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射手座の箱舟  作者: トンブラー
世界樹編
36/72

代償

 恩人であるカリナの刑が執行されてしまった。それをルネは悲痛な面持ちで眺めている。

 既に檻に火が放たれて数時間。何度も油を流し込み、これでもかと言うくらい燃やし尽くされた檻の中には最早何も残っていない――

 

 ――カリナ以外は。

 

「な、何がどうなっているんだ……」

 

 油を流し込む衛兵の一人が呟いた。流し込んだ先から燃える油の質が悪くとも、その炎に触れれば当然火傷する。

 それにも拘らずカリナの体に変化は見られない。纏っていた服はすべて燃え尽き、無数の傷跡が残るその四肢には火傷が一つもないのだ。

 それどころか遠巻きで処刑の様子を見ている者達でさえ、猛然と燃える炎の熱で焼かれる思いなのに、その中にいるカリナは身じろぎ一つしないのだ。

 

「これはどういう事か――!?」

 

 領主ラムールが声を上げる。だがその問いに答えられる者は誰もいなかった。

 

 だがルネには何となく理解できた。一度似た場面を見ていたのだ。

 それはカリナが戦鬼(オーガ)が放つ黒い炎に巻かれたときだ。あの時の炎は、それこそこんな油で燃やした程度の熱量ではなかった――と思う。

 ルネの推測は半分は当たっていたが、半分は間違いだ。

 カリナは戦鬼(オーガ)闇火焔(ダークフレア)を受けた際にその耐性を身に着けた。その能力(スキル)は超高熱でも耐えられるのだった。

 

 カリナが虚ろな目でラムールを見る。その眼に恐れをなしたラムールが衛兵達に命令した。

 

「ええぃ! このままでは埒が明かぬ! 矢で射殺してしまえ!」

 

 命令によってすぐ弓兵たちが処刑台の周りに集まり矢をつがえた。そして一斉に檻の中のカリナに狙いを定める。

 

「――放てッ!」

「――ウィンドブロー」

 

 放たれた矢はカリナの突風によって悉く吹き飛ばされる。それどころか炎と風が巨大な竜巻をつくりだして、周囲を巻き込んでいく。

 

「う、うわあああああ――――ッ!」

「て、撤収―――ッ! 逃げろぉ――ッ! 」

 

 辺りは大混乱に陥っていた。そんな中カリナは翼に魔力を通して手錠の鎖を切る。そして檻の格子を魔力剣で切断して外に出た。

 

「ダークエルフが外に出たぞ! 殺せ!」

 

 誰かが叫ぶ。その声を聞きつけた衛兵達が、混乱が治まらない最中でも槍を手に持ってカリナを取り囲んだ。

 

「かかれェー!」

「――(おぼろ)


 先程と同じく一斉に斬りかかってくる衛兵達、だが振りぬいた武器がカリナを捉える事はなく、その瞬間、斬りかかった衛兵達全員の手が両断される。

 うめき声をあげて転げまわる衛兵達に、カリナは容赦なく火球(ファイアーボール)を撃ち込んでいった。

 

 カリナはそのままラムール、そしてルネの前まで歩きだす。

 

「カリナさん……こんなはずじゃ……本当にこんなはずじゃ…」

 

 目の前に立つルネが申し訳なさそうにカリナを見ながら口にする。

 それをカリナは哀しい目をして返した。

 

「――以前、ルネさんは外の世界を見てきたと聞きました。多分それを見て人の醜さを知ったんだと思います。でも、ボクは思うんです。心は人間もエルフも持ってるんです。その中にある善意も悪意も、嫉妬も醜悪さ恨みも、……誰かを好きになる気持ちも、誰でも持ってると思うんですよ。」

 

 次にラムールの方に顔を向けるとラムールは既に足が竦み声も出なかった。

 

「ラムール様。だからボクは貴方を恨みます。この恨みは絶対に消えないし許すつもりもありません。この里に住む全ての人達の命を代償として償ってもらいます」

 

 静かにそう告げる。その言葉にラムールは即座に反応する。

 

