領都の前にて
最初の村での一件から二日が経った昼過ぎ頃、カリナはイシュミルが治める都の前までやってきた。
アーロンやユーミ、そして奴隷達はもういない。
召喚した眷属、戦鬼のリーシェに預けてきたのだ。
ただ、迂闊にも村でゲートを出してしまい、ゲートから出てきた戦鬼の姿を見て村中が大騒ぎになった。
当然、奴隷達も恐怖のあまり声も出ない状態だったが、四体の戦鬼の中で魔法が使えるリーシェは護送にはうってつけだったので半ば強引に連れていった。
勿論、彼らには――
「もし逃げ出したら、この戦鬼だけでなく残りの戦鬼も総動員して探し出します。他にも千体の子鬼族も加えて山狩りしますので逃げても無駄ですよ」
と言って脅してある。
ともあれ、これで奴隷達についてはガエンが何とかしてくれるだろうとカリナは胸を撫で下ろすのだった。
目の前に立つ巨大な外門には、行商人や旅人達が長蛇の列を作っている。
元行商人のカリナにとっては見慣れた光景だ。その列が入領審査の列だとすぐに気づいて一番後ろの位置に立って待つことにした。
そして待つ事十数分――
カリナの後ろに一人の男が並んできた。
体格はカリナとは比べるべくもなく、平均的な男性としてもかなり大柄で無精髭を生やし、長めの青い髪を後ろで纏めて縛っているが、長い旅だったのか少しボサボサになっている。
(うわっ……絶対絡まれそう……)
武装した服装から冒険者かそれとも傭兵なのか。鋭い目つきが印象的だ。
何にしてもカリナとしてはあまり関わりたくない男だった。
だが嫌な予感はよく当たるもので、案の定男はカリナの姿を見て声を掛けてくる。
「お嬢ちゃん、何処から来たんだい?」
「えと、フォルンの手前にある山の麓からだよ。知り合いに手紙を渡すように言われて来たんだ」
下手に邪険に扱って目をつけられる事のないように、カリナは愛想よく無難な返事を返す。
だが、その答えが却って墓穴を掘る事になってしまった。
「それならこの国の者じゃないか。なんで入領審査なんか受けてるんだ?」
(しまった……)
国民――ましてや領民であれば、審査など受けることなく堂々と門をくぐることが出来るのだ。旅に慣れ過ぎた事が裏目に出てしまった。
「ええと、ちょっと前にフォルンの冒険者ギルドで冒険者登録したので、ついでに審査証の登録しておこうと思って……」
咄嗟に言い訳をするが、更にそれが男の興味を引いてしまう。
「ほぅ、一人で行ってきたのかい? 今フォルンは魔物が溢れ返って大変なことになってるそうじゃないか。もしかして見かけによらず腕が立つのかい? ひょっとしてDランクとか」
「あ、いえ……。Bランクだけど」
「ハァ!? Bランクだとぉ!?」
(しまった……。EランクやFランクって言えば怪しまれずに済むのに……!)
戦闘経験のない成人男性あたりがEランクに相当するレベルだ。そこから戦闘をこなせるレベルでDランク、更に長年の経験を積んでCランクとなる。
その先のBランク、ましてやAランクになれる者など殆ど存在しないのだ。
心の中で自分の浅はかさを呪うが後の祭りだ。 男が思わず張り上げて声に周囲の視線が集まってきた。
「ハ、ハハハ! お嬢ちゃん冗談でもそんなウソを言ったら駄目だぞ! そのうち痛い目を見ることになるからな!」
「そ、そうですね。あはは……」
流石に信じてもらえなかったのを良しとして話を合わせる。これで乗り切れそうだと安心するのも束の間――
「ま、Bランクではないとはいえ、あのフォルンを旅したのは違いないんだろう? 少し腕を見せてくれんか?」
「え、えぇ!? でもほら、列を乱すのも良くないし……」
「俺達が最後尾なんだ。 ちょっと位良いだろ? 順番が来るのも1時間は待たないといかんしな!」
どうやらこの男は少々酒に酔っているようだ。強引に話を進める上によく口が回るタイプで質が悪かった。
だが、悪いのは人相と酒癖くらいで、そこまで悪人という訳でもなさそうに見える。単に暇を持て余しているだけだった。
それは列に並んでいる者達も同じようで、これから始まりそうな余興に期待の眼を向けてきている。
「はぁ……。 わかりました。ちょっとだけだからね」
*****
審査を待つ列から離れて対峙する二人、そしてそれを見守る審査待ちの商人達。
彼らにしてみれば、小柄な女の子とむさ苦しい男の喜劇のような手合わせに期待が膨らんでいるようだった。
