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射手座の箱舟  作者: トンブラー
魔王降臨編
3/72

襲撃

「赤鼻のおじいさん~♪ 酔っぱらって剣を振り回す~♪」


 旅する親娘(おやこ)の馬車から調子の外れた歌が聞こえてくる。


「止めにきた戦乙女の首ちょんぱ~♪」


 意味不明かつ物騒な歌だった。

 戦乙女ってあれだろ、大陸中央の国スノウレンの聖女。 カリナが憧れてる教会聖騎士(クルセイダー)…。

 と父モタラは心の中で呟いた。

 

 

 次の村まで行けば、母メリルが住む里までもう少し。

 普段のカリナなら父を急かしているところだが、昨日のことで母に会うのが怖くなっていた。

 いつもなら多少辛いことがあってもすぐ元気を取り戻していた。

 だが今回は時期が悪かった。

 母も他のエルフ達と同じ眼で、同じ言葉を掛けられたらと想像すると身が震える。

 

 (考えたくないけど、もしそうなったら……。いやいや大丈夫、大丈夫だって……!)

 

 空元気で自分を胡麻化していた。




 カリナが悩んでいると、突然馬車が止まる。

 盗賊の襲撃を警戒して御者台にいる父を見た。


「…事故だ」


 前方を見ると商人とその従者達の姿が見えた。

 だが様子がおかしい。明らかに真っ当な集団には見えなかった。

 

「……ちょっと見てくる」

「…気を付けろ」


 様子を見に行くとしても、馬車を無防備にするのは危ない。父と娘どちらかは残るべきだ。

 商人達から直接、またはどこからか馬車を襲うと想定するのなら、目の前にいる相手の方が警戒しやすい。

 予想通りなら恐らくあれは奴隷商人。人身売買を生業にする職業だ。

 いつもの営業スマイルではなく、明らかに「警戒している」という表情で一団の方に歩き出した。


「どうしました?」


 声をかけると商人が振り向いた。同時に周りの男たち全員がカリナに視線を向けてきた。

 その視線に思わず身が竦む。


「おお、行商人か!」

(やっぱり……。奴隷商人だ)

 

 男たちに掛けられた首輪、手足の鎖がそれを証明している。

 奴隷売買は、殆どの国で厳しく取り締まる違法取引の一つ。

 それを取り扱ってるという事はどう見てもこの商人は犯罪組織の一人という事になる。

 早々に立ち去るべきだ。


「ああ、こいつらをアルガットまで運んでいる途中なんだが、魔獣に襲われてな。何とか追い払ったまでは良かったが何人か怪我をしてしまった。すまないが傷薬を売ってもらえないだろうか」


 アルガットとは大陸の南東部に位置する商業国だ。確かにあの国は奴隷売買を禁止していない。

 

「あ、はい。それは構いませんが…。」

(奴隷に傷薬?どうして…?)


 過去に一度、遠巻きで奴隷商人の一団を見たことがったが、その扱いは酷いものだった。

 あれなら牛や馬の方がマシな扱いと思えるくらいに。


「まあ我々が怪しいと思うのも無理はない。ワシは奴隷商人で此奴らは商品だ。だが商品に傷ができたら売り物にならないからな。そちらに迷惑は掛けんよ」


 カリナの視線を察し、男は自分の身分をあっさり認めた。


「わかりました。すぐに取ってきます」

「ありがたい。助かるよ」


 馬車まで戻ると父親に状況を説明し、傷薬を人数分用意した。




 傷薬を奴隷商人に渡したが、代金は受け取らなかった。関わりたくないという意思表示だ。

 最初はそれでも支払いたいと申し出てたが、結局は此方の心情を察して引き下がった。


「いやぁ助かったよ。このままだと傷ついた連中は捨てていくしかなかったんだ」


 人身を簡単に「捨てる」といい放った奴隷商人=イシュミルに嫌悪感を覚える、だがここで表情に出しても良いことはないだろう。

 商人らしく相手に話をあわせた後、早々に出発した。


「何かあれば力になるからな!」と言われたが、言い換えれば「盗賊にでも捕まれば買い取ってやるぞ」とも聞こえた。

(顔を覚えられてたら嫌だなぁ…)


 そんな事を考えながら、その場を後にした。



*****



 奴隷商人から分かれて数日後、事件は起こった


「…カリナ!!」


 いつもと違う父モタラの声に、カリナは急いで馬車の奥に隠れる。

 荷物に紛れて息を潜めていると、外から声が聞こえてきた。


「命が……………降参……!! 有り金…………………見逃して……!」

「………全て……旅が………………。半分で………」


「それで……………! ……あと…積荷……………………で…………やる!」

「なら…………………くれてやる。…………待って…」


 そんなやり取りの後、馬車に誰かが入ってきた。

 緊張が一気に高まっていく。心臓が破裂しそうなほど脈を打ち、手が震えていた。


「…カリナ」

「…お父さん…?」

「…前が3人、後ろが2人だ」

「…わかった。後ろは任せて」

「…気をつけろ」

「…お父さんも、気を付けて」


 できるだけ簡潔に作戦を立て、モタラは外に出て行った。

 そして程なくして…。


 ガンッ! ギンッ! ガッ―――!


