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射手座の箱舟  作者: トンブラー
魔王降臨編
2/72

ダークエルフ

「こっち魔導具なら300セン、そっちのは250センです」

 

 立ち寄った小さな村で露店を開くカリナは、楽しげに笑顔を浮かべて客に魔導具の説明をしていた。

 彼女は今の暮らしが気に入っていた。

 ハーフエルフという事から周囲から奇異の目で見られることも多かったが、常に父親が傍にいてくれたし、父と行商をしながら見たことのない物を手に取り、見たことのない景色を見る楽しみが心を満たしていた。

 12歳とまだ幼かったが、立派な商人としての心構えを既に持っていた。

 

 

「同じように見えるけど、何か違いがあるのかい?」


 客はカリナの父モタラを胡散臭げに見ながら説明を受ける。


「…うむ」

「ええと、300センのほうは持続時間が長いみたいで、大体2時間くらいの効果があります。250センのほうは1時間と30分位です」

「フム…。それで、どのくらい明るくなるんだい?」

(この人、さっきからウムウムしか言わないが、なんでこの子は言葉が分かるんだ?)

 

「…うむ」

「どちらも同じくらいの明るさで、晴れた昼の屋内くらいだそうです。部屋の真ん中で使うと効率いいみたいです。」

「用済みのときはどうやって消すんだい?」


「…うむ」

「時間が経つまで消きえないようです。ですから寝室ではなくてリビングで使ったらいいかもです」

「なるほどね。じゃあ250センの方を頂こうか」

「…毎度あり」

「普通にしゃべれるのかよ!」

 

 つい父親の反応とそれを訳する娘の話に夢中になって買ってしまった。

 口下手な父と小さな娘の術中に、まんまと引っ掛かった客だった。

 

 

 父娘(おやこ)は大陸の南側であるムーライトからフォルンに向けて旅を続けている。

 この辺りは魔獣の生息地である『グレートフォレスト』を抜ける必要があるが、街道を使えば大して危険はないし盗賊も滅多に現れない。

 行商としては比較的安全に旅ができるルートだが、一つ問題があった。

 フォルンはエルフが治める国。エルフは他種族に対しての風当たりが強く、人間もハーフエルフも歓迎していない。

 特にハーフエルフに対する嫌悪感は強くかった。

 普段なら父娘(おやこ)はこの国に入ることはない。別に歓迎されない所に行こうなんて考えない。

 それでもここに来た理由、それは森に住む母メリルに会うためだ。

 里の命令で森に戻ることになった母とは、5年前に分かれたのを最後に一度も会っていない。

 父娘(おやこ)は5年に一度だけ会うことを許された。

 

 逸る心を抑えられず、カリナが父に問いかける。

 

「お父さん、まだつかない?」

「…まだだ」

 

 元々は狩人だったせいか、露店中でなくとも父モタラは普段から無口だ。

 カリナは馬車の中で売り物の手入れを続けるが、手がつかなかった。

 母のいる里まで辿り着くには村をあと2つ3つは経由する必要がある。

 

「まだかな―」

「…まだだ」

 

 次の村までそんな遣り取りが繰り返された。

 

 

 *****

 

 

「まぁ、分かってたけどね」

「…うむむ」


 予想通り、この国での露店は既に閑古鳥が鳴いていた。

 基本的に田舎村は娯楽が少ない。行商人が来たら珍しいものはないかと客の一人や二人は来るはず。実際、興味を持った村人が何人か訪れた。だがカリナの顔を見ると、皆訝しげな顔をして去って行く。

 それはカリナの顔が醜いわけではない。むしろ細くて折れそうな体躯と色白な肌の色、大きな目で金赤色ストロベリーブロンドの髪の美少女だった。はにかんだ笑顔に見惚れる者も少なくない。

 その理由が自分――ハーフエルフであると見て間違いなかった。

 明らかに自分がここにいることで客が来ないと感じていたカリナが父に相談する。

 

