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射手座の箱舟  作者: トンブラー
奴隷解放編
39/72

其々の計画

 

 時は遡り、カリナ達が砦に帰還する数週間前事――

 大陸中央部に位置する帝国スノウレンにもたらされた情報が各機関を震撼させていた。

 

「これより緊急会議を始める。まずは情報部、状況の報告を」


 煌びやかに彩られた調度品に囲まれる参謀会議室内で、国軍司令部、領地管轄部、内政部、そして皇室の代表たちは皆、物々しい雰囲気に包まれていた。

 声を掛けるのは会議室の中で唯一の女性。焦茶色(ダークブラウン)のセミロング、ドワーフらしい引き締まった表情と体躯の美しく整った顔立ちのその女性はターニャ・フォン・スノウレン。この国の皇女だった。

 ターニャの問い掛けに情報部の代表が答える。


「はいターニャ皇女殿下。10日程前よりフォルン国に祭られている世界樹周辺より、高濃度の魔素が急激に発生しているとの報告が上がっております。同時に魔獣の発生数も過去50年で最悪と記録となる見込み。その原因は現時点では不明、調査中です。」

「具体的な規模、魔獣の数は?」

「既にフォルン国の領土一部が魔素に飲み込まれたとの情報が入っております。発生した魔獣の数もD級指定魔獣(ビースト)C級指定魔獣(プレデター)を中心として120%以上の増加と見込んでます」


 その報告で会議室内は騒然となった。


「120%増だと? そんな馬鹿な……ッ!? 」

「何かの間違いだろう!」

「だが、もし確かな情報なら急ぎ対策を講じないと大変なことになるぞ」

 

 様々な言葉が飛び交う中、ターニャはさらに問いかけた。

 

「その情報、どこまで信用できるんだ? マウアー殿」

「ほぼ確実です。現在フォルン内に潜伏中の者達との連絡が途絶えがちとなっており、その中で得られた情報です。」

「――そうか」

 

 そこまでを聞いて、ターニャは深く溜息をつきながら厳しい表情を浮かべた。自体は予想を超えて深刻化しつつある。早急に対策を練る必要があった。

 マウアーは更に報告を続ける。

 

「幸いにも我が国に流れてくる魔素量は例年をやや上回る程度です。魔物の活発化も殆ど見られません。殆ど大森林(グレートフォレスト)内で留まってます」

「そうか――それは不幸中の幸いだな」

 

 だがそんな情報ではターニャの表情が変わる事はない。魔素がいつ大森林(グレートフォレスト)から漏れ出てもおかしくないし、魔獣達が北上してくる可能性も十分に考えられる。

 報告を聞き、皇女は最悪の事態を想定して動く必要があると判断した。

 これからの事――近辺住民への避難準備の指示や避難先の確保、税率の調整や流通路の変更などを考えると頭が痛い。

 

「状況が変化してこちらに魔素が流れ込んでくる可能性は?」

「あまり楽観視できる状況ではありませんが、現時点では高くはないでしょう。今回の魔素の発生については人為的な物を感じます。」

「――人為的だと?」

 

 ターニャがマウアーに聞き返す。その原因を突き止めれば被害を食い止められるかもしれない。

 

「はい。魔素の発生源についてですが、厳密には世界樹からではなくやや南方、フォルン国のラムール侯爵領が最も高濃度という情報があります。そして魔物の活性化についてもその辺りが最も活性化しているようで、世界樹の方は魔物こそ多くなっているようですが、魔素自体は安定しております」

「ラムール公が何かしらの実験を行い失敗した……とか? いや、それはないだろうな」

 

 直ぐに自らの推測を否定した。自らが魔力に優れた種族であることを鼻にかけ、多種族との交流を嫌うエルフ達だ。彼らには好奇心や向上心と言うものが欠けている。

 そんな極端に保守的な種族の思考は止まっているというか、とにかく革新というモノを嫌う。

 であれば、外部からの工作の可能性が高いだろう。だがその憶測を確信に変える材料は一つもない。

 ともあれ、今は自国の安全を確保するのが先決。同時に臣民が安心出来る材料の一つでもあればいいのだが――。

 

「そうだな。やはり原因を調べる必要があるか。その為には――」

 

 ターニャは視線をずらす。その先には顎に白く長い髭をフサフサと蓄えた老人がつるつるの頭で座っていた。老人は皇女の視線に気づくと自信あり気に眉を上げ言葉を待つ。

 

聖女(ビアンカ)団長殿に調査を頼めるか? 教会としてクライス殿は如何か?」

「それは勿論。魔物対策は我々の専門でありますので」


 クライスと呼ばれた老人は二つ返事で答えた。

 

