いきなり異世界です。
意識を飛ばした僕らだったが数分で目が覚めた。
まるでテンプレのように宇宙空間に落とされたので諦め半分パニック半分といった心情だ。宇宙なのに息ができるというツッコミはしないでおく。突っ込んだところで誰も答えなんて返せないだろうから。
なんて考えているといつの間にか大気圏を抜けたようだ。頭上に青空が広がり、逆方向を向くと一面緑。
「森ってアリかよ!?」
「むしろジャングルじゃない?」
「冷静だな翼は。」
「いや、結構テンパってる。」
「嘘だろ。」
「ホントだよ!?だってこのまま落下してたら…僕達死ぬよね?」
「……おぅ…」
突如冷や汗を流し始める幸太。どうやらそれは考えていなかったらしい。
「も、森なら何とかなるんじゃねぇか!?木がクッションになるとか王道だろ?」
「残念、落下予測地点はあの遺跡っぽい建物。」
そう、真下には真っ白な建物がある。周りは木だらけなのに、何故ここだけぽつんと建物がたっているのか謎だが今はどうでも良い。
「はぁ!?なんだよこのクソゲー!!」
「ゲームじゃなくてリアル。ゲームだったらリコールものだけどね!!」
どんどん落下し、地表まで2000メートルというところまで来た。
「い、異世界なら魔法的なものが使えるとか!?」
「わかんないよそんなこと。」
幸太はおもむろに右腕を地表に向ける。キリッと真面目な顔をした瞬間、
「空飛べ俺、んでもって浮け!」
堂々と叫んだ。勿論落下速度が変わることは無い。
「……」
「……」
「幸太……今のはないわ。」
「うるせぇ!」
顔を真っ赤にして怒鳴り返す。
「このままだと死ぬよね?」
「多分な。サヨナラマイライフ。」
「幸太…なんか案外テンション高いね?」
「人間どうしよーもねぇ状況だとテンション上がるみてぇだわ。」
「それ幸太だけじゃ……」
会話しながら現実逃避をしていたが、流石にあと数メートルのところまで来ると焦る。
「「あのクソ女神死ねぇぇぇ!」」
訂正。こんな目に遭わせた女神を罵った。
体が硬いものに当たる。石作りの天井が割れ、嫌な音がしたがそれどころではなかった。
「い……ってぇー!」
背中を強打したせいで息が詰まる。
「って思うならまだ生きてる?」
「取り敢えず俺は生きてるぞ。翼は?」
「体中が痛いけどなんとか?」
ここが死の世界でないならばまだ生きていることになる。なぜ生きているのか不思議に思うが、深く考えないことにした。
真っ暗な空間。床の壁もすべてが石造りでローマの建物を連想させる。人は誰もいなかった。埃が至るところに溜まっているところを見ると人が立ち入らなくなった遺跡なのかもしれない。
「えっと……ガチテンプレのごとく言ってみるか?」
「そうだね……」
「「なーんだ夢かぁ。」」
「はい、夢じゃなかったフラグゲット。」
「わーい、嬉しくもなんともねぇ……」
遠い目でハハハ、と乾いた笑みを漏らす2人。
「これからどうする?」
「状況整理しようぜ。」
「りょーかい。」
「俺らは確かファミレスに行くはずだったんだよな?」
そう、僕達…… 正しくは僕ははただの一般人、なのだが。ここは幸太の顔を立てて僕達としておこう。学校帰りにお腹がすいたから、という理由で信号を越えたところにあるファミリーレストランへ行くつもりだった。
「信号待ちをしてて……信号が青になったから渡った…んだよな?」
「うん。だけど渡りきった覚えはない。」
「なんか落っこちた気がするんだが。浮遊感というかなんていうか……?」
「熱中症で倒れた時と同じ感じ。」
「そうそれだ!」
地味にテンションが高い幸太。ビシッ、と僕を指さした。人に指さしてはいけないと学ばなかったのか?それとも僕は人と思われていないのかどちらなのだろう。前者であるといいが。
「それで気がついたらあそこにいた。てかあのクソ女神何なんだ、偉そうに。」
「神様なら偉そうにしててもおかしくないでしょ。」
「何様のつもりなんだよ全く。人をなんだと思ってやがる……!」
「だから神様だって。少なくとも僕の事はティッシュって思われてるっぽいね。」
初めて会った神様に『お前ティッシュ並み』と言われてしまった。自覚はあったが神に言われるとその自覚は正しかったのだなぁと再認識できた。
「そうそこなんだよ、なんでティッシュなんだ。街角で配られてるティッシュとか今どきねぇよ。むしろ天然記念物ものだぜ?」
「なにそのポジティブ……普通に利用価値が低い、その辺りに捨てられてる用無しって事だろ?」
「うわ出た翼の根暗発言。どうやったらそこまで自分を貶せるんだお前はさ。」
「事実だからね。表現が的確すぎて称賛送ろうかと思ったよ僕。」
心から思ったことを話しただけなのに、幸太に睨まれた。
「いい加減にしろよ翼。少なくとも俺はお前の事無能とは思ってないし、ダメ人間とも思ってないんだからな。」
何も僕はそこまで言ってないが……と突っ込むべきか否か。無能とかダメ人間とか思われてたのか僕。若干それには傷ついたよ……?