 外から金属音が聞こえてきた。

 それの音を合図にカリナが馬車から飛び出す。


 目の前に成人にしては小柄の男が2人、馬車の前方に向かって掛けていた。

 いきなり飛び出したカリナに一瞬反応が遅れ――


「火の精霊よ!」


 その言葉と同時にカリナの背後に火の精霊が現れた。


「――刃となりて敵を滅せよ! ファイアボール!」


 予め既に練り上げた魔力を詠唱にのせて魔法を唱える。


 火の精霊が火球に変化して片方に直撃した。火球が着ていた革鎧に燃え移る。


「ぎゃあああああ―――ッ!!」

「な……えぇ?」

「とりゃ――ッ!」


 奇襲に反応できないもう片方に、腰の短剣を投げつける。

 魔法を放つつための魔力を練る時間稼ぎのためだったのだが…。


「ふげっ!!」


 投げつけた短剣がいい具合にヒットして、もう片方の男も地面に伏した。


 父の方をみると、3人目が打ちのめされていた。


 不幸中の幸いというべきか、馬車に損傷はなく急いでその場を離れた。

 周囲を警戒しながら先に進んだのが功を奏したか、追撃を受けることなく次の村に到着した。


 父モタラが門の衛兵に盗賊の発見とあらましを話し、村に入った。

 

「ちょっとドキドキしたね!」

「…怪我はないか」

「ボクは大丈夫だよっ!お父さんの方は」

「…問題ない」

 

 その「問題ない」は怪我がなくて問題ないのか、怪我をしたけど問題ないのか。

 たまに父親の言うことが理解できない。

 

「ま、まぁとりあえず今日もう宿へ行こっ!なんだか疲れた…」

「…ああ」

 

 

*****

 

 

 村に滞在して数日、そして更に進むこと1日。ついに里の入り口にたどり着いた。


「ここより先は許可のない者を入れるわけにはいかぬ。名を名乗り目的を告げられよ!」


 衛兵の誰何に父モタラが応える。


「…領主の娘メリル、その夫のモタラだ。妻に会いに来た」


 その言葉に、僅かに衛兵の緊張が高まっていく。


「…連絡は受けている。だが通すわけにはいかん」

「…何故だ?」


「メリル様はこのところ体調が優れないそうだ。遥々来て追い返すようで申し訳ないが手前の村で待機してほしい。体調が戻れば此方から連絡するとのことだ。」


 母の事でカリナの顔が青くなる。


「…分かった。だが娘だけでも会わせてやってはくれないか?」


 父の要請も、衛兵は目を伏せて応えた。


「この国のハーフエルフの扱いは理解している事だろう。それは例えメリル様の御息女であっても変わらぬ。如何にメリル様自身がその娘を庇おうが周りがそう見ておらぬ。その娘を危険に遭わせない為にもここはお引き取り頂けぬだろうか」


 衛兵はすまなそうに、だが毅然として返答した。


「…分かりました。お母さんに待ってます伝えてください」

 

 せめて気持ちだけでも伝えたいと、カリナは衛兵にお願いする。

 

「…ああ、しかと、伝えよう」

 

 多少我儘を通してでも会いたいのが本音だが、それは自分の心が一時満たされるだけで誰の得にもならない。

 結局、母と会うことができず里を離れたが、がっかり安心という心境だった。

 モタラの方は――


(うわ、すごくがっかりしてる!)


 いつもの無表情の父が、ここまではっきりと表情を出したところを久しぶりに見た。



******



「…カリナ!!」


 ガンッ! ガンッ!! ガキン―――ッ!


 父の声と同時に戦闘音が聞こえてきた。

 慌てて馬車から出ると同時に――…


 ――ヒュドッ!!


「ぅあッ!?」


 飛んできた矢がカリナの右足に刺さった。激痛で地面に叩き付けられる。

 痛みに耐え見回してみれば既に盗賊達に取り囲まれていた。

 見えるだけでも10人以上。恐らく同程度の敵が潜んでいるだろう。

 とても商人――ましてや父娘(おやこ)だけで対処できる数じゃない。

 絶望の未来しか見えなった。

 

「水の精霊――」

 

 ガッ!

 

「―――あぐッ!」

 

 背後から殴られ、練り上げた魔力が霧散する。

 

「カリナッ!!」

 

 父モタラが声を上げる。今まで聞いたことのない大きな声で。


「……うぅぅうぅ――ッ! 痛い痛い――ッ!」

 

 痛みでうずくまる。その時点でカリナの心が折れた。

 近くで盗賊達の下卑た声が聞こえる。

 

「すげぇ! ハーフエルフだ! レアものだぞ!」

 

「こいつは絶対高く売れるぞ! いやぁ先ずは楽しんでおくかぁ――!?」

 

 周りの盗賊達の声でカリナの体が凍りついた。

 こちらに父が走る姿が見えて――

 

「……グガッ!!」

 

 父に降り注ぐ大量の矢、次いで切りかかる盗賊たち。

 すぐにその陰で姿が見えなくなり――

 

「…………お父さん?」

 

 父の姿が見えたときは亡骸となっていた。

 

「………お…父さん? お父さん……!? お父さん――ッ!!」

 

 何が起こったのか――

 思考が追い付かない――…。

 実は何か悪い冗談で、ボクを驚かそうとしているとか――……?

 思考が白く、視界が黒く染まっていく――………。

 

 

 盗賊達の声によって現実が引き戻される。

 

 

「おぉすげえ!! 上玉ってのはこう言うのなんだろうな!」

「だろ―! こいつは高いぞ絶対に!」


「……え?」

 

 父親の死に呆けたカリナの思考が現実に――悲劇に戻されていく。

 

「まぁ待て待て。先ずは全員で味見だ!」

「いええええええええええ――いッ!!」




 その言葉を聞いて全てを理解した。

 

 自分の未来が、未来と呼べないモノになっていくことを。

 

 誰も助けてもらえないことを。

 

 逃げる術はもうないことを。

 

 そして……これから…………

 

 男達の手が体に触れて――

 

 

 「いやだ………。ぃ嫌だ―――ッ!! 嫌ぁ―――ッ!!」

 

 

 群がる男達によって、カリナの姿はすぐに見えなくなった。


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