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射手座の箱舟  作者: トンブラー
世界樹編
37/72

世界樹

 

「カリナ、そろそろ離してくれ」

「……やだ」

 

 ソウヒが蘇ってからカリナはずっとソウヒを離さなかった。それこそ朝から晩まで、用足し以外は全ての時間、ソウヒの腕にしがみついて離さない。

 

「でもな、もうそろそろ世界樹だろ? ここからはお前の能力(ちから)が頼りなんだぞ」

「でも……」

 

 辺りは鬱蒼とした草木に覆われた森の中。殆ど日が差すことがない上に霧が濃く立ち込めているので薄暗い。周囲にはいくつもの魔獣の気配を感じる。

 その殆どが戦鬼(オーガ)に匹敵する脅威度の魔獣達だ。だがそれらは二人に近づくことはなく、遠巻きにこちらを観察しそして去っていく。カリナの存在を本能で避けているのだろう。

 カリナはソウヒから少しでも離れると途端に不安に苛まれる。それが怖くて常に気を張り詰め、夜もほとんど眠れなかった。

 そんなカリナを見てソウヒが諭すように語り掛ける。

 

「だ、大丈夫だカリナ。俺はお前を一人にはしない。例え寿命が尽きても傍にいるから……!」

 

 顔を真っ赤しながら振り絞るような声。目を合わせるどころか顔すら向けてこない。だがその顔を見てカリナは、ソウヒの腕をほんの少しだけ緩めた。その代わりに強く手を握る。

 

「お兄さん、顔が赤いです」

「お前もな」

 

 世界樹はこの先――の筈だった。凶悪な魔獣が多数棲息するこの地に人の身でここまで来る事はまず不可能だ。それでも命知らずの冒険者達によって、世界樹の存在と位置は分かっている。

 カリナもソウヒも、目的地に近づくにつれ世界樹の気配を強く感じつつあった。

 

≪中々の誑しだな君は≫

(そうでもない。顔には自信がないからな)

≪あの子がそんな事を気にする筈がないだろう?≫

 

 心の中で語りかけるもう一つの人格、それはソウヒに宿るもう一つの魂、桜 理世だった。寧ろ今この体の主は理世であり、ソウヒは軒を貸してもらっているに過ぎない。

 理世の存在を誰にも――たとえカリナであっても秘密にする様に言われている。それはソウヒにとって大きな問題ではないが、カリナにも話させないのは少し気が引けていた。

 

(でもなんでカリナにも内緒なんだ?)

≪あの子は君を救う代償に私の命を使ったと思ってる。私はあの子と同一人物なんだからそんな訳ないのだけどね。でもそれはそれであの子の成長になるだろうからさ≫

 

 カリナはいつか何かを護る為には別の何かを犠牲にする時がきっとくるだろう。勿論そうでないことが一番だがそんな予感がするのだ。そしてその時に決断できないようでは生き残ることは出来ないだろう、と理世は考えていた。

≪それに君が私と一つになったと知ったらヤキモチを焼かれるかもしれないからね≫

(なんだよそれ……)

 

「……お兄さん、どうしました?」

「なんでもないよ」

 

 ソウヒの反応がたまに鈍くなるので、生死人(アンデット)化の兆候ではないかと心配になる。――実際は単にもう一人の人格(カリナ)に絡まれてるだけなのだが。

 その反面、ソウヒの感が鋭くなっているのも腑に落ちない。まるで自分の考えていることが分かっているような素振りさえ見せるのだから。

 

 そんなことを考えていると、いつの間に霧が晴れ視界が開けて眼が眩んだ。目を細めた二人がその先の光景を見て息を飲む。目の前に広がる池が高濃度の魔素によって黒く濁り、夥しい数の白骨化した魔獣の死骸。

 その先に立つのはこの大陸中を魔素で満たす巨大な樹木――世界樹だ。

 

「着いたな……」

「はい……やっと……」

 

