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射手座の箱舟  作者: トンブラー
世界樹編
35/72

逆襲

 傷だらけで取り押さえられたソウヒの目の前に広がる光景――それはカリナが男達に引き倒され、拘束される姿だった。


「嫌ぁあああああァァ――ッ!! 放せッ! 放して―――ッ!!」


 カリナは仰向けに倒れながら必死に抵抗を続けている。両腕は既に抑え込まれ、足蹴だけで男達を吹き飛ばした。

 

「クソ! おとなしくしろ!」

「コイツ意外としぶとい!」

「嫌だッ! 嫌だああぁぁァァ――――ッ! ンン―――ッ!?」

 

 その口が布で塞がれ、カリナの声が聞こえなくなる。

 男達はカリナの顔を何度も殴りつけた。それでも抵抗をやめない。周囲には男達の怒声が響いていた。

 

「お……お前らァァァァァァ――――ッ!!」

 

 ソウヒ自身も男達によって自由を奪われていた。うつ伏せに頭を押さえつけられ手足も拘束されている中、激しい怒りが本能を呼び覚ます。

 体が一回り大きくなり、手足の毛が獣のように伸びる。傷つけられた体が塞がっていく。自分を押さえつける男達を跳ね飛ばそうとしたその時――

 

 ――ザスッ!

 

「ガ……ッ」

 

 リーダー格の一撃がソウヒの背中を貫いた。ソウヒは小さく息を上げ、そのまま動かなくなった――

 

「ン―――ッ!? ンン――――――ッ!!」

 

 言葉にならない声でソウヒを呼び続けるが、ソウヒの体は倒れたままだ。その姿が涙で滲み見えなくなる。

 

――ガンッ!!

 

 鈍器のようなもので後頭部を殴られ意識が朦朧とする。何度も叫んだせいで喉が痛い。沢山の男達に押さえつけられていたせいで手足も痛い……。

 

 

 カリナの思考が黒く沈んでいく――

 何が起こっているのか理解できない。なぜこんな悪夢を見ているのだろう。

 ソウヒと最初に出会った時、そして一緒に歩いた旅が脳裏に浮かんでは消えていく――

 最後に見えたのは薄く光るソウヒのシルエットだった――

 

 ――カリナは不意に父親と一緒に旅をしていた時の思い出す。

 お父さん、その人がボクの好きな人だよ――

 

 思い出が、目の前の悲劇を塗りつぶしていく――…

 

 

*****

 

 

 ――カリナが目を開けるとはじめに見えたのは薄暗くてカビ臭い空気とジメジメして固く冷たい床。どう見ても何処かの地下牢だ。窓もなく明かりがないので殆ど何も見えない。ただ視線の先には鉄格子だけがうっすらとみえる。

 

「ンゥ…………ッ!? ン――――――ッ!!」

 

 目が覚めてすぐ顔に拘束具がはめ込まれている事に気が付いた。そのせいで言葉が全く出ない。慌てて剥がそうとしたところで手錠を嵌められている事に気が付いた。しかも後ろ手に嵌められているので力が思うように出せず動くこともままならない状態だ。

 それらを外そうと藻掻くが、流石のカリナでもこの状態で鎖を外すのは無理があった。 どんなに力を込めても手錠は外れず、手錠の鎖の音が空しく聞こえてくるだけだった。


 暫く悪戦苦闘していると遠くから足音が聞こえてくる。カリナは満足に動かない体を何とか動かし、足音の方に顔を向ける。鉄格子が開き、そして照らされる松明の光と幾つかの人影。

 

「まるで芋虫だな小娘? いや、ダークエルフめ!」

 

 声を掛けてきた男の顔も声にも覚えはなかった。たが言葉使いから相手は自分の事を知ってる様だった。

 戸惑うカリナの髪を男が掴みあげる。

 

「ゥゥ………」


 何をされるか予想がつかず身を縮める。すると男は顔を近づけ怒鳴り始めた。

 

「薄汚れたゴミが! 我らエルフに楯突いた報いを受けろ! 貴様のせいでロメール様は失脚させられた! ラムール様の立場も危うい! この始末どうしてくれるッ!」


 手に持った松明の火でカリナの顔を炙りながら罵られる。その剣幕からカリナは恐怖から言葉にならない悲鳴を上げた。

 

「ム―ーッ!! ウゥ―――ッ!」

 

 男はその姿を卑下した目で見ると、カリナの顔を地面に叩きつけた。ゴンッという音が鳴り響き頭部が跳ねる。更に体を蹴り上げられた衝撃で狭い部屋の中を何度も壁にぶつかりながら部屋の奥まで転がっていった。

 

「ゥン――――……」

「ハハッ、芋虫らしいザマだな!」

 

 大人しくなったカリナを見て満足した男、そして次の言葉がカリナの胸に突き刺さる。

 

「明日には処刑してやる! 昼間のガキと同じようになぁ!」

「―――――――ッ!?」

 

「昼間のガキ」とはソウヒの事だろう。ソウヒが死んだ聞いた瞬間、カリナは目を大きく開いた。

 薄れゆく意識の中で最後に見たソウヒの姿が浮かんでくる。 

 

「ンンンウウウウウゥゥゥ―――ッ!!」

 

 カリナの叫び声を聞いて男は笑いながら去っていった。すぐに薄暗くなった部屋の中、大声で泣くカリナの声だけが響いていた――

 

 

*****

 

 

 翌日、カリナは目隠しをされた状態で外に引き出された。その途端――

 

「何と禍々しい! あれがダークエルフか!」

「そうだ! あれが里を襲った犯人だ!」

「おのれダークエルフ! 我らの怒りを思い知れ!」

 

――ガンッ! ゴッ! ゴンッ!!


