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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
46/72

ヒトサライ 1

「紹介しよう。この方はメルティナ・グレイス公爵。グレイス王国の女王陛下である」

「グレイス王国……女王……陛下ッ!?」

 

 カリナは慌てて膝を折った。「グレイス王国」と言う名は聞いたことがないが、王族相手に敬意を示すのは常識である。

 

「堅苦しくする必要はない。女王とは言ってもイシュミル候が治めるこの地よりずっと狭い領土しか持たない小国の王だ。それに私は本来ここにはおらん。単なる影と思ってくれ」

「は、はい……」

 

 恐縮しつつも姿勢を戻す。とは言え相手は王族だ。緊張のあまり裏返った声は未だ戻らなかった。

 

「グレイス王国はスノウレン帝国に属する一国じゃ。だがメルティナ様とは儂の姪にあたる関係でな。隣国のよしみもあるし裏では色々と手を取り合ってるのよ」

 

 スノウレンとウルファニアは敵対関係にあった。そして属国であるアルガットとの関係も良くない。

 そんな中でグレイス王国が表だってアルガットと国交を結ぶ事は、宗主国(スノウレン)に叛意ありと見られる危険があるのだ。

 

「そんな危険を冒して、俺にどんな依頼があるんですかい?」

 

 国王を前にしてもジルマンはいつもの調子だった。――流石は勇者とカリナは関心する。

 

「ジルマンにはグレイス王国に赴いて、ある事件を解決して欲しい。その事件じゃが――」

「我が国で最近、賊や魔獣によると思われる事件が多発しておる。それに向けての調査員と討伐隊を編成した、筈だったのだが……」

 

 言葉を切ったメルティナは忌々しく顔を歪めて話を続ける。

 

「帝国内で問題があってな。我が国の兵力が殆ど南方――フォルン方面に引き抜かれてしまったのだ」

 

「おいおい、今さらっと機密に触れなかった?」

「なに、儂には既に耳に入っておる話じゃから問題ない。お前達が他言しなければな。だが今はそんな話ではなく、何故兵を動かす事になったのかじゃ」

「1ヵ月前、フォルン国内で広範囲に高密度の魔素が発生したらしい。そしてその魔素で魔獣共が集まり、フォルン国内は大混乱だ。帝国も南方の国境は非常態勢を敷いている。なにせC級以上の魔獣も多数確認しているのだからな」

 

(フォルン……魔素が大量に発生……それって、もしかして……)


 メルティナの言葉でカリナは一気に青褪めた。フォルンで発生した魔素といえば、少し前に自らの手で大量に振り撒いたではないか。

 背中で冷や汗が流れるのを感じながら、恐々した面持ちでメルティナに問い掛ける。

 

「ま、魔素ですが……それは何処で発生したのでしょうか」

「魔獣が強力で近づけぬらしく、詳しいことは分からん。 だが王都フォルムスと西方のムーライトを結ぶ街道は塞がれ、ラムール領は魔素の海に没している。恐らく生きている者はおるまい……」

「ん?カリナはどうかしたのかの?」

「い、いえ……」

 

 自分でも怪しいくらいに挙動が不自然だった。イシュミルを見ると目が妖しく光っている。

 明らかに犯人が誰かを察している目だった。

 

(お父さんとお兄さんの仇を取るつもりとはいえ、軽率だったのかな……? 女王様も迷惑していたなんて……)

 

 正直に話すかどうか思い悩む。証拠はないのだからシラを切り通せば、少なくとも犯人として罪を問われる事はないだろう。――この場合の罪が何であるかは不明だが。

 だが今、メルティナの国の民が脅威に晒され、それを助ける術がメルティナにない状況を作り出したのは、紛れもなく自分なのだ。

 勿論それを画策していた訳ではない。だがそれを見過ごせる筈もなかった。

 意を決して口を開いたその時――

 

「どちらにしても、俺が行けばいいってことだな」

 

 カリナが言葉を出すよりも早くジルマンが申し出た。

 

「頼まれてくれるか?」

「困ってる連中を見過ごせるほど俺は薄情じゃないぜ?」

「あの……ボクは」

「ああ、お嬢ちゃんも手伝ってくれるよな?」

 

 ジルマンは再度、カリナの声を塗りつぶす。

 

「え? はい、それは勿論……」

「そうか、カリナも手伝ってくれるのはありがたい。期待しておるぞ!」

「魔物とはいえこの様な子供に……感謝する」

 

 頭を下げるメルティナを見て、カリナは申し訳なくなってきた。

 

「いえ、この件はボクにも関係が……」

「お嬢ちゃん、お前さんは少々素直過ぎるな。だが今は目の前の問題を解決するのが先だ」

 

 その言葉によって、初めてジルマンの意図に気が付いた。それ以上言うなと。

 メルティナを見ると素知らぬ顔でティーカップに口をつけていた。

 

「はい……」

 

