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射手座の箱舟  作者: トンブラー
世界樹編
26/72

ラムール領にて

 ソウヒは力なく項垂れる。カリナの事を護ってみせると誓った筈なのに信じきれなかった自分が情けないと思った。カリナはこんな自分に失望しただろうか。

 

「君に散々迷惑をかけた挙句、合わせる顔がないってさ。全く身勝手なことだねぇ。」

 

 意外にも、カリナの言葉は自分に向けての非難ではなかった。だがそれが逆にソウヒの心を惨めにする。

 そんなソウヒの様子を見て魔王(カリナ)は微笑みながら語りかける。

 

「――もし、君がもう逃げるのなら構わないよ。心配しなくてもこの体は私が管理する。私なら何物にも臆することなく能力(ちから)を行使できるから問題ない」

「なにッ! それはだめだっ!!」

 

 ソウヒは思わず叫んだ。それはカリナが恐れていた事。自らの能力(ちから)で周りを不幸にする行為だ。そんなことをしてしまうと二度とカリナは元に戻らなくなるだろう。

 魔王(カリナ)は笑みを強める。これはカリナを本当に魔王にする気なのだと思うと、自然と言葉に、そして体に力が湧いてきた。

 

「何がダメなのかな? 辞めたいのなら君には関係はないだろ? あぁ砦の仲間たちは心配するな。今のところ国軍による討伐の兆候はないし、あったとしても私が処理しておくよ。 なんなら私が君たちを守護してもいいぞ? それだけの事を君はしてくれたからね」


 と。まるで誘惑するような物言いで語りかけるが、ソウヒは即座にそれを否定した。

 

「違うッ! 俺は逃げない! 俺はカリナを護るって誓ったんだ!」

 

 険しく目を吊り上げ、魔王(カリナ)に言い放つ。その眼はかつてガエンとカリナに誓った時以上に力強い。それを見てこれまで意地悪く笑い続けていた魔王(カリナ)の顔が一変して――

 

「やっと目の色が戻ってきたね。君はこの子を護ると言ったが、単に敵から護ってもそれじゃ意味がないんだ。そんなものは自前の能力(ちから)で何とでもなるからね。ならこの子の何を護ればいいか、それはこの子が恐れているモノを考えればすぐに分かるはずだよ」

「カリナは自分の能力(ちから)で周りを不幸にすることを恐れていた。だからこれまでどんなに蔑まれても貶められても手を出さなかった」

「そうだね。でも、この子の能力(ちから)は周りを不幸にするだけなのかな? そう思ってるのはこの子だけかもしれないよ?」

「……そうか!」

 

 その言葉で閃いた。大きすぎる能力(ちから)は使いどころを誤れば厄災にもなるが、間違わなければ(・・・・・・・)――。

 魔王(カリナ)は満足げに頷くと、

 

「敵の敵は味方ってね。敵を味方にするのは力でねじ伏せるだけじゃなくて、味方にする方が得だと思わせる方法もあるのさ」

 

 魔王(カリナ)がそういった瞬間、周囲を覆っていた殻が消えていくのを感じる。

 

「じゃあ、私は寝なおすとするよ。 カリナにもう起こすなって言っといて頂戴」

「待ってくれ。結局君は何なんだ?」

「私は(さくら) 理世(りせ)。この子の記憶の欠片だよ。まあ覚えてなくていいけどね」

 

 魔王(カリナ)――理世はそう言うと部屋の中に入って行った。

 

 

*****

 

 

 夜が明け、ソウヒはカリナと会ったときはすっかり元に戻っていた。それでも記憶は朧気ながら残っているらしく、夢の中でソウヒに会った気がすると言っていた。

 朝食を済ませた後、カリナ達はメリルと共に領主ことレウナスと相対する。

 

「はじめまして領主様。母メリルの娘、カリナと言います」

 

 カリナはこれまで父モタラと一緒に暮らしていたので貴族の礼儀作法は疎かった。そのため出来るだけ失礼のないように丁寧に挨拶する。領主レウナスもカリナの作法を気にすることはなかった。