 二人のつなぐ手が強くなる。思えば多くの事が二人のみに降りかかってきた。シウラやゴードンとの出会いも、母親との再会も、父親との最後の別れも。それらを思い出して涙ぐんできたカリナの頭をなでながら、ソウヒは世界樹を見上げる。

 

「それにしても……でかいな……」

「はい……」

 

 一目見て思い浮かぶ言葉はシンプルだった。世界樹と言うくらいだからやはり大きいのだろうと想像していたが、これほど大きいとは思わなかった。

 空を見上げても天辺(てっぺん)が見えない。ここから幹までかなりの距離があるにもかかわらず、枝は真上まで伸びているのだ。青々と生い茂る枝は、世界樹がまだまだ衰えていないことを意味していた。


 二人は慎重に木の根もとに向かっていく。『魔王化』しているカリナは高濃度の魔素を吸っても問題はない。逆にそれを吸う事で体が軽くなるように心地よかった。

 対するソウヒは濃すぎる魔素は害になる。特に獣人は本能が強いために――

 

「うう……なんか気持ち悪いな、なんというか頭がぼぅっとする」

 

 ソウヒが呻くように呟いた。鼓動が激しくなり体中の血が滾るようだった。

 

「だ、大丈夫ですか、お兄さん?」

「何とか……」

 

 だがソウヒはそこで地面に膝をつく。呼吸も荒く体から嫌な汗が吹き出してきた。

 

「お兄さん、しっかり!」

 

 カリナの声を聞いて顔を向けるソウヒ。その顔を見てカリナは体を強張らせる。あまりにも目つきが妖しい。

 その手をカリナの体に伸ばすと同時に――

 

「えっ? って、わあああああ―――っ!?」

 

 いきなりカリナに抱きつくとその頭をワシャワシャと撫でまわした。

 

「ちょ、ちょっと! お兄さんっ!? あ、頭! あたまが―っ!」

 

 どんどん髪がぐしゃぐしゃになっていく。抵抗しようと力を込めた時――

 

「ふぁあああ――ッ!! お兄さん翼! 翼はだめぇ!」


 今度は背中に手をまわして撫でまわしてきた。その手が翼に当たってカリナは身悶えた。

 そうこうする内にソウヒは目を回して倒れてしまった。

 

「はぁはぁ……、何が起こったの!?」

「お連れの方は魔素の力により欲望の箍が外れてしまったのです」

 

 不意に声を掛けられる。慌てて顔を向けると、そこには白く輝く狼が姿を現した。周囲を照らすように輝かしい狼の姿をみてこの森の主であると悟った。

 

「は、初めまして。ボクはハーフエルフのカリナ。突然押しかけて騒いでしまってごめんなさい」

 

 狼は恭しくカリナに答える。

 

「お待ちしておりました主様。貴方様の御帰還を歓迎いたします。私はコヨミカグラ。この大神樹(おおかみのき)の化身でございます」

大神樹(おおかみのき)? ひょっとして世界樹の事ですか? それにボクの事知ってるのですか?」

「主様は遥か昔、この地にて魔素を生み出し、魔法を生み出し、魔術を広め、永きにわたり大地に繁栄をもたらせた偉大なる王。その偉業は今も尚、多くの生命を生み育んでおります」

「ボクが魔素と魔法と魔術を……? 確かに魔素は何度か振りまいたことはあるけど、魔法自体を作るなんて……なんだか途方もない話になってきた……」

 

 狼の話を聞いてもいまいち実感が湧かない。この狼――コヨミカグラが言うほど自分に力があるようには思えなかった。この間も油断があったとはいえ簡単に捕まってしまったのだから。大昔の自分の力がそれほど強大だったのか、それとも自分の力が弱くなってしまったのかは分からない。

 だが、如何に自分の力が弱くても、今の自分にはやるべきことがあるのだ。カリナは改めてコヨミカグラに語り掛けた。

 

