カリナとエリオン
「「あ…」」
「あなた! 性懲りもなくまたこんな所をウロついて!」
エリオンの母親がカリナに怒鳴る中、二人の視線が交差する。
完全に不意を突かれた。ここに来るまでに何と言って謝ろうかと考えていたが、いきなりのことで全て吹き飛んでしまい、言葉が出てこなかった。
(こんな子を傷つけてお詫びの言葉も出ないなんて、ボクは悪い奴だ……)
心の底からそう思った。だが自己嫌悪は後回し。この重苦しい空気にエリオンが耐えられなくなったらきっと逃げ出してしまう。
と、カリナは思っていた。
「お姉ちゃん! また来てくれたのっ!?」
「え?」
この間の事など無かったようにエリオンがカリナを見て笑っている。実際、エリオンにとっては大事ではなかった。そんな事よりもカリナが村に来た事の方がエリオンにとっては大切なのだから。
重苦しい空気が流れていると考えていたのは自分だけだったようだ。そう考えていると自然と言葉が浮かんでくる。カリナは身を低くしながら言った。
「エリオン君、この間はごめんね? 君は何も悪くないのにボクは酷いことを言ってしまったよね」
「うん? 大丈夫だよ!」
エリオンは何のことが覚えてないと言う様な仕草を見せながら笑顔を返してくれた。その顔を見て心が救われたように軽くなっていく。
「エリオン! こんなのと話してはなりません!」
本人を前にして「こんなの」呼ばわり。やはりカリナはこのエルフが苦手だ。だがカリナが母親に視線の方に視線を移すと、以前『威圧』を掛けられていた時の事を思い出したのか、怯えるように息を飲む。
カリナはそんな母親に頭を下げながら――
「この間はすみませんでした。あの時はまだ能力の使い方が下手で、気が立っていたところで、気づかないうちに『威圧』してしまっていました。」
態々「気に入らなかったので黙らせました」と言う必要はないので適当な理由をつけた。正直、彼女とはあまり話したくない。だがそれでも礼を失するほど心は荒んではいないと自分に言い聞かせる。
「とにかく! もううちの子に関わらないで!」
初めて会ったときはいきなり攻撃魔法を撃ってくる勢いだった母親も、『威圧』の件があり以前ほどの勢いはない。
それでも母親の態度が変わることなく、そのまま店を出て行ってしまった。
「母様、どうしてお姉ちゃんとお話してはいけないの?」
村から里へと戻る道中でエリオンが母親に尋ねる。
「ダークエルフはエルフじゃないのよ。いつも何処かで悪い事を企んでいるのよ」
元々母親がカリナを毛嫌いしているのは、単にハーフエルフだからという事ではない、森の外で育ったハーフエルフによって子供に悪い影響を与えるのを嫌っているためだ。
だがその答えにエリオンにはよく分からない顔をする。カリナが悪い事を考えている姿が想像できない。それだけカリナを信頼していた。
「お姉ちゃんは何も悪いことなんか考えてないよ?」
「エリオン。あの子もダークエルフなの。他人を騙し騙されて心が荒んだ外の世界を生きている子なんだから。あまり関わるとエリオンにも良くないのよ」
「でも……」
母親はエリオンの話を聞き入れることはない。なぜなら昔、外の世界で暮らしていた経験があるからだ。だが結局はその空気に馴染めず森に戻ってきた。
フォルンは大陸の中でも特殊な国だ。貧富の差が小さくや生活水準も高い。そして治安が飛びぬけて良いのだ。
これが他国ではそうはいかない。貧富差は大きく、教育が行き届かない為にまともに職にも就けず、殺人や強盗に身を落とす貧困層で溢れている。
治安が悪い街を生きていくには、善良なだけでは生きていけず、狡猾さと腹黒さが必要だった。
カリナは行商ながらも教育にも恵まれ、一般層並みには裕福な暮らしをしていたが、ハーフエルフという容姿に目をつけた悪漢に狙われたり、そこまではいかなくとも無用な揉め事に巻き込まれる経験を何度もしている。
「とにかく、あの子と話してはいけません! これはエリオンの為に言ってるのですよ!」
「……はい母様」
母親の思惑とは裏腹にエリオンは納得できない。せっかく仲良くなった友達であり姉貴分なのだ。このままサヨナラつもりはなかった。だが母親に逆らう事も出来ず渋々ながら頷いた。
その時――
ガサガサッ……ガサッ…
森の方から何かが近づいてくる。それも複数同時に。
「――ッ!? エリオンは後ろに隠れて!」
「は……はい母様っ!」
間もなく現れたのは革鎧を着込み剣や斧で武装する猪顔が3つ。
「オ…猪剛族ッ!?」
好色で村を襲っては女性を攫っていくエルフの天敵ともいえる魔物。母親は猪剛族の顔を見ると同時に戦闘態勢をとり、そして――
「ウィンドブロー!」
