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第三十九話 涙の帰宅

 日影も、先生も、希望を失っていった。

 学級でも、級友達から心配の声が上がる。

 只管に待ち続け、遂にその時が来た。

「もう3週間経ちました。このまま、目を覚ますことはないでしょう。どうしますか?」

 ここでの「どうしますか?」の意味としては、「もう延命を終わらせる」のか、「金は高くなるが、延命を続ける、馬鹿みたいに足掻く」のかだろう。

 勿論、延命を続けることを決意した。それがいくら無駄な足掻きだったとしても、少しでも希望があれば、私たちは…。

 太陽が目を覚まさないまま冬休みを迎え、そして、年が明けた。

 ここれまでの人生の中で、ここまでめでたくない新年は、初めてだ。

 只管に待ち続け、遂にその時が来た。

 忽ち太陽は体を上げ、声を上げた。

「…よく寝たなぁ…」

 ふと部屋を見渡すと、そこには二人の女性…先生と日影が。…とても可愛い顔で眠っている。窓の外を見れば、もう少しで日の出かというところだ。

「ちょっとくらいなら…」

 近づいた瞬間、日影の体が此方に倒れてくる。

「まったく、病人になんてことを…」

 それで日影は目が覚めた。

 目と目が合う。手と手が……繋がれる。

「…よかった…。やっと…」

 日影は、涙が止まらなくなった。…それを見て俺は、日影と先生がこれまでどれだけ俺の事を心配してくれていたか、考えてくれていたかを察し、涙が止まらなくなった。

 日影は俺と一緒に布団に入り、何とも嬉しくて恐ろしいことを言い放つ。

「寂しかった。今まで。ずっと。だから、今は、こうさせて…。二人で楽しもう?」

「今の俺に突っ込みをさせようとするな」

 このやり取りも、日影にとっては久しいものなのだろう。だからこそ、出来るときになっておきたかったのか。

「雰囲気ぶち壊しでも、何でも、今は関係ないか…」

 二人で楽しく過ごした時間。日影は、俺が初めて見るほど美しい満面の笑みをずっと浮かべていた。

 

 朝。先生が目を覚ますと、俺らは寝ていた。布団の中で。

 その姿を見た先生は、布団を勢いよく剥がす。

「ちょっと、何を…」

 満面の笑みで、目から一筋の涙痕があるのを見て、先生は察した。

「ここまで、頑張ってきて、良かったな…。」

 これが、太陽が入院してから、先生が日影にかけた最初の言葉だった。

 カーテンを開けると、眩しい光が差し込む。日影たちの心を表すような空。

 そして、先生もその布団へ。日影がいる所と反対の所へ。そして、体重をかけた瞬間。大きな音と共にベッドは崩壊した。

 三人とも床に体を叩きつけられ、二人は目を覚ました。

「「な、なに…!?…あ」

 三人とも目と目が合う。手と手が…繋がれる。

 先生は、俺に抱き着き、そして涙を流した。普段は感情を出さない先生が、感情を出した。それ程までに、先生も…。

 俺たちは、決してこの日を忘れない。

 1月10日。退院し、俺は奇跡の生還を成し遂げた。


 殆ど病院で寝ているだけの冬休みが終わり、学校へ。

 冬休みと言えば、クリスマスデートとか、色々なイベントが楽しめるはずだったというのに…。翌年まで待たなければいけないなんて腹立たしい。

「あぁ、大切な冬休みが…」

「どうせ特訓三昧で終わってたわよ…」

 登校しながら、二人で嘆いていた。日影もちょっと期待していたらしい。俺が入院する前までは。

「なぁ」

「ねぇ」

「「あっ」」

 偶然重なった。話を聞くと、手を繋いで登校したいとのこと。偶然、俺も同じ思いだった。今までの淋しさを、そして今のありがたさを噛みしめたい。

 目と目が合う。手と手が…繋がれる。

 ああ、もう最高!たいちゃん大勝利!

 学校内でも、手厚い祝福を受けた。たとえ、あまり関わりがなかったとしても、一人いなくなるというものは、どうしても寂しいのだという。転校など、元気で出て行き再会できる可能性もあるのであればまだしも、死亡などの再会の余地はないのであれば、尚更だという。

「何て幸せ者なんだ…。現実も、偶には良いものを見せてくれるではないか…」

 予鈴が鳴り、遂に久々の授業だ。ここで問題が発生した。

「…分からぬ」

 何をやっているのか?全く理解不能だ。

 偶然にも、居ない間に行われていた席替えで、隣に相野里勇土君という中学の同級生が。彼は、中学ではよく授業中に寝ており、ノートを見せていたものだ。高校に入ってからは、危機感を覚えてしっかりするようになった。

「なぁ、相野里…。俺の居なかった時のノート写させてくれるか」

「え~…無理だぞう」

「何でだよ…。中学の頃の恩を忘れたのか!?」

 そう言われて、少し何かを考えている。2秒後、答えが出たようで、口を開く。

「恩…?…何だっけ」

 衝撃の一言だった。完全に忘れられている。彼は、俺のノートを写すようになる前までは、究極のアホボーイだった。しかし、俺がノートを見せるようになってから、少しレベルの高いこの学校に入れるまでになった。彼にとっては人生で親に次ぐ恩人だと、俺は勝手に思っていたが…。ただの思い込みだった。

「まぁ、恩の話はいいや…。兎に角ノート見せてくれ…」

「だから無理だよ。ノート取ってないのにさ」

 またしても衝撃の発言が飛び出した。高校に入ってから、ずっとしっかりノートを取っていた…ように見える行為をしていたはずだ。

「ずっとこれ書いてたからなー」

 そう言って彼が出したものは、全く別のノートだった。そのノートには、「ネタ帳」の文字が…。

「これって…」

「俺は、小説家になりたいんだ。…読んでみてくれるか?」

 授業中にもかかわらず、そんなこと…。そう思いつつ、ノートを開き、診てみる。

 その作品は、内容がない上に、とんでもない駄文。10秒損した。

「何だこれは…。小学生の頃の作文か?」

「…おい、相野里に米里。随分と楽しそうだな」

 …一発目の授業。最悪だった。


 帰り。日影は膨れていた。理由は、日影よりも相野里と話していていたから。相野里への嫉妬である。可愛いものだ。

「そう怒るなよー…家に帰ったらいっぱい楽しいことしてやるぜ」

「気持ちは嬉し…くないわ。そんな顔しながら言うなんて、下心が見え見えね」

「偶にはいいじゃないか…」

「…偶には、ね…」

 家にて。俺は全裸で日影の部屋へ行った。それ以降の記憶はない。


 目が覚めるとそこは俺の部屋何故か服を着ていた。パンツなんかも。

 居間に夕食を食べに向かうと、顔を赤く染めている日影が…。

「変態!ド変態!エロ犬!鬼畜!変質者!人でな…」

「あぁ、もう分かったよ…。日影のツンデレは度が過ぎてるぜ…」




「もうあんなことにはならないように、みっちりと特訓するぞ!」

「嫌です」

 先生の提案に、即否定する。

「………」

 しかし、そこに日影の視線が。よく見ると、目が潤んでいるように見える。

「…やればいいんだろ、やれば」


 厳しい特訓の日々が始まる。

 こうして、気持ちの良いほど清々しい日常は崩れ去った。

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