 教会聖騎士団――強力な魔獣や魔物に対抗するため創設され、魔物退治を専門とする集団だ。

 スノウレン直属の国軍部から独立しているこの機関は、それこそA級指定魔獣ディザスタークラスをも葬るために様々な研究と訓練が日々行われている。

 しかし、A級指定魔獣ディザスタークラスの魔物が発生するなど数十年に一度程度で非常に稀な事。それより下位の魔物も冒険者達が対処する事が殆どの為、その役割は専ら国家行事や式典における儀仗兵として就くことが多い。

 だが儀仗兵に就く事は非常に名誉な事であり、この騎士団に所属するとは実力も品格も優秀な人材という証でもある。

 臣民からの人気の高い彼らだが、血と汗と泥にまみれた戦場に赴くことが稀な為、国軍兵士からの妬みの対象ともなっているのだ。

 

「なら決まりだな」

 

 皇女はニヤリと笑いながらそう言うと、すぐに表情を戻して各方面に次々と指示を出していく。

 

「まず国軍部。有事の時は近隣住民の避難を最優先に行うよう、予め避難場所の選定をしておけ」 

「畏まりました。皇女殿下」

「次に税務部は南側の税を減らす一方でそれ以外の方面は増やせ。領地管轄部は各領主共に繋ぎをつけろ。これらは今から始めても構わん」

「滞りなく準備を済ませます」

「最後に交通部。南東へ続く道は閉鎖して代わりに東と北東方面の交通量(インフラ)に気を配れ。これも今すぐに始めておけ」

「お任せ下さい」

 

「――まあ、何も起こらなければそれで良いのだ。暫くは状況の変化に注視しよう」

 

 皇女はふと窓を見る。そこから見える空はどんよりと黒く厚い雲に覆われ、雨が来る事を予期していた――

 

 

*****

 

 

 砦に帰還して既に数日が経過しており、その間にカリナの空間魔法(ゲート)によって砦には何体もの魔物達が呼び込まれていた。

 当初はガエンも仲間達も、そして魔物達も互いに警戒しあい打ち解ける事が出来なかった。特に魔物側――子鬼族(ゴブリン)達は人間を見て酷く怯えていた。

 それは無理もない話だった。魔王であるカリナや同等の存在となったソウヒはともかく、他の人間は子鬼族(ゴブリン)達にとって天敵なのだから。

 

 そこでカリナは下位魔物達の安定が先決と考え、彼らを纏め従える上位魔物を呼び込む事にする。

 それには強力で信頼できて、そして人間とある程度意思疎通が可能な魔物が求められる。そしてその人選には心当たりがあった。ロトスを始めとした固有種(ネームド)戦鬼(オーガ)達だ。

 

「――出でよ! ロトスさん達!」

 

 カリナの魔法によって作られた空間魔法(ゲート)から、4体の戦鬼(オーガ)が出てきた。

 強気で豪快の戦鬼(オーガ)はロトス――

 小柄で生意気そうな戦鬼(オーガ)はデクス――

 気弱な戦鬼(オーガ)はコンスティ――

 そして姉御肌の戦鬼(オーガ)、リーシェ――

 

 4体の戦鬼(オーガ)達はカリナの前で膝をついてカリナからの命令を待つ。カリナは彼らに状況を簡潔に説明した後、それぞれに指示を下した。

 

「――予定ではボクとお兄さんが率いる400体規模の部隊を2つと、ガエンさんが直接指揮する150人の規模の部隊を作るつもりです。ロトスさんとリーシェさんはボクの補佐に、デクス君とコンスティ君はお兄さんについてもらえますか?」

「わかった。任せてくれ」

「アタシ達に任せなさい!」

 

 ロトスとリーシェの二人は自信満々に答えて見せた。

 

「だがその前に一言言わせてもらうぜ。これから俺達の事には呼び捨てで呼んでくれよ。アンタは俺達の主、俺達はアンタの手下だからな! それにそんな話し方、俺達には上品すぎるぜ!」

「あ、うん……気を付ける―――」

 

 自分の周りは年上ばかりなので、つい敬語になってしまう。だが主従関係である以上はそれ相応の振る舞いをするべきだった。

 そんな反省を余所に、隣ではデクスがソウヒに突っかかっている。

 

「よう獣人の兄さん、魔物ってのは自分より強い奴に従うのがルールなんだ。アンタはオイラより弱いんだろ? ならアンタをオイラの補佐につけよ」

「良いわけないだろ? 俺の方が強いんだからな」

「……おい、獣人のくせに生意気だぞ!」

「ちょっとデクス、出会って早々失礼だよ」

 

