罪と罰と
「僕はアーロン、こっちは妹ユーミ。助けてくれてありがとう」
アーロンと名乗る少年がカリナに感謝しながら頭を下げた。
「ボクはカリナ。領都の知り合いに会いに行くところだよ。君たちもどう?」
そう言って二人を旅に誘ってみる。奴隷に身を窶してしまったのだから、何も持っていないはずだ。このままではのたれ死ぬかスリや盗賊になるしか道は残っていないだろう。
その場の状況に流された結果とはいえ、せっかく助かった二人の未来がそうなるのはカリナも望んではいない。せめてどこか落ち着く先が決まるまでは面倒を見ようとカリナは覚悟を決めていた。
それがガエンやソウヒ達に助けられた自分の役目にも思えた。
アーロンはその誘いに気が進まなかった。今いる状況でさえ奇跡なのにこれ以上頼ってしまっていいのかと。カリナを見て考えを深めていく。
見惚れるほど可憐な少女だ。小柄な白い肌で金赤色の髪。その大きな目から悪意は感じ取れなかった。
「あっ! お兄ちゃんが赤くなった!」
「んなっ!」
指をさして笑う妹の声にアーロンの声が詰まる。図星だった――
思わず妹の方へ顔を向ける。満足げな顔は泥と垢にまみれて汚れていたが、今まで怖い思いをしてきた筈なのにもうすっかり元気を取り戻している。
だが、兄を指さすその腕には、無数の鞭の跡が痛々しく残っていた。
(そうだ、僕はユーミを守らないといけない……どんなことがあっても!)
少年は覚悟を決める。
「奴隷商人から救ってもらえたばかりか、そんな誘いまでしてくれてありがとう。どこか働ける場所が見つかるまで、お世話になってもいいかな」
「もちろん! でもその前に――」
カリナは笑顔でそれに答えながら後ろを振り返る。その先にはコブと痣だらけの犯罪奴隷達が立っていた。
「あの商人から解放したからと言って、お前達を逃がすつもりはない。お前達は罪を犯して奴隷になったのだから、反省して罪を償わないと逃げられないよ!」
ビシッ!
先程とは打って変わり、目を吊り上げ凛とした声を上げる。カリナ本人は格好をつけてるつもりだったが―――
(か、かわいいな……)
(強くて可愛くて小さい――…。パーフェクトだぜ)
(俺、あの子について行ってもいいかも)
――全く効果がなかった。
正直、カリナはこのまま奴隷商人たちを引き連れて領都に向かう気はなかった。
成り行きとはいえ奴隷商人から解放した以上、相応の扱いをするつもりだが、こんな大人数を賄う金は当然ない。
それならさっさと解放したいが、犯罪奴隷達を野に放つなど、街中で魔獣を放つよりも質が悪い。
そこで考えたのが――
「眠りなさい」
――直後、男達の目が虚ろになり、次第にバタバタと地に倒れ眠りだす。
「すごい……! なにしたの?」
「幻惑魔法だよ。これで何を考えてるのか直接聞いてみるつもりなんだ」
「へぇ……どうやって?」
「それは――」
カリナが奴隷の頭に手をかざすと――
*****
――俺はこの一帯を仕切る大盗賊の頭領。多くの手下を従え、近隣の村々を襲って金や食い物を奪い、女を攫う悪逆卑劣な男だ――
「……何これ?」
「この人の『夢』だよ。その人の過去や願望を見せてくれるんだ」
「すごいね……魔法ってこんなこともできるんだ」
「う、うん……」
一般的な魔法は精霊を介して使用する。逆を言えば精霊を呼べない魔法は殆ど使用できない。
魔力に長けたエルフなら少々の力を発揮できるが、それ以外の種族となれば使い物にもならなかった。
例外は、カリナのように大量の魔力を持つ魔物くらいだった。
――世の中は弱肉強食だ。気に入らない奴も殺す。歯向かってきた奴も殺す。金も女も全て俺の物にしてやる――
「それにしても、こんな考え方をしてると解放なんてできないね」
「そうだね……」
カリナは頭を抱えて考え込んだ。
単に奴隷を解放するだけではすぐに盗賊に逆戻りだ。それを許してしまえば治安は乱れ、秩序は崩壊して誰も安心して暮らせないだろう。
道理で奴隷制度が無くならない訳だとカリナは理解した。
同時にもう一つ、理解したことがあった。
(ガエンさん、これをボクに見せたかったのかな?)
目の前にある問題は、大昔から続く問題の一つだ。
犯罪に手を染めた者の処罰や、そこから抜けられない者の対処をどうするか。
カリナはそのヒントを求めて、今度は男の過去をのぞき込む。
――俺は昔、小さな村で家族と平和に暮らしていた。村も小さければ家も畑も小さい。貧しかったが妻と娘と3人で幸せだった――
――だがあの日、村を盗賊共が……――
「これは?」
「この人の過去かな。」
――家も畑も焼かれたが、幸いにも家族も村の皆も無事だった。だが金も食料を奪われ、住む家も無くなればどうやって家族と暮らしていけばいいんだ――
――娘はみるみると痩せ細っていく。もう見ていられない。俺は決心した。近くを通りかかる行商人を襲って金と食料を奪った。だがそれが村の皆に知られれば、もうここにはいられない。俺は奪った金と食料を妻に渡して村を出た。出稼ぎに行くと言い残して……――
――それからの俺は各地を旅しながら、金を持っていそうな旅人を襲ってはそれを奪い、家族に送る日々だ。娘の顔はもう思い出せない。妻の顔もだ。もうどうでもいい。俺に残されたのは血で塗れた俺自身だ。後は好きに生きてやる。俺は全てを盗賊共に奪われたんだ。今度は俺が奪う側になってやる……!――
男のイメージを見ていると、カリナはなんとも言えない気分になる。
この世は確かに最悪だ。村を少し離れただけでも人攫いや盗賊に出遭う危機がある。
だがそれは、この世界に生きる者全てに降りかかるもので、この男だけに起こった悲劇ではない。
ましてや、この男もそしてその家族もまだ生きているのだ。失われたものも大きいが幾らでも取り返せる。
それを悲嘆にくれるだけで道を踏み外した男は、この世界では「真面目過ぎた」といっても良いかもしれない。
そんな男に、同情と憤りが同時に湧いてくるのだ。
「ちょっと、この人を懲らしめてやる」
「え?」
ゲシッ!
