第二十五話 質問
翌日。朝起きると、そこには優しい笑顔でいつも通りの先生がいた。いつも通りではあるのだが、昨日のような変貌ぶりを思い浮かべてみると、この笑顔で優しい対応というものが非常に不気味に思えてしまう。
「どうしたのーそんな変な物を見るような目をして…」
「いや、昨日さ…」
「昨日…?」
…数分間問い詰めてみたものの、記憶にない様子。流石におかしい。教員なら、寝て起きたら前日にやっていたことを一切思い出せなくなるなんてこと、あってはならないはずだ…。
仕方なく先生への尋問を終えたとき、居間から廊下に繋がる引き戸が開き、日影が出てくる。
その手には、先生に滅茶苦茶に破壊されたスマホが握られている。
「…どうしたのそのスマホ!?どこで壊したの?」
驚き目を見開いたその状況を見る限り、本当に先生は昨日のことは記憶にない様子。
記憶にないということは、偶然忘れてしまったのか、それとも…意識が乗っ取られたとか…。とても現実ではありえないような考えが頭を過ぎる。謎の組織に属し戦いを行っているという、現実ではありえないような状況に立たされている為、そういった考えが浮かんでくるのは仕方ないかもしれないが…。
単に二次元やドラマが好きで思い浮かんだ可能性もゼロではないが、…今回はその可能性は除外しよう。
慌てふためく先生を見て、何て言えばいいかしばらく考えていた日影がやっと口を開いた。
「…昨日、先生がね…」
どうやら日影も真実を話すことにしたようだ。
「…え?私が日影のスマホにそんなことを…?……」
しかし、そう言うだけで、昨日の事は一切先生の口から出ることはなかった。やはり記憶にないようだ。
この3人生活で、ここまで微妙な雰囲気が流れたのは初めてかもしれない。
そして、食事中も、登校中も、更には学校でも先生と俺らの間に微妙な空気が広がることとなった。
学校でも微妙な雰囲気が広がっていた為、俺らの学級では色々な変な噂が立った。
「先生が忙しいだけ」というような意見もある中、大半は「何かが原因で俺らとの仲が微妙になった」と考え、あろうことかその原因が俺と日影の関係にあるなどと言われるという…。悲しいなあ。特に酷いものでは、俺らが不純異性交遊をしているのではないかと言われたり言われなかったり。俺らはまだそんな領域には達してないんだよ!(涙目)
その為か、一応級友たち(勿論男だぞ)とそれなりに良い関係を築いていた俺は、質問の的になった。
因みに、日影は女子達に尋問されている様子。真実を包み隠さず話してほしい…。ここで捏造した惚気話はいらないからな!
「う~ん。一応そういうことやってみたいなとは思う」
「キャー///」
日影の言葉を聞いた周りの女子達は、悲鳴のようなものを上げて赤面する。
「で、里塚さんとどう?セ(自主規制)とかした?」
卑猥な言葉を遠慮せずに発言できる。男って素晴らしいものだね。でも、変な噂が立つような場面でそういうのは止めてほしい。
「…そんなことできるかよ…。妊娠しちまったらアウトだし」
「避妊具すれば大丈夫っしょ。社会人になっても童貞とか流石にキモいぞ」
「社会人になってもって…俺は大学に行けない前提なのか。…で、童貞って言うほどキモいか?」
「何か文字の感じがさ…」
こっちはいつの間にか別の話に突入してくれるようで良かった。日影の方に目と耳をやると、そっちはこっちとは違って質問攻めになっている。
そうしている内にホームルームに突入。流石に学校では表に出さないようだ。とても落ち着いて普段通りに進めている。
普段通りじゃない所を挙げると、俺らに視線がいかないくらいか。いつもならこれでもかという程見てきて流石に気持ち悪…流石にこれは失礼か。
「さて、今日も一日頑張って。はい日直」
