涙
「それじゃ、登録手続きを進めますね。」
ギルドに戻るとネールが手続きを始める。
「はい、お願いします。それで結局ボクのランクはなんですか?」
「勿論、文句なくBランクです。本当はAランクでも十分な実力があると支部長が言ってましたが、生憎アルガットには支部がないので…」
Aランクに昇格する条件として国に所属する義務がある。当然その後も大陸中を旅することは可能だが、それは所属国の代表として出向くという事だ。
アルガット王国は冒険者ギルドの支部がない数少ない国の一つだ。その理由はアルガットの「奴隷制度」にある。盗賊達が冒険者を捕えられ奴隷として売りさばく先がアルガット、或いはその北にあるウルファニア国だ。そんな国に冒険者ギルドがある筈がない。
「はい、問題ありません。」
カリナもランクにはこだわってはいなかった。ただ自分の実力が分からず気になっていた程度だ。
「それじゃあ、最後にこの機械に腕を通してください。腕に入った入れ墨がカリナさん個人の証明になります」
「はい」
腕を捲り目の前の機械に手を通す。
「――ッ!! そ、それでは機械を動かしますね」
カリナの腕についた無数の傷を見てネールは一瞬息を飲んだ。それがただの冒険者ならなんとも思わないがカリナは12歳だ。冒険者でもなかった唯の子供に一体何があったのかは想像に難くない。そして同時に先に見た実力の証明でもあった。
カリナはネールの視線と表情に気づいた。恐らく傷痕をみてドン引きしたといったところだろうが、そんなことを気にすることなく機械を見つめている。やがて機械から淡い光が灯ると、腕に小さな紋様が浮かび上がってきた。
「これは?」
「これがカリナさんの生体紋様になります。同じ紋様が本部にも転送されて個人識別に使われるんですよ」
この紋様のおかげで冒険者が犯罪を犯したり、ギルドとして見過ごせない行為をしても身元がすぐにわかる仕組みなのだという。
「はい、これで登録手続きはおしまいです。お疲れ様でした。」
「ありがとうございます。ネールさん」
「それはそうと…」
「はい?」
「さっきの魔法について教えてもらえますかっ!? 確か『作った』って言ってましたよね!?」
「え……あはは……」
目を輝かせるネールを前にして、カリナは返答に困った。どうやって説明しようか……。
「それ、私も聞きたい!」
「わたしも!」
「俺にも教えてくれ!」
背後にはシウラを筆頭にした冒険者達もネールと同じく目を輝かせている。これはもう逃げられないと観念した。
「えと、さっきは『作った』と言いましたけど、厳密には『組み合わせた』という方が正しいかもです」
「「組み合わせた?」」
「はい、ホーンさんが間合いを取ったとき、咄嗟に石壁を思いつきました。でもそれだけじゃ熱を防ぎきれないかも知れないと思って、水で覆うようなイメージで魔法を唱えたのです。」
結果、それが水地魔障壁となる。勿論カリナのオリジナル魔法だ。火球が放つ衝撃を石壁で、高熱を水の膜が防ぐのだ。
「あと、火球は間合いが離れてると避けられるので、突風と組み合わせたら範囲が広がる事を思いつきました。結界内なので広範囲で放てば避けられませんから」
「それを、あの土壇場で思いついたの……?」
「はい。ちょっと前に似たようなことがありまして……」
「そ、そう……」
ネールが呆けた顔をしていた。エルフは魔法に長けた種族。だがそれは生まれつきのものであり、言い換えると単に「魔力が高い種族」というだけに過ぎない。長寿命にも関わらず一生の殆どを森で過ごすこの種族は、魔法そのものの研究が他の種族――特に人間に比べて遅れていた。
その後も組み合わせる魔法の効果について質問攻めされ、結局ギルドからシウラの家に戻るころには夜になっていた。
*****
シウラの家を出て3日目、既に砦を出て7日が経過した。今のところ旅の行程は順調だ。
新しく旅に加わった二人に、改めて自分たちの正体や旅の目的を話す。幾つかの話はカリナからシウラに伝えている部分もあったが、仲間達がアルガット王国の軍に狙われている事や、カリナ自身の正体は伏せていた。
「俺達はアルガットに拠点を置く義賊だ。あの国の奴隷制度の撤廃を目指して活動している」
ソウヒが話し始める。
「先日、拠点の位置が国にばれて討伐軍が攻めてきた。その時はカリナの力もあって何とか追い返したんだが、次は更に厳しい戦いになる。今後について話し合ってる時に――」
「ボクが、世界樹の話をしたんです。」
「世界樹には何があるの? あそこは私達エルフの聖地のはずだよ」
シウラがカリナに疑問を投げた。他と違った見方ができると言えシウラもエルフなのだ。無断で聖地に入ってもらいたくない気持ちもある。
「あそこは魔素が濃くて、強力な魔獣が多く生息している地域で有名です」
「そうだね。そのおかげで誰も簡単には近づけない。」
「では、その魔素がどこから湧いてくるか」
「――えッ!?」
表情が変わっていく。まさか自分達が祀っている聖なる樹から邪悪な魔素が発生していると言うのかと。
カリナはシウラの反応を見ながら話を続ける。
「……魔素は世界樹から発生しています。その証拠にあの地には沢山の魔族が眠っています」
シウラが言葉を失う。カリナの言い分が気に食わなかった。信仰の対象をそういう風に言われるのだから当然の事。だがカリナの言葉はまだ続いていた。
「……世界樹に魔素を振りまくように仕向けたのは、恐らく800年前のボクです。あの地域は過去ボクが支配していた国でした」
