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射手座の箱舟  作者: トンブラー
プロローグ
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プロローグ

「おはよう桜さん…!」

「…ん?あー、小池君おはようー」


 クラスメイトの一人に声を掛けられ、(さくら) 理世(りせ) は気のない返事を返した。

 どうせいつもの話だろう。

 

 彼女は今の暮らしが気に入らなかった

 一部の生徒達から「完璧超人」と呼ばれる程に才色兼備だったが、彼女にとっては刺激が足りなかった。

 勉強も運動も学校行事すらも完璧にこなすが、少しも充実感が湧いてこない。

 人付き合いが煩わしいので常に避けていたのに、いつも誰かが自分についてくる。本当に鬱陶しい。


「この間の話なんだけど…」

「んー、やだ」

「――!? なんでさっ!」

「言ったでしょ。私は誰かと付き合う気はないってさ。大体、今日で卒業じゃん?」

「卒業してからも連絡――」

「私は明日からイギリスに留学。国際電話でよければいいけど?」

「あ…」

「それじゃね」


 連絡先を聞かれる前に、足早にその場から離れた。

 取り残される小池を見て、クラスの連中が陰でクスクス笑っている。

 

 「お前が桜と釣り合う訳ないだろ」

 「馬っ鹿じゃね―の?」

 「最近アイツおかしいよね」

 

(そこで陰口叩いてるアンタらも小池君と同レベルだからね)


 3学期になった頃から小池が理世に付きまとっていたのはクラス中で知れていた。毎日朝と放課後に理世の下にやってきては同じやり取りを繰り返しては陰で笑われる小池だが、理世にとってはどっちにも同じ感情を抱いていた

 本当に鬱陶しい……と。

 

 

 

 卒業式が終わってしまえば、急いで家に戻らないといけない。明日に控えた留学のために荷物の再確認や引っ越し準備など、するべき事が山積みだからだ。

 理世は明日から始まる留学をとても楽しみにしていた。今の生活を抜け出せば、自分の知らない事を発見出来るかもしれないからだ。

 急ぎ校門を出ると、またしても小池から――

 

 「桜さん!」

 「俺と付き合ってくれ!」

 「いや俺の話も聞いてほしい!」

 「いやいや私と!」

 

 と思っていたら更に男女多数から同時に告白された。

 

「なんか、いきなり私にモテ期が来たぞ? というか恵さん、アンタそういう趣味?」

 

 クラスメイトの一人に声をかける。

 

「好きです!いえ愛してます!お姉さま!」

「現実にそんな台詞言う人、初めて見たわ」


(あぁ早く帰りたいのにどうしてこんな道草を…)


 結局、全員の話を遮ってオコトワリをいれて家路についた。

 

 

 

 「義父さんただいま」


 アパートに戻り、玄関から自室に向かう途中、リビングで寝ている義父が見えた。


(はぁ…、また酔っぱらってる…)


 理世の両親は2年前に亡くなった。そして身元引受人となった叔父が今の父親代わりだった。

 年頃の理世を相手に初めはどうやって向き合うか分からず、むしろ義父の方が距離を置いていたが、今ではこうやってだらしなく生活している。最近は休日になればこうやって酔っぱらって寝てることが多い。理世が家事をこなすので、ズボラ癖ができたのだった。


(こんな状態じゃ安心して行けないんだけどねぇ。せめて今日くらいシャキッとしてくれないかな?)

 

 取り敢えず起きてほしい。明日まで時間がない上に人手も足りてないのだから。そう思って理世が義父に声を掛けた。

 

「義父さん、寝てるなら荷物の確認手伝って――」

 

 返事がなかった。声を掛ければいつも反応くらいするのに。

 

「……?」

 

 なんだか様子がおかしい。さっきから全く動かない。理世が異変に気付いた。

 部屋の静けさと春初の冷たい空気が重なって寒気がしてきた。

 

「義父さん?」


 やはり返事がない。慌てて義父を揺り動かした。


「義父さん? ――義父さん!? ――義父さん!!」


 ――何度呼びかけても義父は動くことはなかった。

 

 動かない義父を前に、理世の思考がようやく動き出した。

 

 「と、とにかく救急車!」

 

 少なくとも朝は何も問題はなかったはず。いつ義父が倒れたのかは分からないが、すぐに病院に連れて行けば助かるかもしれない。

 

 その時―――

 

 ――ガンッ!

 

 「ぅあ!」

 

 一瞬で気が遠くなり床に倒れ込んだ。目の焦点が合わず頭がクラクラする。

 最後に何かがのしかかってくる感覚が――

 

*****

 

 

 理世の両親は交通事故で亡くなり、葬式を上げてれたのは理世の叔父だった。

 

「――今日から叔父さんが理世ちゃんの親代わりだ。」

「……はい。」

 

 生気がない理世が叔父にそう応えた。

 いつも居るはずの家族がいない自宅。

 葬式が終わった日の夜。

 日常が壊れて初めての夜。

 

「そんな緊張しないでくれよ? 叔父さんもずっと独り身だったから、正直どうしたら良いかわからないんだ。

理世ちゃんはもう年頃だし警戒するのは仕方ないと思うけど、始めは距離を置いて、それから少しずつ分かり合おう」


 そういう叔父だったが、むしろ本人の方が緊張しているようだった。

 逆に理世の方がどうやって宥めようか考える程に。

 

