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射手座の箱舟  作者: トンブラー
魔王降臨編
4/72

犯罪奴隷

 ――小さな体が押し倒される。

 

「やめてッ! やめてッッ! お父さん――ッ!!」

 

 父は死んだ。カリナは何もできず、それを見ていた。

 

 ――服が引き千切れる音。

 

 「嫌だッ! いやだっ!」

 

 誰も助けてくれない。誰にも許してもらえない。

 

 ――顔を叩かれ、下着を剥がれ、そして――……

 

 

 

 「うあ………うあああぁぁぁああぁぁぁ――――ッ!!」

 

 

 ――心が壊れた。

 

 

 

 

 

【エクストラスキル : 狂化 の取得に成功。発動します】

【ユニークスキル : 前世の知識 の取得に成功。発動します】

【ユニークスキル : 分割意思 の取得に成功。発動します】


 頭の中から声が聞こえてきた。

 その瞬間、体中が熱くなっていくのを感じる。

 そして力が湧いてくる。溢れてくる。

 

 ――獲物を前にした魔獣のように。

 

「なっ、こいつ意外と力が強いぞ!」

「押さえつけろ!」

「いでででっ! おとなしくしやがれ!」

 

 カリナが突然暴れ出した事で盗賊達は力ずくで抑えにかかる。

 それらを押し退け、そして――

 

「ウアァァァァァァァァ―――――ッ!」

 

 叫び声と同時に盗賊の一人が弾け飛ぶ。

 木に叩き付けられ、そのまま絶命した。

 

「な、なんだこいつ!」

「やばいぞ、ぶっ殺せっ!」


「アァァァァァァ――――ッ!!」

 

 カリナの叫びは終わらない。



【エクストラスキル : 威圧 の取得に成功。発動します】



 直後、盗賊たちの体は凍りついた。恐怖が全身を襲う。

 

「い、一体何が…」

 

 盗賊の一人が呟く。

 カリナは大きく息を吸い込みそして、盗賊たちに飛びかかった。

 

「ぎゃはぁッ!!」

「ぐあぁ――ッ!」

「グフッ!」

 

 次々に刈り取られる盗賊達。

 そこに佇むカリナは更に威圧感を増している。

 いつ暴れ出してもおかしくない。そうなれば盗賊たちは皆殺しされることは疑いようがなかった。

 

 

 だがカリナは動かなかった。視線の先、父の亡骸を見つめて――

 

「お父……さん……」

 

 糸が切れたように倒れた。




*****




 カリナは夢を見た。

 夢の中のカリナは誰からも好かれ、頼りにされていた。

 逆に自分は周囲と関係を保つのが煩わしかった。だが本当は自分も皆の事が好きだった。

 沢山勉強して、知らなかった事を知っていく事が楽しかった。

 幸せは続かなかった。

 学校から帰ってきたカリナが扉を開けると、そこには盗賊に滅多打ちにされた父の亡骸が――

 

 

 いつもの朝。絶望の朝。

 嵌められた大きな首輪、そして手足の鎖。

 カリナは盗賊に襲われたあの日、気を失っているうちに運ばれ奴隷商人に売られていた。

 連れられている奴隷は数人いるが、女は自分以外にいなかった。

 その奴隷達に向かってくる男。奴隷商人だ。

 カリナの顔を見るなり、男が鞭を振るう。

 目覚まし代わりだと言いながら。

 

「ぅあ――――ッ!! ゥグ―――ッ!」

 

 焼けるように鋭く熱い痛みが背中を貫いた。

 

「オラッ!さっさと起きやがれッ!」

 

「ぅあうッ! あうぅ!! ああっ!」

 

 鞭を打たれるたびに痛みが響く。声を上げるたびに商人の顔が醜い笑みを浮かべていた。

 

(痛い……痛い痛い―――ッ!! お父さん……!!)