カリナは未だに眠りこける男の頭を足蹴にして起こした。
「んがっ!?」
「ちょっとおじさん、そこに座りなさい!」
突然眠りを覚まされた男は、訳も分からずカリナに怒鳴られる。
いくら新しい主とは言え自分が子供に蹴られるなど、男のプライドが許さない。
文句の一つでも言いたいところだったが、カリナが男の『首輪』を握っているので――そんなものはないが、取敢えず堪えてその場に座り込む。
(いつか思い知らせてやるからな。このクソガキめ――ッ!)
そんな目で内心睨みつけているのを無視してカリナは男に大して笑みを浮かべる。
いつもの営業スマイルではない。寧ろ――ガエンのような――邪悪に満ちた、半目にして口の端を吊り上げるような笑みだ。
そしてお何処にしか聞こえない程の小声で――
「おじさん、大盗賊の頭領になりたいんだってねぇ」
ギクッ!
図星が音になって聞こえそうな程に男の胸を貫いた。
「な、ななな……」
「いい歳でしょうに。 何子供みたいな夢抱いてるんでしょうかねぇ」
先程の憤りが一気に吹き飛ぶ程に威力を伴った言葉だ。
誰でも幼いころに一度は経験する、自分にとっては大まじめな夢や願望であっても他人にとっては指をさして笑われる感覚――
「妻子持ちにも関わらず、その辺歩き回ってそんな夢を追いかけてるなんて、恥ずかしいとは思わないんでしょうか……」
何故それを知っているのかという考えが一切浮かんでこない程、男は混乱していた。
顔は真っ赤に染まっていく一方、全身に冷や汗が流れて震えている。
しかし尚もカリナの追撃が続く。心の内を見透かすように、男の瞳をジッと見ながら――
「確か、おじさんが住んでいた村は――」
「うわああああぁぁぁぁあぁああぁ――ッ!」
「それを娘さんが知れば――」
「やめろおおおぉぉぉオオォォ――――ッ!」
「寧ろ、村の人達に触れ回るほうが――」
(悪魔だ……コイツは悪魔だ!)
暫く間、男の絶叫が村中に響き渡っていた。
*****
「でも、おじさんには家族が待ってるんでしょう?」
「ああ……、もう顔も覚えていないが」
「未練はもうないのですか?」
「…………」
男は黙り込んでしまった。カリナはじっと返事を待ちながら、こっそりある魔法を掛けた。
――お父さん! ――
男の体が少し震えた。とっくの昔に忘れていた娘の声が聞こえてくる。
――お父さん、まだ帰ってこないの? ――
「お、おお……!?」
もう思い出せない娘の姿。それが今ははっきりと見えてきた。
――お仕事なんてもいいから、早く帰ってきてよ! ――
「そうだ……。そうだったな……。俺は家族を養うために出稼ぎに……出てたんだったな……」
カリナが掛けた魔法は幻惑魔法の一種だった。幻覚を見せて対象を惑わす魔法。
ただし今回は、見たことのない娘を――ユーミの姿をベースにして見せて、故郷へ戻るように促したのだ。
男はカリナに振り返ってこういった。
「未練はある。だが今の俺は単なる犯罪奴隷だ。いつか自由の身になる日を待ちながら罪を償うよ」
「そうですか……」
カリナは男に微笑み返すつつ、内心動揺してしまった。
この男を反省させるため幻惑魔法を掛けたり精神攻撃をしてきたが、本来の目的はこの男を解放するためだったのだから。
それなのにこの男は反省した上に罪を償うという。当然それは止めるべきではないが、本来の目的とは大分かけ離れた結果になってしまった。
(仕方ない……。もう砦に連れていこう)
そう考える事にした。
「分かりました。じゃあおじさんには、すこし恐ろしい場所で働いてもらいましょうか……」
またしてもカリナが邪悪な笑みを浮かべて語りかける。
「なんだそりゃ……うおぉっ!?」
「え……何これ……!?」
「おねーちゃん?」
カリナが翼を広げると、男は声を上げ、アーロンは驚愕し、ユーミは不思議そうな顔で此方を見ている。
「さっき、おじさんが頭の中で呟いたじゃないですか。ボクの事を悪魔だって。その通り、ボクは悪魔です。厳密には悪魔じゃなくて魔王だけど」
出来るだけ恐ろしくなるように声を低くして語りかけた。
(かわいい……)
(かわいい……)
「かっこいいー」
だが、結局はこれも逆効果だった。




