上級猪剛族
ソウヒはカリナの姿を探して山道を掛けていた。
既に辺りは暗くなっている。このままでは自分はともかくカリナと、そして背中にしがみついているエルフを危険に合わせる事になる。
「くっそっ! カリナ!どこだ―――ッ!」
もう何度叫んだことか。一向に見つからない事態にソウヒは焦っていた。
カリナの強さは何度も見てきた。自分など足元にも及ばない身体能力と能力がある。だが全く安心できなかった。
なぜなら――
「もう暗くなってきたわ……。何とかしないと……」
エルフの一人言にソウヒの思考が遮られた。ついでに思い出したことがある
(そういえば名前を聞いてなかったな。俺はソウヒだ。アンタは?)
「シウラよ。麓の村に住んでるんだけど……って今はそれどころじゃないわね。連れの女の子ってどんな子なの?」
「ああ、名前はカリナ。黒髪で肌が少し褐色の……子供だ」
「子供!? 何とかしないと危ないわ!」
「いや、見た目は子供だが……実際子供だけど俺より強い」
「え…?」
シウラの声が疑問に変わった。背負ってるためにソウヒから顔を見ることは出来ないが、恐らく「何言ってるの?」と言いたげな顔をしているのだろう。
「何言ってるの? まだ子供なんでしょう? もしかしてアンタが弱いとか?」
「バカにするな! 会えば分かるよ!」
「そんなに強いならなんで焦ってるのよ!」
「それは――…」
カリナは強かった。だが目を離すといつも傷ついていた。身体も心も。まるで世間がカリナを目の敵にするように。
だから目が離せない。一人にできない。それこそ消えてしまいそうな弱々しさがあった。
暫し足が止まったその時――
グォオオオオオオオオオ――ッ!!
何処からともなく声が聞こえてきた――
「な…何、今の…!?」
「……分からん、だがこの近くに魔獣か何かがいて、ここは危ないってことは分かる」
グォオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
その雄叫びは一度だけではない。何度も聞こえてきた。近くに魔獣がいるとすれば暗くなれば不利。最悪はソウヒもシウラもやられてしまう。山を下りるなら今しかない。
ソウヒは選択を迫られていた。
「……一旦村にいこう」
「え!? カリナちゃんはどうするの?」
「あんたを村に送ったらもう一度探す。アイツなら大丈夫だ絶対!」
ソウヒの選択にシウラが抗議する。
「そ、そんなの私がゆるさ――――ゥヒャァァァァァ!」
その声を無視して山道を駆け下りた。
*****
「あ、あははは……こんにちは……」
「ゴンニヂワ」
「ぅうぇ!?」
予想外の反応にカリナが戸惑う。まさか猪剛族に挨拶を返される――それ以前に会話ができたとは……
まだ警戒を解くわけにはいかないが、それでもカリナは話を続けた。
「た、助けてくれてありがとうね!」
「……」
「うん?」
猪剛族の反応がない。手を自らの首にあてて苦しげに顔を顰めている。
「どうかした?」
「グググ……ガガガ……ガ――ガ――ガ――」
「ぇ……?」
暫くその様子が続いた後、次第に声がクリアになってきた。
「ガ――ガ――ガ――、ア――ア――ア――」
「――……」
その様子をずっと見守ってきたが、どうやら発音を正そうとしていたらしい。
改めて猪剛族がカリナを見る。
「はじめまして小さき者よ。某は上級猪剛族のゴードンという」
「あ、はじめまして…ボクはハーフエルフのカリナです。改めて助けてくれてありがとう!」
見た目とは裏腹の紳士的な態度に思わず声が上擦ってしまった。
「上級猪剛族……それも固有種なんて初めて見ました。」
上級猪剛族はその名の通り猪剛族のよりも上級の魔物。見た目は猪剛族に似ているが、文明的な一面を持ち少数の集落で暮らしている。殆ど人の前に現れることはなかった。
「某は村に強き者を求めるため旅を続けている。小さき者カリナよ。そなたは強き力を纏っているようだ」
「え…?」
「ぜひ、某の嫁にしたい」
「えぇぇぇぇ!?」
出会って5分でプロポーズされた。
