第四十五話 迷子の春休みちゃん
春休みが始まった。これまでは『春休みだー!』と大声で叫んで始まりを迎え、ゲームにアニメにと、楽しい毎日を過ごすことになるのだが…。
「何でだ…何で特訓なんか…!」
残念なことに今年は全く違う。今までの戦いで浮き彫りになった数々の課題を解決する為に、特訓をすることとなった。やることとしては、自他の回復手段やより強力な攻撃呪文に補助呪文、強力な直接攻撃など、多岐にわたる。これを春休みの期間、約二週間のうちに熟せと言う鬼畜。
休日にも関わらず早朝に起きて、朝食を摂らず特訓を始めることとなった。開始時間午前5時20分。午前7時の朝食の時間まで休まず続けられる。
「折角の春休みを、趣味やその他遊びに使えないなど…俺は認めない」
「太陽が認めなくたって、やらなければならないことだからな…。色々身についてきてはいるが、まだまだ戦闘では足手纏いだ。そろそろ、更に発展した技を熟すようにしないと、何だか分からないが、二人のやりたいことが出来ないぞ」
色々言われて気付いた。俺が特訓をしている、その目的に。世界の敵、この組織を転覆させることを。
「…よし、やるか!」
「太陽…特訓は、私たちの目的を達成するための準備の場。準備万全で行かないと、確実にこちらが消されて終わる。一緒に、頑張らないとね」
張り切って始めてみたものの、長く続くはずなどなく、20分も続かない。
「やっぱり、なかなか上手くいかないし…」
真面目にやると何も上手くいかない為、妄想しながら行うことにする。
普段通りにすれば絶対に出来るだろうと考えていたのだが…。
…何か、前より胸が大きくなったなぁ。アニメキャラで言う普乳にあたる大きさ…。ああ、揉みしだきたい!また、この緑の黒髪、体の肉質…。どれも健康的で、非常にそそられる。
「太陽…。手が完全に止まっているんだけれど」
妄想しながら進めるなど、出来るはずがなかった。
その後、何とか出来るようになってきた。まだ非常に拙いが、更に特訓していけば、回復は完璧に行えるだろう。
朝食の時間を迎え、家の中へ戻り居間へ。家の中にいることの嬉しさよ…。半端ないって。
食事を摂るため椅子に座った瞬間、背後から肩に手を乗せられ、話しかけられる。
「ところで、さっきの特訓中の事なんだけど…また変な妄想していたよね?」
まさかの発言に冷や汗を流す。一応身構えていると、想定外の発言が続いた。
「じゃあ、そろそろ…やる?」
清々しい笑顔で、でも、少し妖艶な笑顔で、意味深な発言をしたのだった。
「何を…いきなり何を言っているんですか日影さん」
「遠慮することないの…。しないで後悔なんてことになっても知らないよ?」
あまりにも誘ってくる日影に対し、少々違和感を覚えたが、振り向いて日影を押し倒そうとした。
次の瞬間、激痛が走る。強烈なパンチを入れられたのである。気付けば体は宙を舞う。どんどん上昇し、天井に強く叩きつけられ、そして、床に強く叩きつけらる。
それを見て、再び日影は顔面鬼瓦から清々しい笑顔で、でも、少し妖艶な笑顔で見て、言葉を放つ。
「エッチなのは嫌い…」
からかうように、そう言った。
「青春って良いものだねぇ…同じくらいの頃を思い出してしまうよ」
一部始終を見ていた先生は、過去の思い出に耽っている。
「これのどこが良いんですかね。俺的にはこんな曲がった青春は嫌だ…。もっと普通な、真面な青春を過ごしたいね…」
「相手がいるだけ、良いじゃない…。太陽は、私と出会わなかったら、彼女の居る生活なんてなかったのかもしれないわね」
こいつらのクソっぷりには呆れてくる。特訓でも日常生活でもモンスターだなんて、最悪にも程がある。
ここからは昼食の時間までまた特訓。先ほどの続きを行う。
一度できればあっと言う間に出来るようになる俺には、ここからは楽だった。
ただし、それは特訓が楽と言うだけだが。先生と日影は相変わらず鬼教官っぷりを発揮し、全く楽じゃない。ボケてもツッコみのツの字すらなく、二人はボケない…。苦痛の時間だ。
「何故揃いも揃ってモチベーションを下げるようなこと…」
「反応が面白いからな。からかうには打って付けの相手なんだよ。日影は太陽と違って素っ気なくてつまらないからな」
「素っ気なくてつまらなくて悪かったわね、極悪教師さん」
喧嘩が勃発した。どちらも喧嘩に夢中で、ちょっと手を止めていても咎められない。
「さてと」
逃げようと立ち上がり、背を向けた瞬間、後ろから勢いよく服を掴まれる。
「「逃げるなー!」」
二人にボコボコにされるのだった。このような時は仲良い二人。最悪だ。
それからと言うもの、毎日のように喧嘩しながら特訓を続け、何時しか俺は強大な力を得ることとなった。
それを見た先生は、俺たちを呼び出した。
「一体何を…」
「何かあったのかしら…」
少し心配げな俺たちに、残念なお知らせを告げる。
「久々の任務が入った。侵入者が現れたらしい」
やっと休めると思った矢先の事だった。
「…で、どんな相手なの?」
「それが、私にも情報が入っていない。分からないそうだ。ただ、物凄く嫌な予感がするんだ」
急いで向かうと、入り口の大部屋は血の海と化していた。そして、数々の死体が転がっていた。殆どが我々の組織の者だった。
その先に、一人の男が仁王立ちしていた。
「まだ生き残りがいたか…。ほう。手稲天水か。久しいな」
「石山大志か…。偉くなったな」
おかしな雰囲気が漂う。相手同士だというのに、何とも穏やかな、和やかな…。
「誰なの、その人…」
「私の幼稚園から高校までの友人で…。所謂『元彼』っていうやつだ」
「驚いたよ、天水…。まさか、悪い男について行くとは…」