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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
44/72

魔王と勇者

お約束回

「あの……ジルマンさん? 本当にここなんですか?」

 

 ジルマンの背中に隠れるようにしながら、か細い声で声を掛けた。

 

「ああそうだけど? どうかしたか?」

「ぼ、ボクこういう所に来るのは初めてで……」

「なんだ緊張してるのか。昼間の元気は何処に行った?」

 

 迷うことなくこの館に入ってきたのだから、最初から決まっていたのだろう。

 

「や、やっぱりボク帰ります!」

「待った待った! 昼間はお嬢ちゃんには随分と手間をかけさせたからな。 今夜はたっぷりご馳走してやるぞ」

「ぅぁぁ……」

 

 覚悟を決めて前を見た。だが、中の様子を見て一瞬で覚悟が揺らいでいく。

 もう夜にも関わらず明るい室内、高い天井、見るからに高そうな調度品の数々。

 そして――

 

「フム、結構似合ってるじゃないか」

「こんなの着たの初めてです……」

 

 ジルマンが掛けた声を恥ずかしそうに答える。

 ――そして、白い肌に合わせて着せられた薄いピンクのドレス。

 ホールにいる誰もが、カリナに釘付けになっていた。

 

「なんだか、ジロジロ見られて落ち着かないんですが」

「それだけお嬢ちゃんが魅力的だってことだな」

「茶化さないで下さい」

 

 居心地の悪そうにカリナは呟く。自分のような分不相応な身分では、いつ店を追い出されるか分からない。

 そう、ここはアルガットでも1、2を争う高級料理店だ。

 一般階級は勿論、下級貴族階級でも中々利用できるものではない。

 

 正装(タキシード)を着たジルマン。昼間の無精髭もボサボサ頭も整えられて渋くなっていた。

 そのジルマンに促されて席に座る。

 運ばれてくる料理は全て見たことがなかった。

 

「ボク、食べ方が分かりません」

「そんなもん、適当に食えばいい」

「ま、マナーとかも……」

「やかましなければそれでいい」

 

 適当なアドバイスだったが、事実、ジルマンは服装はともかく言動は昼間と大して変わらない。

 それを見てカリナは意を決して――周囲からの視線を感じながらも普段通りの態度で、それでも少しだけ上品にスープを口に運ぶ。

 

「お、美味しい……。美味しいっ! こんなの食べたことないです!」

 

 口に入った瞬間、濃厚な味が広がっていく。

 単なる野菜スープと思っていたそれは、想像以上に美味だった。

 生まれて初めて経験する味に思わず顔が綻ぶ。

 煮込まれた野菜が甘くてとろけるようだ。

 スープに少し塩味と辛味が効いて、それが肉や野菜とよく合っていた。

 

「そうだろ! 俺もこの街に来たらいつもここにくるからな!」

「い、いつも……?」

 

 カリナの反応に気を良くしたジルマンだが、何気ないその一言はカリナには衝撃的だった。

 

(この人、最初は気づかなかったけど、もしかして王族か貴族なんじゃ……)

 

 そう思うとどうしてもこの男の素性が知りたくなってしまう。

 だが、不躾に素性を聞くというのは失礼かもしれない。何しろ自分は人間に敵対する立場にあるのだから。

 

「改めて名を名乗ろうか。俺はジルマン、Cランク冒険者だ。」

 

 予想外にジルマンの方から話題を振ってくれた。これをチャンスとばかりにそれとなく聞いてみる。

 

「そ、それだけじゃないですよね? こんなすごい料理店に誘ってくれたり、それにさっきの戦いでもボクの魔法を防いだり――」

「それをポンポン魔法を撃ちまくってたお前さんが言うか……」

 

(しまった……)

 

 せっかくさっきは話題を逸らしてもらったところを、自分から戻してしまった。

 

「お嬢ちゃんこそ一体何者だ? 何故そんな偏ったスキルをもっている? そしてその異様に高い魔力はなんだ?」

「そ、それについては黙秘です。ボクにも、話せない事情があるんです」

「今更そりゃないんじゃない?」

 

 カリナは俯いて押し黙ってしまった。これ以上付き合って話を続けると、どこかでボロが出てしまう。

 やがて、根負けしたのかジルマンは肩を竦めながら――

 

