依頼完了
「――エリオンッ!!」
「母様っ!! うわぁぁぁぁぁん!」
村に戻ったルネがエリオンと再会して抱きあう。その後からメリルがソウヒ達をねぎらっていた。
「ご苦労様! ルネの格好から随分大変だったみたいだれど、みんな無事みたいね」
「カリナが時間を稼いでくれたおかげです。戻ったら褒めてあげてください。アイツももうすぐ戻ってくるはずです」
ソウヒは敢えてカリナの名前を出した。母親なら開口一番でカリナの無事を確認したいだろうと、そう思ったからだ。
その気遣いに感謝しつつも、やはりまだ帰ってこないカリナを想うとメリル少し不安げな顔をする。だが、まだやる事が残っている以上、気にかけてばかりではいられない。
「そうね。でも先に依頼の完了報告と、報酬を受け取って頂戴」
「あ、いや俺達は依頼を受けていないので――」
「いえ、私からもぜひお礼させてください。ゴードン様にはとてもお世話になりましたし――」
ルネがエリオンと手を繋ぎながらソウヒに声を掛ける。因みにゴードンは自分の姿は目立つと言って、シウラと共にすぐに宿に引っ込んでしまった。
すぐに冒険者ギルドでクエスト完了の報告をする。本来なら依頼を受ける手続きを行わないと報酬を受けられないが、非常に緊急性の高い依頼だった事や、救出対象であるルネ自信が報酬を支払うという事で、例外を認められることになった。
ギルドにおいて報酬の規定は存在するものの、例外による支払いは割と多くあった。何でも規定に照らして報酬を出さないようにするよりも、働きに見合った報酬を支払う方がギルド側としても冒険者側としても具合がいいからだ。
ルネからの話によって複数の猪剛族が確認された事、即ち近くに集落を設けている可能性が高い事が分かった。その場にいる全員が深刻な顔をしている。すぐに対処しなければ村に被害が出る。
だが更に現れた戦鬼の存在を告げると周囲が騒然となる。ソウヒも魔物の正体を知った事で驚いていた。
「その後、カリナさんが残り私を逃がしてくれたのです」
最後にカリナの名前を口にした。その場にいたギルド員全員が驚愕する中、話を最後まで聞いていたメリルはソウヒに問い詰める。
「ソウヒさんッ!? 戦鬼がいたなんて聞いてないですよ! 本当にカリナは――娘は大丈夫なんですかッ!?」
「い、いや俺もあれが戦鬼だったなんて知らなかったんで……」
「知らなかったですってぇ!」
メリルがソウヒを締め上げる、非力なエルフとは思えない腕力に首が締まり、ソウヒは思わずタップしていた。
ギルド内は大混乱だ。すぐ猪剛族の集落を探しだそうという者。戦鬼討伐のために里への報告を訴えるもの。時間稼ぎに残った少女を救出を考える者。そして村人の避難を優先させようとする者等、様々な主張で収拾がつかない。
そんな時――
「お兄さん、戻りました――…ってお母さんッ!? お兄さんの首が締まってるよ!」
いつの間にか二人の横に立っていたカリナが、メリルを止めようと声を上げる。静寂と同時に一気に集まる視線――
「……な、何ですか?」
大勢の視線にやや怯えながら、カリナが呟いた。
「カリナ! 無事だったか!」
「――もう、本当にこの子はッ!!」
「――え?」
メリルが目に涙を浮かべてカリナを抱きしめる。状況を飲み込めずにカリナはされるがままだった。
*****
「ええと、どこから話せばいいのか…」
カリナを抱きしめて話さないメリルを宥めた後、カリナはギルド中央のテーブルに座って状況の報告を迫られた。
「そうだな、まずは俺達と別れてからどうなったかを説明してくれ」
「はい。あの後暫くの間は戦鬼と睨み合っていましたが、ボクからもう戦う気がないなら引いて欲しいと。戦鬼もそれを受けてくれました」
「――なんだって?」
ソウヒはカリナの報告の意味が解らなかった。戦鬼が話し合いに応じた? 何の冗談だと――…
「その時、いくつかお願いをしまして」
「「…………」」
その場にいる全員が顔を顰めている。当然信じる者などいない。ソウヒを除いて――
「で、その条件っていうのはなんだ?」
「はい、1つ目は村と村人を襲わない事、2つ目は近くにあるはずの猪剛族集落の討伐に手伝ってもらいました。3つ目が――」
「――どうした?」
「……お父さんの仇をとる手伝いをしてもらう事です」
――カリナは咄嗟にロメールの名を伏せた。この地の領主の長男という事である以上、ここで波風を立てるのは得策ではない思ったからだ。
他意はなかったが顔を俯かせたことで周りの同情を誘ったのか、カリナの言葉に周囲の冒険者達は神妙な面持ちで立ち尽くしていた。
「その話本当なのか? 本当に村を襲わないと約束して、猪剛族の集落の討伐も手伝ってもらえると?」
「はい。と言うか、剛族の集落はボクと戦鬼の皆さんで潰してきたのでもう心配はありません」
「「――えっ!?」」
「ほ、本当に集落を潰してきたのか?」
「はい、ここから3kmくらい離れたところに30匹くらいが集まってたのですが、もう大丈夫です」
「「………………」」
まるで川で魚を釣ってきたと言うような口調で話すカリナは周囲の反応にももう慣れてきたが、ソウヒはもう一つ聞きたいことがある。
「……なぁカリナ。 さっきの話で気になったんだが、戦鬼の皆さんって言わなかったか? まさかとは思うが戦鬼を何体も引き連れて……」
「ええと、最初にボクと戦った戦鬼はロトスさんという固有種だったのですが、その伝手で4体の戦鬼と一緒に――」
その時――
「嘘だ! 絶対に嘘に決まってる!」
「だ、だよな? いくらなんでもホラが過ぎるぞ!」
「お嬢ちゃん! 報酬欲しさとは言っても、もう少しマシな嘘をつきなよ!」
カリナの話に耐えきれなくなった冒険者達が口々に笑い出した。だが周囲の喧噪をよそにカリナに向かって歩きだし、そして――
――ぱこっ!
