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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
45/72

侯爵様からの依頼

 お伽噺では『勇者』とは嘗て大陸を滅ぼそうとした『魔王』に対抗するため、神々が遣わせた者()であると語られている。

 『勇者』は生まれると、赤子の体のどこかに『聖痕』が現れ、精霊に愛されたその身には人並み外れた身体能力や魔力を持つ。

 『勇者』は幼い頃から教会によって保護され『魔物』に対抗するべく訓練を受ける。

 そして成人すると同時に『聖人』または『聖女』として教会と人々に尽くすのだ。

 

 だが、ジルマンは『聖人』にはならなかった。

 本人曰く「教会に引篭もってるよりも、大陸中を巡って助けにいく方が良いだろ」との事で、

 それは教会の「素行が悪い『勇者』を『聖人』として教会に留めていては、他の『勇者』に示しがつかない。ならば追い出した方が都合がいい」という考え意見が一致していた。

 

 こんなジルマンだが、各国では小貴族達より大貴族から受けが良く庶民からの人気が高かった。

 特に領地を任される侯爵や伯爵達にとって、自領地に治安に貢献する彼を重宝している為、彼は爵位こそ無いが大貴族並みの扱いを受けていたのだった。

 勿論それを妬む貴族も多いのだが――

 

 

 カリナの正体を知って一晩が経った。既に旅支度を整えたジルマンは朝食を摂りに階段を降りる。

 

「お早う御座います……」

「お、早いな――というかなんだその顔は」

 

 食堂エリアでは既にカリナが席についていた。

 だが声に覇気がなければ生気も感じられない。目の下にクマをつくって朝食を摂ることなくテーブルに突っ伏していた。

 

「あ、はは…。昨夜はちょっと眠れなくて……」

「どうせ興奮しすぎて朝まで(はしゃ)いでたんだろ?」

「…………」

 

 返事が返ってこなかった。まさかと思ったが本当に燥いでいたようだ。

 

「それと、破れたドレスの事なんですけど――」

「ああ、処分するように頼んでおいた。使用人に『奥様がいないからといえ程々に』と言われたけどな!」

 

 そんなジルマンの顔があまりにも酷かった。

 その後、カリナはジルマンから気付け薬を貰い――あまりの不味さに何度か吐き出しながらも持ち直す。

 そして後ろ髪が引かれる思いで高級旅館を後にすると、その足で領主館へ向かった。

 

「ジルマンさんはどうして領主館に?」

「さあな? 大方、何処かの山賊退治とか魔物退治の依頼じゃないかな」

 

 「魔物退治」と言う言葉にカリナが反応する。

 

「……依頼があればボクも退治するんですか?」

 

 強張った表情で問い掛けると、ジルマンは自然な面持ちで返す。

 

「退治されるようなことをしてりゃな」

 

 それは即ち悪い事をすれば罰せられるという、至極当然の返答だった。

 だがカリナにとってはありがたい話だ。「人でないから敵」とか「得体の知れない奴は敵」と言った対立は幾らでもある。

 

「意外と常識的なんですね」

 

 そう皮肉をぶつけるカリナだったが、内心はこの『勇者』に感謝していた。

 

 程なくして領主館に辿り着く。

 領主館は想像していたよりも随分と古く、昨夜の高級旅館とは大違いだった。

 土で作られた塀は高さはあれどもボロボロで、簡単に崩れそうなのだ。。

 

 ジルマンが館の前に立つ門番に軽く声を掛ける。

 

「うぃっす。旦那から連絡を行けてきた。中に入れてもらうぜ」

「ジルマン殿か。連絡は受けている。すぐに取り次ぐのでしばし待たれよ。そちらの娘は?」

「ボクも領主様に呼ばれてきました。ガエンの使いの者です」

 

 門番がカリナに視線を移してきたので、軽く頭を下げながら返事する。

 カリナの方も既に話が伝わっているらしく、二人は一緒に応接室に通された。

 かなり広いがこの部屋も、館の外観同様、昨夜の部屋とは比べ物にならない程に質素な造りだ。

 だが決して汚れているというわけではない。

 単に家具や調度品に年季が入っているだけで、シミ一つない。

 

「旦那の家系は元々は商人らしくてな。倹約の徹底が家訓の一つでもあったそうだ」

「なるほど」

 

 そう言われればカリナも思い当る。父モタラは将来店を持ちたいと思っていたし、その資金を貯めるために親娘で贅沢とは無縁の生活を送っていたのだから。

 

 ふと壁に掛けられている額を見る。

 

 ――我に導く志を、民には生きる糧を――

 

「あれはどういう意味なんでしょうか?」

「さあな、正直、俺には学がなくて分からん」

 

 そう答えたジルマンだが、不意に後ろから答えが返ってくる。

 

「『導く志』は施政者としての力みたいなものじゃな。財力、兵力、政治力など、様々な『力』を持っておらんと領主は務まらん」

 

 扉へ振り返ると入り口からイシュミルが入ってきた。

 カリナの元に駆け寄り、両手を広げて軽くハグしながら引き寄せる。

 

「久しいな嬢ちゃん。あれから元気にしておったか?」

「はい、あの時はお世話になりました」

 

