カリナの決意
その後、盗賊は急におとなしくなりソウヒの問い掛けにも応じるようなった。
「なら、お前らの雇い主はロメールで間違いないな?」
「あぁ…間違いない」
「このまま領主館までこいつを連れていく。メリル様とロメールの前で吐いてもらおうか」
「い、命ばかりは…」
「それを決めるのは俺じゃない」
そう言ってソウヒはカリナを見た。カリナも返答に困っているところで、先日の一件により父親の事は自分なりに一区切りつけたので、これ以上話を蒸し返したくないというのが本音だった。
「……この人に責任を全部押し付ける気はないです」
「カリナ、それでいいの?」
シウラはカリナの肩を抱きながら問いかける。父親を殺したこともカリナに心的障害を植え付けたのも、直接的にはこの男達が原因なのだ。カリナ自身そうは言っても簡単に許せるものでは無いだろうとシウラは考えていた。
「はい。この先もあの時の事を考えて悩む時もあるかもしれません。でもボクはボクなりにカタがついたと思ってます。あとはお母さんの判断に任せようかと」
「そう……わかったわ」
カリナは戦鬼達の方に顔を向ける。戦鬼達はカリナに膝をついて頭を下げた。
「主よ。次の命令を」
ロトスがカリナに顔を向けて語り掛けた。
「そうだね。今からボク達は領主館に向かってお父さんの仇を討ちに行く。といっても最後はお母さんに任せるつもりだけど。だけどそこに着くまでに妨害や襲撃があるかもしれない。そこで――」
「主達の護衛だな? 任せてくれ。」
「その通りなんだけど――」
そういうとカリナはソウヒとシウラに向かって頭を下げた。
「お兄さん、シウラさん、ボクは今ここで『魔王』として生きることを宣言します」
「……なんだと?」
「どういうこと?」
急な展開に二人が狼狽えながらカリナを問い詰める。
「ずっと考えてたんです。ボクは『ハーフエルフ』から『魔王』になって今までよりも厳しい目が向けられる。ボクはそれに負けない力を持つ必要があると。それに――」
「それに……なんだ?」
ソウヒの表情は硬い。その考えに至ることは至極当然だ。国中で窃盗や強盗、汚職や腐敗が蔓延るこの大陸で求められるのは道理や世間体ではない。純粋な力、すなわち外敵を黙らせるか排除することだ。
カリナを止めたくとも止める言葉が見つからない。カリナの考えていることは正しい。今までだって散々絡まれたり傷つけられたりしてきたのだ。それらから護ると誓っておきながら何もできなかった自分に止める資格はない。
「――それに、この先はお兄さんと並んで戦いたい。アルガットで奴隷として虐げられている人達を解放して、皆が安心して暮らせる国になるようにボクも戦いたい」
「カリナお前……ずるいぞ、そんな事言われたら反対できないだろ!」
「えへへ……」
カリナは自らの境遇に自棄を起こしているわけではない。寧ろそれを乗り越えようとしている。その為に力を使うというのだ。
ここはカリナを信じよう――ソウヒはそう思った。
そんな二人をみて、シウラも呆れつつも最後は笑って納得した。
「まあ、カリナが魔王って名乗っても世界が滅ぶことにはならないでしょうしねぇ? でも、どうして今のなの?」
「それは、ボクを魔王にした張本人に責任を取ってもらうつもりだからです。」
「……どういう事?」
カリナが二人に作戦を打ち明けた。
*****
メリルがソウヒにカリナを探しに行かせて半日が過ぎようとしていた。
既に日は落ちているので、メリルとゴードンは領主館の一室を借りて一泊する事となる。
ロメールとしてはメリルを引き留めると同時に、カリナを謀殺する時間を稼ぐことができるのでいい口実だった。
その意図は既にメリルに筒抜けになっている事を除けばだが。
だがロメールは未だに戻らない刺客達に焦りを感じていた。
夕暮れ前の定時連絡では対象を発見したという報告が届いていが、そこからの報告がまだ来ないのだ。
(まさか返り討ちに遭ったのではないか? いやそんなはずはない! 此方は前回と同様に10人以上の手練れを送ったんだ! 魔法が使えるだけの小娘と護衛一人に後れを取るはずがないではないか!)