「分かった。じゃあまず俺の素性を明かそう。俺が妖しくないのが分かったら教えてもらってもいいかい」

「なんでそうなるんですか…」

「それも含めて説明しよう。だがまずは飯にしようぜ!」

「ぅぅ……」

 

 カリナが黙り込んでから後、意識がずっと料理に向いていることをジルマンは気づいていた。

 

 

*****

 

 

 食事を終えた後、カリナはジルマンに連れられて館の最上階に借りた客室にきていた。

 ジルマンが面倒くさそうに正装の上着を放り投げると窓辺に寄りかかりながら、ドアの前で立ち尽くしているカリナを見る。

 

「んで、俺の素性だが――」

「まって、その前になんですかここは? さっきの料理もすごかったけど、こんなすごい部屋に泊まってるとか、貴方何者なんですか!?」

 

 この部屋に入った瞬間から湧き上がる感情を爆発させて、カリナは声を上げた。

 先のフロアより更に煌びやかな装飾と調度品であふれている。

 一体この宿に泊まるのにいくら掛かるというのか、想像すらできなかった。

 

「いや、それを今から言おうとしてたんだが――」

 

 数刻しか経っていないにも関わらず、次々と夢のような出来事がカリナの目に飛び込んでくる。

 そんな状態から、カリナは自らの思考が追い付かなくて動作不良を起こしている事に気づいていない。

 そんな様子を見てジルマンは笑いながら素性を明かす。

 

「俺は、この大陸に巣食う魔物共から善良な人々を守る『勇者』だ」

「勇者……っ!?」

 

 その言葉を聞いた瞬間、カリナは立ち眩みのような感覚を覚えた。

 それでも努めて何も知らない装いで話を聞く。

 

(昼間、この人から感じていたあのイライラはそのせい?)


 そう考えると、辻褄が合う。

 『勇者』とは即ち『魔王』の対になる存在。即ち魔王と戦い魔物を討つ天敵だ。

 子供の頃に聞かされてきたお伽噺は、必ず魔王は勇者によって打倒されることで幕を閉じる。

 その話が嘘か真かはともかくとして、カリナは本能的にジルマンが「敵」であると感じていたのだ。

 もしジルマンが本当の話が真実なら、恐らく彼もカリナを見てなにか感じるものがあったのかもしれない。

 

「……えと、つまり『勇者』様というのはいつもこんなすごい館でご飯を食べて宿をとる程に儲かるの?」

「そこかよっ! ……俺はちゃんと素性を明かしたぞ。次はお前さんの番だ!」


 敢えて話題を逸らしたが、誤魔化されなかった。出来れば拒否したかったが、さすがにここまで世話になっておいて、そういうわけにもいかない。

 

「……分かりました。けどボクの『本当の姿』を見ても斬りかかったりしないで下さいね」

「『本当の姿』?それはどういう――」

 

 ジルマンが聞き返すよりも早く、カリナは『魔王化』を発動させる。瞬く間に金赤色ストロベリーブロンドの髪が黒く、色白な肌が褐色になる。

 そして翼が――

  

  ビリッ

 

「「あ」」

 

 二人の声が重なると同時に桃色のドレスが破れて――

 

「ひゃああああああ―――ッ!」

 

 露わになる体を慌てて隠すように、その場に蹲ってしまった。

 

 

 

「も、もうそろそろ泣きやんでくれないか?」

「ぅぅぅ……お兄さんごめんなさい、ボクは穢されました」

「……なんか、ひでぇ事言ってない?」


 未だに泣き腫らすカリナを何とか宥めて、ジルマンは話を促した。

 

「2、3か月前、ボクはお父さんと行商するだけの『ただのハーフエルフ』でした。でもあの時、盗賊に襲われて――」

 

 これまでの出来事を掻い摘んで話す。相手は勇者で此方は魔王という関係だが、お互い人となりが分かってきたので、正直に話す方が得策だと考えたのだ。

 神妙な面持ちでカリナの話を聞くジルマン。やがて全ての経緯を聞き終わった後、一言だけ問い質した。

 