 

「おおっ! この様に賢い子であったとは、将来が楽しみだのぅ!」


 カリナがハーフエルフであるにも拘らず、レウナスは初めて孫の顔を見た事ですっかり舞い上がっていた。そんな領主の姿をみて母メリルも呆れている。

 

「領主様、この度は衛兵より報告にあった夫モタラと娘カリナが盗賊に襲われた件について、お話したいことがあります」

「そうか、申してみよ」

 

 レウナスの眼はカリナに釘付けでメリルの話があまり耳に入ってきていないようだった。だがそのデレデレな顔も、メリルの話と首謀者であるロメールの名前が挙げられた事で豹変していく。

 そして気づく。カリナの体中に付けられた傷痕――……。

 

「時にカリナ、その手足の傷痕は――…」

「え……? あ、盗賊に襲われて奴隷商に売られたときに鞭で打たれて――…」

 

 母や祖父に心配を掛けたくなかったので、あっさりとした口調で話すカリナ。 だがそれは逆効果で二人は絶句していた。

 

「こんな小さな子供に何という事を……」

「あの男……絶対に許さない……!」


 激しく憤るレウナスとメリル。

 

「あ、いえ、ボクは――…」

「カリナ、ここは何も言わないほうがいい。」

「そうね、きっと領主様が何とかしてくれるわ」

 

 カリナが言葉を発するところを、ソウヒとシウラが窘めた。

 

「すぐにラムーン領へ向かい、ロメール殿に問いただせ!」

 

 レウナスが配下に命令する。

 

「それなら、私も行きましょう!夫を謀殺されてこの娘にさえこの仕打ち、黙ってる気はありません!」

 

 と、迫力満点で言い放つ母メリル。カリナ達は共にロメールの父ラムーンが治める里へ行くことになった。

 

*****

 

「もうすぐラムール領に着くわね」

「ボク、お父さんと村で露店を開いてましたよ、全然売れませんでしたけどっ!」

 街道をかなりの速度で走る馬車の中、カリナとメリルが窓を覗きながら景色を楽しんでいる。

 レウナス領からラムール領まで行く場合、徒歩では幾つもの村々を経由して2週間はかかる。それに対して領主レウナスが用意した馬車を使う事で凡そ5日で辿り着いた。

 カリナと相対するように座るソウヒだが、その表情はいつになく真剣で、そんなソウヒにジッと見つめているせいでカリナは時々居心地の悪そうな顔をする。

 

「お兄さん、あまりこっち見ないで下さい。ちょっと恥ずかしいです……」

「ん? ああ、ごめん」


(周りが勝手にカリナを恐れてるだけ、か……)

 

 ソウヒは先日の理世の言葉が頭から離れなかった。目前の少女は出会った頃からずっと迫害されてきた。この問題はこれからも付き纏う事になるだろう。迫害する対象が『ハーフエルフ』から『魔王』に変わるだけだ。

 それでもカリナは能力(ちから)の行使を必要最低限にとどめている。自身も能力(ちから)を否定していると同時に恐れているのだろう。

 もし、その(たが)が外れ『魔王』の能力(ちから)を躊躇わなくなった時は、悪いのはカリナかそれとも――

 

「なに黄昏てんのさソウヒ」

「ソウヒは少し生真面目が過ぎるな。もう少し肩の力を抜くべきだ」

「いや、お前らのその構図が恥ずかしくてな、無我を貫かないと笑いそうなんだ」

「うっさいわ! 仕方ないでしょ!」

「そこをついてくるとは意外と意地が悪いぞソウヒ。某も少々恥ずかしいのだ」

 

 隣でゴードンの膝の上に座るシウラとゴードン。まるで親子か或いは場を弁えず睦みあうカップルだ。貴族が使うのでそれなりの大きさがある馬車だったが、それでもゴードンの体型が大きすぎた。全員が乗る為にはこうするしかなかった。