 デクスが放つ威圧をソウヒが受け流してる。そして二人の後ろでコンスティはオロオロしていた。

 それを見かねたロトスは――

 

「なら、今ここで決着つけりゃいいじゃんか」

 

 と気軽に声を掛ける。その言葉を待っていたようにデクス外に飛び出していった。やれやれとそれに続くソウヒ。

 

「ちょっとロトス? お兄さんが負けるとは思ってないけど、怪我とかしたらどうするのッ!?」

「まあ大丈夫だろ。何があったか知らないがソウヒの兄ちゃんは随分と強くなってるし、それに――」

 

ドカ―――――ンッ!!

 

「ぎゃああぁ―っ! 参った! 参ったって!」

 

 何処からともなく聞こえてくるデクスの悲鳴。

 

「アイツは弱いからなぁ――」

 

 こうして瞬殺されたデクス、そしてコンスティはあっさりとソウヒの下に就くことになった。

 その後、戦鬼(オーガ)達によってまとめられた子鬼族(ゴブリン)達は、人間達に過剰に怯える事も少なくなっていく。

 また、双方の溝を埋めるに当あたり、ガエンの機転が上手く事をいく側面もあった。要は相手の事を知り認め合えればいいのだ。


「こういう時は酒だ! お前ら新しい仲間を迎え飲むぞ!」

「お、おおー」

 

 いつもよりもノリが悪い仲間達。だが一旦酔っぱらってしまえば後は勢いだった。初めは戦鬼(オーガ)達に恐れを抱いていた彼らも、底なしに酒を飲む二人の戦鬼(オーガ)――ロトスとリーシェをみて負けじと飲み始める。

 それは魔物達も同じようで、続くように子鬼族(ゴブリン)も酒を飲む。そして次第に酔いが回ると人間も魔物達も打ち解けるようになっていった――

 そうなってしまえば目の前にいるのは頼もしい仲間達。お互いの信頼関係が作られていくのに時間はかからなかった。

 

 

*****

 

 数日後、カリナはガエンから呼び出される。

 

「情報収集、ですか?」

「そうだ。 イシュミルに今の状況を伝えて逆に王国の情報を聞いてきてもらいたい」

 

 ガエンの話によれば、この砦から一番近い領地をイシュミルが治めているという。寧ろこの砦はイシュミル領にあるのだそうだ。領都まではここから歩いて5日程度のところにある。

 

「それはいいですが、どうしてボクが? いつもは他の誰かが行ってたのに」

「嬢ちゃん、あれから挨拶もできてないだろ? 旦那も嬢ちゃんの事を心配してたし顔出してこいよ」

「そ、そうでしたね……」

 

 カリナが盗賊達に捕えられ奴隷として連れられていた頃、ガエンやソウヒ達を呼んで助けてくれた切っ掛けを作ったのはイシュミルだ。云わば恩人と言える人物だったが、これまで全く顔を合わせていなかったので礼すら言えていない。

 その事実を思い出し、カリナは引き受ける事にした。

 

「分かりました。すぐに準備します」

「旦那は領主館にいる。後で手紙を渡すから必要な物資をよこすように伝えてくれ」

「……それってお酒ですよね?」

 

 ジト目になるカリナにガエンは笑いながら――

 

「酒はいいぞ! 飲んで騒げば敵も味方もなくなるからな! 嫌な事も吹っ飛ぶぜ?」

「――まあ、いいですけど。程々にしてくださいね」

「それと今回はソウヒは留守番だ。街道で野盗が出たという話は聞かないが、道中気をつけろよ?」

「えぇ!? お兄さんはきてくれないの?」

 

 ガエンが切り出した言葉を聞いて、途端に不満げな表情を浮かべる。

 

「アイツには魔物達を纏めてもらう。戦鬼(オーガ)達は個々は強力だが指揮や教育方面はまだまだだからな。訓練するにしても、俺達より魔物に従っているアイツが適してるからな。」

 

 砦の人間と魔物が共存関係を築き始めたばかりだ。今は余計な揉め事を起こさない為にも、ソウヒは砦内にいて欲しいというのだ。

 頭では納得はできる。納得はできるが、心の中では(わだかま)りがあった。だがここで我儘を言う訳にはいかない。自分が我儘を通してしまえば、魔物達も人間を甘く見るようになってしまう。

 

「……わかりました」

 

 明らかに不満げな顔を残しながら、カリナは広間を出て行った。


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