「…………どういうこと?」
「ボクは『魔王の種』 800年前に滅んだ『魔王』の生まれ変わりです。」
シウラの表情が固まる。俯くカリナの表情から、嘘や悪意で言ってるようには見えない。全てカリナの妄想かもしれないが、それを確かめる術もない。
暫く沈黙が続いた後――
「あぁぁぁっ! もうわけ分かんない!」
――考えることを放棄してしまった。
カリナもソウヒもその予想外の反応に戸惑うが、ゴードンもシウラと同じ様子で、
「強き者カリナ、そして勇気ある者ソウヒよ。そなた達を見ればそれが嘘偽りでないことは分かる。悪しき企みでない事もだ。ならばそれで良かろう」
「そうそれ! 私もそれが言いたかった!」
先程までは世界樹の事で気を悪くしていたのを棚に上げながら、シウラもゴードンの言葉に乗りかかった。
「でも、さっきも言ったように私はまお―」
「そんなことはもういいの! カリナはカリナ! ソウヒが前に言ったことがよく分かったわ!」
「そうだろ?」
「褒めてないけどね!」
二人に話してよかった、とカリナは思った。自分でも得体の知れない存在になってしまったのだ。出会って間もない二人が気味悪がっても不思議ではない。
それでも受け入れてくれた三人には感謝してもしきれない。 これまでの生きてきた人生の大半は奇異や差別の目で見られてきただけに感極まってしまう。
「グスッ……ありがとうございます」
「あらら、また泣いて……。 カリナってあんなに強いのに泣き虫だね」
「…………えっ!?」
「なんだお前、気づいてなかったのか?」
「うむ。強き者カリナは某と出会った時も泣いておったな」
それを聞いてカリナの顔が赤くなる。確かに自分でも分かるくらい泣くことが増えた。父モタラと一緒に行商をしていた頃はそんなに泣いたことは無かった……と思う。いつの間にこんなに泣き虫になったんだろう。
「ま、それが可愛いところだよね!」
「うむ。誰でも心が震えれば涙が出るものよ」
「……ゴードンは絶対泣かないよね」
「当然だ。強き者は泣かぬ」
「さっきと言ってることが逆じゃないの! それでソウヒ、アンタはどう思うの?」
「……俺は泣かせたくない」
3人の会話で心が温まるのを感じる。カリナが笑いながら、
「お兄さんはいつもボクを泣かせてるじゃないですかっ」
出会った時、砦の食堂で、稽古の時、そして――
「一番泣かされたのは、初めて『魔王化』した時です」
「なにぃ!? 俺は別に苛めてないぞ!」
頭を抱えふさぎ込むソウヒにカリナは、
「良いのです。お兄さんに泣かされる時は、いつも助けてもらった時だから。お兄さんと出会ってから悲しくて涙を流したことは一度もないです」
「そなたは某と出会ったときにソウヒがおらんで、泣いておったではないか」
「ゴードン、余計なことは言わなくていいの!」
ソウヒの前に立ちカリナは伝える――
「兄さん。いつもありがとう。ボクはお兄さんが大好きです」
自分の想いを伝えて、照れ隠しでソウヒにしがみついた。突然の事で戸惑いつつソウヒだが、こっそりシウラに促されてカリナの背中手を回す。
そんな二人を見ていた残りは
「うむ。弱い心から奮える勇気、さすがである。」
「良かったねカリナ!」
砦内なら絶対茶化されてたので、二人の祝福が逆にくすぐったい。
こうして、二人は恋人同士になる。
だが、運命はそう簡単に上手くいくほど甘くはなかった。神様は残酷なのだから――……。
*****
「――この辺りです」
陽が真上まで登ってきた頃にカリナ達がいる場所。それは以前カリナが盗賊に襲われた場所、そして父モタラが殺された場所だった。大森林によって街道を跨ぐように辺りの草木が鬱蒼と生い茂っている。
「なにか気になるものとかないか」
ソウヒはカリナを気遣いながら話しかけた。表情や態度には出さなくとも不安だという事は察することは出来る。
「差し当たっては……ここじゃないのかなぁ」
何もないという事が安心でもあり不安でもある。
「街道で襲われたんだよね? じゃあこのまま進めば何か見つかるかもしれない」
「そうだな、注意しながら行こう」
「……はい」
近くにカリナ達を襲った盗賊がまだ潜んでいるかもしれない。いつでも襲撃に対処できるように警戒しながら進む。程なくしてゴードンが反応した。
「まて」
「…どうしたゴードン」
「…………微かに血の匂いがするな」
「――ッ!?」
顔に嵌めていたマスクを外して、ゴードンが呟いた。その言葉にカリナが反応する。この先が目的地なのか、それとも――
先に進むとその先にあったのはカリナ達が乗っていた馬車の荷台だった。馬は逃げたか或いは魔獣に食べられたかは不明だがそこにはいない。
「これ、ボク達が使ってた馬車の荷台です」
「じゃあ、ここが…」
「はい、ここが目的地です」
カリナの眼に涙が溜まる。シウラがカリナを後ろから抱きしめた。
「カリナはここに居ろ。シウラはカリナを頼む」
「わかったわ」
「お兄さん……」
ここはカリナにとっては思い出したくない場所だった。記憶を蘇らせて辛い思いを重ねるくらいならソウヒ達で対処してしまう。3人でそう話し合っていた。
「ゴードン、何かわかるか?」
「時間は経っているが、ここで争いがあったことは血の匂いで分かる。だが奇妙だな……」
上級猪剛族の嗅覚はとても優れている。ゴードンは辺りを見回すように鼻をヒクつかせた。
「僅かだが確かに血の匂いが残ってる。だが有るべき匂いが残っていない――」
「……なんだそれは?」
「――死臭だ。カリナの父君のな」