「……別に緊張も警戒なんてしてないけど。それよりも、お葬式もあげてもらって感謝してます。私一人じゃどうすればいいか分からなかったから」

 

「そんなの当然だよ。叔父さんだって、君のお父さんの兄弟、家族だったんだから」

 

「そうでした、ね」

 

 それから、色んなことを話し合った。

 (転校が面倒くさいので)学校は離れたくない、今の家は売ってそのお金で理世の養育費に充てる、そしていつかは一人で生活すると。

 一通り話し合った後、叔父は決意したように理世に言った。

 

「それじゃ、アパートに向かおう。いざ我が城へ! アパートだけどね」


 おどけた態度の叔父を始めに、理世の新しい日常が始まった。



*****

 

 ほんの数秒だけだが気を失っていたようだ。自分にかかる重みが不快で目を開く。

 

「え…? あ…? 小池…君?」

「桜さん――…ッ!! 」

(ここ何処だっけ? 私、何してたんだっけ…………?)


 次の瞬間、理世は自分の置かれた状況を理解し背筋が凍り付いた。

 義父が倒れ、自分は押し倒されている。明らかに異常な状況で思考が追い付いてこない。


「桜さんと離れるなんて、僕耐えられない!」

「ちょっと何言ってんの!? 今それどころじゃ――」


 男は聞いていない。体を密着させ顔をこすりつけながら、理世の服に手を掛けた。


「いま、ここで一つになれば――!」

「なッ!? 止め――ッ! やめてぇぇッ!! 」

 

 男が何をしようとしているか、理解している。

 理解はしているが、力が違いすぎて思うように抵抗できない。

 

(こんなことしてる場合じゃないのに!義父さん……! )

「さくらさん! さくらさん――! 」


 男は喚きながら理世の体を弄ってくる。そしてスカートに手をかけ――


「ぎゃふッ―――!?!? 」


 男の腰が浮いた瞬間、理世の膝蹴りが男の股間を打ち抜いた。


「う――ッ! う――…ッ!」


 自身の体の上でのたうち回るその巨体を全力で押し退け、急いでリビングから出る。


(義父さん――!? い、いやその前に警察! )


 あまりの恐怖で思考がうまく纏まらず、とにかく真っ先に思い付いた事をやり始める。

 震えて動かない体と指を必死に動かし、110番をコールする。


「――警察です。 事件ですか? 事故ですか?」

「た、助けて! 家で襲われて――うぁ……ッ! 」


 突然の衝撃に台所まで吹き飛ばされた。そして振り返り――後悔する。

 男が目を血走らせ睨みつけてくる形相が恐ろしく、思考はさらに乱された。


「さくらさん…? 何で……僕を拒むんだよ……!? なんでぇ―――ッ!!」

「こ、小池君……?ちょっと待って……」


 男の手にはナイフが握られている。包丁ではない。これは人を殺す為の凶器だ。


(マズい……不味い不味いッ! 考えがぐるぐる回って纏まらない――ッ)


 男の雰囲気に、完全に飲まれていた。


(まずは家から出て逃げ……でも義父さんが――!)


 義父はすでに亡くなっていたが、理世の心がそれを受け入れられなかった。もしそれを受け入れたとしても、義父を残して逃げるだけの勇気はなかった。


(義父さん………! やっぱりコイツが……? でもなんで……?)

 

 今の状況が理不尽で、理世には理解できなかった。

 朝までそこにいた義父とは、何故か二度と話すことが出来なくなっていた。

 毎朝話しかけてきた少し気弱なクラスメイトは、何故か敵意を向けて睨んでくる。

 そして、明日の生活に期待をのせていた自分は、何故か家の中で身の危険を感じている。

 ついさっきまであった日常が、また突然壊れた。

 

(義父さんを殺したの――? 君が――…?)

 

 壊れた日常と共に、理世の心も壊れた。




【エクストラスキル : 狂化 の取得に成功。発動します】




 頭のどこかで何かが聞こえた気がした、その瞬間――


「あぁぁぁァァ――――――ッ!!」


 怯えて動かなった体が動きだし、少しつり上がった目がさらにつり上がっていく。

 手近にあった『何か』を持ち、男に向かって飛び掛かった。


「ぅ……うがぁぁぁぁぁぁッ!!」


 男の目に『何か』が突き刺さる。手の中にあったのはいつも食事の時に義父が愛用していた箸だった。

 

「うぐぇぇえええ!! サクラサンッ!! サクラサン――ッ!!」


 男がナイフを振りまわして、理世をメッタ刺しにする。


「うああぁぁぁぁぁぁ――ッ!!」

 

 血だらけの理世はそれをものともせず――

 

 ――グバァ!

 

「ぎやぁああああああぁあああ―――――ッ!!」

 

 目に刺さる箸を引き抜き、更に男の首元に箸が突き刺す。衝撃で箸は根本から折れた。


「ウグェェッ…サ、サクラ……サン――」


「ウ――…ッグゥ――…ッ」


 視界が黒く染まっていく。男が倒れこんでくるのを払う事もできず、意識が闇に溶けていった。


「こ、これで……ひ、とつ…に………」

 

 

 ああ、こんな奴と一緒に死ぬのか……最悪だ……

 

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