ロメールは私室で落ち着きなく歩き回りながら刺客の帰還を待つ。そしてそれから1時間後――
「ロメール様……」
微かに庭から声が聞こえてきた。ロメールは急いで男を部屋に招き入れ報告を促す。だが刺客の口から発せられる報告はロメールの望むものでは無かった。
「申し訳ございません。対象を発見後、森の中で襲撃を試みたところ、煙幕と魔法により視界を奪われ逃げられてしまいました!」
その報告を聞いてロメールは激昂する。
「なんだとぉ! それでは計画が進まんではないか! 小娘一人すら殺せないなど貴様何をやっておったか!」
跪く刺客を怒りに任せて蹴り上げる。男は苦悶の表情を浮かべるが声に出すことなくそれに耐えた。自らの失態がロメールの立場を危うくさせるのだ。弁解の余地もない。
「まずいぞ……。このまま小娘が館に来られてはメリルに知られてしまう……。いや、最悪こちらの正体はまだ分からんのだ。いったん時間を置くか……いやしかし……」
以前からロメールは女癖の悪いことで評判だった。プライドが高いこの優男は、気が強くて能動的なメリルを見るなり是非自分の手で堕とそうと考えた。
だが、メリルはエルフの血を引いておきながら外の世界で人間の男と結婚し、既に子供――すなわちダークエルフまでいるという。
その話を聞いた時、これは何かの間違いだと怒り狂った。
メリルは森へ戻ってきたと聞いた時は、従兄妹のルネと同様、外の世界を知って馴染まずに戻ってきたのだと思い歓喜に震えた。しかし実際はそうではなかった。
何年か前にメリルと話す機会があり、いつもの調子でメリルに言い寄ると「森に戻っても自分はまだ既婚者で娘もいる」と言われ振られてしまった。
これがロメールのプライド――人間の男に劣るという事実に傷をつける。
完全な逆恨みだが、それだけに暴走を止める術もない。父娘を謀殺し傷心のメリルを手に入れることに執着するようになる。
「急いで館の周りをかためろ! メリルは近くで宿をとっていると伝えてこちらに近づけるな!」
「……はっ! お任せください!」
*****
――コンコンッ
「はぁい、どぉぞ」
部屋から入ってきたのはロメールの従兄妹でエリオンの母、ルネだった。
「失礼しますメリル様。先日は大変お世話になりました。そしてゴードン様、私はこの感謝を忘れることはありません」
「いいのよルネ。あなたが無事で本当に何よりだったわぁ」
「我が友との約束故に」
メリルのんびりと返す。ルネとは昔、一緒に森を出て旅をした仲間だったが、ルネは外の世界に馴染まず、またメリルは領主レウナスの帰還命令によって森に戻ってきた過去があった。
それでも二人が姉妹同然の仲なのは今も昔も変わらない。
「態々呼び立てて御免なさいねルネ。貴女に幾つか話しておくことがあるの」
普段変わらない面持ち。だがルネにはメリルの微妙な心境の変化を感じ取る。いつも以上の真剣な表情で話を待った。
「一つ目はカリナの事。ルネはもうあの子の本当の姿は見たと思うけど、あの子は少し前に『ダークエルフ』となってしまった」
「少し前? 生まれた時からではなかったのですか?」
「ええ、5年前の里に帰る時は魔法も使えない普通の子だったのよ。あの子の話によると盗賊に襲撃された時をきっかけに発現したって」
その話に身に覚えがあった。少し前村に奴隷商人の一行が通りかかった際、エリオンを前に泣き叫ぶカリナの姿を見たのだから。
そういえば、初めて出会った時は確かに普通の子にしか見えなかった。自分が精霊を呼び出した時も慌てて逃げて行ったのだ。
「何故、今になって……」
「それは私もわからない。ダークエルフについては何も情報がないもの。でも確かな答えはないけれど、一つだけきっかけがあったとしたら――」
