魔王のお母さん
「基本的には出身地と里に入る目的を伝えたら誰でも入れるはずよ。勿論、ハーフエルフでもそれは変わらないわ」
夜が更けてきた頃、一行は里の手前まで辿り着いていた。ここから先はエルフだけの領域となるので、中に入ったことのない3人にシウラが説明する。
「宿場や施設も問題なく使用できる。でも里のエルフ達は村よりも選民意識が高いから……」
カリナは村よりもひどい扱いになることが多いかもしれないとシウラは言う。だが少女はもうそのような連中に遠慮するつもりはなかった。
「問題ありません。まとめてぶっ飛ばしますから」
「私も出来るだけフォローするわ」
「某も加勢しよう」
(ゴードンは分かるがカリナやシウラまでもか……みんな急に武闘派になりやがって……)
とソウヒは内心溜息をついた。遠慮がちなカリナが成長することは嬉しい限りだが、その結果が誰彼構わず暴力に頼ってしまうのは見過ごせない。
勿論、カリナも本気で言ったわけではないのだろうが…。
門前には依然と同じく衛兵が立っている。当然先に解放した衛兵とは違う。カリナ達が彼に話しかけると、淡々とした口調で誰何してきた。
「夜遅くによく来たな。だがここより先は許可のない者を入れるわけにはいかぬ。名を名乗り目的を告げられよ」
「俺はアルガットのソウヒ。領主様の娘であるメリル様に火急の用があり、やってきた。」
「なに……?」
衛兵が反応メリルの名前を聞いて反応する。
「ボクは母メリルの娘カリナと言います。お母様が伏せていると聞いて参りました」
「なんだと……しばし待っておれ!」
そういうと衛兵は慌ただしく詰所に戻っていった。
「何かあったんでしょうか?」
「分からん……」
事情が分からず立ち尽くす。だが程なくして衛兵が戻ってきた。
「今使いを出した! すぐに馬車を用意するから館に向かいなさい!」
「え……」
ものすごい剣幕でカリナを促してくる。その勢いに対応できず、カリナは言葉が出なかった。
「貴女が来たらすぐに通すように連絡があった。急ぎなさい!」
「は、はい…!」
嫌な予感がする。急がないといけないと何かが囁く。馬車の準備が整うのを待っていることもできず、その囁きに従ってカリナは飛び出すように領主館に向かって走り出した。
「あ、おいカリナ……! くそっもう見えなくなった! すぐに追おう!」
ソウヒがかける声もカリナには届かず、すぐに見えなくなってしまったことで、同じく嫌な予感がしてきた。その様子を見て衛兵が対応する。
「ならばこの馬車に乗りなさい。子供の足だからすぐに追いつくだろう」
衛兵は用意してきた馬車に指をさす。3人がそれに乗り込むと馬車は領主館に向けて走り出した。
「な、なにが起こってるの……?」
「某も分からぬ。今は冷静に状況を見据えるのみだ」
突然のことでシウラも不安気だ。それをゴードンが落ち着かせる。
「シウラ、ここは他種族の俺達より同族のお前が頼りだ。 館でのやり取りはお前に任せる」
「……わかった! 私に任せて!」
状況を飲みこめていないが、それでもシウラは頼もしく頷いて見せた。
それにしても一向にカリナの姿は見えない。だがそれは無理もない話だ。カリナはただの子供ではないのだから。
結局カリナに追いつくことなく馬車は領主館の前で停止した。馬車から飛び出したシウラがすぐに館の門番に声を掛ける。
「夜更けに押し掛け申し訳ありません! メリル様の娘カリナ様の連れの者です。メリル様とカリナ様へお目通り願います!」
「おお、来られたか! 先触れを聞いたメリル様が首を長くして待っておられる! それでカリナ様はどちらに?」
「「……え?」」
その時、空に向かう一筋の閃光が――
「あれって……」
「は、ハハハ……」