「カリナ、お前さんは本当にウルファニアから来たんじゃないんだな?」

「ウルファニアですか? いえボクとお父さんは大体西側を旅してて、東側に着たことはありませんけど……どうかしたんですか」

「そうか……」

 

 そこまで聞くと、何事もなかったように笑いかける。

 

「まあ、この話について詳しいことは明日領主に会ってからだ。お前さんも呼ばれてるんだろ?」

「はい、まあ……」

「なら今晩はゆっくり泊まっていけ。隣の同じ部屋を用意してるからな。装備もそっちにあるはずだ」

「こ、こんなすごい部屋にっ!? なんだか夢のようです!」

 

 思わず顔が綻んでいくカリナを見ながらジルマンは笑う。

 

「……後でお金返せとか、体で払えとか言わない?」

「俺、こう見えても妻子持ちだぞ」

「……………えっ!?」

「え?」

 

 今日一番の驚きがここにあった。

 

「そうじゃなくて、貴方はボクの事を聞いてどう思うんですか?」

「どうって?」

 

 カリナの問い質した意図が分からないと言わんばかりに、ジルマンは惚けてみせる。

 

「ええと、ボクは『魔王』で魔族です。……魔物なんです。『勇者』としては見過ごせないとか、滅ぼすとかするんじゃないでしょうかと……」

 

 自分で言っておきながら、少し怖くなり声が小さくなっていく。

 

「何か罪でも犯したのか?」

 

「え?」

 

 今度はジルマンの意図が分からなかった。

 

「誰かを襲って金品を巻き上げたとか、どっかの村を滅ぼしたとか」

 

「ええと……たぶんありま……あ……っ」

「何も言うな。俺は聞かない聞こえない」

 

 思わずラムール領を滅ぼした件を思い出したが、ジルマンは耳を塞ぎながらそういうのであった。

 つまり、この男は相手を「魔物だから」や「魔王だから」という動機で戦っているわけではないらしい。

 

「俺の敵は常に目の前にいる。なんたって俺の手は二つしかないからな。今日ずっとお前さんを見ていたが、理由もなしに人を殺めるとは思えん。」

「ジルマンさん……」

 

 カリナは思わず胸が熱くなる。これが『勇者』だからか何なのかは分からないが、カリナの事を理解してくれた数少ない人物の一人なのだと。

 

「まあ、話は明日にして今日はもう休みな!」

「はいっ! ありがとうジルマンさん!」

 

 カリナは立ち上がってジルマンに頭を下げる――

 

  ぱらっ…

 

「あ」

「…………ひやぁああああああああ――ッ!」


「うふ……ウフフ……」

 

 ジルマンに宛がわれた部屋でカリナは、一人不気味な笑い声を漏らしていた。

 

「こんなすごい部屋で泊まれるなんて、生まれて初めてだよ!」

 

 フカフカのソファやベッドは勿論のこと、

 手に取るだけで冷たい水が湧いてくる水差し(ピッチャー)

 部屋全体を眩く照らされるだけかと思えば、光量調節も可能という万能照明具、

 精霊が宿っていて、触れると洗浄魔法(クリーニング)を掛けて旅の汚れを落としてくれる水晶など

 扱ったこともない高価な魔導の数々。

 祖父であるレウナスの領主館に泊まった時ですらここまで豪華な造りではなかった。

 

「とう―っ!」

 

 すっかり舞い上がっているカリナは室内に誰もいない事をいいことに、歳相応のはしゃぎ振りでベッドにダイブする。

 マットレスに仕込まれたスプリングがそれを拒否するようにポヨンと反発して、カリナを床に弾き返した。

 ベチャッっという音が聞こえそうな格好で床に倒れこむが、それすら楽しいらしく何度もベットの上を飛び跳ねる。

 

「折角こんなすごい部屋に泊まれるのに、すぐに寝ちゃって勿体ないよね! もっと堪能しないと」

 

 嘗てない興奮をそのままに、夜が更は更けていった―――。

 

 

*****

 

 ――外から小鳥の鳴く声が聞こえてくる。

 窓を見ると遠い空の色が白んできていた。

 カリナは目の下にクマを作りながら呟く。

 

「あ、もう朝だ……。結局全然眠れなかった……」

 

 この後、少女は生まれて初めて「徹夜明け」を知ることになる――。


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