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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
43/72

ジルマン

 両者の間が空いたことで見物者(ギャラリー)達から歓声が上がっていた。

 

「凄まじい攻防だったな! 全く動きが見えなかったぞ!」

「ああ、あの男の怒涛の攻撃もすごいが、娘の方も耐えきって反撃に転ずる技術も素晴らしい!」

「あの娘はなんだ? ぜひ護衛に雇いたい!」

「あのような冒険者が入れば、盗賊達も怖くないな!」

 

 といった感じで、戦いを評価する者達がいれば、商人らしい目線で評価する者も多い。

 だがカリナ自身は、目の前の男――ジルマンの強さに驚いていた。

 魔物相手ならまだしも、油断があったとはいえ人間相手にここまで後れを取るとは思ってもいなかったのだ。

 そして聞こえてくる、見物者(ギャラリー)の無責任な声――

 

「それにしても、あの男の方は大人げないな。あんな小さな娘に容赦無しか」

「だな。もう少し手加減するべきだろう」

「あの娘の腕見ろよ、細くて簡単に折れそうだぜ」


 その言葉でジルマンは苦笑を浮かべているが、カリナには深々と突き刺さる。

 

(そうだ……。この人は油断なんかしてなかった)

 

 これまでも小柄で華奢なカリナの容姿を見て侮る者は多かった。

 その反対にカリナも、自らの能力(スキル)身体能力(ステータス)の高さから相手を侮っていた。

 だが、目の男はカリナの強さを見た目(・・・)ではなく自らの見る目(・・・)で判断したのだ。

 

(やっぱり、この人は本当に強い……。勝てないかも知れない)

 

 そう考えると、急に恐怖が湧いてくる。

 手に持つ武器は、両者ともに刃引きをしておらず、そして寸止めもしていなかった。

 下手をすれば怪我だけでは済まされず、命を落とす危険すらある。

 そんな強者同士の「死合」を経験したことがない。

 

(怖い……。もう止めたい……)

 

 目の前の現実に飲まれかかっていた。

 

 一方、ジルマンはカリナの強さに驚きつつも、そのアンバランスさを訝しんでいた。

 武器技能の能力(スキル)はおそらく+7以上(Aクラス)。国王を守護する近衛隊長でも手を焼くレベルだ。

 だが、その割には隙だらけで、これは演技によって油断を誘っているわけではないようだ。

 恐らく能力(スキル)だけ鍛錬を重ねて実戦経験が伴っていない、云わば「稽古場の達人」なのだろう。

 その様な素人相手にこれ以上「死合」を続けるのはお互い危険かもしれない。

 

「どうだいお嬢ちゃん? この辺で終わりにしようか」

 

 ジルマンはそう言いながら構えを解いた。その言葉にカリナは一瞬だけホッとした顔を浮かべる。

 本心は終われるものなら早々に終わらせたいと考えていたのだ。

 だが同時に、その提案は受け入れられないものでもあった。

 受け入れたら、自分の事を「戦う覚悟も持たず、能力(スキル)の高さを笠に着て格下しか相手にできない卑怯者」と思えてしまう気がした。

 震える心を隠すように、ジルマンに微笑みながら答える。

 

「お断りします。一撃でもお見舞いしないと気が済みません。それに――」

「――なんだ?」

「なんだか、おじさんが気に食わない!」

 

 そう言うと、カリナの急激に気が膨れ上がっていく。

 一瞬呆気にとられたジルマンだが、カリナのその様子を見ると慌てて構えた。

 

 

*****

 

 

 行商人の娘であり、小柄で力もなく、さらに臆病な性格でもあったカリナ。少女は他人との争い事を極力避けるようにしてきた。

 これまでも散々周囲から希少生物(レアもの)扱いされてきたし、時には心ない嫌がらせも受けてきたが、自覚はないが――自らの容姿と、その笑顔を見た物は大抵受け入れてくれた。

 その甲斐もあってか、余程の事でもない限りカリナから他人を嫌う事はなかった。

 だが、何故か目の前の男を見えると心がざわつく。

 本能が「この男は敵だ」と警告している。

 

「ハッキリ言うねぇ。無理矢理誘ったのは悪かったが、それにしてはちょっと気が短くないかい?」

「……ごめんなさい。でもなんかとてもムカムカするんですっ!」

 

 そう言いながら一気に間合いを詰める。先程ジルマンにやられた手を真似しただけだったが、不意を突いたおかげで反応が遅れ鳩尾に蹴りが命中した。

 だがリーチが足りないせいで十分なダメージにならない。ジルマンは軽く舌打ちをしながら後方に跳んだ。

 ここから無詠唱で魔法を放てばジルマンは避けられずに勝負はつくだろう。だがそんなことはしない。あくまで能力ではなく剣技でこの男に勝つことに拘っていた。

 だが、そんな心の内を見透かすようにジルマンがカリナに言い放つ。

 