「コヨミカグラさん、ボクがこの地に来たのは他でもありません。この地には大昔の僕に仕えていた眷属が今も眠っていると聞きました。今のボクは心も体も弱くて力もありませんが、それでも大切な仲間を助けたいと思ってます。どうかボクに力を貸してもらえませんか」

 

 カリナの言葉を聞いて狼は喜びの声を上げる。勇ましく凛々しい目を吊り上げて、カリナに従属の意を示した。

 

「主様、我ら眷属達は永き時を経てその言葉を今か今かと待ち焦がれておりました。今ここに改めて主様に付き従いましょう!」

 

 コヨミカグラは高々に遠吠えを上げた。すると周囲から次々とそれに応じるように気配が増えていく。それら気配に気が付いて先程まで倒れていたソウヒが目を覚ました。

 

「うう……頭が痛ぇ、カリナ大丈夫か?」

「ボクは何ともないですよ。それよりもホラ、見てくださいお兄さん」

「――な、なんだぁ!?」


 ソウヒは顔を上げると顔を引きつらせる。目の前には何千何百と言う魔物たちが集まりカリナの前で跪いていた。中にはB級指定魔獣(ジェノサイダー)を超えるA級指定魔獣(ディザスター)クラスの魔物もいる。

 

「うおおぉ……圧巻というか怖いな……」

「ちょっとだけ。でもボクたちに危害を加える事はありません」

 

 コヨミカグラはソウヒをみて語りかけた。すぐ目の前にいる狼を見て、その脅威的な存在感に息を飲む。

 

A級指定魔獣(ディザスター)クラスじゃない……もっと上級のS級指定魔獣レジェンドクラスだ……)

「主様と魂を共有する者。我らは貴方様にも主様と同じく付き従いましょう。」

「お、おう……」

 

 ソウヒは何とか声を絞り出して答えた。我ながら情けないと思いつつも、魔王であるカリナにつきあう以上はこういった事にも慣れる必要があると考えを改める。

 そこからカリナは全ての魔物に契約の儀式を行っていった。カリナが魔物に手を触れそこから魔力を注ぐ事で従魔として従えることが出来る。カリナはこの作業でカリナは何度も魔力切れとなる。

 その度に寝込むという事態に何度も見舞われることになった。

 結局全ての魔物――総勢7000体以上と契約を交わすのに2週間以上費やしたのだった。

 


「お、終わりましたぁ――」

「ああ、お疲れ様」

 

 肩で息をするカリナにソウヒは笑顔で迎えた。頭を撫でられるのは好きではなかったが、ソウヒの顔を見えると強くは言えない。最後はいつも通り頭がぐしゃぐしゃになってしまうまで撫でられてしまった。

 だがこれからが問題だった。契約により魔物を従えたのはいいが、7000体もの数を引き連れて砦までを移動するなど、国軍が出動してきてもおかしくない。

 そしてそれには時間がかかりすぎる。これまで様々な幸運で時間を稼いでいたが、それも契約のために殆ど余裕がなくなってしまったのだ。

 それらを踏まえて二人は頭を悩ませる。結果、魔物達を連れて行くことは難しいと判断し、カリナの空間魔法(ゲート)を応用することで、この地に棲む魔物たちを砦に呼び込むことにした。

 そうすれば、目立つことなく移動速度が落ちる事もないのだ。

 

「ただ、一度に呼び出せるのは多くても10体が限度です。1時間の休憩(クール)があったとしても7000体全てを呼び込むには70時間は掛ります」

「まあ、砦の大きさから見ても1000体が限界だ。残り6000体の運用は後々考えるしかないな」

「仕方ありません…」

 

 そう決めると、二人はテントで横になる。2週間前まで不安に駆られてソウヒのそばを離れなかったカリナも、ようやく一人で眠る事が出来るようになった。

 

「明日にはここを引き払って砦に戻るぞ。今夜はゆっくり休もう」

「はい―――お兄さん……おやすみな……さぃ……」

 

 全ての力を出し切ったカリナは、言い切る前に意識が途切れた。


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