犯罪奴隷
――小さな体が押し倒される。
「やめてッ! やめてッッ! お父さん――ッ!!」
父は死んだ。カリナは何もできず、それを見ていた。
――服が引き千切れる音。
「嫌だッ! いやだっ!」
誰も助けてくれない。誰にも許してもらえない。
――顔を叩かれ、下着を剥がれ、そして――……
「うあ………うあああぁぁぁああぁぁぁ――――ッ!!」
――心が壊れた。
【エクストラスキル : 狂化 の取得に成功。発動します】
【ユニークスキル : 前世の知識 の取得に成功。発動します】
【ユニークスキル : 分割意思 の取得に成功。発動します】
頭の中から声が聞こえてきた。
その瞬間、体中が熱くなっていくのを感じる。
そして力が湧いてくる。溢れてくる。
――獲物を前にした魔獣のように。
「なっ、こいつ意外と力が強いぞ!」
「押さえつけろ!」
「いでででっ! おとなしくしやがれ!」
カリナが突然暴れ出した事で盗賊達は力ずくで抑えにかかる。
それらを押し退け、そして――
「ウアァァァァァァァァ―――――ッ!」
叫び声と同時に盗賊の一人が弾け飛ぶ。
木に叩き付けられ、そのまま絶命した。
「な、なんだこいつ!」
「やばいぞ、ぶっ殺せっ!」
「アァァァァァァ――――ッ!!」
カリナの叫びは終わらない。
【エクストラスキル : 威圧 の取得に成功。発動します】
直後、盗賊たちの体は凍りついた。恐怖が全身を襲う。
「い、一体何が…」
盗賊の一人が呟く。
カリナは大きく息を吸い込みそして、盗賊たちに飛びかかった。
「ぎゃはぁッ!!」
「ぐあぁ――ッ!」
「グフッ!」
次々に刈り取られる盗賊達。
そこに佇むカリナは更に威圧感を増している。
いつ暴れ出してもおかしくない。そうなれば盗賊たちは皆殺しされることは疑いようがなかった。
だがカリナは動かなかった。視線の先、父の亡骸を見つめて――
「お父……さん……」
糸が切れたように倒れた。
*****
カリナは夢を見た。
夢の中のカリナは誰からも好かれ、頼りにされていた。
逆に自分は周囲と関係を保つのが煩わしかった。だが本当は自分も皆の事が好きだった。
沢山勉強して、知らなかった事を知っていく事が楽しかった。
幸せは続かなかった。
学校から帰ってきたカリナが扉を開けると、そこには盗賊に滅多打ちにされた父の亡骸が――
いつもの朝。絶望の朝。
嵌められた大きな首輪、そして手足の鎖。
カリナは盗賊に襲われたあの日、気を失っているうちに運ばれ奴隷商人に売られていた。
連れられている奴隷は数人いるが、女は自分以外にいなかった。
その奴隷達に向かってくる男。奴隷商人だ。
カリナの顔を見るなり、男が鞭を振るう。
目覚まし代わりだと言いながら。
「ぅあ――――ッ!! ゥグ―――ッ!」
焼けるように鋭く熱い痛みが背中を貫いた。
「オラッ!さっさと起きやがれッ!」
「ぅあうッ! あうぅ!! ああっ!」
鞭を打たれるたびに痛みが響く。声を上げるたびに商人の顔が醜い笑みを浮かべていた。
(痛い……痛い痛い―――ッ!! お父さん……!!)
声を抑え、ひたすら痛みに耐える。それすら男を悦ばせる餌。
更に強い鞭が飛んでくるだけだった。
鞭の響く音がしばらく続き、奴隷商人は満足したよう離れていった。
奴隷に身を窶して数日間、カリナは毎日鞭を振るわれ続け、既に生気がなかった。
このままアルガットに連れていかれれば生きて出られない。奴隷として一生を終えることになる。
定命の人間ならいずれ生涯を閉じることができる。だがカリナはハーフエルフだ。その可憐な容姿と長い寿命によって、死ぬより辛い苦痛を永遠に味わうことになるだろう。
今日もカリナは絶望の地へ運ばれる。処刑台に連れていかれる囚人のように。
******
奴隷商人とカリナを含む数人の奴隷達は、とある村に辿り着いていた。
村人達は一行を訝しげな顔を浮かべていたが、それを咎めるものはいない。
駐在する衛兵でも放置していた。
エルフの国―フォルンは奴隷売買を認めていない。
だが、積極的な取り締まりもしていなかった。
エルフが奴隷にされているのであれば話は別だが、多種族が奴隷になろうが関係ないといったスタンスだった。
ましてや、カリナはハーフエルフ。何かあれば証拠がなくとも犯人扱いされる危険すらあった。
「…おい、あいつはこの前のダークエルフだぞ?」
「本当だ…。犯罪奴隷だったのか…」
「この間も子供を攫おうとしてたらしいぞ」
「あの話は本当だったんだな…」
「疫病神め…早く村を出て行けよ…。」
そんな会話が聞こえてくる。だがそんな声はもうカリナには響かなくなっていた。
とっくの昔に心を固く閉ざして、希望を投げ捨て、考えることをやめる。
それだけが唯一、自分を守る術だったからだ。
何も期待せず、感情を殺して何も感じなければ、嫌な思いもすることもないだろうと――…。
だが、運命はそれを許してくれなかった。
「お姉ちゃん?」
聞き覚えのある声に顔を向ける。以前、森で出会ったエルフの子、エリオンだった。
思わずカリナの顔に笑みが浮かび上がる。必死にそれを我慢して顔を背けた。
(目を合わせたらダメ……!)
この先は絶望しかないのに、今から気が緩めばその分だけ辛くなるだけだ。
そう思って、エリオンの傍から足早に離れていった。
そしてとどめの一言が発せられる。
「この間はありがとう!」
思わず振り向いた。
エリオンが振る手、笑顔、その瞳は他のエルフ達とは違う明らかな好意。
あっさり追い詰められてしまった。
殺していた心にわずかな希望が芽生えたのだ。
その希望が、凍った心を一瞬で溶かしていく――…
心が温かく満たされていく――…
『心を固く閉ざして、希望を投げ捨て、考えることをやめる、自分を守る唯一の術』だったのに、それすら出来なくなった。
(ああ、自分を守る方法、まだ一つ残ってたな……………でも神様、貴方は――)
どうしてこんなにも残酷なんだろう――…。
「……うるさい」
「……え?」
きょとんとしたエリオンの顔。
それを見て胸が痛むのを堪えながら――エリオンを睨みつけた。
「どうせ君もその内、ボクのことをゴミクズみたいに見るんでしょう!? なら最初から優しくしないでよッ!」
エリオンは何故カリナにそう言われたのか理解できなかった。
ただ、拒絶されたのは理解できる。
優しい姉に嫌われてしまったのだと。
次第に目から涙が溜まっていく。
「エリオン!」
母親がエリオンに駆け寄った。
「あなた!エリオンに何を言ったの!」
母親が敵意を込めて睨みつけてくる。
カリナはそれに威圧を込めてギロリと睨み返した。
「ひっ!」
母親の顔がみるみる青白くなっていく。そして逃げるようにエリオンを連れて去っていった。
「おい、お前なにやってるか!」
騒ぎを聞きつけ奴隷商人がやってきた。奴隷商人だけではない、衛兵達もこちらの存在に目を付け始めていた。
逃げるように村を後にした。
「貴様、あとで躾をくれてやる! 覚悟しとけ!」




