ヒトサライ 2
「カリナちゃん、次はこれをお願いね」
「はい」
「カリナ姉ちゃん! 遊ぼうよ!」
「ちょっと待ってね。すぐ終わるから」
そう言うと、手を動かし始める。
村に着てから5日、カリナは村人とすっかり打ち解けていた。
初めはその容姿に訝しげに見ていた村人だったが、そんな目で見られるのはカリナにとって慣れたもので、いつもの営業スマイル、そして行商人見習いとして培ってきた器用な手先を発揮して、壊れた魔導具を修理してみせた。
すると噂が村中に広がり、壊れて使用できないが高価なだけに捨てられない魔導具の修理を頼まれるようになったのだ。
他にも、今まで村から出たことがない子供達にとっては、外の世界を知る存在は憧憬の眼差しをもって見るようになった。
こうして、村人達はカリナの容姿など気にならなくなったのだった。
「はい、これでちゃんと明かりが灯ると思います」
「もうかい? 随分と手際が良いねアナタ。あっという間に直しちゃうなんてさ」
「小さい頃から魔導具は弄ってたので、こういう事は得意なんです」
中年女性に魔導具を渡しながら、笑顔で答えた。
手が早い理由は、単に慣れた作業であるだけではない。
これまでの経験に加え、『鑑定解析』や『高速思考』といった能力が、より効率的な作業を可能にしているのだった。
得意分野に能力が加わり、それが村の人に喜ばれると気持ちがいい。
それがカリナのモチベーションになるのだった。
「昔からそんな変な羽が生えてたのかい?」
「翼が生えてきたのは最近ですけど――ひうッ!」
だれか後ろから翼を掴む感覚に体が反応する。
「終わった―? じゃあ遊ぼうよカリナ姉ちゃんッ!」
「わ、わかったからっ! 翼を掴んじゃ……ああああ――ッ!」
「変な姉ちゃん! まるで猫みたいだよ!」
カリナの反応に目を付けた子供達は無邪気で恐ろしい。
子供達は瞬く間に群がると、翼をニギニギと掴み始めたその様は、まるで肉食獣だ。
「い、いやぁぁあああ――ッ!」
「あ、逃げた!」
「あははっ! 追いかけろ―っ!」
村の中を泣きながら悲鳴を上げて逃げるカリナ。そして獲物を追いかける子供達の喧噪は夕暮れまで続いた。
*****
「魔法とはこの世の理に干渉して新しい法則を与える現象、簡単に言えば『思ったことを現実にしたらこうなった』と言う事です。
でも、人が持つ魔力はとても小さくて、そのまま干渉するのは困難でした。
そこで考えられたのが、少量の魔力を精霊に与えて魔法にする『属性魔法』です。『一般魔法』とも呼ばれています。
『属性魔法』は、火・水・風・地の4つ種類があり、最も安定した使用法は――」
夕食後、宿泊している宿屋兼食堂の一角で、カリナは魔法が使えるというだけで何故かその講義をさせられていた。
村には魔法を使える者がいないどころか見たこともない人が殆どで、大人も子供もその魔法講義には興味津々だ。
大人達はカリナの話を聞き逃すまいとメモを片手に聞き耳を立て、子供達も時折見せる実演をまたもや憧憬の目で見ている。
「その精霊って言うのは何なんじゃろうか?」
「精霊は魔法の力を増幅させる存在です。人が持つ魔力だけではこの世の理干渉する力は小さくても、精霊の力を借りて強力な魔法を使えるようになります」
「カリナ姉ちゃんはどんな魔法が使えるの?」
「ボクは魔族なので……何でも使えると言えばいいのかな?」
おおっ と歓声が上がる。その声が照れくさくて思わずはにかんだ顔になってしまっていた。
それを必死に我慢する。食堂の片隅で沈痛な面持ちで寄り沿いあっているのは、今も帰らぬ子を待つ家族だった。
悲しみに暮れる彼らの気を紛らわせようと村の誰かが連れてきたようだが、それでも尚、暗い表情を隠せずにいるのは仕方のないことだ。
何とか救ってあげたいが、今は村中に立ち込める不安を和らげるのが精一杯だった。
(何とかしてあげられる方法があれば……それこそ魔法みたいに)
魔法に長けているからこそ分かる、可能な事と不可能な事。
その葛藤がカリナの心を焦燥感で満たしていた。
そんな時、宿屋の扉が開き、ジルマンが入ってくる。
「おおっす、今戻ったぜ」
「あ、お帰りなさい」
「勇者様! うちの子は見つかりましたかッ!?」
カリナが声を掛けるよりも早く、ジルマンに縋り付くのはやはり家族達だ。
カリナは村に残り、新しい犠牲者が増えないように警戒する一方、ジルマンは近隣の村々を回って情報を集めていたのだった。
そんなジルマンは収穫はなかったと首を振ると、家族達は項垂れて離れていく。
「カリナ、情報交換したい。場所を変えよう」
「分かりました。それじゃ皆さん、今日はここまでと言う事で」
部屋に戻ると、ジルマンは近隣の村で起こった事を語り始める。
「この村で3人、近くの村々を合わせてと12人が失踪している」
「そんなに……? 手がかりは無かったのですか?」
