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射手座の箱舟  作者: トンブラー
魔王降臨編
11/72

50対500

 奴隷解放団が拠点とする砦は山脈の隙間に作られ、周囲を天然の壁と強固な門で守られた天然の要塞だった。

 これは逆に言えば、逃げ道がないに等しかった。

 そして一度囲まれると救援要請もままならないし、長期間続けば干上がってしまう。

 これについては、所帯が少なく砦内の農作物で食を賄っている解放団には関係ない話ではあるが。

 

 門上に立つ団長ガエンと副団長ソウヒ、そしてカリナ達50人の奴隷解放団。

 眼前には500人という小規模ではあるが、れっきとした国軍だ。

 全員が騎乗して、いつでも戦闘可能な状態で待機していた。

 

 

 敵との兵力差を前にしてガエンとソウヒ、そして男達は覚悟を決めていた。

 その悲壮感はカリナにも伝わってくる。その表情に見かねて声を掛けた。

 

「お兄さん!」

 

「……大丈夫だ。こんな俺だが、やる時はやるんだ!」

 

 空元気を出しているのがバレバレだ。だがそれはソウヒ自身も分かっている。

 

「心配しないでお兄さん! この戦いは絶対勝てるから!」

 

 ソウヒを、皆を励ますようにカリナはあえて大声で話す。

 

「みんなも聞いてください。敵に門を突破する事はできません。門を閉じて石を落とし矢を射かければ、敵は走り回るだけの的になる事でしょう!」

 

「どういうことだ?」

 

「簡単なことです。そもそも騎兵は平地部隊なんです。拠点での運用は考慮されていないのですから、全ての敵を馬に乗せるなんて愚かにも程があります!」

 

 騎兵とは分類するなら機動部隊や前衛部隊に当たる。

 つまり、偵察任務や、味方の火力部隊が到着するまで敵部隊の拘束する事が目的だ。

 その舞台は当然、平地になる。

 つまり、騎兵で拠点攻略は非常に不利なのだ。

 歴史の中ではその速度を用いて陣地を奇襲するといった場面もあるが、それは奇策に当たる。

 だが、襲撃が来ると知られた時点で奇襲も奇策もあったものでは無い。

 カリナが男達に説明すると、皆の眼に火が灯り始める。

 

「そして理由はもう一つ。単純に門を打ち破る攻撃力がないのです。……たった500程度で一体何をしに来たのでしょう」

 

 カリナが困った顔をすると、皆が一斉に笑いだした。

 皆は目の前の敵に気を取られ、大事なことを忘れていた。

 この砦が持つ強固な門。それを打ち壊すには数が足りなすぎる。

 そこに戦略魔法の使い手がいるなら話は別だが――

 

「わははははは! そうだな! あんな連中屁でもねぇや!」

 

「いいぞお嬢! おかげで力が湧いてきたぜ!」

 

 こちらはたった50人、そして敵は10倍の500人。先程までの空気をカリナは声一つで変えてみせた。その空気でガエンが声を上げる。

 

「よっしゃ! そうと決まれば戦闘準備! さっさと終わらせてずらかるぞ!」


「「おお―――ッ!」」

 

 

******

 

 

 敵の指揮官にとっては、この戦は新兵達の実践演習みたいなものだった。

 どれだけ訓練を積んでいても、実際に戦って死ぬ恐怖を体験しない事では兵にはなれない。

 今回の賊退治は正にうってつけだった。

 それがどうだ?

 降り注ぐ矢に怯える兵達に苛立ちが募る。

 

「ええい! 貴様ら何をやっておる! 敵は少数、さっさと門を壊して突入せんか!」

 

「し、しかし、賊共の抵抗が思いの外激しく…」

 

 指揮官の怒鳴り声に兵士の一人が指揮官に答えた。

 

「言い訳するな! バカモノめ!」

 

 さらに怒鳴り散らすが、指揮官は内心では後悔していた。

 今回の遠征の目的は新兵に経験を積ませるためのもの。肝心の盗賊達が逃げてしまっては意味がなかった。

 そのため速度を優先させ、討伐は騎兵のみとしたのだ。

 兵士も未熟であれば、指揮官もまた未熟であった。

 

「このままでは埒が明かぬ! 半数は馬を降りて弓を使え!」

 

 持ってきた武器はそれほど多くはないが、門の上に立つ敵の数は少数。弓矢を以ってすれば容易く制圧できるだろう。

 そして、それも効果がない場合は……。

 

「おい、念のためアレも用意させろ! 敵が引っ込んでいるなら好都合だ!」

 

 指揮官の目はまだ勝利を疑っていなかった。

 

 

 

「風の精霊よ、降りかかる凶刃を防げ! ウィンドブロー!」

 

 射かけられた何十本もの矢、全てが突風の壁によって吹き飛ばされ、カリナ達に届くことはない。

 

