第二十二話 復活したら二次元の世界のようになった。
鮮血を流し動かない太陽に気付いた二人は、すぐさまバルログを引き離す。
「…私の教え子に手を出すだなんて…卑怯者になったな」
「戦いは弱い者から倒して邪魔者を減らしてから強者に挑むのが普通だろう」
先生がバルログと言い合っている間に日影は太陽の手当てに没頭する。
ここで亡くなっては困る。組織としても、そして日影としても。
必死で呪文を交えながら治療を行っているその日影に、あんな台詞を吐いたバルログが猛進してくる。
…刹那。
バルログの体から、太陽と同じように鮮血が垂れ流される。
「なに…?こいつ、只者じゃないな…」
「そりゃそうさ。組織に…鍛えてのだからね」
こうなってしまえばバルログを倒すのは容易い。…はずがなかった。
日影が太陽に使っているような回復呪文を自分自身に唱え、一瞬にして元通りにされてしまう。
「流石バルログね…。回復呪文だけは大得意だったものな」
「『だけ』は余計だ」
そんなことをしている間に日影は太陽の回復作業を終え、戦闘に復帰する。
そして、呪文で気配を消してからバルログへ接近する。
…やっぱりバルログも只者ではない。気配を消していたにも関わらず、日影が来るのを察知し黒炎を勢いよく噴射。
いくら鍛えられたとはいえ、まだ高校生。経験も浅く、熟練の猛者には敵わない。
黒炎をもろに受けた日影は、体中を炎に包まれ、その炎の熱さに悶え苦しむ。
「………」
しかし、一瞬にして炎が消え去る。それを見て、一同目を丸くする。…何故なら、日影自信が呪文で炎を消した訳でもなく、先生やバルログが何かやったわけではない。
皆が目線を向けた先には、さっきまで隅で蹲っていた太陽がいた。
しっかり両足で立ち、しっかり息があり、しっかり動いている。
「…もう容赦しない」
そう言ってゆっくりバルログの方に向かっていくと、リュックサックに入っていたカッターナイフを、威力が増す呪文がかかった手から投げる。
「な、んだと…」
左胸にダイレクトに向かっていったカッターナイフは、横向きで肋骨の間からバルログに刺さっていく。減速せず、そのまま体内をどんどん突き進んでいく。
「ぐ、お、…お」
そして、そのカッターナイフはバルログの心臓を突き破っていった。
「………」
声を殆ど上げることなくバルログはその場に倒れ込み、そして、カッターナイフはバルログの体から勢いよく飛び出して天井に刺さった。
これが、僅か1秒の間に発生した。
それを先生、そして太陽は愕然として見ていた。
「…太陽、何があった」
「…分からない。いつの間にかこうなっていた。…何だか妙な力が湧いて出てくるんだ」
…二人して日影を見る。
「何をした?」
「…太陽の持っている力を自由に出せるようにしただけ」
そういって日影の手から小さな袋が出てくる。
「どう?この覚醒剤、欲しくない?」
…かく…?
