、たっぷり30分はかかってしまったが、ようやく村に入ることを許された。
「それで、こんな時間に一体何を調べるんだ?」
目の前には今も所々に黒い煤が残る一軒家。そして背後には騒ぎを聞きつけた村の大人達が総出で集まっていた。
「ジルマンさんからここで火事があって、夫婦が行方不明になっていると聞いています。その日から村の子がいなくなっているとも。
その時何が起こったのかは分かりませんが、この地にいる精霊や御霊を呼び出せば――」
そう言いながら、カリナは意識を集中させる。ぼぅ体が光り始めると同時に、周囲から幾つもの光の球が浮かび上がってきた。
「な、なんだこりゃっ!?」
「この村に住みついている精霊です。自我はありません。簡単に説明するとすれば、この村の守り神みたいなものですね」
「村を守ってくれるのか?」
「信仰されているならともかく、こんな状態ではそこまでの力はありません。ただ村や村の人たちの生活を見守ってるだけです。例えば――」
精霊達がカリナ達の前に集まる。すると次第にとある景色を映し出す。
それは過去に精霊たちが見てきた、村にあった取り留めのない光景だった。
畑に種をまく人々の姿や、嵐に家や作物が飛ばされないと自らの体で風よけとなる男達、収穫後の祭りなど。
「す、すごいな……。魔法もすごいが、こんなのが村にいたなんて」
「精霊や亡霊といった類はどこにでもいます。生き物に惹かれてそこを住処にしてるんです」
得意げに話すカリナだが、これは初歩の魔法書にでも書いている、魔術師なら誰でも知っている話だった。
魔術師は精霊と最も多くのコミュニケーションをとる。魔法を行使する際に呼び出すのだから当然だ。
それこそ、これを応用すれば様々な事件の解明に使用できるはずだが、だが、鮮明な映像を浮かべられる程に精霊を使役するには、人の身では魔力が足りない。
結局これもカリナの専売特許だった。
しばらく見せていてもよかったが、これは本来の目的ではない。
もうしばらくすると夜が明けてしまう。そうなると陽の光で精霊を見るのが難しくなるのだ。
「それじゃ、2か月前、火事があった日に何が起こったのか見てみます」
「え……? ああ、そうだったな」
カリナが集中すると呼応するように精霊達も輝きだす。そうして映し出したのは、若い男性と女性、そしてカリナと同じくらいの年齢の男の子。
男の子が映るなり、背後では大人達のどよめき声が聞こえてくる。恐らく男の子はいなくなった子なのだろう。そして若い男女はこの家に住んでいた夫婦といったところか。
3人は楽しげに夕餉を楽しんでいるようだった。その様子に差しあたって怪しいところは見当たらない。
「なんだか、事件が起こるような雰囲気じゃないですね……」
「ああ……アイツらは本当に仲が良かったんだ。まるで兄弟みたいに育って……」
「3人ともこの村で育ったんですか?」
縄を持った男は首を振る。
「いや、ジニーとダン――子供と旦那はこの村で育ったんだが、シーラは3年前に行き倒れていたところをダンが――」
話を聞きながら、映像を眺めていると、ジニーという男の子がシーラを後ろから飛び掛かっていた。精霊の映し出す映像には音が出ないので会話までは分からないが、二人とも楽しげに笑っているところから見ても、単なる悪ふざけなのが見てわかる。
だがそれ見ていたダンの様子が急変する。ジニーをシーラから引きはがし、倒れたところを手斧で一撃――
「ああっ!?」
「な、何を――ッ!?」
その場にいた大人達が一斉に声を挙げた。慌てて魔力の放出を止めて映像を不可視化する。
だがその光景を目に焼き付けてしまった大人達の騒ぎは収まらず、その場で卒倒する者や頭を抱える者で溢れていた。
「い、今のは一体……一体なんだっ!?」
「わ、分かりません! ダンさんという人が急に怒り出したように見えたのですが……」
男達の興奮が収まることなくカリナに詰め寄る。周りを見回すと先程の光景を見ていた大人達が睨みつけるような目でこちらを見ている。
「いま見せたのは精霊達が見た実際に起こった出来事ですっ! あれを見た限りじゃ犯人はダンさん――」
「こんな事が信じられるわけないだろう! お前……本当に勇者様の仲間なんだろうなっ!?」
「ダンは村で生まれ育ったんだぞ! 頭は良くなかったが気のいい奴だったんだ!」
「そうだ! お前のように怪しい術なんか使う奴じゃない!」
これまでの不安が溜まっていたところで一気に噴き出したように、カリナに向かって口々に言い放つ。
こんな状態では何を言っても届かない。
そんなやり取りの中、一人の村人が声を上げる。
「ダ…ダン? お前、ダンなのかっ!?」
声がする方に振り向くと、先程まで映っていた男――ダンがフラフラとした足取りでこちらに向かってくるのが見える。
≪主様。この男から敵性反応。対象は主様と村人のようです。既に吸血症が末期を迎えて『使徒化』してます≫
「えぇっ!?」
アルベルトの言葉を聞いてカリナは思わず声を上げる。
その声は男達には別の意味に捉えたようで、勝ち誇ったようにカリナをさらに責め立てた。
「見ろ! ダンはちゃんと帰ってきたじゃないか! これならジニーやシーラだって……」
「ち、違う! ちゃんとあの人を見て! あの眼、あの顔の色が普通に見えますか!」