メリルは息を継ぎ、表情をこわばらせる。ルネの目をじっと見つめると、一瞬も逸らすことなく告げる。
「あの子の父、そして私の夫モタラが盗賊に殺されたことよ」
「―――ッ!!」
ルネの顔から血の気が引いていく。そういえば先日冒険者ギルドでカリナは言っていた。父の仇を取るために戦鬼を仲間にしたと。
そこまでを考えて気づいた。何故メリルがここにいるのか、何故自分は呼び出されたのか。
「まさか……私を疑っているのですかっ! お姉さまッ!?」
ルネの言葉にメリルはキョトンと目を開ける。そして笑いながら――
「――アハハハッ! 違うわよぉ! もう、ルネの早とちりは相変わらずねぇ」
「……え?」
一頻りに笑った後、メリルは独り言のように呟いた。
「でもまあ、近いところまでは当たってるかな? 私はその犯人を捕まえに来たんだから」
「それは――」
その時、メリルの後ろで控えていたゴードンが窓を開け放つと、マスクを外して外から漂う臭いを感じ取る。
「これは……戦鬼か!」
「……え?」
ルネが驚いてゴードンを見る。まさかあの子の言った通り、本当に里に戦鬼が来るというのか……。
――カンカンカンカンッ……
同時に聞こえてくるのは、見張り台の緊急事態を知らせる鐘の音。音の調子からして非常事態を告げている!
「来たようね。ゴードンは聞いてなったのかしら? カリナが戦鬼を手懐けて仇を取る手伝いをしてもらうって」
「……某は聞いておらぬ」
そう言うゴードンは拗ねたような顔をしている。そんな二人を余所に、ルネは胸の奥に響く警笛が鳴りやむことはなかった。
*****
「緊急! 門より戦鬼が多数侵入! まっすぐ館に向かってきます!」
執務室に飛び込んできた衛兵が領主ラムールに向かって叫ぶ。既に夜は更け寝所で休んでいた領主ラムールだったが、見張り台の鐘の音を聞いて急ぎ支度を整えていた。
「なんだとッ!? すぐ鎮圧するよう近衛兵長に連絡せよ! 同時に領民の避難を優先させるんだ! 急げ!」
緊急事態とは思っていたが、戦鬼の同時出現は想定外だ。下手をすれば里を放棄することを決断する場合すらある。
衛兵の言葉を聞いてラムールは驚き戸惑いながらもすぐ衛兵に指示した。
その時、執務室の扉をノック音と共に一人の少女が入ってくる。
館の侍女ではない。小柄な少女の姿はエルフの様な金髪ではなく黒髪。肌も褐色でその背中には――
「失礼します。夜遅くにごめんなさい。ボクは魔王カリナ。戦鬼達の主です」
――背中に生える翼は、白く醜い骨の翼だった。
「貴様! 何者だ!」
衛兵がカリナに向かって吠える。その瞬間、カリナは衛兵に飛び掛かり、鋭い蹴りを衛兵めがけて繰り出した。敢え無く衛兵は気を失い、部屋にはカリナとラムールだけになる。
そんなカリナを見てラムールは抵抗するのは無駄と悟り、警戒しつつも時間稼ぎのために対話の姿勢をとった。
「戦鬼達の主だと? ではこの騒ぎを起こしたのもそなたのだろう? なにが目的でそのような事を?」
「はい、領主様の長男、ロメール様に一言文句が言いたくて」
「……ロメールに?」
唐突に息子の名前が出たことでラムールは眉をひそめる。
「ご存知ないかもしれませんが、ロメール様がボクを魔王になるように仕向けたんです」
「なんだとッ!?」
カリナの言葉を聞いてラムールは驚いた。それは同時に俄かに信じることも出来ない荒唐無稽な話でもあった。もし偽りなら不敬罪で捕えても良いくらいだ。
だが、この少女の姿はとても人の姿には見えない。その姿がロメールにどんな関係があるのかを聞く必要がある。
何せ相手は魔王――大昔に世界を滅ぼしたと言われるダークエルフなのだから。
「詳しい話を聞かせてもらえるか?」
「はい、もちろんです」