「いや、一つだけ気になる事があった」
ジルマンの情報によると、ここから半日ほど離れた場所でも二人の子供が行方不明になっていたらしい。
それだけならこの村で得た情報と大して変わらないが、子供が一人いなくなると同時に、同じ村に住む、ある夫婦が同時に行方知れずになっているという。
そしてその日を境に、子供達の失踪事件が起こるようになったのだ。
「その二人が子供達を攫っていると?」
「それはどうか分からん。と言うのも、その夫婦が住んでいた家はその晩に火事になったんだ。
村の連中の話じゃ、旦那はともかく嫁の方は体が弱くて歩くのも困難だったそうだ。そんな状態じゃ恐らく二人とも助からないだろう。
だが焼け跡を調べても遺体はどこにもなかった。だから今も行方不明という事になっている」
「火事に見せかけて逃げたという可能性もあるんですよね」
「まあな」
情報はこれだけではない。火事があった日の晩、失踪した子供はその夫婦の家に遊びに行っていたというのだ。
真相は分からずとも、事件に関係している可能性は十分にある。
カリナはベッドに腰を掛けながら考える。
もし、夫婦が犯人だとしたら目的は何だろうか。
真っ先に思いついたのは「奴隷狩り」という可能性。子供たちを攫ってアルガットで売りさばくという手口だ。
だが、恐らくそれは無いだろうと考えを改める。
あり得そうな話ではあるが、状況がそれを否定しているのだ。
例えば、子供を奴隷として連れていくのは兎に角目立つ。それなら至る所で目撃情報があっても不思議ではない。
それに加えて、この村での犯行の手口だ。夜間とはいえ民家に忍び込んで攫って行くというのは、リスクが多過ぎてとても実行できるとは思えなかった。
(人身売買が目的じゃないとすれば、やっぱり――)
カリナは一つの仮説を立てる。
もし、目的が金銭ではなく子供そのものだった場合、犯人が必要としてるのは、欲望――異常な性欲か食欲だ。
それを確かめるにはやはり、現場に行ってみるしかないだろう。それも早急に――
「その村に行ってきます。歩いて半日の距離なら、ボクなら1時間位で村に着きます」
「おいおい、今からか?」
「はい、夜の方が都合がいいんです。すぐに戻るのでジルマンさんは休んでてください」
返事を待たず、カリナは翼を広げながら窓から飛び立った。
幸い今夜は雲一つない満月で、夜空から地上を見渡せるほどに明るいので、墜落や方向を見失う心配もなさそうだ。
暫く夜間飛行を続け、一人になったカリナは『分割意思』スキルを発動させる。
「アルさん、着いたら索敵と警戒を」
≪畏まりました主様。『気配察知』を展開します≫
頭の中にアルベルトの声が聞こえた後、周囲の感覚が鋭くなるのを感じる。
スキル自体はカリナ自身でも使うことが出来るが、こういった持続的スキルは使用する事に意識を向ける必要がある。
それは思考能力や注意力の低下に繋がるので不向きだった。
そこで『分割意思』による別人格――アルベルトがスキルを使う事で、カリナはその負担を軽減することが出来た。
「アルさんはこの事件、どう思う?」
≪情報が不足しており断定はできませんが、魔族である可能性は高いでしょう、そして目的は主様の思惑通り、金銭ではなく生命力である判断します≫
「それじゃあ、犯人は――」
≪生命力を糧とする夜の魔族は多いですが、今回の場合はかなり高い技量をもっていると思われます。恐らく犯人は野良の吸血鬼と推測します≫
人を恐れない魔物は幾つか存在するが、そういった魔物は大抵、高い知能や魔力を持っている。
そして、夜に活動して誰にも気づかれることなく民家に入りこめる程の能力を持つ魔物は、高位の悪魔か死霊と推測できた。
今回の様な、子供を攫うという行動は、死霊の仕業であると考えられる。自らが持たない生命に対して常に飢えているのだから。
逆に、人の欲望を糧とする悪魔は、状況にもよるが「人を攫う」といった行為を起こすことは稀なのだ。
「吸血鬼が相手だとすれば、できれば戦いたくないなぁ……」
吸血鬼は人にとって最も危険な魔物の一つだ。
狡猾で魔力も身体能力も高く、死霊故に痛みや幻覚、そして弱体化魔法も効かない。
人はこの魔物に対抗する為、いろいろな手段を用いてきた。
嘗てはニンニクの臭いや聖水、聖属性魔法に効果があるいう噂もあったが、それらは眉唾だったというのが一般常識である。
生死人の王であるリッチに並ぶ生命力を持つ魔物が、その程度で倒せるのなら苦労しない。
更にカリナにとって厄介なのが、魔王の影響下でないと言う事だ。つまりカリナも捕食対象となり、出遭えばまず戦闘になると思われる。
元々ハーフエルフだったカリナは、純正の魔族程の夜目ではないので、戦いになると不利なのだ。
(対抗手段があるとすれば――)
そんなことを考えている内に目的の村に降り立った。