「すっげぇ! 流石はお嬢だぜ!」

 

「ああ、近づく敵には矢を射かけ、こっちには一本も飛んでこない。全く楽な戦いだぜ!」

 

「気を抜かないで! 敵はまだまだ沢山残ってます!」

 

 門の上の男達が口々にカリナの作戦と奮闘を褒めていたが、当のカリナはそんな余裕はない。

 顔が青白く声も震えている。消耗しているわけではなく戦に恐怖しているのだ。

 カリナも門の前にいる敵新兵と変わらなかった。

 

「カリナ落ち着け。 お前のおかげで誰も怪我一つしてないぞ」

 

 ソウヒがその心情を察して声を掛けるが、恐怖によって反応がない。

 飛んで来る矢、敵か味方かも判別のつかない怒声、少しでも気を抜くと恐怖に飲まれそうになる。

 

(戦い本当に順調なんだ。どうしたものか…)

 

 ソウヒは何かいい手はないかと考える。

 自分の時はどうだったか、どうやって初陣を切り抜けたか。

 

(そうだ、あの時は親父殿に思いっきり茶化されたんだった。)

 

 ソウヒはガエン程に器用ではない事も自覚している。だが要は気分を切り替えさせればいいのだ。自分なりの励まし方で。

 

「大丈夫だって。俺達を信じろ」

 

 笑いながらカリナの頭に手を載せて、そう言った。

 カリナは不思議そうな顔をしながら、その手とソウヒの顔を見比べ、次第に顔が赤くなり――

 

「あ、あんまり子供扱いしないでください!」

 

 キレた。

 

「あ、あれ? 子供たちはこうすると喜ぶのに」

 

「それを子供扱いというんです!」

 

 カリナは更に怒り出した。だが――

 

(あれ……? ちょっと怖くなくなってる?)

 

 あまりの恥ずかしさで気持ちが戻ってきたようだ。

 

「よし、ちょっとは元気になったみたいだな。この後も頼むぞ!」

 

「はい!」

 

 ソウヒの言葉にカリナが頷いた、その時――

 

 ――灼熱の精霊王よ!

 

 敵がいる方面から魔法詠唱が聞こえてきた。

 続いて現れる精霊の姿――

 

「あれは……火属性の上級魔法!」

 

 一般的に、人間が魔法を行使するためには精霊の力を借りる必要があった。

 精霊が術者の魔力を糧に顕現し、それに見合った魔法を生み出すのだ。

 そして今現出した精霊は、ただのそれではない。その属性の頂点に立つ精霊王だ。

 当然、生み出される魔法も尋常な威力ではない。大量の敵を葬り去るか、或いは拠点攻略に多大な効果を発揮する戦略魔法――

 

 ――火焔の閃光にて敵を薙ぎ払え! 

 

 精霊王が向ける視線の先には召喚主の敵、すなわちカリナ達がいて――

 

「せ、戦略魔法だ! 全員退避しろ!」

 

 ガエンが仲間たちに叫ぶ。

 

 ――フレアレーザー!

 

 そこに向かって収束される熱線を放った――!

 

 「ストーンウォール展開!」

 

 魔法によって作り出された巨大な石壁がカリナ達の前に立ちはだかり、放射された熱線を遮る。

 しかし熱線の勢いは止まらない。

 

 「駄目ッ! このままじゃ持たない!」

 

 どんなに魔力が高くとも、カリナ一人だけで発動した戦略魔法を防ぐ事は出来る筈がなかった。

 このままでは自分だけでなく周りの皆にも危険が及ぶのは間違いなかった。

 

(エルさん!)

 

≪はいっ! 主様、このままでは防ぎきれずに貫通されまっ!≫

 

(どうしたらいい!?)


≪はいっ! 主様が持つ魔王の血を、今ここに呼び起こす事を推奨しまっ!≫


(それは…)

 

 どういう事なのかと聞き返そうとした。

 

≪待てエルベレーナ、それを行使すると後戻り出来なくなるぞ≫

 

 慌てるように口を出すアルベルト。

 しかしエルベレーナは、

 

≪はいっ! あに様、これから主様には様々な厄介ごとが舞い込んでくるでしょう。

そしてそれらを振り払う為には、早々に魔王化を推奨しまっ! それ以前に今はこれ以外に方法がないです!≫

 

(魔王化――…?)

 

 それはもしかしなくてもヤバいやつじゃないかと感じた。

 だが、それ以外に助かる方法がない。

 

 石壁はもう限界で、突き破られる寸前だ。

 

 カリナは昨晩のアルベルトの言葉を思い出した。

 フレアレーザーが石壁を貫通して――

 それは今しかない!

 

(エルさん、アルさん、やろう!)


≪心得ました主様! 魔王化を発動します。 ――エルベレーナ!≫


≪はいっ! ――ダークボール展開!≫

 




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