「ボク、馬車に隠れてたほうがいいかも」

「…だめだ」


 他人の視線なんか気にする必要はないと、父はあっさり却下した。


「でも、このままじゃ売り上げがないよ?」

「…うむむ」


 父としては売り上げよりも、カリナが強く生きられるように成長してほしい。

 だが父モタラはカリナに言いくるめられる。いつもの事だった。

 

「じゃあ、少し散歩してくるわ。すぐ戻るから」


 その場を離れようとするカリナ後ろから引き留める声が聞こえるが、一切無視して逃げた。




 カリナはこの国では自分が歓迎されない事を理解している。そもそも二人とも露店を開く気はなかったのだ。

 だが父モタラは露店も開かず宿に籠ったとしても、好奇心の強い(カリナ)が宿屋に留まっているはずがない。それなら一緒にいる方がまだマシと考えていた。

 取り残された父はため息をついて娘が戻ってきたら宿に戻ろうと考えるのだった。



 村に到着してからずっと、カリナを奇異な目で見ない者はいなかった。

 殆どはエルフからの蔑んだ視線だったが、たまに他種族にんげん)好意的(なんぱ)な視線を受けることもある。


「おい、なんだあの娘。めちゃくちゃ可愛いぞ」

「ハーフエルフか。珍しいな。」

「あんな娘と友達になれたらなぁ」


 冒険者達がカリナを見てそんな事を話している。

 

(……!? ボク12歳なんですけど…!)


 身の危険を感じて愛想笑いをしながら早々に退散した。




 村を出て、森に続く道を散策する。

 森の静けさと、流れる風が心地いい。

 前に滞在していたムーライトは、鉄と汗の臭いで息が詰まる思いだった。

 暫くの間、周りの視線を気にしなくていい時間を堪能していた。

 


 あまり遠くまで離れると帰れなくなるので程々にして戻ろうと考えている時、どこから微かに泣き声が聞こえてくる。

 

(……魔獣の鳴き声じゃないよね?)

 

 この辺りに棲む魔獣は凶暴なものが多く生息するので注意が必要だ。念のため腰に下げた短剣の位置を確認しながら声の方へ近づいていく。やや離れているが道からそれほどに逸れていない処で小さな男の子が泣いていた。

 

(……あれは罠じゃないよね?)

 

 まずないと思うが盗賊の囮という事も考えられる。周りに気配がないかを自分なりに探ってみた。

 だが、父のような元狩人ならともかくカリナでは探知できるはずもない。しかし放っておくわけにもいかなかった。

 

「だ、大丈夫――」

 

 声をかけると男の子はビクッと体を震わせ、あわてて振り向いた。

 それにびっくりしてカリナも体を震わせる。

 

「うわぁ―――ッ!?」

「うひゃ―――ッ!?」

 

 二人ともその場を飛び退いた。男の子の方は目に涙を溜めている。

 

「お、おおお、落ち着いて!」

「う、うんうんうん――!」

 

 お互い顔を見合わせながら牽制しつつも宥めあう。

 

「ええと、ボクの名前はカリナ。今はそこの村で行商に来てます。貴方は?」

 

 いつもの営業スマイルで、ゆっくり丁寧に自己紹介した。

 

「ぼ、僕エリオン……」

 

 最後の言葉は殆ど聞き取れなかったが、泣き出すことなくそう応えた。

 

「エリオン君、どうしてこんなところで泣いてたの? もうすぐ暗くなるから村にもどろ」

「僕、村の子じゃない…。母様と村から里に帰る途中で、その…トイレに行きたくなって…」

 

 一言でも声を交わしたせいか少し警戒を解いて応えてくれた。

 

「そっか、じゃあ村に戻れば母様がいるかもしれないね。一緒に村まで戻る?」

「……うん」

 

 心細かったせいか、男の子はあっさりカリナの提案を受け入れた。

 

 

*****

 

 

 村に戻ったカリナとエリオンは、まず最後に立ち寄った道具屋を訪れた。


「ごめんください―…」

「いらっしゃ……。何の用だい」


 カリナをみて露骨に嫌な顔をする老店主。顔には「今すぐ出ていけ」と書いてあった。

 既にこの手の反応には慣れていたし、正直怒らせる前にさっさと退散したかったが、今回はエリオンがいる。できれば情報が欲しかった。

 