 確かに自らの過ちを告白するのもいい。だがそれで何かが変わる訳でもないのだ。

 そう思い直すと、カリナとジルマンは北西の小国――グレイス王国に向けて旅準備を始めた。

 

 

*****

 

 

 メルティナの話によれば、この近辺の村で短期間に何人もの住民が居なくなるという事件が発生しているそうだ。

 王宮に届いた報告の内容はたったそれだけ。だが報告自体は幾つもの村から度々上がるようになっていた。

 既に調査員を派遣する手筈ではあったのだが、フォルンでの一件によって見送られていた。

 そしてカリナとジルマンが領都からグレイス王国の小さな村に到着したのは3日後の昼下がり。

 調査員として派遣される事は既に知らされていたらしく、村長を始めとして村人達も二人を快く迎え、村長の家に案内されたのだが――

 

「よ……ようこそいらっしゃいました……」

「おう、俺はジルマン、自慢じゃないがこれでも『勇者』だ。で、こっちはカリナ。見ての通り魔族だ。迂闊に手を出したら駄目だぞ」

「……人を魔獣みたいに言わないでください」

 

 その紹介を不満げに声を漏らす。だが事実、目の前で声を震えわせる村長も、外から様子を見守る村人たちも、視線はカリナに集まっていた。

 その理由は単純明快。カリナは最初から『魔王化』した姿で人前に現れたのだ。

 一見すると少女の姿だが、その特徴的な翼はどう見ても人ではなかった。ジルマンの紹介を聞いた者達の間でどよめきが広がっていく。

 

「ま、魔族ですか!? 子供とは言え危険ではないのでしょうか!?」

「魔族というか元々ハーフエルフだったのが、あるきっかけでそうなったんです。それでも何かお役に立てるかと思って」

「は、はぁ……」

 

 カリナのフォローを聞いても村長の顔色が良くなることはなかったが、それでも受け入れることを決めてくれたようだ。

 

「なら早速だが、俺達は失踪事件が頻発しているという話しか聞いてなくてね。詳しく聞かせてもらえないか」

「分かりました。それでは――」

 

 

 村長はゆっくりと口を開く。その話によると失踪した者は決まって子供か成人前を控えた若者だ。

 村から失踪事件が始まったのは凡そ2ヵ月前。年端もいかない小さな子供が突然居なくなった事が発端だった。

 村人達は当初、近くに野盗か魔獣が住み着いたのではないかと考え、子供は勿論、大人も村から遠出を控えるようにしていた。

 だがそれは間違っていることにすぐに気づく。

 失踪するのは決まって若者や子供。ある程度の歳を重ねた大人が居なくなることはなかった。

 

「子供達がいなくなるのは決まって夜です。両親がベットに入るところを見ていたり、母親と一緒に寝ていた子供もいました」


 つまり、家屋に忍び込んで誰に気付かれることなく子供を攫って行くという事だ。とても人間業とは思えなかった。

 

「痕跡が見つからないだけで、実は盗賊や魔獣だったってことは?」

「盗賊だったら子供を攫うよりも家そのものを襲う方が早いでしょう。魔獣も本能で動くのが基本ですから、子供だけを狙うような事にはならないと思いますよ」

「そうだな――夜中に家に忍び込んで子供を攫う魔物……。なにか知らないか?」

 

 カリナは腕を組んで考えた。

 夜中に活動するという情報だけでは絞り込むことは出来ない。殆どの魔物は夜目が利くのだ。

 それに、子供を狙うという行動とその場所が特徴的すぎる。金銭や餌が目的でないのなら何が目的で攫っているのか。

 だが、それがヒントになるのは間違いない。それなら別の視点から絞り込んでみるのはどうか、例えば――

 

「人を恐れない魔物……」

「ん?」

「殆どの魔物は人を恐れます。人は魔物に比べて身体能力も魔力も劣るけど、武器を使ったり徒党を組んだりして対抗する術を持ってますから」

「そうだな。だから魔物は村を襲う事は殆どない」

「はい、それも恐れない程の魔物となると、強力な力で本能のままに村を襲撃するでしょう。こんな事する理由がない。だったら――」

「夜に活動して、それほど強力でもなく、それでいて人も恐れない魔物か……」

「それと多分、目的は子供そのものだという事です」

 

 サキュバスやインキュバスやような夢魔ならその条件に合う。だが、この種族の嗜好は成人だ。それに誘惑する事はあっても連れ去るような真似はしない。

 子供を好んで連れ去るとするなら妖精(フェアリー)だ。だが飽きっぽい性格で夜明け前には帰されるのでこれもあり得ない。

 

「人を恐れず、夜に行動して子供を狙う何か……」

 

 早くも行き詰った空気が流れる。そんな雰囲気をジルマンの声が吹き飛ばした。

 

「ま、考えても答えが出てこないのなら行動あるのみだな」

「……? どうするんですか?」

 

 ニヤリと笑うジルマンをみて、カリナは何となく嫌な予感がしていた――。

 

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