「その5 床と向き合いたい」
【登場人物のおさらい】
◇ティンクル・・・所長。吸血鬼の少女。
◇ライプニ・・・近所のクリル神社でネクロマンサー修行中の人族の少女。熱帯魚初心者。
◇カトゥーチャ・・・事務所勤務の代書士。人族のデカいおっさん。
◇ラムシゲ・・・よく勝手に入って来るエルフの美少女。
◇超ちっさい少女?・・・獣人????
猫耳少女。
一言でゆーと、そうだった。
だが、アニメとかで描かれる所謂ネコミミとは少しだけ違って、人間の耳の位置から、毛並みのよいネコ科の耳(三毛)が生えている。
ちょうどエルフ族の耳にフサフサの毛が生えたような感じだ。
そして、何よりその少女は小さい。
他の二人のムッチリっ娘たちよりも遥かに小さい。
長身のラムシゲと比べると、その腰の位置よりも低いかもしれない。
しかも、後ろを少し刈り上げたようなショートカット。
おかげでとにかく幼く見える。
だが、正確な年齢は不明である。
猫系の獣人のためか、全体として、とにかく愛らしい造りをしている。
だが、よく見ると……、ぃゃ、よく見なくても、その瞳は完全にネコ科のそれであった。
昼下がりの今は、たとえ部屋の中でも瞳孔が縦に細長く絞られ、野性味溢れる肉食獣の瞳である。
こりゃ、到底可愛いなんてもんじゃないぜよ。
「森岡師匠、久し振りっちゃね~」
「うむ。苦しゅうないぞーい。」
ティンクルの挨拶に応える森岡師匠。
その声は、やけにハスキーで、かつ、幼い。
「んん?森岡師匠、いつからいたんだ!?」
カトゥーチャが驚いて机から身を乗り出す。
「夜明け前からここにいたっぺ。全ての成り行きを見守っておったっぺよー。」
「マジか!?すまん、気付かなかった。こんにちわ!」
「うむ。こんにちわ。」
何故か師匠と呼ばれるその獣人の少女は、何だか偉い人感を出していた。
“ペ”以外は。
ティン:「で、森岡師匠。今日は何用と?」
森岡:「ティンクル、熱帯魚の話するときは呼んでくれって言ったっぺ。もう忘れたか?」
ティン:「そーやったっけ?というか、朕は、森岡師匠が熱帯魚好きとゆーことすら聞いた記憶がないけん。」
カトゥ:「森岡師匠も熱帯魚飼ってるのか!」
森岡:「当たり前だっぺー。飼ってないほうが人間性を疑われるっぺ。」
ライプニ:「そーなんすか!?」
ラムシゲ:「随分な極論ね……。」
カトゥ:「へー、こりゃ凄い!ここにいる全員が熱帯魚好きとは、大した偶然だ!今日は何か良いことが起こりそうな気がするな!」
ティン:「とゆーか、ここまでくると、造物主たる至高の御方の強引な意向が丸見えっちゃね……。……。ぃゃ、何でもないけん、こっちの話♪」
森岡:「あ、ラムシゲもいたんだっぺー?メンゴメンゴ。」
ラム:「あー、私に対してはあんたもそーゆー感じなのね。微妙に予想通りだけど。」
森岡:「まー、そー言うな、下郎。」
ラム: カチン。
そんなやり取りの中、ティンクルが、新たにコンニャク菓子のビニールを破きながら、ライプニに説明する。
「そうそう、紹介するっちゃね。この猫は森岡師匠。えーと、近所のアレで……。あー、うー……。そうそう、あの、アレだ、朕のアクアリスト・ギルドのメンバーなんよ。クラスはマジック・キャスターっちゃけん、よろしくぅ!」
「ぃゃ、ギルドとかないから。それに、マジック・キャスターでもないから。超テキトーに言ってるだけだからね、あれ。」
ラムシゲが、かなり冷たいジト目でフォローする。
「グニュグニュグニュ……。で、こっちの黒いのが……、ぃゃ、白いのが……っちゃろか?」
「いや、みなまで言うな、ティンクルよ。師はここに居て全てを見守ってたっぺ。すべてを知ってるっぺ。」
森岡師匠は、ブラウンのショートカットからのぞいてる三毛色の左右の耳をちょこっと上下させながら、得意気な様子でティンクルを遮った。
合わせて、森岡師匠の赤いチェックのスカートの後ろがちょいちょい揺れている。
きっと短い尻尾のようなものか何かが、その中で動いてるんだろうぜ。
「ぃゃぃゃ、森岡師匠はさっきまでここにいなかったでしょ、マジで。」
ラムシゲが独り呟いた。
獣人のくせにノソノソと歩いて、森岡師匠は中央のテーブルの席によじ登るように座る。