呆然とするシウラと乾いた笑いのソウヒ。
過去に同じようなことがあった気がするが、まあ気のせいだろう。ソウヒはそう思う事にした。
そんなことを気にすることなく、ゴードンが感心したように口を開く。
「うむ、あれは前日にカリナが用いた術だな」
*****
「まさか、2回も迷子になるなんてなぁ……しかも同じパターンで」
「グスッ……お兄さん意地悪です!」
「まぁまぁ……………………ブフッ!!」
呆れるソウヒ、顔を真っ赤にして涙目になりながら逆ギレのカリナ、そして宥めようと失敗して吹き出すシウラ。
そしてこういう時に限って天然になるゴードンは、
「うむ。見事な閃光の術だった。夜空に瞬く間に昼のように明るくなるとはな」
「迷子になる度に戦略魔法撃つ奴なんてお前しかいないよ」
「―――――ッ!!」
領主館の応接間、二人の言葉に追い詰められたカリナがソウヒの肩をポカポカ叩く。その姿は可愛らしく背後で素知らぬ顔をしながら控えていた使用人達も、その光景に顔がにやけていた。
結局、カリナとソウヒ悪い予感は当たらなかった――ソウヒの方は当たったともいえる。メリルは部屋に伏してはいたが健在で、カリナの来訪を聞くなり飛び上がって喜んだ。
もうすぐ母と会えると思うとカリナの胸が高まる。物覚えが付かない頃に生き別れてから片手で数えられる程にしか会っていないのだ。
そして扉が開くと同時に――
「カリナ――ッ!」
シウラと比べて負けずとも劣らない美しい女性。メリルが廊下から応接間に飛び込んできた。
「お母さん!」
だが急停止して周りを見回す。
「あ、あれ……カリナはどこ……?」
「……あっ!!」
今のカリナの姿は――迷子になっていたので、今は『魔王化』している姿こそがカリナの本当の姿だが。直ぐにそれ解除して元のハーフエルフの姿になった。
「カリナッ!」
「お母さん!」
抱き合う二人。やっとのことで再会を果たすことが出来た。
「ところで、カリナ。さっきの姿はなぁに?」
一頻り抱き合った後、母メリルはのんびりとした口調でカリナに質問した。聞かれると思ったが、いざとなると言葉が濁る。
「……どうしても聞きたいですか?」
「ええ、カリナの事なら何でも! 大丈夫よ。絶対に悪いようにはしないから」
「……分かりました。じゃあ少し前の話から順を追ってお話します。」
カリナはこれまでの経緯を掻い摘んで話し始めた。父モタラと旅をしていた事。一度里にきたが門前払いにされたこと。盗賊に襲撃されて父が亡くなったこと。奴隷にされたこと。ソウヒとガエンを初めとした解放団に助けて貰ったこと。そして――
「お母さん、ボクは『魔王の種』でした。 いつかボクは世界を破滅に導く厄災となるかもしれません」
やはり父モタラの死とカリナの正体にはショックだったようだ。メリルは顔を青くしながらカリナを強く抱きしめる。
「カリナッ! お母さんがそんな事させないわ! 絶対に護ってあげるから!」
「痛……痛い……痛たたたたたたッ! 痛い痛い痛い! お母さん!!」
カリナの体がギシギシッと軋み悲鳴を上げる。そんなやり取りを見てソウヒゾッとした。
攻撃を全て防御、或いは回避するので分かり難いが、カリナは大人が全力で殴ってもびくともしない身体能力がある。それを非力なエルフでありながらカリナに物理的に痛がらせるなど常識はずれだった。
(この娘にてこの母ありか……)
こっそりと、そう考えるソウヒだった。
「あぁっ!ごめんなさいね!」
「ぅぅう……。そ、それでお父さんの件ですが――…」
母親から解放され、カリナは父モタラの死の真相について語り出した。ロメールというエルフが首謀者であることや里の衛兵を買収して襲わせて事も。全てを話し終えたところでメリルが父モタラの死を悲しみ涙を拭う。