「じゃあ、始めようか! 俺はジルマン。Cランクの冒険者だ。お嬢ちゃんは?」
「……カリナです。ランクは――Bランク……」
もう嘘をついても仕方ない。信じてもらえないだろうが、一応本当のランクを伝えておく。
「へ、へぇ……。それは嘘じゃないって事かい?」
「まぁ……」
そう言いながら男は長剣を、カリナは魔力剣を手にもって構える。
「……確かに嘘じゃなさそうだな。そんな武器初めて見たぜ……」
「正直、ボクはあまり気乗りがしないんですけど……。信じてもらえたなら止めません?」
「そういう訳にもいかないなぁ。周りはもう盛り上がってるようだしな」
ジルマンの言う通り、カリナが魔力剣を出した時から見物人達からどよめきが広がり始めていた。
「なんだあの武器……見たことないぞ?」
「魔法剣ってやつか?」
「バカ! 魔法剣ってのは剣に魔力が通ってるだけで見た目は大して変わらないんだよ!」
「それなら、あの武器は一体……」
珍しいもの興味を引くのは商人達の習性のようで、カリナの持つ武器に興味津々だった。
当然見た目だけでなく、これから見ることになる、その性能にも釘付けになることだろう。
とても止められる雰囲気ではなかった。
「じゃあ……とにかくかかってきてください。」
「おいおい、幾らなんでも俺を舐めすぎじゃないか?」
心底面倒そうな声を出すカリナにジルマンも不満げだ。
「ランク的にはボクの方が上だから。それにボクがおじさんの攻撃を受け止める絵の方が盛り上げるでしょう?」
「それもそうか、それなら遠慮なく」
そう言った瞬間、ジルマンの気が急激に膨れ上がっていくのを感じた。
(……? なんだか嫌な予感が――)
ジルマンの様子に微かな違和感を覚えたその瞬間――
十メートルはあるはずの距離を一瞬で詰めたと思えば、カリナの胴を横一閃に薙いだ。
「――はやッ!?」
直感的にバックステップで回避するが次の瞬間には新たに左右、そして更に下からの3連撃が飛んでくる。
慌つつもそれらを受け流した――はずだった。
ガスッ!!
「ぐ……っ!」
剣戟を受けた瞬間には死角から膝蹴りがカリナの腹にめり込む。
一瞬動きを止めた刹那、目の前からジルマンの姿が消えたと思えば、今度が背中に強烈な衝撃が走った。
体勢が崩れていた直後に逆方向から追撃されたことで強制的に肺から息が吐き出される。
「クハッ――!?」
意図しない呼吸で喉が引き裂かれるよう痛む。同時に体が宙に浮いて数メートル程吹き飛ばされた。
何とか落下の衝撃を受け身で流すと同時に、体を捻ってジルマンに向き合う。
だが直ぐに間合いを詰められ、更に鋭い一閃を放ってくる。
「う……くぅ……!」
息継ぎもさせてもらえず続く連撃の嵐――
目は追い付いているのに酸素不足によって体が動かなかった。
グサッ!! バスッ!! ズバッ!!
右肩、左腕、右脚と次々に痛みが走る。
「え……ッ! 刃引きしてないのッ!?」
驚いて大きく飛び退きながら、カリナは叫んだ。
「ハハッ! お嬢ちゃんの腕なら問題ないだろ?」
「ボクはそんな血に飢えてない!」
模擬戦にも拘らず、半分殺し合いになっている。
いや、一方的にやられてる以上、殺し合いではなく殺されかかってる状態だ。
非難の声を上げるが、ジルマンは攻撃を緩めることなく、一層激しくカリナを攻め立てる。
雑なようで的確に防御の隙間を狙ってくるそれは、とてもCランクの腕とは思えなかった。
だが、一瞬ではあるが間合いが離れた事によって漸く一呼吸できた――
「――このぉ!」
斬ッ!
「ぐあぁ!? な、なんだ今のは!?」
確実にヒットする間合いだったはず。その攻撃に防御や弾き返される事はなかった。
だが振り抜く腕には空気を斬る様に一切の抵抗を感じることなく少女の体を通過した。
それと同時に伝わってくる激痛。
驚きながら痛みを辿ると、少女へ振りぬいた腕が一瞬にしてズタズタに切り裂かれていた。
「なんの剣技を使ったんだこれは?」
治癒魔法で腕を修復しながらカリナに問い掛ける。
「剣技ってなんですか? 今のはボクのオリジナルですけど」
そういうカリナも自身に治癒魔法を掛ける。
(治癒魔法もありなんて聞いてないよ!)
「剣技も知らないとか、やっぱり天然か……」
「技術はないけど、身体能力には自信があるので」
「なるほどな。こりゃ長期戦は不利だな」
「もう油断しないから、絶対」
そういうと、改めて武器を構えた。