「ハッ! 手加減して俺に勝とうと思ってるのかい? 残念だがお嬢ちゃんが全力で掛かってきても俺には適わねぇよ!」

「なにを――――っ! だったら絶対に勝つんだから!」

 

 カリナが必死に食らいつく一方で、ジルマンはまだ心に余裕があった。

 図らずとも当初の目的であった「審査待ちの余興」は達成しつつある。その証拠に見物者(ギャラリー)達の反応も上々だった。

 この娘は確かに腕が立つがそれだけだ。その腕を買って見世物につき合わせた事を心中詫びつつも、これも勉強だと思ってもう少し付き合もらおうと考えていた。

 だが、それはジルマンの慢心であり過ちでもあった。

 何故ならカリナは「子供」なのだから――

 

「ハァハァ……も、もう怒った! こうなったらお望み通り全力で相手してやるんだから!」

「ははっ! 今までもずっと全開だっただろ? 息が上がってるぜ!」

「おじさんが逃げ回ってばっかりだからだよ!」

 

 そう言うと掌をジルマンの方へ突きだした。

 

(あの構えは――魔法かっ!?)

 

 カリナの動きを一瞬で読みとると、そうはさせまいと間合いを詰めにかかる。

 唯の魔法使いが相手ならそれだけで十分だった。だが――

 

「ファイアボール! ファイアボール! ウォッターバレット!」

 

 唐突に放たれた無詠唱の魔法がジルマンに直撃する―――と思いきや防御魔法で防がれた。だがその顔は先程とは一変して呆けた顔になっている。

 

「む、無詠唱魔法だと! しかも2属性同時に!?」

「まだまだっ! ファイアボール! ファイアボール!」

 

 一方は退路を塞ぐように、もう一方は直撃コースで飛来する火球。これも難なく防がれたその瞬間――

 

「ウォーターバレット!」

 

 躱された方の火球に向かって水弾を飛ばす。水弾が火球に追いつき包み込むと内部から急激に熱せられて気化――水蒸気となってジルマンを襲った。

 

  ドフッ!

 

「ぐわぁ――っ!」

 

 反射的に姿勢を低くして身を守るが、思ったよりも水蒸気の爆発が広く完全に防ぐことが出来ない。

 一気に勢いが削がれ形勢が逆転する。

 

「い、今何をしたッ!? 火属性と水属性は相反属性、消滅するはずだぞ!」

「簡単に言えば、ウォーターバレットを沸騰させてお湯にしただけだよ」

 

 驚き声を上げるジルマンに対して邪悪な笑みを浮かべて当然のように返す。その唖然とした顔を見るだけでカリナは満足だった。

 

(……ちょっと申し訳ない気もするけど)

 

 だが終わらせる気はない。

 ジルマンの顔を見れば見る程、自分でも不思議に感じるくらい闘争本能が刺激されていく。

 その気迫は次第に殺気へと変わり、そして――

 

「おいそこ! 何をやってるか―――!!」

 

 振り返ると数人の衛兵が向かってくるのが見えた。

 喧嘩や余興程度の騒ぎなら見過ごされていたところだが、流石に魔法による騒ぎは度を越していたようで、見かねた衛兵が止めにきたのだ。

 

「しまった……」

 

 衛兵の姿を見たことで、ようやくカリナは正気を取り戻す。

 だが今更反省しても後の祭り。二人は詰所まで連行されることになった。

 

 

*****

 

 

「あの、ごめんなさい……」

 

 カリナは小さい声でジルマンに謝る。

 詰所から出られたのは既に夕暮れ時。

 周りに被害がなかったとはいえ危険行為を行ったのだから、本来は罰金を支払うか牢屋で一晩過ごす羽目になるところだった。

 だが、カリナがまだ少女(こども)である事や反抗しなかったなどの理由によって説教だけで許された。

 

「いや、焚き付けた俺も悪かったよ。すまなかったな」

 

 ジルマンはカリナの頭をポンポンと叩いて答えた。

 カリナはその手を見るなり、顔を赤くなるのを誤魔化すように静かにジルマンを睨んだ。

 

「子供扱いしないで下さい……」

「ははっ! 俺から見ればまだまだ子供だからな! それにしても随分と高い能力(スキル)を持ってるんだな」

「ぐぬぬ……まあ、色々あったんです。」

 

 そう言いながら言葉を濁す。できれば『魔王』であることは伏せておきたかった。

 ジルマンもなにか深い事情があるのだろうと思ったのか、それ以上は突っ込んでこない。

 

「でもまあ、こんな出会いも神の思召しってやつだ!」

 

 そう言いながら、カリナの手を引っ張って歩き出す。

 

「えぇ? ちょ、ちょっと!?」

「飯でも食いに行こうぜ! 昼間から絞られて何も食ってないんだろ?」

「あ、あ、あ、はい、ご一緒しますから引っ張らないでっ!」

 

 そんなジルマンの態度を見ながら、誰かに似ていると考えた。

 

(ああ、ガエンさんにそっくりだ)

 

 願わくば、セクハラなところは似ていませんようにと祈らずにはいられない。

 

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