「うるさい!」
行方不明だったダンが戻ってきたという事実。それは村の者達にとっては朗報と呼べるモノなのだろう。
先に見た映像によって、完全にカリナは悪者扱いだった。
村人がそうであると望んでいるのだ。
だが、それも長くは続かない。
「う、うわ! やめろダン!」
「ウグァァァァァァァ――ッ!!」
正気を失ったダンは近くに駆け寄った村人に飛び掛かると、そのままその首筋に犬歯を突き立てる。
「ぐあああぁぁぁぁああああ―――ッ!?」
鮮血が暗がりでも分かるほどに飛び散っているのがわかる。倒れた村人もダンもその血で真っ赤に染まっていくのも。
すぐに村中がパニックになった。
「いけない! おじさん縄を早く解いて! ――石の弾丸で敵を貫け! ストーンバレッド!」
「エ……ッ? あ……わ、分かった!」
自分を拘束する男に声をかけながら、カリナは魔法を放った。夜目が効かないので精密射撃ができないが、それでも十分にダンを吹き飛ばす。
男は未だ状況に理解していなかったが、掛けられた声のままに縄を解くと、カリナは横たわる村人に治癒魔法をかけた。
だが、殆ど効果がない。もはや手遅れであると覚悟しつつ、今度は上級治癒魔法を唱えた。
≪主様、同時に解毒魔法も掛けてください。既に吸血症が始まっているようです≫
≪主様っ! 使徒が起き上がりまっ! それともう一匹ネズミ――いえコウモリが潜んでいまっ! お気を付けください!≫
「分かった!」
魔族であるカリナは治癒系魔法はあまり得意ではないが、そんなことを言ってはいられない。放っておけばやがて使徒化してしまう。
だが、ダンにとってはそんな事はお構いなしだ。立ち上がると同時に今度はカリナに向かって突進してくる。
「ウィンドブロー!」
轟音とともに吹き荒れる突風が、小屋をも吹き飛ばす勢いでダンを空へ舞いあげた。
空高く舞い上がったダンだが、そのまま地面に落下することなく――
バシュッ
空気が抜けるような音が空中に鳴り響くと同時に。ダンの体が消える。そこから幾つものコウモリが現れると、一斉にカリナに襲い掛かった。
「えぇッ!? ぃ痛たたたたたたっ! かじるな――ッ!」
慌てて体中に纏わり噛みつくコウモリを叩き落とす。コウモリ自体にそれほど力はなく、何匹か叩き落とすとコウモリ達はカリナから離れてダンの姿に戻った。
「あ、まずい……」
その位置はカリナ、そして横たわる村人の目と鼻の先。魔法を唱えるにも近すぎる。
ダンは目を滾らせながらカリナに手斧を振り下ろした。
「ガァアアアアアアアッ!?」
「こ、このぉ――ッ!」
ガィンッ!
咄嗟に魔力剣を展開して防ぐ。それでもダンは気にも留めることなくガンガンと手斧を叩きつけてくる。
だが、その攻撃は単調で力任せだった。カリナは片方の腕で治療をかけながら、もう片方で攻撃を防ぐという曲芸のような戦いを強いられているが、難なく持ちこたえていた。
「隙ありっ!」
ザスッ!
翼に魔力を通して振り回せば、魔力剣のようになるのではないか言う、いつもの思いつきだった。
そしてその結果は大成功。ダンの脚を切り落とすと、ダンは地面に倒れ伏す――
バシュッ
「またっ!?」
だが倒れると同時に再度コウモリに変化する。今度は離れた位置で元の姿に戻った。
切り落とした脚も元通りになっている。
(ダメージ無しなの!?)
切っても元通りになるとは、この上なく面倒な相手だった。
だが、防御に徹するカリナにダンも攻めあぐねているのか、しばし膠着状態となる。
それはカリナにとってありがたい時間であった。
(このまま、もう少し時間を稼げれば――)
そう、もう少しで解毒魔法が完了する。そうなれば自由に動けるし使用できる魔法も多くなる。そう考えていた。
だが、これはカリナにとって逆に油断となってしまう。
「そこまでよ――」
「え……!?」
後方から涼やかな声が聞こえてくる。その声に反応した瞬間――
「くぁ……!?」
一瞬何かと目があったように感じたその直後だった。
体中が石のように硬直したと思うと同時に、声すら出なくなってしまう。
≪極めて高位の石化視線です。抵抗に失敗しました≫
「あぁ……くぅぅぅ……」
腕や脚どころか指先すら全く動かない、呼吸をするのもままならない。
気が付けば唱えていた解毒魔法も解除させられていた。
かろうじて動く瞳には、一人の若い女性――シーラが立っていた。
シーラはダンを見ると、呆れたという面持ちをする。
「もう、こんなに狂ってしまうなんて。役立たずな貴方はもう消えなさい」
「――――」
シーラはダンに囁くと、ダンは言葉を発することなく、その体は灰に変わり、やがて人の形すら保てなくなり消えていった。
それを気に留めることなく、ただ一点――カリナへ視線を向け続ける。
「あなた、面白そうな血をしてるのね」
「ぅ……ぅぅぅ……」
シーラがカリナに近づく――
拙い、非常にマズイ――と、頭の中で警笛が鳴っている。
全身から嫌な汗が噴き出すのを感じながら、動かない体を必死に動かそうとするが、全くいうことを聞かない。
そうしている内に目の前に立ったシーラは、カリナの顔を撫でながら――
「く……ッ! クウゥ――ッ!」
「次の僕は貴女にするわ――」
そう囁くと、ゆっくりと首筋に牙を突き立てた―――。




