野営
砦を発ち、初めての夜が来た。
魔導師は旅にもっとも適した職業である、と誰かが言ったことがある。旅に必要な物を魔法で代用ができるためだ。そんなわけで、カリナとソウヒは野営用の簡易ベッドと携帯食料、調理器具位で十分事足りた。
行商人としてずっと旅を続けていたカリナと元冒険者のソウヒは野営には慣れたもので、日が暮れる前には準備を始めていた。
「お兄さん、この先の川で水を汲んできます。」
「いいのか? 俺が後で汲んでくるが」
「……お兄さんって、たまに空気が読めない時がありますよね」
ソウヒをジト目で睨む。
「…ついでに水浴びしてきますので、覗かないでくださいねっ!」
「あ、あぁ分かった。 ゆっくり行って来い」
「……」
ジト目が戻ることはなく、そのまま歩いて行った。
「いや、分からんだろ普通……」
一人取り残され、焚火に薪をくべながらソウヒは呟いていた。
「はぁ…。普段はとても頼りになるのに……狙ったように鈍感になるんだから」
汲んだ水を頭から被りながらカリナが呟く。翼に冷えた水がかかり気持ちいい。
普段は『魔王化』を解いているか、翼を小さくして服の下に隠している。今の状態が一番リラックスできた。
「あと、色々と子供扱いしすぎ! ボクもう12歳だよ!?」
世間では12歳はまだ子供だと言うが。何故かカリナはソウヒに子供扱いされることを嫌がった。
「そういえばこの間だって――…ッうひィィ!?」
唐突に言葉が遮られた。足元を見ると小魚がカリナの周りを泳ぎ回ってる。
「ビックリした……。よく見ると魚がいっぱい泳いでるね」
川の流れが強いので足先しか水をつけていなかったが、川底には手ごろな魚も多くいるようだ。それを見てカリナが思いつく。
「携帯食料しか持ってきてないから物足りないと思ってたし、何匹か釣ってきたらお兄さん喜ぶかな……?」
今こそ認識を改めてもらうチャンスだ考えながら川底の方に入っていく。やはり水の流れは強くて気を抜けば足を取られてしまいそうだ。出来るだけ流れの緩い場所を見つけて川底を覗き込む。次に魔力を棒状に形作り先端を2又の槍のように尖らせる。
「この辺で――ええぃ!」
魚に向かって一気に投げ込んだ。が、魚には刺さらない。そんな簡単に上手くいく筈はないのはカリナも承知している。だが、次の瞬間――
――バリバリバリバリッ!!
槍から雷撃の魔法が放たれる。弱めの電流だったが効果覿面だった。近くにいた魚が電撃により気絶して水面から浮かび上がってくる。
「やった、成功!」
自らの電撃で髪が少し逆立っているが、大漁だったので気にしない。浮かびあがってきた魚を手づかみ或いは翼で器用に拾い上げ、合計6匹の川魚を水桶に入れた。
周りが暗くなり水温が下がってたせいか肌寒くなってきた。 そろそろ切り上げて戻ろう考えたその時――
ガサッ――
「――!?」
草むらから何かが近づいてくる。
人の気配ではない。人ならもっと気配を殺している。
『警戒』スキルでは接近することは察知できても気配の主までは分からなかった…。
慌てて岩陰に隠れて物音がした方向へ意識を集中させる。
(あれは……)
子鬼族――獣でも魔獣でもない、下位だが魔物の類だ。人里近くの洞窟などに巣をつくり家畜や農作物を狙う。性格は臆病で大人の人間なら簡単に追い払うことが出来るが、子供なら攫われて食べられるという噂もあった。
子鬼族達は辺りを見回しながら、魚の入った水桶に近づいていく。
(3,4匹か……)
魚を取られるのは悔しいが、ここで戦って怪我でもしたらソウヒに心配される。ここは我慢してやり過ごそうと考えた。
「ギャッギャギャ――」
「ギャラッギャッギャッ――」
「ギャフッ……ギャッギャヒ――」
水桶に入った魚を見つけて子鬼族達のテンションが上がっている。 その場で食べる子鬼族もいれば、小躍りする子鬼族、神に感謝するように魚を空に掲げる子鬼族もいた。
そして一匹の子鬼族が川辺においてある物を見つける。
「…あ! ボクの服!!」
それを見つけた子鬼族が自分で着ようと手に取った。
「コラッ! ボクの服返して!」
思わず岩陰から飛び出して声を上げる。
「あ……」
「ギャッギャギ……?」
子鬼族達とカリナが目があった。暫くの沈黙の後――
「コホン……それはボクの服だよ! 返して!」
「ギャッ……ギャギャギャ―――!」
一斉に襲いかかってきた!