風の精霊を顕現させることなく、魔力のみで魔法を行使した。その威力は精霊にに比べて格段に下がる。だが3体の猪剛族を同時に相手にして悠長に魔法を唱える時間はなかった。
「ブオッ!? ブルルルルルルゥ―……」
突風が猪剛族の一匹に直撃して一瞬怯んだ。その隙に踵を返しエリオンの手を引いて走り出した。
「ブオオオオオォォォオオオ―――ンッ!!」
その後ろをものすごい勢いで襲い来る猪剛族達。一人では逃げきれても子供連れでは逃げ切れるはずもなく……
「エリオンは村まで走って!」
「母様ッ!?」
「走って!すぐに!」
そう言うと、猪剛族を引き連れて森の中に入っていった――。
*****
「あ、カリナが帰ってきた」
「うむ、その様子だとまた面倒な事になったようだな」
シウラとゴードンが、残念そうなカリナの顔してこちらに歩いてくる姿を見ながら思い思いに呟いた。
「ただいまです。シウラさん、ゴードンさん」
「お帰りカリナ。用事は済んだの?」
「はい、ちょっと前に友達に酷いことを言ってしまって謝りに行ったのですが、その友達は全然気にもしてませんでした」
「よかったじゃない! じゃあなんでそんな顔をしてるの?」
「ええと、その友達と一緒にいたお母さんが……ボクがハーフエルフなので」
「……酷いこと言われたのね」
シウラの目がつり上がる。カリナはそれを宥めながら、
「いえ、それ自体はいつもの事だから。でも怒ってお店から出て行ってしまって、その後、お店のおばあさんに『だから店に来るなと言ったんだ』と言われて……」
「……それで?」
「ボクに里まで荷物を届けろと言われました」
「頭にきた! その店に文句言ってやる!」
「某も行こう」
そう言うなり二人はカリナの手を引いて歩き出した。
「わぁ―っ! 待って待ってぇ!」
慌てて抵抗するがカリナの体重が軽いせいで踏ん張ってもズルズルと引き摺られてしまう。
その時――
「うわあああぁぁあああん――――ッ!」
何処からか泣き声がする。その聞き覚えのある声の主は――エリオンだ。
「エリオン君!」
そう叫ぶと二人の手を振りほどいて声の方へ走りだす。
「カリナ! ……もうっ! あの子は全然学習してないじゃない!」
「村はさほど大きくない。迷子にはなるまいよ」
そう言いながら二人も声のする方へ向かう。
カリナ達はすぐに村の出入口から走ってくるエリオンを見つけた。何度も転び泥と埃だらけの姿で村にたどり着いたエリオン。カリナの姿を見つけると泣きながら駆けてきた。そこに母親の姿はない。それがどういう事なのか凡その予想をつけながら――
「エリオン君! そんな恰好でどうしたのっ? お母さんはっ!?」
「母様、が……魔獣に……食べられちゃう…! 母様っ! 母様ぁぁぁ――っ!」
カリナにしがみつき必死に訴えかける。エリオンの話を聞き、三人は目を合わせて頷いた。
「シウラさんはお兄さんを呼んでください! ボクとゴードンさんは先に行ってお母さんを探しましょう!」
カリナは迷わず声を上げた。ついさっきまであった母親とのやり取った事などは考えもしない。ただエリオンの鳴き声がカリナの心を突き動かした。
そんなカリナを見て二人は力強く応える。
「ならば手分けして探すがよいな。 シウラはソウヒと共に行動せよ」
「分かった! ソウヒを呼んでくるわ!」
シウラはエリオンを連れて宿に、カリナとゴードンは森に向かって走り出した。
「アルさん! エルさん! エリオン君のお母さんを探して!」
カリナは一人街道を走る最中、自らの魂に宿る眷属達を呼び出した。その呼び掛けにアルベルトが応える。
≪畏まりました主様。『気配察知』を広範囲に展開します。――周囲500m、該当なし。――周囲1000m、該当なし。――周囲1500m、確認しました。右手前方に賊に追われてるエルフがいます≫
「賊? 魔獣じゃなくて!?」
≪その可能性は低いでしょう。魔物或いは人の類と考えられます≫
もし人間なら最悪だ。捕まえて奴隷にするに違いない。急がないと取り返しのつかないことになる。
「わかった、急いで行いこう!」
≪主様っ! 今のままでは追い付けません!≫
エルベレーナがカリナに警告する。街中ならともかく、いくらカリナであっても子供の足で森の中を進むのは困難で速度が出ないのだ。
「そんなっ! 何か…何か方法はない!?」
≪ムフフフ……ではこういうのはどうでしょうっ!≫
そう言うとカリナに『魔王化』を促す。ハーフエルフの姿が黒髪褐色に染まると同時に広がる翼。そこに魔力が膜のように覆っていく。それはまるで――
「蝙蝠みたいだね」
≪はいっ! 空を飛ぶことも可能ですっ!≫
「よぉし!」
翼を羽ばたかせて一気に跳躍する。眼下に広がる大森林をカリナは飛行して行った――。