「そ、そんなことが許されるものか! このダークエルフめ! すぐに王都にこの惨状を伝え母娘共々処刑してやる!」

 

 精一杯の抵抗だった。だがカリナは静かに答える。

 

「どうやって伝えるのでしょう?」

「な、何ッ!? どういう事だッ!?」

 

 ――後にラムールは知ることになる。里を覆う様に高濃度の魔素が漂っている事に。その魔素によって強力な魔獣達が大量に発生していることに。

 それはこの里から離れることも近づくことも出来ない事を意味している。

 

 ラムールに問いに答えることなく、再びルネに顔を向けた。そして手を差し伸べながら問いかける。

 

「ルネさん、ここはもうすぐ人が住めなくなります。あなたはどうしますか?」

「……え?」

「ここを離れるのでしたら、今しかありません。」

 

 その言葉で先程のカリナの言葉が本気なのを悟る。無理もない、自分を含めてどれだけのエルフ達がこの子を貶めたのか分からないが、既に謝って済む段階はとっくに過ぎているのだと。

 

「私はこの里の者。そしてこの領地を守る一族です。ここから離れるわけにはいきません。でも、エリオンだけは連れて行ってもらえませんか?」

 

 それはエリオンが心許す友達であり、親友の娘だからこそ託せる願いだ。その願いにカリナは首を振る。

 

「それは出来ません。ボクはルネさんの仇になる気はないです。エリオン君を恨みと悲しみで過ごす人生を押し付ける事もしたくない」

 

 カリナの言葉は残酷で優しい一言だった。逃げないならエリオンと共に死ねと。そして決して一人だけにすることはないと言っているのだ。

 そういわれてしまっては是非もない。

 

「分かりました。 では私もここを離れます」

 

 そういうと、ルネはカリナの手をとった。カリナはその手をしっかり掴むと翼を大きく伸ばして跳躍する。大空を進む先には何度も立ち寄った村が見えていた。

 

 

*****

 

 

「この村もいずれ人が住めなくなります。護衛をつけますので、すぐに離れてください」

「護衛……ですか」

 

 村で新しい服を調達したカリナの言葉にルネは首を傾げる。ソウヒは見当たらないしゴードンはメリルと共に王都に行ってしまった。

 

「ソウヒさんの事ですか? でもソウヒさんはカリナさんと旅をしていると――」

「お兄さんは、殺されました――」

「――ッ!? なんてこと……」

 

 哀しげに笑うカリナを見て、エルフとはここまで残酷になれるものなのかとルネは青ざめる。だがソウヒが護衛出ないというのなら――

 

「まさか……護衛って……」

 

 その言葉を待たず、カリナは詠唱を始める。

 

「我、ここに顕現させるは忠実なる(しもべ)なり。()でよ――ロトス!」

 

 そう唱えたカリナの目の前に漆黒の空間(ゲート)が現れる。そしてそこから先日命からがら逃げてきた相手――戦鬼(オーガ)が現れた。

 

「ひぃぃぃぃっ!」

 

 思わずエリオンを庇うように抱きしめて悲鳴を上げる。ロトスはルネを見ると爽やかな笑顔で話しかけた。

 

「ああ、あの時のエルフの姉ちゃんか。元気だったか?」

 

 その笑顔は以前見た狂気のそれではなく、見ただけでは普通の人間と大差なかった。

 

「ロトスさん、貴方にルネさんとエリオン君の護衛を命じます。あらゆる外敵から身を守ってください。」

「畏まった我が主。で、どこまで行くんだい?」

「ひとまず王都まで行けば。魔素はそこまで及びませんから。ルネさんもそれでいいですか?」

「え、ええ……。 王都ならいくつか伝手があるから」

 

 そういうルネにカリナは頷いた。

 

「それと、ボクの事は――」

「ええ、誰にも言わないわ」

 

 だがカリナはそれには首を振る。

 

「いえ、ボクの事を誰かに言っても構いません。周囲にボクの事を知ってもらう必要もあると思うので」

「そう……」

 

 そろそろ別れの時だ。カリナはルネとエリオンにハグをして、翼を大きく広げた。

 