「あー、あはは……。突然訪ねてきてごめんなさい。実はこの子のお母さんを探しています。森でお母さんと逸れてしまったみたいなのですが……。もし知っていたら連絡して頂けますか?」


 ここはいつもの営業スマイル。できるだけ丁寧に説明して警戒を解いてもらう。

 店主は訝しげな表情を残しながら、男の子を見た。


「……たまに見かける里の子だね。この子の里がどこにあるかは知らないが……。母親もここには来てきてないね。」

「そうですか…。ありがとうございました」

「用が済んだならさっさと出て行ってくれ! 店にダークエルフが入り浸っていると思われたら適わん」

「そ、そうですね…。失礼しました!」


 慌てて店から離れた。


(ダークエルフか―……)


 最近は森を出て人間の世界に進出するエルフも増えてきた。

 しかし、それでも一向に他種族との溝は埋まらない。

 森に出たものの、人間とエルフでは住む文化が違いすぎたのだ。

 他種族の文化に馴染めず、森に戻ったエルフは口をそろえて「外の世界はこの世の魔界だ」と言う。

 そうする内に、森のエルフ達は町で暮らすエルフとその子孫達を「ダークエルフ」と呼ぶようになった。

 神聖な血を穢す、堕ちたエルフという意味らしい。

 

(お母さんもボクの事をそう思ってるのかな……)


 不安になってきた気分を振り払い、男の子と向き合う。


「ここじゃ分からないみたいだから次はどこに行こうか―」

「…うん」


 自分の不安が伝染ってしまったのか、すこし元気がなかった。


「じゃあ次はボクの店に行きましょう。売り物として魔導具とか置いてるから探し物を見つける魔導具とかあるかもしれないよ?」


 馬車の中に売れ残りの追跡魔導具があることを思い出し、父のいる馬車に向かった。

 その途中――。


「…お姉ちゃん」

「ん?」


 エリオンがカリナの手を繋ぎ声を掛けた。


「お姉ちゃんはダークエルフなの?」

「え…? あぁ聞いてたのね」

 

 予想外の言葉が掛けられた。

 心が少し痛む。

 何も知らない、エリオンの無垢な瞳。

 無垢であるが故、紡がれる無遠慮な言葉。

 

(大丈夫……ボクは商人、見習い……。でも営業の基本は笑顔よ!)

 

 カリナはその痛みを耐えて説明した。


「ボクのお父さんは人間でお母さんはエルフなの。そしてその子供はハーフエルフっていうんだよ、この辺の人たちはダークエルフって呼ぶみたいね」


 男の子にはよくわからないようだ。


「僕、絵本で読んだことある。ダークエルフは悪魔の化身でエルフ達を食べてしまうって」


 無垢の瞳のお言葉は情け容赦なかった。


「エルフなんか食べたことないけど、もし食べたらお腹壊しそうだね。食べたくないなぁ」

 

 どうせならケーキがいいと言うと、安心したのかエリオンがカリナの手を強く握ってくれた。



*****



「ただいま」

「…うむ」

「この子?森で迷子になってたのを見つけたんだけど、この子のお母さんを探してるところなの。確か追跡魔導具あったよね?」

「…馬車の中だ」

「ありがと。探してくるから、この子を見ててあげて。エリオン君、この人がボクのお父さんだよ。よろしくね」

 エリオンはずっと父モタラを見上げていた。

「…うむ」

「…熊さんみたい」

「…ガオオオォォォ―――ッ!」

「わあぁぁぁぁ!」


 すぐに懐いていた。エリオンは肩車をしてもらい、きゃっきゃっとはしゃいでいた。

 それ見たカリナは――


「あれぇ? ボクの時は懐いてもらうのも大変だったのに、あれれぇ―?」

 

 

 納得できなかった。

 

 

