第五話 地獄へ
で、朝がやってきた。
「日影のデレた時の可愛さ…。もう、たまらん!」
おっと、口に出してしまった。まぁ、口に出してしまうほどのことだったのだ。
いつも通りの、親と食事。あれだけ騒がしかった朝食を思い出すと、とても寂しいものがある。
…登校時。一緒に行動こそするものの、必要以上の会話はない。
「…何で喋ろうとしない…?」
「こんなに大勢の前じゃ…恥ずかしいもん…」
まぁ、あれは恥ずかしいことだろう。童心に帰ったような…そんな感じのもの。
「そうか。まぁ、それでもいいか。俺だってあんな日影…他人には見せたくないしな」
そう。俺は独り占めしたいんだ…。そして…二人で幸せに暮らしていくのだ…。
「そ、そんな…他人に見せられないほど恥ずかしいことしてたの…?」
「そうじゃねぇ…。その頭脳で学年トップかよ…」
そう。日影は学年トップの頭脳なのである。
しかし、あれを見るとトップどころか最下位レベルである。
まぁ、もしかしたら普段は隠している彼女の実態なのかもしれない…。
そんな俺らは、ふと校門の前にいる人に気づいた。
「あんな先生…いたっけ…」
「いや、覚えてないわ…誰かしら…」
「まぁ、いいだろう。危害を加えてこないのだから」
…安直な考えだった。
「太陽…そろそろアン・インストールを覚えないとやばいかもしれない」
目の前に現れるなり、いきなり不穏なことを言い放つ先生。
「何かあったんですか?」
「組織がマークしている人物が、校門にいるんだよ」
「…あの男のことですか」
やばいよー目の前でぶつぶつ話しちゃったじゃん。
「ご名答。それで、危害を加えてくる可能性があるんだ。一人でいるときに襲われたらお前が死の世界へ飛ばされてしまうからな」
「…覚えます」
「日影ちゃん。教えてあげてくれ」
「…休み時間にね。流石に授業には参加した方がいいと思うわ」
…そして、昼休み。先生に拉致される。
「日影と」
「先生の」
「「アン・インストール特訓講座-!」」
何だこれは。こんなことだから馬鹿にされるんですよ、先生。
「まずは発音から」
「ってもう始めるのかよ…」
「当たり前じゃない。時間は限られているのよ」
「発音は、アン・インストールだ。間違ってアンインス・トールと唱えてしまうと、違う呪文になってしまう」
テンポ、速すぎます。
俺の成績…学年320人中228位という残念なものであることを忘れている気がする。
日影ならともかく、先生までこうとは…。
「俺は二人とは違って頭が良くないので分かりやすくお願いします」
「仕方ないわね。では実践してみましょう」
「まずはアンインス・トールと唱えよ」
「…アンインス・トール」
と唱えると同時に、体が光りだす…。
光が消え去ると、体の感覚が色々おかしくなっている。
「何じゃこりゃああああああ!!」
「アン・インストールは相手を死なせる技なのだが、アンインス・トールだと性転換の技になるんだ」
「これは気をつけないとやばそうだな…」
大切な試合中にそんなことをしてしまうと、相手によっては攻撃方法を変えてくるかもしれない。
…例えば…エロいこととか…。そう。乳揉み、乳首責め、…その他色々。
特に陰部に関しては男よりずっと気持ちいいと聞く…。やられてみたい気もしなくはないが…。
やられたらやられたでやばいことになりそうだ。
きっと男に戻りたくはなくなるだろう。
「…で、どうやったら元に戻るん…聞けよ!」
二人とも、ずっと俺を体を見ていたのだった。俺が妄想している間に…クソアマ共が…。
「あぁ、戻し方は…インス・トールと唱えればいいんだ」
「インス・トール…」
また体が光りだし…。
光が消え去ると元に戻っていた。
「ここからは日影によるアン・インストール講座です」
…さっさとしてください。「時間は限られている」とか言ってる割には性転換の呪文に10分も使いやがった。残り15分しかないのだが…。
「発音はアン・インストールで、右手の人差し指だけを相手のいる方に向けて、強く、こう念じるの…」
「すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ…」
「怖いわ!」
っていうか、これもまた何かで見た覚えがある…。まぁ、この際時間もないし放置しよう。