「そう、あいつが全部仕組んだことなのね……」
カリナも母親にしがみついて一緒に泣いていた。ソウヒ達はそんな二人に声を掛けることも出来ず、神妙な面持ちで見守る事しかできなかった。
暫くして立ち直ったメリルから部屋を用意され、今夜はここで泊る事となった。外の世界を見てきたメリルは森のエルフ達とは違い、実娘のカリナやエルフのシウラは勿論、他種族である獣人のソウヒやゴードンにも――恐らく魔物とは気づかず丁重にもてなされた。
*****
その日の夜、昼の事で気が昂ぶっていたソウヒは、気分を変えようとテラスに出た。自棄になったカリナを何とか宥めることは出来たが、それは単に運が良かっただけの事。同じことが起こった時は自分でも手が付けられない事にかもしれない。そして、もしそうなったら自分はカリナと世界のどちらを味方するのだろうかと。
答えはすぐに出す必要はないのかもしれないが、覚悟はしておくべきだろう。だがそれ以前にそうならないように気を配るべきだ。カリナを『厄災の根源』にしてはいけない。
そんなことを考えながら空を見上げる。月が雲に隠れようとしているしていた。
「――ん?」
よく見ると隠れ行く月に小さな人影が見える。蝙蝠か梟の類かとも思ったが明らかに人の形をしていた。その特徴的な翼は――
「アイツ、こんな時間に何してるんだ?」
それは『魔王化』をしている時のカリナ翼だった。だがあの翼は空を飛ぶ能力を持っていないと聞いている。ではなぜ飛べるのか?
暫く飛行していた後、カリナは館の屋根に降り立った。ソウヒも屋根に飛び上がりその場所へ向かう。
「カリナ、こんな時間にどうした? それにその翼、飛べないんじゃないのか?」
カリナは答えない。静かに目を閉じて広がった翼をしまいながら独り言のように呟く。
「うん、実験は成功かな」
「カリナ?」
一人呟く雰囲気はいつもと違う。声も姿も同じなのにいつもよりも大人びている気がする。それはソウヒに目をやると口を開いた。
「あら? こんばんは。 君は確かソウヒ君だったかな?」
「―――ッ!! お前は誰だっ!?」
姿はカリナそのもの。だが明らかに何か違う。その違和感によってソウヒはソレに対して構えた。そしてその瞬間、周囲が静寂に包まれる。虫の声や風の音が聞こえなくなり、空気の流れ全てが止まるのを感じる。まるで見えない殻に閉じ込められたかのような……
「こんな夜に大声を出すなんて、近所迷惑だよ」
戸惑うソウヒにカリナの姿をした何かは、機嫌を悪くした顔をして口を開いた。
「私はカリナだ。これでもね。君の知ってるカリナとは少し異なるけど」
「何を言ってる…」
「そうだな、簡単に言うと別の人格と言ったら解り易いかい?」
その言葉を聞いて気づいた。目の前のコイツはカリナであってカリナでない。それを慎重に問い正していく。
「それは魔王の人格……ということか?」
だがこの推測は違ったようだ。カリナは笑いながら否定する。
「あははは! そんな人格なんてないよ! そもそも『魔王』なんて存在しない。強いて言うならこの子自信が『魔王』だからね。厳密にいうなら君達が能力の事を『魔王』と呼んでるだけさ」
「……どういうことだ?」
「その言葉のとおりだよ。800年前に人並み外れた能力を持った存在を、周り連中が勝手に恐れて『魔王』と呼ぶようになったんだ。今の君のようにね」
「―――ッ!!」
図星を突かれた。心の奥底で湧いてくるカリナへの恐怖を見抜かれた。
「この子は君に随分と世話になっているから気にしているようでね。無意識だが自分の殻に閉じこもってしまった。だから私が叩き起こされたわけだ」
それはカリナにもソウヒの心に気付いていたのだろう。
「お、おれは……」