「あうっ!」
カリナの頭に軽く拳骨で叩いた。
「馬鹿ッ! なんでそんな危ないことをしたッ! その戦鬼達が一斉にお前に向かってきたらどうする!」
「――えっ……?」
ソウヒの怒鳴り声で喧噪が静まり返える。
「おいおい、まさかその子の与太話を信じてるわけじゃないよな?」
冒険者の一人がソウヒに笑いかける。ソウヒは今度はその冒険者に向かって怒鳴った。
「信じられないわけないだろ! コイツはやったと言ったら本当にやったんだよ!それがどれだけ危険な事なのかも分からずに!」
「あ……」
カリナはソウヒの言葉の真意に気が付いた。自分の行動の迂闊さを叱ってくれたのだ。同時にどれだけ心配をかけてしまったのかも。
メリルとルネ、そして周囲の冒険者達もソウヒの言葉で同様の考えに至る。ただソウヒの真意とは大分ずれがあるが。
嘘かどうかに関わらず、戦鬼相手に時間を稼いでくれたのは間違いない。そしてどんな手を使ったとしても、一歩でも間違えればカリナは今頃この世にはいなかっただろう。
それがどんなに奇跡的な事なのかを想像するだけで冒険者たちは身震いする。
しょんぼりするカリナだが、ソウヒは先程の剣幕とはうって変わってカリナの頭をなでながら諭すように話し始めた。
「だがこれで村が脅威に晒されることはなくなったわけだ。よくやったカリナ。でも一人で解決しようとするな。お前の実力は俺も理解しているが、俺はお前だけに負担を掛けたくないんだよ」
「はい、ごめんなさいお兄さん……」
そういってソウヒにしがみついた。
「カリナさん」
「はい、あ―……」
ルネがエリオンを伴ってカリナに声を掛けるが、カリナはバツが悪そうに少し身を竦ませる。そこをエリオンが元気よく声を掛けた。
「お姉ちゃん! 母様を助けてくれてありがとう!」
「え……?」
「――貴女達のおかげで無事に帰って来れました。感謝致します。」
「あ……いえ、ボクは……えへへ……」
突然の事で言葉に出せなかった。いつも怒られる人から褒められて照れるような恥ずかしいようなそんな気分だ。思わず笑顔がこぼれてくる。
「私は貴女を誤解してました。森の外の世界は一度見たことあるけど、そこで暮らす人達の環境を知っていたから」
森の外――フォルン王国の外側は基本的に治安が悪い。道を歩けば盗賊や強盗に遭う事も多く、それらを取り締まる衛兵は賄賂漬けでまともに機能していない。
地域によっては集落内でも隣人たちに気を許すこともなく揉め事が絶える事もなかった。
「でも、貴女は外で暮らす人々とは違って真っすぐな心でした。それに気づけずに今まで辛く当たってごめんなさい」
「ああっ! やめてください!」
深々と頭を下げるルネをカリナは慌てて止めさせる。
「ボ、ボクもこれから仲良くしてもらえるなら、とてもうれしいですっ!」
未だ言葉は浮かばずシドロモドロだが素直な言葉を伝える。ルネもカリナの言葉を聞いて笑って返した。その笑顔がカリナの中にあった葛藤を一つ消し去っていった――
結局、ギルドの意向としてはカリナの報告を十分に信じる材料がないので、戦鬼を退けた事のみが報酬となった。締めて45000セン。一人で1ヶ月は生きて暮らせる額だ。カリナはその金をソウヒに預けた。
メリル、ソウヒと共に宿に戻途中――
「それでカリナ、戦鬼達は今どうしてる?」
「え? えっと……これからはボクに力を貸したいと言ってるので、その内紹介します」
「そ、そうか……」
「……カリナ? もしかしてさっきの話、本当だったの?」
メリルの視線がカリナに突き刺さる。
「ほ、本当だよお母さん……って痛い!」
カリナの言葉と同時に二人の拳骨が頭に飛んできた。思わず頭を手にやって蹲る。
「本当にこの子は……! あまり心配させないで!」
「……ごめんなさい」
メリルの何度目かの抱擁だがカリナも逆らうことなくそれを受けた。
「でもカリナ、せっかくルネと仲良くなったのはいいけど、ロメールと事を構えるなら覚悟しておいた方がいいわよ」
「どういうこと?」
メリルはいつもの優しい目でも、カリナを叱る時のような厳しい目でもない、もっと真剣な目をして言った。
「ルネはね、ロメールの従妹なの」