「では、このモルモットで実践してみよう」
モルモット。小学生の時の教科書で見た以来だが…。
可愛い。こんな生物にこの技を使わせるとは…こいつらは鬼である。
「アン・インストール…(すぐにけせすぐにけせすぐにけせすぐにけせ…)」
すると謎の弾が指先から飛び出す。
弾はモルモットへ一直線。モルモットは逃げようとするも、いつまでも追ってくる。
そして命中…。光とともに姿を消した。
「因みに、3分間。相手を追い続け、命中しなかった場合は弾は自然消滅するの」
畜生…可愛い可愛いモルモットが…。まさか、俺がハムスターを飼っているのを見てわざと…。
「で、何でモルモットなんだ…?」
一応訊いてみることにした。
「逃げても弾が追うところを見せたかった…と言うのは建前で、本当は太陽がハムスターを飼っていたから…」
「やっぱりNE☆!嫌がらせかよ!」
と叫ぶと同時にチャイムが鳴る。
…過去最大級に長いと感じた昼休みだった。
そして昼からの授業中に、席が近いので一応アイコンタクトで訊いてみた。
「(…まだ何か覚えることはあるか…?炎とか…)」
「(今は覚えなくても大丈夫。でも後々覚えないと大変なことになるかもしれないから、例の男とのバトルをしてから考えるわ)」
なるほど、ありがとう。
で、あの男とは結局戦うのか。
「あと5分か…キリがいいから今日は終わり。あとはゆっくりしてていいよー」
そう先生は言い放つと、変な行動をとる。
「…先生もあの男と戦うつもりね…」
日影曰く、どうやら組織と交信をしているらしい。
授業時間が終わっても続いている。これが今日最後の授業でよかったね先生。
帰りのSHRが終わると、こちらへ近づき…。
「準備ができた。行きましょう」
バトルは、自分にとって一番嫌なことである。
相手を傷つけること。自分が傷つくこと。仲間が傷つくこと。どれも嫌だ。
それでも、俺には二人を止めることなどできない。
連れていかれた先は前回と同じ山にある神社。
「待ちくたびれたよ」
「…凍え死ね。」
と先生が言い放つと同時に、今度は氷が…。
男に407ダメージ!
「渾身の一撃を受けよ」
日影まで先生のような口ぶりで…。
日影はすべての魔力を解き放った▼
男に1528ダメージ!
「今だ太陽!」
「はい、先生…アン・インストール!」
先生の言われるがままに、アン・インストールを使う。
「やはりな…甘い!」
「インストーラ!」
初めて聞く呪文だ。
「これはアン・インストールを無効化する技ね…こうなったら…」
「アン・インストーラ!」
先生が謎の技を放つ。
「アン・インストーラ・キャンセラー!」
「アン・インストーラ・キャンセラー・ブレイカー!」
「アン・インストーラ・キャンセラー・ブレイカー・ジャマー!」
「アン・インストーラ・キャンセラー・ブレイカー・ジャマー・イレイサー!」
「…何だこれは」
こんなシーン、何かで見た記憶がある…。が、そんなことを考えている暇はない。
…小声なら聞こえないのでは?
「アン・インストール…!」
男へ一直線。
「何ッ!ぐわああああああああああああああ!!」
どうやら小声でもアン・インストールはアン・インストールらしい。
「よくやったな」
「まさか半分以下の人がこんな技を…」
「おい日影今のは何だ…」
それはさておき。
「小声でも唱えられるものなのか…呪文は」
「そうなんだよ。大きさよりも正確さが大事だからね」
「…私、もう帰りたい…」
「おう…もうこんな時間か。さっさと報告して帰ろうか」
20時。また遅くなってしまった。
「でかしたぞ3人とも」
「ありがとうございます」
「それでは新しい任務を与える。闇の結社ダークブルーのトップ…米里海斗を倒せ」
「承知しました」
「今回の任務にあたって、一つ大切なことがある。…手稲天水よ。米里太陽を家に住まわせなさい」
「承知しました…。何故なのでしょうか?」
「米里海斗は、彼の父だ」
「…承知しました」
「ではお行きなさい」
まさか。まさかの事態だ。
父が訳わからない組織を作っており、今回の暗殺対象。
唐突過ぎる話に、俺はついていけなかった。
家に行き、荷物をまとめて、先生の家へ行った。
これからどうなるか、皆目見当もつかなかった…。