 

「でもさ、これはこれで揺れなくて意外と快適なんだよね!」

「某としては少々重いのだが」

「ぶっ殺すわよ!」

 

 二人とも保守的な種族だったが、この二人は意外と仲が良かった。ポジティブな性格のシウラとやや天然なゴードンの遣り取りは、一行の空気を明るく塗り替えてくれる。そんな二人に感謝しながら――

 

「あと少しで村に着くようだし、そこで少し休憩させてもらおう」

「あいよ―!」

 

 

*****

 

 

 

 カリナ達が村に到着したのは昼前時の頃だった。見覚えのあるこの村は、少し前に迷子のエルフ――エリオンと出会い別れた場所だ。

 

(そうだ、エリオン君に謝らないと)

 

 カリナは奴隷商人に連れられていた際、この村で立ち寄った時にエリオンに辛くあたった事を思い出す。許してもらえないかも知れないが、一言でも謝らないと気が済まなかった。

 

「お母さん、ボクこの村で用事が出来ました。今日はこの村に泊まりませんか」

「そうなの? じゃあ宿をとっておくわね」

「はい、ありがとうございます。お兄さん、そういう事なのでボクはすこし出掛けてきます」

「一緒に行かなくていいのか?」

「そこまで子供じゃないですっ!」

 

 そういうと、カリナは村の中央に掛けて行った。

 

「ところで――」

「はい?」

 

 小さくなるカリナの背中を眼で追っているソウヒの背後から声がかかる。何やら迫力のある笑顔で詰め寄ってくるメリルだった。

 

「貴方と娘の関係、聞かせてもらえますよね?」

「――え?……えっ!?」

 

 ――ズルズルズルズル――――ッ

 

 そのまま宿屋の中に引きずられていった。

 

 

「ごめんください」

「いらっしゃ……。またアンタか」

 

 カリナが入ったのは、エリオンと一緒に立ち寄った道具屋だった。

 

「すみません、エリオン君きてませんか」

 

 相変わらずカリナに露骨な態度をとっているが、営業スマイルで老店主に話しかけた。

 

「エリオン?ああ、あの男の子か。最近は見てないね」

「そうですか……」

「用がないなら出て行ってくれ! ダークエルフがいるって思われるのは迷惑だと言ったろう!」

 

 荒げる声を無視しながら商品を興味深げに覗き込む。あまり手入れがされていないのか少し埃をかぶっていた。その中の一つ――水晶玉のような魔導具を手にとった。

 

「こら! 勝手に触るんじゃない!」


 客が商品を見てるのに触るなとはどういう事か、と思いながらもそれを口にすることなく魔導具の具合を見る。

 

(何だろうこれ? 蓄音器(レコーダー)かな?)

 

 音を集積して記憶する蓄音器(レコーダー)のようだが、魔導回路が焼き切れて音が出そうにない。

 

「おばあさん、この蓄音器(レコーダー)ちょっと壊れてます」

「……なんだって?」

 

 カリナが魔導具の回路を映し出して見せる。驚く老店主だがカリナが指差したところを見ると更に驚いていた。

 

「確かに、このままじゃ音が出ないね」

「そうですね、これじゃ売り物になりません。なので直しておきす」

「そんなことできるのかい!?」

「ボク、こう見えても行商人でしたから、魔導具の手入れとか補修とか得意なんです」

 

 そういうと回路に手を入れる。 壊れている所は単に焼き切れているだけなのでその部分を繋ぎなおせばすぐに直った。

 手際の良さに老店主はカリナの見た目――ハーフエルフであることを忘れ、喜んでいた。

 

「いい腕してるんだねアンタ。直してくれてありがとうよ」

「いえいえ、じゃあボクはこれで失礼します」


 カリナが店を出て行こうとしたとき――

 

「ごめんくださ――…」

「あ…」

 

 店に入ってきたのはエリオンの母と、エリオンだった――

 

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