第四十二話 長い道のり
足場は脆く、無理に体重をかけると崩れる。落ちれば奈落の底へ。二度と戻って来れることはないだろう。そんな地獄のようなダンジョンをクリアしないと、我々の荷物の一部は返ってこない。
足元にあったのは、荷物は荷物でも、手荷物だったからだ。ブラックホールのようなものに吸い込まれたときに誤って手を放してしまったものたちだ。大荷物は、全てホテルの中…つまり奈落の底だ。ボスを攻略し、元に戻さないと戻ってこない。
「アニメを観るための、大切なパソコンがあるのだから…意地でもここをクリアしなければ…」
「…何、そんなもの…無くたっていいじゃない…」
「何てことを言うんだ!俺にとっては自分の命と日影に次いで大切な物なんだぞ…、日影に例えると、…性器が無くなるのと同じ!」
「…酷い例えね…。まぁ、如何に太陽にとって大切な物かは伝わってきたけれども」
「太陽は、この私がそのパソコンより優先順位が下とでもいいたいのだろうか…」
3秒の間を開け、返答をする。
「ハハハ、ソンナワケナイジャナイデスカ・・・」
「図星だったんだな。片言になっているぞ…。この旅行が終わったら特訓三昧をお見舞いしてやるぜ…」
二人のやり取りを見て、日影は溜め息を吐いてから、無言で先へ進む。今は巫山戯ている暇はないのだ。
5分経ちやっと口喧嘩が終わる。周りを見渡した先生は、日影がいないことに気付く。
「…あれ、日影は…?」
先生の言葉に釣られて、太陽も周りを見渡し、日影の姿が見えないことに気付く。
「…さぁ、分からないな…。こんな狭いところだから、足を滑らせて奈落の底へ落ちたとか?」
「縁起でもないことを言うんじゃないよ…。聞かれてたら後で太陽が日影によって奈落の底へ落されるわよ」
俺らは、それから道を辿って進むことにした。
どんどん先へ進んでいくが、特に何か仕掛けがある訳でもなく、非常に簡単なダンジョンだと思っていた。しかし、そんな考えは直ぐに捨てざるを得なくなるのだった。
進み始めてから30分程経った時、体が、荷物が重いことに気が付く。
「妙に荷物が重く感じるな…。日影が入り込みでもしたのかね」
「馬鹿みたいなこと言うんじゃないよ。地球とは違う場所で、重力が地球より大きいのかもしれないな」
更に30分経つと、もう立って歩くのは困難になり、地を這って進むことしか出来なくなった。
「こりゃ酷いものだな…」
「まだまだ先があるようだし、もう動けなくなるんじゃないか…?」
更に30分後。遂には先の足場が無くなってしまっていた。あまりの重力で押しつぶされたのかもしれない。…ただ、もう何もなく、先に進めない訳ではなかった。その先は、見渡す限り海だった。
「俺はもう泳げるからいいが…」
「私は水泳教室で先生をやっていたこともあったからいいが…」
「「果たして日影は…」」
それは、CM2の後で!…と言いたいところだったが、一瞬にして見つかった。…沈んでいたのだった。二人で抱え上げ、足場のあるところまで移動し、処置を施す。
日影はなかなか目を覚まさない。そこで、先生がラブコメにおいては定番中の定番であることを口に出す。
「太陽、人工呼吸だ」
「面、胴…」
ここまで言ったとき、先生が顔面鬼瓦にして、眼光炯々として…一言で言えばモンスターのような顔をして此方を見てくる。
「じゃない!」
仕方なく人工呼吸を始めた。こんなことしなくても、勝手に復活すると思うのだが…。
数分後、蛸や烏賊が墨を出すように水を吹き出し、咳をして、それから意識を取り戻した。
「どうしてこうなった」
「脚を攣ったの…。脚は痛いし、水を大量に飲んで苦しいしで大変だったわ」
「何だよ…そんなことかよ…気を付けてくれや…」
あまりにも馬鹿馬鹿しすぎて、耐えきれず言い放つ。
1秒後、日影は俺の顔面に向かって拳を勢いよく突き出し、俺はそれを避けきれずに食らう。そして、俺が飛んだ方向は奈落の方だった。本当に先生の言った通りとなったのだった。
即座に反応をした先生が、大きな重力のせいで勢いよく落下していく俺を救出してくれた。
「太陽、言葉には気をつけないと…」
「そうだな…まさか先生の言う通りになろうとは」
海を泳いでゴールを目指す。二時間、三時間と、ただ徒に時間が過ぎていく。そして、やっと足場が見えたその時、体を眠気が襲う。
「やばいなぁ…眠たくなってきたぞ」
「「寝るなよ、絶対に寝るなよ…!」」
二人で盛大にボケをかましてきた。これは寝てほしいという意思表示なのだろうか。なら、寝てはいけ…な………。
寝られるはずなかった。よく考えれば、ここは海だ。水を顔にしっかりつけることで…。
なんとか無事に足場に辿り着き、ほっと一息。
「ということで、もう夜遅いはずだし、寝よう」
「寝る暇はないよ…。寝なくたって戦えるでしょう」
「ただ、腹が減っては戦が出来ぬ。さぁ、食事にしようか…」
と言っても、真面な食事など食べられなかったが。
それから、俺が駄々をこねたこともあり、少しだけ仮眠をとり、再び進みだした。
そこからは、本当に何も仕掛けもなく、ただ足場を歩くだけというものだった。遂に奥に到着した。そこには一人の人が立っていた。俺らは、この重力では立つので精一杯だというのに、楽に立っていた。
「まさか、ここまで来る人がいるとは…」
相手は、とてもやる気のなさそうな顔でこちらを見る。
早速戦いを始めてしまおうと思った時、組織側からの連絡が入った。
『こいつは、どうやら敵対組織のボスのようだ。ボス直々に手稲天水を倒したいのだろう』
とのことだった。ならばやる気を出す前に早目にやってしまおう。
そう思った時、相手は思いもよらぬことを言い放った。
「うちの負けでいいよ」