第五十三話 お互いに
家に帰った太陽は、靴を脱いで玄関から居間へ行った。その居間で何が起こっているのかも知らずに。
「ただい…ん?」
戸を開くと、そこにはもじもじとして少し顔を赤らめている日影が立っていた。この様子だと、少々緊張しているらしい。
今更何を緊張することがあるのか…。
「ど、どうした…?そんなに緊張して、恥ずかしそうにして」
「…私、決めたの…。いつも、太陽からの何かしらのアクションを待っていた。でも、それだけでは駄目だって」
そして、意を決して日影は太陽に近づき、非常に恥ずかしそうにして囁く。
「わ、わわ、私は…た、太陽のことががが……」
その声は震え、掠れ、ギリギリ聞き取れる程度のものであった。
「す………、す……、すす…す…」
ここまでくると、何も聞こえない。ただ、口がキスを待っているように動くだけだった。
「…ん?どうした?今日は妙だな…」
その太陽の言葉に吹っ切れた日影。
「な、なんでもないわよバカ~~~~!!!!」
太陽を一瞬睨むと、そのような捨て台詞を吐いて逃走した。
「本当に何だったんだ…。あの口の動きは、何かを言おうとしていたのは確かだが、あの言葉に続く言葉となると…」
邪な考えが沢山浮かんでくる。口の動きのまま、キスをねだっていたのか。それとも、それを超える何かを望んでいたのか。キスを超える粘膜接触…。
おっとこれ以上は対象年齢が上がってしまう。ただ、何かをしようとしていた、若しくは言おうとしていたことは間違いないだろう。
「まさか、『好き』とか…。…それはないか。最悪な仕打ちばっかりやっているのにそれはな…。想像が行き過ぎているな…。飯食って頭冷やすか。…でも、気まずくなりそうだこれは」
夕食の時間になった。察しの通りになった。非常に気まずいものとなった。
「うーむ…。気持ちを伝えるのには失敗しちゃったのかな?」
「いや、それだけではない可能性も」
「だとすると…。色々候補はあるが…」
「「性行為でもしたの?」」
「どうしてそうなった」
「…それは食事中には適さない話題」
30分もこれでは精神的に辛い。何か話しかけないと…。そう思った時、不意に日影が此方を見てきた。
「…さっきはごめん…。途中で逃げ出したりして」
「…そんなにキスしてほしかったのか?」
「「「!!!」」」
俺の言葉に一同驚く。日影が驚くのはともかく、残りの二人もというのは些か疑問だが。
「えっ…」
想像の斜め上を行く発言に驚いた日影。自身は『好きだ』と伝えたかっただけなのだから仕方がないとも言える。
「「はぁ~…。太陽から…」
驚きの目から暖かく見守るような目に変わり、早くキスしろと言わんばかりの拍手付き。
「いや、食事中だし後でいいか」
「「「えっ」」」
またしても三人が息をそろえて言う。何か企んでいるのではないかという疑問が発生する。
「何を企んでいるんだ…?」
「………」
「何も」
「い、いやぁ、ナニモタクランデナンカナイヨ」
相変わらず口の堅い日影は言葉を放たず、先生は鉄壁のポーカーフェイスを披露。それに比べ杏莉は、何かをしようとしていたことが丸わかりの態度だ。
「何かしようとしていたんだな…。何だ?」
天水は、仕方なく正直に話し始めた。
「いつも太陽からのアクションを待っている日影に、もう少し積極的に太陽にね…」
「そして、内に秘めた想いをしっかり出してほしいってね。いつまでも秘めてちゃ相手には分からないもの」
「日影…そうなのか?」
口ではいくらでも嘘を吐ける。特に、隠し事満載の天水と出会って間もない杏莉だ。彼女たちには、『信用』の『s』の字すらない。一応本人に確認をとる。…本人も嘘を吐く可能性もあるが、そう思い続けるとキリが無くなる。
「…そうだよ」
「他には?」
「それを教えたらねー」
「…ごちそうさま…」
いつの間にか全て平らげていた日影は話の途中だが抜け出す。この二人は信用ならないからいてほしいのだが。
「日影ったら、部屋で一人で自慰を」
「ん?」
その言葉を聞いて、時間が止まる。
「なにバカなこと」
「本当さ。色々考えていたようで、いつの間にかそんなことを」
「変なこと教えるんじゃないよ…。あんたたちがさ」
「変なの?少なくとも、日影くらいの年齢なら半分以上は一回はしたことがあるらしいよ」
「そうじゃない。…俺が教えてやりたかったのに」
「…太陽は可笑しな奴だなあ」
結局、太陽は食事を全て平らげるのに一時間半を要した。
そして、日影の事が心配になった太陽は、日影の部屋へ直行する。
「今大丈夫か?」
「ちょ、ちょっと待ってて!」
アニメであればお約束のドタバタが聞こえる。これは着替えていたり、散らかっている部屋を片付けたりと色々ある訳だが…。何をやっているか非常に気になる所だ。
「いいよー」
入室許可まで、実に十五分。本当に何やっていたの。自慰?違うか。
「な、何の用?」
「いや…何かさ、二人から色々聞かされて…。日影は頑張ろうとしているのに、俺が頑張らないでどうするんだと思ってさ」
互いに心臓が高鳴る。非常に緊張する瞬間だ。これを聴く為に外で待機している天水と杏莉にも緊張が走る。
「おつきあいを」
「…を前提に?」
『おつきあい』から始まることに違和感を覚えつつも、その続きが気になって仕方がない一同。
「いや、それだけだけど」
「…どういうこと?」
日影は拍子抜けした。外野二人衆も同じだった。
「おつきあいって…?」
「お突き…あ………ん?」
ふと、体に違和感を覚える。それは眩暈のようだった。
「くっ…!眼前暗黒感が……いや、これは…」
太陽のならず、その症状は全員に飛び火した。
そして、家中のスマートフォンが一斉にけたたましく鳴り響く。
「「「「やばい!!!」」」」
これは眩暈などではない。地震であった。それも非常に大きいものだった。