第五十話 小別沢杏莉
相手から仕掛けてきた。急接近して勢い良くパンチの連打。その勢いについていけなかった天水は、その攻撃をもろに食らった。その威力は凄まじく、壁に強く叩きつけられた。
「…しっかりしないとな…」
先生の無様な姿を見、その言葉を聞いた日影と太陽は、楽しそうに野次を飛ばす。
「しっかりしてよ~…」
「ふざけるなー」
「……」
強烈な攻撃を受け、更には言い返しが出来ない野次を飛ばされてスイッチが入った天水は、即座に起き上がると、すぐさま反撃を開始する。
「いいじゃないか…杏莉…でも、これ以上はさせる訳にはいかないぞ…」
相手を近づけないよう、呪文を嵐のように唱えていくが、素早さを生かして大半を躱していく。ただ、命中するものもあり、それが相手を苦しめる。
「まさか…近接格闘型とバレたか…」
近接格闘型の杏莉は真面な攻撃呪文などなく、また、補助呪文や回復呪文もなかった。
そして数時間後、成す術なく、杏莉は呪文の前に散った。
「マジかよ…」
「極度の近接格闘型はこうなるのね…」
杏莉は天水に詰め寄る。天水は身構える。
「身構えないでよ…。私は、呪文を教えてほしいだけなんだ…。周りに頼める人はいないし、自分で覚えようとして、呪文の教科書まで使って覚えようとした…。でも駄目だった。だから…」
近づいた経緯を話すと、天水は声を掛けようとする。その直後の事だった。
天水の体に激痛が走る。理由は他でもない杏莉の攻撃の仕業であった。
「何するんだ!相変わらず不意打ちするんだな…。そういう悪い子には教えません!」
「お~し~え~て~…」
涙声で懇願する杏莉。無視する天水。驚きの光景がそこにはあった。暖かく見守ってあげたい光景だが、もう30くらいになっている者同士の行為であると考えた途端に、冷たい目線を送りたくなった。
「…学生時代もそんな関係だったのか…?」
つい、そのような質問してしまいたくなるような間柄に見えて仕方がない。
「そうだよ…。本当に手の焼ける子で…」
「…でも、そこが可愛いというところかしら…」
「そうなんだよ…。やっぱり可愛いは正義だわ」
彼らの会話を一字一句漏らさず聞いていた杏莉は卒倒した。
「ど、どうした!?」
暫く反応がない。三人は彼女の事が心配になってきて、回復処置を施そうとしたその時。
「…かわいいって…。かわいいって…」
顔を赤く染め照れくさそうにそう言った。
「…そんなことで倒れるなよ…」
「そう言わないであげて」
「…これだから近接格闘型は」
「近接格闘型は関係ないから。相変わらず辛辣な奴らだ…。まぁ、太陽の意見には同意するが。そうだった。かなりのダメージを受けているだろうから、回復処置を施さないとな」
『結局先生も辛辣じゃないか』という言葉を二人は飲み込み、天水と一緒に回復処置を始めるのだった。
その後回復した杏莉を家へ連れて帰った天水は、早速特訓を開始した。…それに太陽も巻き込まれることとなった。
「何で俺まで…。もうそのレベルの呪文ならとっくに出来るよ…」
「太陽の呪文はまだ威力が低い。さらに改良して弱い呪文を可能な限り強くしなければならない。…正直、太陽は呪文があまりうまくできない人間なんだから…」
天水の言葉にげっそりしている太陽を見て、杏莉は言葉をかけた。
「一緒に頑張ろう…太陽君」
美しい大人の女性にそう言われて太陽は何も思う訳がなく、突然元気になった。
「あらまぁ…やっぱり思春期の男の子は…ふふっ」
ただし、元気になったのは前の物だが。
「どこを元気にしているんだいまったく…。これから特訓だって言うのに」
「太陽は綺麗な人なら誰でもいいのね…」
「…すみませんでした」
後者の日影の言葉が心に刺さった太陽。謝罪を余儀なくされた。
大きくなった前の物は、数分経っても平常に戻らない。痺れを切らした天水は太陽に詰め寄る。
「その前の物外せよ」
「意味が分からない…」
「だから、こうやって…」
落ちていt木の棒を拾うと、突然絵を描き始めた。天水が描いている絵が完成するにつれて、その絵をじっくり見ている日影と杏莉から笑いが起きる。その後、完成した絵を見て、俺は大笑いすることとなった。
そこには、前の物が手に乗っかり、『こんなもの…』と発している太陽の姿が。
「…何て絵を描いてやがる…。通りすがりの人に見られる前に消しなよ…」
そう言ったとき、皆、俺の前の物が縮小したことに気付いて特訓を開始した。
午後2時ごろから行われた修行は、午後5時30分に終了した。
撤収しようとすると、突然周りから知らない声が聞こえ、敷地への入口の方を見た。
その原因は一瞬にして分かった。天水が描いた下品な絵がそこに残されていたのだ、家の前の道を行く誰もが足を止め、蔑むような目でこちらを見て立ち去る。そのような事が行われていた。
「マジかよ…」
「…だから急いで消せって言ったのに」
「恥ずかしくて、穴が合ったら入りたいくらいよ…」
「…ああいう目で見られるの、何か良いかも…」
一刻も早く消す為、皆で協力したのだった。
「…何かさっき杏莉さんが変な事言っていたような…。気のせいだろうか」
夕食を食べ終わると、杏莉は天水とじゃれ合おうとくっつき始める。太陽も日影も、『仲睦まじいな』とそれを見ていたが、その気持ちは突如一変する。
部屋に戻る途中、家中に怒号が響き渡った。よく聞こえなかったが、何があったか確認するべく居間へ急いで向かった。その途中、大きめの声で『ありがとう』と言う感謝の言葉が聞こえた。
居間に着くと、そこには杏莉のおかしな姿があった。
「「もしかして杏莉さんはMなんですか?」
「『ド』が付く程のMだよ…」
天水のその言葉に、開いた口が塞がらなくなった。
二人ともその夜はよく眠れなかった。
翌朝起きて居間に行くと、そこには昨夜と同じような光景が広がっていた。
「あ、そうだ。こいつここに住むことになったから、二人ともよくしてやってくれ」
「「…はい」」
口ではそう言いつつも、『何か嫌だ』と思い、学校へと向かう二人だった。
休日に男友達数人と一緒に遊ぶ約束を結んだ太陽。
日影は、天水、杏莉と一緒に時間を過ごすこととなった。