 周囲にはどれほど大勢の人がいるのか分からない程に投げつけられる罵声と大量の石礫。何度も石をぶつけられ、いくつも頭に当たり痛かった。

 衛兵に引きずられながら向かうのは処刑台、そんな中、近くで一人の女性の声が聞こえてくる。それと同時に男の声も。

 

「叔父様! 今すぐ止めてください! あの子はメリル様の――お姉さまの子なのですよ!」

「ならん! この娘は悪魔に憑りつかれ、魔物を操るダークエルフだ! 生かしておくわけにはいかぬ!」

「そんな……お姉さま! カリナさんが―ッ!!」

 

 ルネの声だった。ルネは必死にカリナの処刑をやめさせようとラムールを説得している。それもすぐ周りの喧噪によりかき消された。

 

 衛兵によって檻に入れられ、大量の油がまかれる。そしてラムールがカリナに罪状を告げられた。

 

「『ダークエルフ』カリナよ! そなたは里に大量の戦鬼(オーガ)を放ち混乱させた嫌疑、領主館に侵入し領主とその息子ラムールを拘束した罪、そして何よりも、そなたがダークエルフと成り果てた罪により火刑を申し付ける! 申し開きがあるなら申して見せよ!」

 

 弁明しようにも、拘束具により口は閉じられ言葉を発することも出来ない。それについて訴える者も――

 

「そんな状態じゃ、申し開きなんて出来るわけないじゃないですか――ッ!」

 

 ルネが叫んだ。だが誰もそれに続く者はいない。すぐにルネは衛兵達によって取り押さえられた。


「「火刑! 火刑! 火刑!」」

「「死刑! 死刑! 死刑!」」

 

 まるで何かに憑りつかれかの様に周囲が狂気に包まれている。その様子を満足げに見ていたラムールが手を上げ宣告した。

 

「申し開きがない以上、罪を認めた者とする! 刑を執行せよ!」

 

 油がまかれた檻に火かけられた。その火は瞬く間に檻とカリナを包んでいく。

 

 

 炎に包まれる中、カリナは後悔した。

 昨日盗賊を捕まえた時、ソウヒ達に告げた言葉――周囲の目に負けない力を領主館で実行してしまった事を。

 ソウヒは言った。「最後まで言葉を尽くすのがお前のいいところ」と。それを今回は実行しなかった事を。

 

(ボクが余計な事をしなければお兄さんは――)

 

 カリナがそんな行動に出たのは理由があった。それはカリナの母親メリルの存在――

 いつか自分が魔王であることが周囲に知られたとき、メリルもカリナの様に糾弾されるだろう。「魔王を生んだ母親」として――

 それを避けるために思いついたのが、偶然でも魔王として仕立て上げたロメールを利用する事だった。

 ソウヒとシウラの護衛を戦鬼(オーガ)に任せ、自らも領主館に乗り込んで魔王らしくロメールを成敗するシナリオだった。

 そして宣言する。「外法を用いてメリルの子を魔王に堕としたロメールを、魔王自らが成敗した」と。

 

 だが、カリナは2つミスを犯した。一つはラムールの懇願でロメールを許したこと。もう一つはラムールを侮っていた事だ。

 親の仇であるロメールを許した事は、ラムールには甘さにしか映らなかったのだ。

 同時にラムールは、ロメールと言う後継者を失なった事に加え、その失態が明るみになる事で最悪領地取り上げとなる可能性もあった。

 それを打開する策をラムールは思いつく。それが魔王カリナの存在だ。

 メリルはロメールに告げた罪は、あくまで領主代理としての立場のみ。ならば「魔王を生んだ挙句にそれに与するもの」として糾弾すればよいと。

 正にカリナが考えた事と同じ事を返された形だ。カリナとメリルは、その領主の老獪な手腕に負けたのだ。

 

 炎が体に燃え移る。着ている服、拘束具、そして目を覆う布が燃えてしまった事で視界が開け、声が出るようになった。

 

 そこから見えたのは大勢の兵隊、里に住む人々、憎悪と悪意、ラムールの顔、そしてエリオンを抱きながら涙を流して自分の為に祈りをささげているルネの姿。

 

「ああ……お兄さん……」

 

 カリナは、今はもういないソウヒに呼びかける。

 

「ごめんなさい。ボクはまたお兄さんに迷惑をかけてしまいました――」

 

 その声をかき消すように、炎はカリナを覆っていった――

 

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