ホームルームが終わると、今度は先生が質問攻めに遭う。…上手く退けたが。俺らにもそういうスキルを分けてほしいぞ。戦闘スキルだけじゃなくてもっと現実的なそういったスキルを…。
そして、先生が教科担任である授業が始まった。
残念なことに席が日影の席とすぐ近くではない為、消しゴムを落として、それを取ろうとしたら二人同時に取ろうとしていたようで、手が当たる…。などの行為が全くできないし、いじり合う、からかい合うことも出来やしない。
…色々と考えながら目線を日影に向けてみる。
それに気づいたのか、日影は俺に目線を向ける。
普段なら、こういった行為を見つけると、すぐに「あっ、見つめ合っちゃって」などと笑いながら言って恥ずかしい思いをさせに来るのだが、今日は言ってこない。
「先生…。今日はあれしないんですかー」
遂に先生に直接訊く奴が現れた。まぁ、毎日のことだから仕方ない。
「きょ、今日は、ちょっとっね…」
少し焦り、戸惑ったようにちょっと噛みながらそう言う。全く噛むはずのないところで噛むのだから、やっぱり気にしていたのだろう。特に日影のスマホ。
なんとかその授業をやり終え職員室へ戻る先生は、安堵の表情を浮かべていた。
昼休み。他学級からも生徒が来て、質問を投げかけられるようになった。
一方その頃、職員室でもその話題が上がっていた。
「な、何でもないですよ…」
「え~教えてよ~」
「どうなのどうなの?」
学生のノリで楽しみ乍らの食事。とても良い時間である。…普段はね。
仕方なく同じ組織に属している福井先生に事情を説明することにした。
もしも太陽たちが言っていた事が真実ならば、それは組織が関係していることになるからだ。
「あの、福井先生。実は…」
包み隠さず話すと、福井先生が衝撃の言葉を放つ。
「太陽君と日影ちゃんが組織の決めた『禁則事項』を破ったからだろうね。上層部の人間なんだし、知っているとは思うが、破った場合は、その行動を止めさせるために、『メンバー監督責任者』の意識を乗っ取るように色々なアイテムが作られている」
「そういえば…」
「で、手稲先生。これはどういうこと?太陽君と日影ちゃんのテストの順位が見事に逆転してるなんて」
「…組織の仕事が苦痛なんですかね」
それしか思い当たる節が無い。というか、いつの間にそうなった…?記憶が無い。
それにしても、私は包み隠さず話せる組織のメンバーが数人いるから良いものの、太陽たちにはそういった人たちが付いていない。非常に心配である。
なんとか昼休みも終わり、後はちょっとの間授業を受けて家へ一直線だ。
しかも、近づきつつある体育祭の準備の為のホームルームまである。
…体育祭か。もうそんな時期か。いつの間にここまで秋の足音が近づいてきた…?
やっと日影に良いところを見せられる機会が来たか…。何故かスポーツは出来るのだ。色々なものを見てきたからな…。
そして、俺と日影はソフトボールをすることとなった。
…因みに、日影は9番を、俺は4番をやることとなった。自分から「4番やる」って言えるなんて、格好良い!!………よね?
家に帰ると、新しいスマホと共に紙切れが置いてあった。
『どうやら、私が身につけていた組織のアイテムが私の意識を乗っ取ってそういうことをやっていたみたい。組織のアイテムが必要なくなるようにみんなで修行しましょう。今すぐ神社に来てね』
アイテムが原因か。あり得る話だ。それにしても、先生の電話の録音が禁則事項だったとは…。よく分からない。
てっきり禁則事項は、破ったら「禁則事項です」とか先生が言うものなのかと思っていた。
仕方なく日影共々神社まで行くと、そこには先生がいて、こう言い放った。
「暫くは修行漬けの毎日にするわ。学校がある日は終わったら、休日は朝5時にここまで来ること」
「5時とか頭おかしい」
そうして、学校生活はどんどん乱れていくのだった。
体育祭、大丈夫だろうか…。