第二十九話 野球大好き米里くん
修行に明け暮れる毎日。早朝から深夜まで、勉強する間も惜しんでこんなこと…。鬱病になる5秒前…とまではいかないが、かなり苦しい。本当に鬱になりそうだ。
その分、呪文を覚えたり、技を覚えたりと着々と進歩してきている。日影や先生にとってはとても良いことである。いつも何も出来なくてもどかしい思いをしている俺としても、これは良い事なのかもしれない。
ただ、俺は、これのせいで、やらなければいけないと思っていたあることを放置していた。
…この組織の凶悪性を訴え、先生に伝えて、仲間を作り転覆させるという計画だ。
悪の組織であることは明確だ。しかし、先生は疎か、日影ですらも疑いも無く(もしかしたら少しは疑っているかもしれないが)組織の命令に従い、イエスウーマンを続けている。
何とかしなければ…。
しかし…
朝。今日は体育大会、…いや、球技大会だ。
会場は校庭のはずだったが、変更されてしまった。謎の勢力の圧力らしい。組織か…?いや、それは流石に…。
ジャージで外に出るとは、とても久し振りなことである。中学の陸上競技大会以来か。
そこへは電車で行くことになるのだが、電車に乗ってからあることに気付いてしまった。
まだ暑さの残るこの時期、偶に短パンを履いている人がいるのだが…。俺みたいな者にとっては地獄であることこの上ない。現役女子高生の生足を堪能できるのだから、嬉しいと言えば嬉しいことだが、さわさわしたくなってしまう。…俺みたいな奴が痴漢を行うことで、関係ない男性たちが、通勤・通学時に先頭の方にある女性専用車両に泣かされることになる(女性専用でない、2両目若しくは3両目まで行くことになるが、時間ギリギリだと間に合わないことも多い)のか…気をつけなければいけないな。人様に迷惑をかけないようにしないと。
…少し長くなってしまったようだ。
それにしても、短パンの女子が多い。この車両だけでも二桁はいるか…?
ふと、右側の男の手が視界に入る。その手の向く先は…女子の脚!
「…や、やめて、ください…」
必死に我慢し、恐怖で怯えるその女子。
いいぞもっとやれ!…とか、やめろォ(建前)ナイスぅ(本音) とか言いたいところだが、流石に生痴漢はそうはいかない。
「なあ、日影…」
「ん?」
その話をした途端、日影の目の色が変わり、その男へ向かって一直線(成人男性が腕を伸ばした時の長さ2つ分程度の距離だが…)。
「あら、あなた、何をしているのかしら…」
男はびっくりして振り返る。
「あ?何もしてねぇよ。何だお前やんのかゴルァ!」
そう言って男は日影に向かって殴りかかる。日影の事を知らない人間であれば、殴れば倒せると思ってしまうだろう。小さい体で気の弱そうな顔。…でも力はゴリラ。キラーエイプ。カイリキーである。
「ふん」
日影はその腕を掴むと、綺麗にぶん投げる。ぱっと見65㎏くらいありそうな男をいとも簡単にひっくり返す日影、恐るべし…。
次の駅。その男は御用となった。女性の貞操を狙う凶悪な犯罪行為である、痴漢。それは、女性の敵というだけでなく、最近は男性の敵にもなりつつある…。男性が襲われることも然ることながら、女性専用車両などが出来、男性が暮らし難い社会が形成され始めている。自分から、周りの仲間にだけでも、痴漢しないように訴えていかなければ…。そう思った。
上記のような事が発生したものの、他には何もなく会場へ到着。
少し遅れてしまい、校長の話の途中で後ろから入り定位置に着く。
何か、遅れて入ってくると必ず笑う人がいて不愉快なんだが…。俺が遅れたのは悪い事なのだが、ちょっと許せない。分かる人は是非いいね!を……
すぐ校長の話が終わり、早速競技が始まる。
早速俺らは試合があるようだ。相手は上級生、2年4組…やってやるZ!
「日影…俺の雄姿を見てくれよ…!」
「頑張ってね~。応援してるよ~」
「…日影も選手登録されてるから!球技苦手だからって逃げようとしないで!さあ!」
…周りの視線、もう「つめたくかがやくいき」みたいだね。威力絶大、とても冷たい。う~ん、最悪!
「これから、試合を始めます」
待ちに待ったこの時がやってきた。今までの修行、特訓地獄の中、これを心の支えにしていたと言っても良いだろう。
まずは、俺らの攻撃だ。一番バッターの篠路は、男子の中でも群を抜いて非力だ。他の球技も出来ないようで、仕方なく入ったんだとか。案の定ピッチャーゴロを放つ。
「まぁ、仕方ない…切り替えていこう」
「無理だよう…僕なんて…」
そして、気が弱くて悲観的な男。本当に困ったもんだぜ。
二番、三番と連続内野安打でチャンスを作って俺がバッターボックスへ。
「あぁ、格好良いな…」
「…え?普段は格好良くないの?」
「うん、普段はちょっとね…」
陰で俺の悪口を言っている日影を発見。打てなかったら思い切り罵倒してやるからな!
四番相手だからか、相手の球にも力が籠る。しかし、その程度で打ち負けては元野球少年団の肩書が泣く。
うまく打ち返し、センターの頭を超えるツーベース。これが決勝点となった。
その後は俺もファインプレーに阻まれヒット出なかったが、全て外野まで飛ばせた。なかなか良い結果である。
その後、俺は日影の元へ直行。先ほどの悪口について色々言わなければ。
「俺、普段そんな格好悪いか?」
「えっちぃのは嫌いです」
「あーはいはいそうかよ。他には?」
「後は…顔、エロゲー主人公より崩壊してるよね」
「…やめろ…それを言うな…現実を突きつけるのは止めてくれ!」
「他には~」
「いくつあるんだよ…」
「そりゃ、いつも傍で沢山見てるからね。沢山言えるさ」
「いつも傍で沢山見てるとか…いつの間にかそんなに俺を意識してくれるように…」
「…!!///」
顔を朱に染め俯く日影。勝つって気持ちが良いよね!
勝ち誇った顔をしていると、周りに人が集まり、俺に向かって罵声が浴びせられる。
俯いている=泣いているというよくある勘違いが引き起こした悲劇だった。
俺も日影も必死で彼らを宥めていたら、いつの間にか次の出番が迫っていた。
相手は3年生。去年は優勝したチームらしい。しかし俺は怖気づかない。兎に角打って打って打ちまくる。それだけで勝てるんだ!ただ、かなりの激戦になることが考えられる。
…他のメンバーは、皆絶望的な顔だ。止めてくれよ…。
「これから、試合を開始します」
この試合、案の定激戦となるのであった。