「それじゃ、ボクはもう行きます」

「カリナさん、貴女は強く生きてください」

「お姉ちゃん、またね!」

 

 最後にルネの手の甲、エリオンの額にキスをして――

 

「あなた達に、魔王(ボク)の加護がありますように!」

 

 そういうと、翼を羽ばたかせながら大きく跳躍した。空から里の方角に向かうカリナの姿は直ぐに見えなくなる。

 

「母様、今何か言った?」

「うん? 何も言ってないわよ?」

「準備はできたか? 王都とやらの道は分からんが、アンタは知ってるんだろ? しっかり護ってやるぜ」

「は、はひぃ……よろしくお願いします……」

 

 ルネはロトスの存在を思い出して青ざめた。そんなルネの様子に気付かず、エリオンはついさっき聞いた『世界』の言葉を思い出していた。

 

【ユニークスキル:魔王の加護の習得に成功しました。発動します】

 

(まおうのかごってなんだろう?)

 

 

*****

 

 

「――多分、この辺りに――――いた」

 

 カリナが降り立った場所は、昨日ソウヒと襲われた場所だった。初めはこの場所を避けて通るつもりだったが、その地が近づくにつれ見過ごせなくなり、結局はここにきてしまった。

 カリナの目の前にあるもの――背中から槍で貫かれ、それでも前を向いた姿勢で息絶えたソウヒだった。

 

「あ……あああ………あああああ―――ッ!!」

 

 ソウヒの顔を見た瞬間、カリナの目から涙が溢れる。その悔しげな顔が憎々しげにカリナを睨んでいるのだ。

 

「ごめんなさい、ごめんなさい―――……ッ」

 

 ソウヒに触れることも出来ず、その場に座り込んで何度も謝る。その言葉しか口にできなくなる程に、その言葉しか頭に浮かんでこない程に。

 

≪いつも彼に謝ってばっかりだね(わたし)は≫

 

 不意に理世の意識がカリナに語りかける。

 

「うん……。ボクはいつもお兄さんに迷惑かけてばかりで、お兄さんはいつもボクを助けてくれて、ボクはそれに何も返せなくて」

 

≪そんなことないだろ? ちゃんと彼をみていたのかい?あんなに(わたし)の事を想ってくれてたじゃないか。彼は(わたし)の力になることを望んでたじゃないか≫

 

「…………」


≪ああもう、面倒くさい……。彼を助けたいなら早くしなよ≫

 

「……え?」

 

≪余程、(わたし)を助けられなかった事が無念だったみたいだね。魂が残ってる。このままだと生死人(アンデット)になるよ≫

 

「そんな……」


≪そうなる前に(わたし)の魂を彼に分け与えるんだ。そうすれば彼の生命も蘇るよ≫


「魂を渡す――……」


その言葉の意味は想像がついた。今自分の魂にはカリナ自身、アルベルト、エルベレーナの3つが融合されている状態だ。その一つを切り捨てる事になる。


「じゃあ、ボクの魂を――」


≪そういう「お約束」はいらないから。いやこれも「お約束」なのかな? 4つ目の魂――私をつかってよ≫

 

「……え?」

 

≪もういい加減、叩き起こされるのは迷惑なんだよね!≫


 理世がそう言った瞬間、カリナの体が光だした。夕暮れ時の薄暗い森が辺りを照らしだす。


「ま……まって!」

 

 その言葉に返事は来ない。光の玉となった魂はソウヒ目がけて飛び込んでそして――

 

「ウ………グ……」

 

 喘ぐような声と共にソウヒの体が崩れ落ちる。カリナは慌ててソウヒを支えた。

 

「ググ……カ…リナ……?」

「お兄さん――ッ!」

 

 カリナはソウヒの体に力一杯抱きしめた。

 

「カリナ……無事か……?」

「うん……うんっ! お兄さん、いつもありがとう――っ!」

 

 そう言いってカリナは大声で泣きながら心に誓う。

 

(ボクは(ボク)を絶対に忘れないから……)


推敲前に投稿してしまった・・・

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