「何てもの仕込んでくれるんだよ…」
「え?覚醒剤なんて嘘よ」
「驚かせるなよ」
…じゃあ、何故こんな力が出たのか。俺には何も分からなかった。
「で、こいつは死んだのか?」
先生がバルログに近づいていく。体に触れたその瞬間、先生は青ざめていく。
「まだ生きているぞ…。微かに脈がある」
そして、俺はあの禁忌の呪文を口にした。
「アン・インストール」
その瞬間、今まで日影たちがやっていたようなことが目の前で起こった。
「本当に何でこんなになったんだ…」
危険が迫ると、力が湧き出る人間なのだろうか。そう思ったが、人間の性質上無理だろうという答えに至った。
「ところで日影…。その小さな袋に入った塊はなんだ?」
日影は少し考えて、こう言った。
「私と太陽の愛の結晶だよ…!」
妖艶な目をして、微かに口元を緩ませてそう言った。
「はい、どーぞ!」と渡されたそれ。さっきは覚醒剤とか言っていたのだが…。これは何だろうか…。
そんな時、空気が変わった。
その瞬間、学校の外から騒がしく声がする。
「よかった…。学校が元に戻ったな」
そうして、この戦いは幕を閉じた。
「なあー太陽。どうだったんだよー」
「…あまり答えたくない…」
「そんなに嫌なことがあったのかよー」
そう言って離れない同級生たちに仕方なく本当のことを話すことにした。
「俺は、突然校長のふりをしていた野郎によって襲われて、体に激しい痛みを覚えて、そこを見てみると服が血で染まり、血溜りが床に出来ていた。そして意識を失った」
…青ざめて逃げていく同級生たち。よかった、これで今日は楽が出来る…。
「はーい。皆席につけー」
やっと始業式の幕開けだ…。短いようで長かった夏休みも終わり、体育祭の準備が始まる。
組織が今回の件に入って来ないのを祈るばかりだ。これが知られれば体育祭どころでは無くなってしまう。特訓の為に学校に行けなくなってしまう。
その分組織の実態を知ることが出来るかもしれないが、俺のような下っ端はあまり奥まで入れてもらえないだろう。
やはり組織については先生に訊くしかないだろう。しかし、
「…先生、組織って」
「皆がいる前でその話は避けたいな」
こうして逃げられてばかりだ。伝えたらまずいのか…。
椅子を持って教室から出て、体育館へ向かう。何故態々始業式の為にこんな面倒なことをしなければならないのか、理解に苦しむ。
態々下らない校長や生活指導の先生などの話を聞き、訳の分からない校歌を歌わされる。
校長の話や生活指導の先生などの話が役に立つのかというと、そう言う訳でもない。校歌に関してはそう言った話を聞くよりも無駄といえる。
…それでも、授業よりはマシか。授業を聴いていると頭が痛くなり、寝たくなってしまう。
そんなことを言うと、日影や先生に何をされることやら…。それこそ(目を)覚醒(させる薬)剤を体に突っ込まれてしまいそうだ。
それはさておき、先生に関しては本当に不思議な事ばかりである。
まず、任務や今回のような突然の事態において、妙に冷静であり、そしてどんな組織なのか知っており、相手も知っている者ばかりであることだ。偶然だとしたら出来過ぎているし、普通に考えてあり得ない。
そして、日影について先生は…。
などと考えていると、突然何かに衝突し、俺は手から持っていた椅子を離して床へと向かって倒れていく。
考えごとをしていたせいで、しっかり前を向いて歩いていなかったようだ。
あまり大きな衝撃は受けなかった。どうやら、床に直接衝突したりはしなかったようだ。
衝撃に備え閉じていた目を開けると、目の前に妙なものが映っていた。
女 物 の パ ン ツ。
一切毛が生えておらず、綺麗で柔らかそうな太もも。
現実では絶対出来ないであろう瞬間を一寸だけ堪能し、顔を上げると、そこには突然のことに目を点にしている日影の姿があった。
そういえば、整列しているときにどうしても我慢できず、トイレに向かっていた。体育館へ動き出した今、用を足し終わり戻ってきたのだろう。
この二次元の世界さながらの状況を把握した日影は、顔をルビーのように赤く染めると、殴りかかってきた…。
…と思いきや、俺に拳を衝突させる寸前に止め、小声で囁く。
「…そういうのは、家でやってよ…」
俺は驚いた。いつもならゴリラのような怪力を発揮して俺を殴り飛ばす日影が、急に打って変わって丸くなったのだから。
「…熱でもあるのか?」
「………」
無言で俺を睨む日影。どうやら俺はやってはいけない対応をとってしまったようだ。二次元の鈍感主人公さながらの言動である。そんなアニメを多数見てきたというのに、何故そのような対応をしてしまったのか。もしかしたら、そう言ったアニメの見過ぎでやってはいけないと分かっていても、やってしまったのだろうか。
…と考えるほどの余裕があった。つまり、殴る蹴るといった行為に出なかったことを意味する。
「…良い雰囲気のところぶち壊してしまって悪いが、もう皆先に行ったぞ。お前らも早く行けよ」
と、無神経な副担任が放つ。
「…行くか」
「…行こう」
一気に冷めた。この副担の野郎、後でお前のパンツに唐辛子を目一杯塗り込んでやるぜ…!!
着くと、もうすぐ始まるという所だった。
周りの同級生たちからは、ここぞとばかりに嫌味を言われ…。居辛かった。
二学期の幕開けはとんでもないものとなった。
今後が心配である。