「わー! どうせこうなるなら魚を守るんだった!」
******
「カリナ遅いな、川で溺れてなければいいけど」
カリナが一向に帰ってこないのでソウヒが気になっていた。
迎えに行こうかとも思ったが、水浴び中に出くわしては間違いなく怒られる。自分にそのつもりはなくても覗かれたと思われるのが目に見えた。
だがやはり時間が経ちすぎだ。大事にならないうちに迎えに行くべきだと考えた。
「まあ、一応『監視役』でもあるからな」
と自分に言い訳をしながら、川の方へ向かっていった。
野営している所からそう離れていない所に川が流れている。水は流れが速くて冷たそうだ。
気を付けないと足を滑らせればすぐに溺れてしまう。辺りも暗くなり始めてるので川辺を注意しながら上流に向かって歩いていた。
その時――
「あれは……」
上流から何かが流れてくる。 どう見てもカリナの服だった。
「カ、カリナ――!?」
慌てて上流に向かって走った。走りながらも川底の方へ注意を向ける。カリナは小柄だが沈んでいても気づくはず。焦る気持ちを抑えつつカリナを探した。
やがて聞こえてくるのは――…
「い、やああああああああ!? 離せッ! 離せ――ッ!!」
「カリナッ!」
声のする方へ駆け出す。目の前には10匹以上の子鬼族の死体と数匹の生き残り。体半分が焼け焦げた子鬼族がカリナの足をつかんで引き倒そうとしている。
「この変態!」
叫びながら掴みかかる子鬼族を振り払う。子鬼族は力が残っていないのか簡単に剥がれた。
「大丈夫か、カリナッ!」
「お兄さん!」
ソウヒがカリナを庇うように前に出ると、あっという間に子鬼族達を打ち倒した。
「お兄さん~…」
カリナがソウヒにしがみついた。冷えた体を覆うようにその背中に腕を回す。
「とりあえず服を着ろ。このままじゃ風邪をひいてしまう」
川に流された服はビショビショに濡れているので、ソウヒの外套を着せて野営地に戻った。
焚火で体を暖めながら話を聞けば、水浴びをしていたら川底に泳ぐ魚がいるので釣り上げている所を子鬼族に襲撃されたらしい。
「一匹一匹はそんなに強くなかったのですが、あっという間に仲間がどんどん増えてきて…」
倒した数が15匹を超えた時点で数えるのをやめてしまったが、その倍以上はいたらしい。
それでも難なく持ちこたえていたが、服が川に流されているのに気を取られてる隙を突かれたとの事だった。
「あの時お兄さんが来てくれなかったらと思うと…」
(いや、それでも余裕で蹴散らしてたと思うぞ?)
すっかりソウヒにべったりなカリナを見ながら、ソウヒ自身はそう考えていた。
「ま、まあ斬り合いや魔法ならともかく、組み合いが苦手なのはわかった。今度からは対処も考えないとな」
「はい、ボクも能力に頼りきりじゃ駄目だって気づきました」
結局、魚は子鬼族達に食べられてしまいカリナは肩を落とす。
ソウヒには「気にするな」と言われたが、役に立たないばかりか今回も助けられてしまった。
その時、初めて自分の心に気付く。
(あ、そっか……。ボクはお兄さんの役に立ちたいんだ……)
それは近い将来、別の感情に変化していくが――
「ところで、お兄さん」
「どうした?」
「ボクの裸、見てませんよね?」
「…………」
「見てませんよねっ!?」
――まだその時ではない。




