第十六話 進撃の思慕
夏休みまであと少し。この『少し』がとても長く感じる。分かってくれる人はどれだけいるだろうか。
そして、この暑さ。どうにかならないだろうか。勿論、涼しい日が多すぎると農作物に被害が及ぶ為、それは我々の生活に直結してくる由々しき問題となるが…。暑い日が長く続くのは、一部の農作物を除き嬉しい限りであろうが、我々人間にとっては熱射病やら色々問題が出てくる。丁度良い気温の日がずっと続けばいいのに…。
あぁ、あのスカートから出ている女子達の…ゲフンゲフン、日影の脚…ひんやりとしてそうで…。あぁ、今すぐそこにダイブしたい!そこで蹲りたい…!
「…おい米里!お前だよ。答えるんだよ!」
「あっ…はい…」
いかんいかん。今は授業中だった。こんな事ばかり考えているから授業に集中できずになかなかテストで結果が出ず説教、そして補習と言う地獄のコンボになるんだ…。でも、止められない…。
だって、現実は夢が無く、悲しい、淋しいものだから…。妄想しないとはっきり言って人生やっていけない。作家の人はいいなぁ、自分の想像とか妄想を面白可笑しく文章にするだけで金が手に入るのだから…。まぁ、真面な文章が書けない、作品やストーリーを作れない、または語彙力が皆無だったりすると難しい職業だが…。
「お、もうこんな時間か。今日は終わり。はい日直挨拶よろしくー」
……後で日影にノート写させてもらわないとな…。
そう思ったその時、日影が近づいてきて…。
「…あんた、授業中にどこ見てるのよ…。あんな気持ち悪い顔してさ…」
やばい、あれがバレたか?だとしても学校でアッパーカットとかはしないよな…。
「上の空で指名されてもなかなか答えようとしないし、もう少しは集中したらどうなの?それだからテストで点が取れないのよ」
よかった、どうやら妄想の内容までは勘づかれなかったようだ。
「私と同じ大学に行きたいんでしょ。それじゃ駄目じゃん。馬鹿なの?死ぬの?」
「何か必要のない文章がありますね…」
馬鹿なのは認めてあげるが、死にはしない…。死んでほしい人物…と言うより団体や施設ならあるが。
「あ、そうだ。ノートを写さ」
「授業も真面に聴こうとしない人には見せないわ」
「聴こうとは思っているよ…。妄想と言っても、どれも有意義なものばかりなんだよ…。例えば、組織の事とか、後は…今日は暑いからそのひんやりしてそうな日影の綺麗な綺麗な脚にダイブしたいって…」
「…へー…そんなこと授業中に考えていたんだ…」
…やってしまった。何事も隠すことが出来ないのって大変だよね。辛いよね。何故なら、こうして言ったら社会的地位が危ぶまれるようなことでも口走ってしまうのだから…。
で、肝心の日影は…。
「……………」
何故か顔を赤く染めて少し下を向き、満更でもなさそうな反応している。
「…流石に学校で暴力女、カイリキーになる訳にはいかないか」
「…このバカぁ!!!…っ」
という言葉と同時に突然鉄拳が飛んできた。どうやらまた声に出してしまったようだ。多分『暴力女』とか『カイリキー』とか心の中で言っていた筈の言葉が出たのだろうか…。
ここは学校の中。日影は大きな声でその言葉を発した訳だ。勿論、俺らの方向にを級友たちは目を向けてしまう。この鉄拳を食らって床に背を向け倒れている無様な姿が彼らの目に映る。
…恥ずかしい。死にたい…。
そして、気付いた時には日影はどこかへ行っていた。
家に帰ると、壁に朝には無かった紙が貼られている。
『太陽へ。 すぐに私の部屋に来て。』
よく分からないまま日影の部屋へ向かうと、そこには…。
突然頭に名状しがたい盥のようなものが落ちてきた。何のドッキリだよ。
「何だよいきなり罠なんて仕掛けて…うおっ!?」
そこには血だらけの日影がいた。腹部には刃物が刺さっており、異様な空気が漂う。
不自然な点としては、血と言えば個人差こそあるが鉄分が含まれており、大量に出血しているならば少しは鉄のような臭いが漂っていてもおかしくないのだが、そんなものなどない。また、部屋が荒らされた形跡も無い。後は、窓も鍵こそ掛かっていないものの、何者かが入ったりした形跡は無く、しっかり閉じている。
これは何なのか。…ドッキリか?だとしたら意外とお茶目な一面も…。いや、やり過ぎか…?
「こんな心臓に悪いドッキリは駄目だなぁ…」
などと言ってみるも、反応はまるでない。あくまでもドッキリを継続するつもりのようだ。
…一応、脈を確認してみる。
手で押した場所が悪かったのか、脈は確認できなかった。
そして、何度も様々ところで確認するも、脈など見つからない。
ここまで来ると流石に不安になる。
他人に散々言う奴が『暴力女』とか『カイリキー』だけで自殺を選ぶ程の豆腐メンタルな筈がない。
しかし、豆腐メンタルだからこそ、それを隠すためにきつい口調だったり、きつい言葉を投げつけたりするのかもしれない。
色々考えてみるが、やはり最初の名状しがたい盥のようなもの…いや、ただの盥が入ってすぐ落ちてきたのがドッキリと言うことを示すものなのだ。…いや、若しかしたらそう考えるのではないかと考えて態と仕掛けてきた可能性も否定できない。
…取り敢えずこのひんやりとした大腿に、そして股間に頭を当てて日影が部屋に来るか試してみることにした。
2時間後。夕食までもう少しかというところでドアが開く。
そこにはお手製の札を持って冷ややかな視線を送ってくる日影がいた。何故冷ややかな目線を送っているか。それは、その名状しがたい日影のようなものの脚に頭をつけた儘だった為である。
「…本当に暑くて、ひんやりとしたものにくっつきたくて仕方がなかったのね」
呆れたような顔と声で言われた。呆れるのはこっちだよ!こんな下らない…。
「心配かけるようなドッキリを仕掛けるとは…」
「!!」
…日影が再び学校の時と同じく赤面し下を向く。今度は…どうやら何でも口走るのが功を奏したようだ。
「…ご、ごめんね…。心配してくれていたんだね…」
「そりゃそうだよ…。伊達に数か月も行動を共にし、一つ屋根の下に暮らしている訳じゃないんだよ」
「…嬉しい…うぅ…」
そうして俺に抱き着いてくる。夏だからとても暑苦しい行為ではあるが、凄く幸せな気持ちになった…。まさか、一寸前まで『リア充爆発しろ!』と声を荒らげていた人間が…こんなラノベ主人公のようなリア充感を満喫できるとは…。
「あっ、そうだ。これ…」
やっとお手製の札の出番のようだ。そこに書かれていた文字は。
『太陽、誕生日おめでとう!』…涙が出るじゃないか…。
「で、何でこんなの仕掛けたんだ?」
「いつもは先生に言われて居間で勉強することが多かったから…。それじゃ台所が見えるから…」
「なるほどねえ」
どうやら、ケーキか何かを作ってくれていたのだろう。
年に一回の誕生日。こんな風に迎えるのも悪くないと、俺は思った。
お互いの想いが伝わる。重なり合う。お互いを想い合う。とても良いことだ。
良い雰囲気になる。
だからこそ、それに任務と言う名の邪魔者が立ち塞がる。