 でっぷりした中年腹に埋まっていくのも構わず、カリナもイシュミルに笑顔で応える。

 イシュミルの事は、初めて出会った時も奴隷商人から逃亡中に出遭った時も、最大限に警戒していた。今は違う。カリナにとって窮地を救ってくれた恩人だ。

 

「領主様だって聞いてびっくりしました。フォルンの森で会った時は奴隷商人の一団だったみたいだし」

「あれは仮の姿でな。犯罪奴隷達をこの国に連れてきたりすることもあれば、奴隷に扮した兵を伴って不正な奴隷商人を取り締まる事もある」

 

 イシュミルの話によると、奴隷とは基本的に罪を犯した者に課す刑罰の一つで、余程の事がない限りはそのような身になる事はないという。

 だが、奴隷売買はかなりの額で金が動く市場で、十人を奴隷を連れ、そのうち一人だけしか売れなかったとしても、十分に儲けが出る程に割りの良い商売だった。

 そして、若くて健康な奴隷程高く売れる事から、罪のない人まで奴隷にする者が現われるようになった。

 当初はこの国でも問題視されていたが、それを規制する事はなかった。

 

「どうしてですか?」

「詳しくは儂にもわからん。奴隷制度の取り決めは儂の力が及ばない所で動いているからな」

 

 申し訳ないとイシュミルは言う。

 

 その後、カリナはこれまでの経緯をイシュミルに話して聞かせる。

 イシュミルは既にカリナとガエンの戦いを見ていた上、報告でも期待通りの戦果を出している事をは知っている。

 だが、カリナ自身から報告は、期待どころの話ではなくなる。

 

「討伐軍が再度攻めてくる事を予想したボクたちは、お兄さん―ーソウヒさんと一緒に援軍を呼びに旅に出ます。」

「援軍? そんなものおるのか?」

「今、砦には約1000の戦力が詰めています」

 

 カリナの報告にイシュミル、そして同席していたジルマンも目を向いて驚いた。

 

「そんな戦力、一体どこから……」

 

 イシュミルが呻くように呟く。

 

「人による援軍はいません。全て魔物による構成です」

「魔物じゃと? どうやってそんな――」

「それはつまり――」

 

 イシュミルの問いかけに答える様に、カリナは翼を広げて本当の姿を晒して見せる。

 髪は黒く白い肌が褐色になるその姿、そしてその翼を見てイシュミルは驚き声を上げた。

 

「な、なんじゃその姿は――ッ!?」

 

 その声を聞いてカリナは少し寂しくなる。

 カリナにとって恩人であったイシュミルは戦う術を持たない唯の人間。そう、これが普通の反応なのだ。

 そんな事を心の内に秘めていたが、それでも今の自分が既に人とは異なる存在となった事をイシュミルに告げた。

 そして今の自分が魔物の王――即ち『魔王』であることと、フォルンの領土の一部は既にカリナによって死の森と化したことを告げる。

 

 やはり、この姿で話す言葉には衝撃と共に畏怖もあったのだろう。随分と戸惑いを見せるイシュミルだったが、やがて――

 

「ジルマン、この娘を見てどう思う?」

「どう思う、とは?」

「……いや、お主はそういう男だったな。愚問だった。だが丁度良かったわい。それならカリナちゃんにもジルマンを手伝って貰おうかの」

 

 ――いつの間にかニヤッと笑みを浮かべていた。

 

 イシュミルはそう言いながら、傍付きのメイドに指図する。メイドは暫く部屋を出た後、怪しげな恰好をした人物を伴って戻ってきた。

 「見るからに怪しい」としか形容できないその人物は、全身黒いローブとフードで覆われて顔は勿論、男か女かも判別できない。

 

「……イシュミル候。この者達は?」

「丁度お前さんの依頼を頼もうと呼び寄せておった。勇者ジルマン、そして今は魔物の姿をしておるが、儂の友人のカリナじゃ」

「勇者と魔物だと? 信用できるのか?」

「無論。勇者の方は聖人や聖女達よりも期待できるぞ。カリナは魔物になる前から顔見知りで、今はガエンの下で働いておる」

「兄上の……」


 カリナは二人の遣り取りを見守りながら、そのローブ姿の人物を観察する。

 フードによってくぐもった声から判別しにくいが、纏ったローブの姿形を見ていると恐らく女性だろうと推測する。

 言葉遣いは庶民(カリナ)とそう変らないが、侯爵であるイシュミルに対する態度から、少なくとも同程度の立場なのだろう。

 

 そんな事を考えていると、二人はカリナ達の方へ顔を向ける。

 フードを取ったその時人物は、やはり女性――人間だった。淡い栗色の髪を纏め、とても美しく気品に満ちた顔には、気の強そうな双眸と燃えるような紅の瞳をしていた。

 見た目から判別するに、恐らく23から25歳くらいだろうか。少なくとも一般階級はあり得ない、下手をすれば大貴族だろう。

 

「紹介しよう。この方はメルティナ・グレイス公爵。グレイス王国の女王陛下である」

「グレイス王国……女王……陛下ッ!?」

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