ヒタヒタ、
と誰かが歩いてくる音がする。僕達は体をこわばらせ音の聞こえる方へ体を向ける。
もう一度言おう、ここは石造りの遺跡らしいものである。『ヒタヒタ』という事は裸足なのだろう。だが周りはジャングル、裸足というのはおかしいのだ。
「……下がれ翼。」
庇うように僕の前に出る幸太。男気に感服するが正直前でも後ろでも変わらない気がする。
時々『カシャン』と何かをぶつけるような音がする。パニック寸前で青い顔をする僕ら。
「嫌な予感しかしない…」
つい呟いしてしまった僕を誰がせめることが出来る?誰だって同じ立場に立たされたら同じ反応をするだろうさ。
冷や汗が背筋を流れる。音がする方角へ視線を向けていると、
「……あれは…」
呆然と呟く幸太。それは僕も同じだった。
僕らより一回り小さいシルエット。だが右手に持っているものは斧。鈍く光る金属を視界の中に入れると心臓を掴まれたように冷や汗が流れ始める。それは人間ではなかった。人間の形をしているが、人間ではないと断言できる。
それは小説やアニメの中で見る『ゴブリン』にそっくりだった。
「うっわクリソツ。」
「ちょっ!?幸太、それどころじゃないって!」
ポカンと口を開けて固まる幸太。その姿を見て我に返った僕は幸太の頭を叩く。
「いっで……ひでぇな翼。」
「逃げよう!」
「なんで?」
きょとん、と首を傾げる幸太。その様子にイライラしながら腕を引っ張る。
「あっち武器持ってるんだよ!?こっちは学生!勝てるわけないじゃん!」
「何も敵って決まったわけじゃねぇだろ。」
「味方って決まったわけでもないよ。近づいていって殺されたらどうするの?」
「そん時はそん時だ。」
「こういう時にそういうバッサリと切り捨てる発言やめてくんないかな!?」
「人間いつかは死ぬんだぜ?」
「リアリスト黙れ!!」
という言い争いをしている間にゴブリンモドキは距離を詰めていた。気がつくと後数メートルの距離。
「……あ、あは……コンニチハ?」
冷や汗を流しながら無理やり口角を上げて作り笑顔をつくる。するとゴブリンモドキは持っていた斧を振り上げてニヤリと笑う。
「や、やっぱりぃぃ!!幸太のバカァ!」
「よーし、逃げるぞ翼。早くしろ!」
「僕はさっきからそう言ってたよ!」
周り右をすると走り出す。小・中学校の頃、体育や運動会などで強制される回れ右が役立つ日が来るとは思わなかった。小回りって大事なんだね。
「お、追ってくるんだけど!?」
「翼、武器になりそうなものは?」
「カッターナイフとハサミと裁縫道具位だよ!」
「意外と女子力高いのな!?」
「今言うことじゃないぃ!!」
僕は一番身近にあった裁縫道具から針を取り出す。そして駄目元で針をゴブリンモドキの顔面に向けて投げた。
「カッターとかならともかくあんな細いのが当たるわけないだろ?」
「僕も投げてから気がついたんだから言わないで。」
だが予想外にも針はゴブリンモドキ…以降はゴブリンと呼ぶが、その両目に突き刺さる。
「……翼、スゲェけど怖いから。なんで両目狙ったの?しかも何であんな小さい的に当たるわけ?」
「分かんないよそんなこと。別に目を狙ったわけじゃない、偶然だからね?」
急所を狙ったわけでない。だから恐ろしいものを見る目を向けないでほしい。
だがゴブリンは両目を失ったのにこちらに向かって走ってくる。その顔は鬼のごとき形相で、つい足を引いてしまった。
「というか幸太も何とかしてよ!ヒーローもの好きだろ!?」
「無茶いうなよ!武器あるならともかく何も無いんだぞ!?」
「魔法とか!王道だから頑張って!」
「さっき出来なかったんですけど……って、聞いてますか翼さん!?」
聞いているわけないじゃないか。そんな余裕はないんだ。
第一モブキャラに戦闘能力を期待しないでほしい。ティッシュ並みにしか役に立たないんだから幸太は頑張ってくれ。結構切実にそろそろ足止めが限界なんだよ。
「あーもう……うーん……」
「考え込まなくていいからさっさと手伝うなり援護するなりしてくれないかなぁ?」
頭を抱えなくていいから。だから助けてください。
「ま、魔力みたいなものが俺の中にあると仮定して……【火炎爆砕陣】!」
「うっわ中二病ネーミング乙。」
中二病とか黒歴史になるんだよ?少なくとも設定ノートという黒歴史ノートを処分するのに勇気がいるし、小道具とか衣装とか燃えるゴミでは出せないからね?悶絶して穴の中に潜り込みたくなるくらいには恥ずかしい事だ。
……だがやはりイケメンの幸太がやると様になる。不覚にもちょっとカッコイイとか思ってしまった。不覚にも!