「それじゃ、探してくるね」

「…気をつけろ」

「わかってるって。すぐ帰ってくるから」

「…じゃあな」

「バイバイ」


 追跡魔導具を頼りに村の中心に向かう。

 その先には冒険者ギルドがあった。

 

「「わぁ…」」

 

 大きな建物に二人は声を上げた。

 

「とにかく入ってみよう!きっと母様もいるはずだよ!」

「うん!」

 

 冒険者、という響きに何故か心を弾ませながらカリナ達は門を開けた。 

 そして後悔した。中にいるの大勢の男達――と数少ない女達。

 それらと目が合った瞬間、カリナはそっと扉を閉じた。

 

「なんだ今の…恐い…」

「……お姉ちゃん?」


 よく見えていなかったエリオンが、カリナの顔を不思議そうに見上げてくる。

 そんな顔で見ないでよ、と心の中で呟いた。

 

(どうしようか……。この中にいると思うんだけど……)


 入るのを躊躇っていると、内側から扉が開いた。


「ひいいぃぃっ!」


 一瞬、扉から出てくる男達を想像して悲鳴を上げる。

 だが出てきたのは屈強な男ではなく、端正な顔の女性――エルフだった。


「かあさま!」


 後ろにいたエリオンが声を上げて女性にしがみつく。


「エリオン!! よかった……。森を探しても見つからなくて、野盗に連れて行かれたんじゃないかって…。心配したのよ!」

「ごめんなさい。でもこのお姉ちゃんが連れてきてくれたんだよ!」


 そういうエリオンの声に、母親はカリナを見て――目を吊り上げた。


(あ、やっぱりこうなるんだ……)


 カリナは心の中でため息をついた。悪い予想はいつも当たるものだと。

 だが悪い予想はいつも予想通りになるとは限らない。



「ダークエルフ……。この子を拐かしてどうするつもりだったの?」

「え、ええぇ!? か、拐かすなんて、そんな…」


 悪い予想はいつも予想通りになるとは限らない。予想以上に悪い事になることもあった。

 有無を言わさず、カリナに捲し立てるエリオンの母親。


「黙りなさい! 今すぐ立ち去るなら見逃しましょう。でもそうでないなら」


 そういうと、母親の背後から風の精霊が現れた。


(まずい、風魔法だ――ッ!)


 敵意をむき出しにする母親は今にもカリナを吹き飛ばす勢いだ。


 カリナは一目散にその場を離れた。



「ひ、酷い目にあった……」


 この村に来てから碌なことがなかったが、最後はさらに酷かった。

 いきなり人に魔法を撃つとか、物騒にも程がある。

 一気に疲れが噴き出すのを感じて、カリナは父のもとに戻っていった。

 

 「ただいま―」

 

 なんでもないことを装って父モタラに声をかける。

 

 「…どうした」

 

 商品を馬車に載せながら、振り返ることなく応えた。

 

 「……ちょっと、嫌なことがあった」

 「…そうか」

 

 そう言いながら父親は手を止めた。

 カリナは父親の背中に頭をあてて――…。

 

 今日のような事は珍しい事じゃない。

 

 今までだって同じような目に遭ってきた。

 

 流石に魔法を撃たれることはなかったが。

 

 幼い頃は誘拐されそうになった事も経験している。

 

 でもそういう事を気に病んでいたらキリがない。

 

 生涯ずっと付き纏う問題なのだから。

 

 そう、こんなことで落ち込んでいてはいられないのだ。

 

 ――でも今日はちょっと気分が落ち込んでしまった。

 

 迂闊だった。自分がこんなに無防備でいたなんて。

 

 期待した分だけ、傷つくのはわかっていたはずなのに――…。

 

 

 自分の善意が反転して返ってきた虚しさに抗えることなく

 

 

 

 「……ぐ…………ぅ…………ぅあ…………ぅああぁぁあぁぁ――ッ」

 

 

 

 押し寄せる力に堪えきれなくなり、ポロポロと涙を零して泣き出した。

 

 行商人の娘、カリナ。

 彼女は今の暮らしを気に入ってるが、降りかかる理不尽を飲み込める強さはまだなかった。


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