 

 声を抑え、ひたすら痛みに耐える。それすら男を悦ばせる餌。

 更に強い鞭が飛んでくるだけだった。

 

 

 鞭の響く音がしばらく続き、奴隷商人は満足したよう離れていった。

 奴隷に身を(やつ)して数日間、カリナは毎日鞭を振るわれ続け、既に生気がなかった。

 このままアルガットに連れていかれれば生きて出られない。奴隷として一生を終えることになる。

 定命の人間ならいずれ生涯を閉じることができる。だがカリナはハーフエルフだ。その可憐な容姿と長い寿命によって、死ぬより辛い苦痛を永遠に味わうことになるだろう。

 

 今日もカリナは絶望の地へ運ばれる。処刑台に連れていかれる囚人のように。

 

 

******

 

 

 奴隷商人とカリナを含む数人の奴隷達は、とある村に辿り着いていた。

 村人達は一行を訝しげな顔を浮かべていたが、それを咎めるものはいない。

 駐在する衛兵でも放置していた。

 

 エルフの国―フォルンは奴隷売買を認めていない。

 だが、積極的な取り締まりもしていなかった。

 エルフが奴隷にされているのであれば話は別だが、多種族が奴隷になろうが関係ないといったスタンスだった。

 ましてや、カリナはハーフエルフ。何かあれば証拠がなくとも犯人扱いされる危険すらあった。

 

「…おい、あいつはこの前のダークエルフだぞ?」

「本当だ…。犯罪奴隷だったのか…」

「この間も子供を攫おうとしてたらしいぞ」

「あの話は本当だったんだな…」

「疫病神め…早く村を出て行けよ…。」

 

 そんな会話が聞こえてくる。だがそんな声はもうカリナには響かなくなっていた。

 とっくの昔に心を固く閉ざして、希望を投げ捨て、考えることをやめる。

 それだけが唯一、自分を守る術だったからだ。

 何も期待せず、感情を殺して何も感じなければ、嫌な思いもすることもないだろうと――…。

 


 だが、運命はそれを許してくれなかった。

 

「お姉ちゃん?」

 

 聞き覚えのある声に顔を向ける。以前、森で出会ったエルフの子、エリオンだった。

 思わずカリナの顔に笑みが浮かび上がる。必死にそれを我慢して顔を背けた。

 

 (目を合わせたらダメ……!)

 

 この先は絶望しかないのに、今から気が緩めばその分だけ辛くなるだけだ。

 そう思って、エリオンの傍から足早に離れていった。

 

 

 そしてとどめの一言が発せられる。

 

「この間はありがとう!」

 

 

 思わず振り向いた。

 

 エリオンが振る手、笑顔、その瞳は他のエルフ達とは違う明らかな好意。

 

 あっさり追い詰められてしまった。

 

 殺していた心にわずかな希望が芽生えたのだ。

 

 その希望が、凍った心を一瞬で溶かしていく――…

 

 心が温かく満たされていく――…

 

 

 『心を固く閉ざして、希望を投げ捨て、考えることをやめる、自分を守る唯一の術』だったのに、それすら出来なくなった。

 

 

 

(ああ、自分を守る方法、まだ一つ残ってたな……………でも神様、貴方は――)

 

 

 どうしてこんなにも残酷なんだろう――…。

 

 

 

 

 

「……うるさい」

 

「……え?」

 

 きょとんとしたエリオンの顔。

 それを見て胸が痛むのを堪えながら――エリオンを睨みつけた。

 

「どうせ君もその内、ボクのことをゴミクズみたいに見るんでしょう!? なら最初から優しくしないでよッ!」

 

 エリオンは何故カリナにそう言われたのか理解できなかった。

 

 ただ、拒絶されたのは理解できる。

 

 優しい姉に嫌われてしまったのだと。

 

 次第に目から涙が溜まっていく。

 

 

 

「エリオン!」

 

 母親がエリオンに駆け寄った。

 

「あなた!エリオンに何を言ったの!」

 

 母親が敵意を込めて睨みつけてくる。

 カリナはそれに威圧を込めてギロリと睨み返した。

 

「ひっ!」

 

 母親の顔がみるみる青白くなっていく。そして逃げるようにエリオンを連れて去っていった。

 

 「おい、お前なにやってるか!」

 

 騒ぎを聞きつけ奴隷商人がやってきた。奴隷商人だけではない、衛兵達もこちらの存在に目を付け始めていた。

 

 逃げるように村を後にした。

 

「貴様、あとで躾をくれてやる! 覚悟しとけ!」

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