「だ、駄目っ! ボクにはお兄さんがいるの! ――はっ!」
急なことで気が動転してしまったせいで、つい口が滑ってしまう。自分で口にしたセリフによって更に動揺する。
「あ、あわわ…」
「そうか残念だ。 強き嫁を迎えれば村の者たちも喜ぶのだが」
「そ、そんな理由で口説かないで下さい!」
「だが諦めぬ。 その男と勝負を挑み勝利することで某の強さを証明するとしよう」
「駄目だってば!」
辺りが暗くなってきた。
自身の軽率な行動が今の事態を招いてしまったことを後悔する。恐らくソウヒに心配をかけてしまった。今も探している事だろう。もしかしたらもう会えないかも知れないという不安がよぎる。
(お兄さん……ごめんなさい)
自分はもっと大人だと思っていた。それは単なる自惚れでしかなかった。そのことに気付いた途端、涙がこみ上げてくる。
「――ぅあああああん! どこですかお兄さん――ッ!」
迷子が親を呼ぶようにソウヒの名前を叫んだ。ソウヒからの返事はない。そのことが更に不安となってカリナの胸を締め付けた。
それを隣にいたゴードンは不思議に見ている。
食人族は人間達だけの天敵だけではなく、上級猪剛族達にとっても無視できない存在だ。食人族を見つけ駆けつけた時、遠巻きながらそれを圧倒するカリナを見ていた。今、目の前で泣く子と同じ存在とは思えない。
ゴードンがカリナに尋ねる。
「小さき者カリナよ。そなたは力を持ちながらも今はとても弱々しい?」
「グスッ…ボクはいつもお兄さんに迷惑ばかりかけてばかりです。お兄さんに会えないかも知れないと思うと恐くなります」
カリナの返答はゴードンには難しいことだったようだ。
「某には理解できぬ。そなたの力があれば敵を、脅威を排除できる。捻じ伏せることもだ。不安になる必要などない筈だ。」
「……どんなに背伸びしてもボク一人では何もできません」
「その兄がいれば、不安ではなくなると? 強き者になると?」
ゴードンが興味深そうに聞いてきた。
「……はい、お兄さんがいればボクは安心できます。強くもなれます」
「それはすごい! 是非とも会ってみたいぞ。某もそなたに力を貸そう」
そう言うとゴードンは立ち上がり、大きく息を吸って――
グォオオオオオオオオオ――ッ!!
周囲の空気が震えるような叫び声。
一瞬驚いたが、何故かその声に勇気づけられた気がした。
負けずにカリナも声を上げる。
「お兄ぃぃぃぃさあぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!」
グォオオオオオオオオオオオオオ――ッ!!
二人の大声を上げる。この声がソウヒまで届けと。その時カリナは閃いた。
(声が……届く? それだッ!)
背中の大きく開いた穴から翼が広がる。
「小さき者カリナよ、その翼で何をする? それでは飛べるとは思えない」
「この翼はボクの力の源。 いつもは小さくしていますが、広げると大きな力が出せるのです。」
「その力で何をする?」
「要はボクがどこにいるかをお兄さんに伝えればいいのです。きっと迎えに来てくれます。」
「それは如何にして?」
凶悪そうなゴードン顔だが、その目はキラキラと輝いている。まるで聞いたことのない英雄譚を聞く少年のようだ。
「こうするのです! フレアレーザー!」
カリナは空に向かって魔法を放った。暗くなった空で煌々と照らす光は、まるで太陽が戻ってきたかのようだった。
そして聞こえてくる頼もしい声――
「カリナ!どこだ―――ッ!」
「きたっ!来ましたよ! ゴードンさん!」
「おお、小さき者カリナよ、その力と知恵に某は感動した!」
カリナとゴードンが二人して喜ぶのもつかの間――すぐに修羅場と化した。
「カリ……ナ…猪剛族!? テメェ、カリナから離れろ!」
「失礼な、某は上級猪剛族だ。 貴様には見分けがつかないのは仕方ないが、下級種族と思われるわけにはいかぬ」
「お兄さんまって! この人は……、その背中にしがみついてる人、誰ですかお兄さん?」
「うぇ!? 私っ!?」




