第三十話 力
試合が始まった。
先ずは相手の攻撃。相手が上級生と言うこともあり、こちらの投手は緊張気味だ。
ど真ん中にミットを構えているにもかかわらず、大きく外れてボール球を連発。
ストライクゾーンに投げ込めば打たれる。凡打であっても足で上回る。
3連打を受け、何とか次の4番バッターを抑えるも、また打たれる。1回抑える。また打たれる。抑える。という悲しいローテーションになる。
こうして、初回から5点という大量のビハインドを抱えることとなった。
同級生や同学年生の声援も段々小さく、暗くなっていく。それは俺らも同じだった。
「…流石にこれは…」
「大丈夫、毎打席太陽がホームランを打てばいいんだよ」
「…こんな時に無茶を言いますか、日影さん…」
流石に、こんな戦況では消極的になってしまう。もし、毎回このようなものを見せられたら…。ラノベ主人公が様々なフラグを破壊していくような勢いで、俺の心が砕かれていくことだろう。
そして俺たちの攻撃。
悲しい事に、相手は本気で投げ込んで来る。速いし、威力もある。
圧倒されて、何とか内野安打が一本出たという厳しい状況。ツーアウト1塁という場面で俺に回ってきた。
もし、日影の無茶に応えられたとしたら…。そう考えている内に、いつの間にか2球が投げ込まれていた…。周りの声でやっと気付く。
そして、自棄になって大振りしたバットは、球を勢い良く遠くへと飛ばしていったのだった…。
判定は本塁打。何とか2点返すも、相変わらず3点ビハインドと厳しい。
ホームに戻って皆に祝福されるが、やはり暗いことに変わりはない。
「頑張って、打ってくれ…」
これしか俺には言えなかった。
しかし、見事に後続は高々と球を打ち上げてレフトフライに終わった。
これを見て、日影も名前の通りの顔色になっていく。…今度は俺からあれを言ってみる。
「大丈夫、毎打席太陽がホームランを打てばいいんだよ」
「………」
「返事がない、ただのしかばねのよう…」
と言ったところで、尻…いや、腰に激痛が走る。後ろを振り向くとバットを持った日影がいた。
その風貌を見て、ちらっと余計な感想が過ぎる。
「鬼に金棒が見事に表現されているね…。日影にバット」
相変わらず口に出す癖は直っていない俺。これを聞いた日影は走って守備につくのだった。
2回の攻撃。相変わらず相手の攻勢は終わらない。下位打線に入っても、まだ尚力のある生徒が続く。
どんどん打たれて抑えて打たれて抑えて…。初回よりは失点は小さいものに収まったものの、点差はまたしても5点差となってしまった。勝機が見えない…。
そして、俺らの回になるも、全く攻略できない。3者凡退と言う結果に終わる。
その次の相手の回。遂に相手の弱点を見破った投手は、相手の苦手な所を上手に攻めて3者凡退にする。
そして回ってきた俺らの回。先頭バッターは日影だ。
「兎に角前に球を飛ばしてくれ」
「無茶言わないで」
「…前に飛ばすことって無茶なのか!?」
まぁ、意外と難しいものではある。特に、力のある球だとなかなか遠くへ飛んでいかない。
前に飛ばしてもゴロのオンパレード。まぁ、慣れてくればどんどん打てるようになるが、それもそれなりの練習が必要だ。
遂に日影がバッターボックスへ立ち、構える。
相手は巫山戯るように力のない球をど真ん中へ投げ込む。日影はそれを見逃さなかった。
力のないその球は、女子高生でもいとも容易く内野の頭を超えていく。この学校の生徒や教員のほとんどが、日影が持つ本当の力を知らない。
「何か…ホームラン打てそうな力あるな」
「今までの私の戦闘を見ていなかったの…?」
「何故そこまで責められる…。さっき言ったことそんなに気にしているのか…。すまんな、家に帰ったらいいことしてやるからな」
「そんなにやけた気持ちの悪い顔で見ないでくれる?捻くれた腐った性格が移るわ」
「何!?ツンデレに移行したのか!?でも残念、罵声は俺にとってはご褒美だ!」
等と芸人ばりの芸をやっている内に俺の打席が回ってきた。
ツーアウトながらチャンスで回ってきた。さぁ、職業、4番の出陣や!
そして、バットに球が当たる。…惜しくも届かなかったものの、走者一掃のタイムリースリーベースになって、尚もチャンス。3点差に詰め寄り、5番という高打順。相手をやっと攻略し始めて、勝ちも夢じゃない…。
そんな良い時に限って、悪いことが起きてしまう。
雲行きが怪しくなっていくと思ったら、いきなり土砂降りの雨になる。勿論、試合は雨天コールドゲームとなって、敗北が確定してしまった。
そして、昼。
俺は、日影と共に食事をすることにした。
「…残念な結果になってしまったなあ。」
「仕方ないよ…。天気には、自然には逆らえないよ」
それ以上、何も言わなかった。二人きりで、セクハラし放題の絶好の機会だったのだが、そのような事に走ることはなかった。
結局、今日出来なかった分は明日へと持ち越しとなり、俺たちは試合がなくなった。
体育館で行われているバスケの試合を見ることにした。
「あぁ、何故こんなにうまいんだ…真面に練習してきている訳でもないのに…」
「私たちが家でアニメを見たり、ゲームをしたりしている時間を体育館に行ってスポーツするのに費やしているんでしょ。よくそういう会話が飛び交っているじゃない…」
「…いずれは日影の心にゴールと言う名のシュートを…」
…また何か口に出ていたようだ。日影は何故か俯き、周りは俺らを凝視している。
…もっとこういうことを言えるように努力したい…。そう思った俺だった。
そして翌日。昨日の突然の大雨が嘘のような晴天になった。
地面も乾き、準備万全だ。…でも、2回戦で負けた俺らにはもう試合は無かった。