なんて考えていると物凄い熱量が頬を打った。ドゴォンという大音がした為振り返ると追ってきていたゴブリンが消し炭となっていた。いや、消し炭という言い方では語弊があるな。灰すら残らずゴブリンがいた場所にクレーターが出来ていて、石が熱せられたせいで真っ赤になっていた。
「……うそ…」
呆然と呟いた僕を誰が責められる?確かに魔法を使えとか無理難題を幸太に吹っかけた。だが実際にやるとは誰が思うだろう。
「いくら何でもやり過ぎだよ!遺跡を破壊してどうするんだよ!」
「え、そこ!?」
驚愕顔で僕にツッコミ返す幸太。
「魔法使えたことに吃驚したんじゃなくて、遺跡を壊した事に驚愕してるのかよ!?」
「だって幸太はヒーロー資質があるし。何より勝ち組だから何でも出来ると思ってたもん。だって幸太だし。」
「お前は俺をなんだと思ってるんだよ!」
「え、勝ち組のイケメンの女性キラーの芸能界に何故出てないとか不思議で何でモブと親友やってるかわからない、僕の親友。」
「何か嬉しいけど微妙な気分だわ。」
顔を赤らめながら褒めても何も出ないぞ、とツンデレみたいなことを言う幸太。
「てか女性キラーってどういう事だよ。」
「幸太って週7で告白されてるのに全員振ってるから。女性泣かしって意味だよ。」
「なんか不名誉な称号だった!?」
ツッコミが追いつかねぇよ……と溜息をつきながら呟く幸太。
「……ここ日本じゃないんだね…」
ゴブリンという日本では、いや地球では見たことがない生物。ここは異世界なのだと自覚させられた。
「こういうのって勇者とか強い友人とかが召還されるのが普通なのに……なんでモブキャラの僕もなんだろう。いや、幸太だけにしろとか言うつもりは無いんだけど、なんで僕もなんだろう。」
巻き込まれたの?と女神は言った。なら僕はただの巻き込まれ召喚なのか?
「……ゴメンな翼。巻き込んじまったみてぇでさ。」
「幸太のせいじゃないよ。元はと言えば召喚した女神が悪いんだし。」
「だがあの時ファミレスに誘わなきゃお前は巻き込まれなかったんだ。……だからゴメン…」
しょんぼりと伏し目がちに謝る幸太。だがその謝罪を見て僕は怒りが湧いた。
「幸太。」
「ん……?」
「確かに僕は巻き込まれたのかもしれない。だけどさ、それは幸太の責任じゃないし、何より『ファミレスに行こうとしなければ巻き込まれなかった』というのは結果論だよ。もう起きてしまったことを論じても仕方が無いじゃないか。」
「けどよ……」
「あーもう。今はそんなこと話すんじゃなくてこれからどうするか話し合うべきだろう?なんでモブキャラに仕切らせてるんだよ、勇者さん?」
僕の茶化した言い方にムスッと顔を顰めると文句を言い出す。
「勇者ってなんの事だよ。」
「だって女神に召喚されて魔王倒すのって勇者の仕事だろう?」
「そうかもしれねぇが自分で勇者って言うほど痛てぇ奴じゃねぇし。」
「自分で言ってたら全力でドン引きしてるから大丈夫。」
「全然大丈夫じゃねぇじゃねぇか!?」
まずい、そろそろ笑いをこらえることが出来ない。今は必死になって表情筋は働かせ呆れた顔を装っているが内心爆笑ものだ。
「これからどうする?」
「どうするも何も……どうするの?」
予備知識も無くいきなり放り込まれた異世界。いきなりゴブリンに襲われてしまったので、外に出ることも躊躇われる。
けど出ていかないとどちらにしろ死ぬ気がする。モンスターに殺されるか餓死するかの二択かな?どっちも嫌だけどなぁ。
「遺跡探索でもするか?」
「してどうするのさ……」
「深い意味はねぇけど。」
「うん、本当に何する気なんだよ。」
「遺跡を歩いてたら、レア武器をゲット見たいなのがセオリーだろ?」
「その前にモンスターとの遭遇して戦闘になる方に1票。」
「正直お前の方がリアリストじゃねぇ?」
「ほかっておいて。」
そう、僕達はまだ一歩も動いてないのだ。
「けどここにいても仕方がねぇだろ。」
「それは分かってるけど…」
分かっているから困っているのだ。さっきの様に突然戦闘になったらどうするつもりなんだ。
そんなことを考えていると、コツコツとまた何かが歩いてくる音がした。僕は布切りばさみを逆手に構え、幸太は右腕を突き出した。一見ただの痛い集団だなこれは。
どんどん音が大きくなっていることから近づいていることが分かる。高まる緊張感に手が震えた。
柱の影から姿を現したのは人間サイズのシルエット。だが人間ではない。何故ならば耳がとても長いから。
「「エルフ!?」」
金髪でサラサラストレート、翡翠の瞳を持つ16~18ぐらいのエルフの少女だった。