うんせ、うんせ、と登ろうとするたびに、左右の耳がまたちょこっと上下する。
やっと椅子に座るも、森岡師匠の短い足は当然床に届かず、ブランコのようにぷらんぷらんしてる。
テーブルの上にちょこんと見える、原色系青色のレトロなジャージが、爬虫類のような縦長の瞳孔と相俟って、非常にシュールな絵面となっている。
正直、はす向かいに座ってるライプニとしては落ち着かない。
仕方なく、ライプニは森岡師匠に軽く会釈する。
「いーい天気だっぺー。こりゃ、良い巨岩が飛びそうだっぺよー。」
目を細めて笑った顔が思いの外プリチーで、ライプニは自分の目を疑った。
やはりあの猛獣のような瞳孔が見えなくなったからだろうか。
いずれにしても、背も耳も目も声も服も言動も、どれも何ともちぐはぐな獣人だなとスーは思う。
「森岡師匠もこれ食べり。」
ティンクルが目の覚めるようなグリーンの棒状のコンニャク菓子を、後ろから森岡師匠に無造作に投げ付けた。
どっこい、森岡師匠は後ろを振り返ることもなく、背後に回した左手(微妙に肉球あり)で当然のようにキャッチした。
ライプニは益々緊張した。
この人はやっぱり人族の身体能力を軽く超越した獣人なんだと。
スーとしては、やっぱなんかもう帰りたい……。
「で、グニュグニュグニュ……。あー、何の話やったっけか?」
ティンクルが思い出したように話し出した。
「なんか私の熱帯魚飼育がダメとかそーゆー話じゃなかったっけ?」
ラムシゲがトゲを生やした卑屈な声色で答える。
「そかそか、思い出した。ライプニに質問しとったんやね。で、ライプニ、どうよ?」
「あー、まだ続くんですね……。ぃゃ、どーって言われても……。スーは熱帯魚のこと分かんないすから、こうして教えてもらいに来てるわけで……。」
と、困り顔のライプニ。
カトゥ:「どうもこうも、ラムシゲのは大変な話だったよなー!ツイてないというか~」
ラム:「まぁ、運が悪かったのもあるかもしれないけど、私の勉強不足と経験不足なんだと思うよー。魚の性質とか特徴とか、もっとちゃんと理解しないとね。」
森岡:「コンニャクを喉に詰まらせないように。それだけだっぺ。」
ラム:「はいはい。意味分かりません。」
うんうんと頷きながらも、ティンクルが続ける。
「まぁ、多分、そのとーりなんだろが、ここで聞きたいのはそーゆーのとはちょっと違うっちゃけん。カッコ、森岡師匠の最後のコメントは置いとくとして、カッコ閉じる。」
「じゃ、どーゆーこと?」
と言って、ラムシゲが素直に分からない顔をする。
ライプニは、素直に、ラムシゲのそーゆー顔も可愛いなと思う。
「熱帯魚の細かい知識とかじゃないんよ。さっきの一連の会話の本質は何なのかってことを聞きたいっちゅーかね♪どう?ライプニ?」
ティンクルがコンニャク菓子イーティングを中断しつつ言った。
「それって、熱帯魚の知識とは関係ないってことっすか?」
ライプニがイノセンスに小首を傾げると、なんともピュアな感じがして、彼女が死霊魔術を行使するネクロマンサーなる職種であることを忘れさせてくれる。
そんなライプニの素直な反応を見て、ティンクルは早く正解を言っちゃいたそーな様子で説明を続ける。
「無関係ってことはないっちゃけど、特に一番重要な点は、熱帯魚の詳しい知識とかいらんで大丈夫。」
「ほう。ティンクル所長が言わんとしてることは分からんが、何だか禅問答みたいになってきたな!」
カトゥーチャも興味深そうに身を乗り出してきた。
【登場人物】
◇『ティンクル=リロルスター』(ティンクル/チンクル/朕)
所長。吸血鬼の少女。一人称は「朕」。エセ××弁(「~ちゃけん」とか)。黒髪ロングヘアー。棒状のコンニャク菓子(=こんにゃくゼリー)が好物で、よくグニュグニュ噛んでいる。
◇『ライプニⅡ・ケイ・スー』(ライプニ/スー)
人族の少女。事務所の近所のクリル神社でネクロマンサー修行中。一人称は「スー」。前髪パッツンプリンセスでツインテール(銀色)。ムチムチ大福系。事務所の大家さんの孫娘。熱帯魚飼育歴なし。
◇『カトゥーチャ』(カトゥ)
デカい人族のおっさん(青年!?)。事務所に勤務する代書士。バツイチ独身。痛風。一人称は「俺」。ティンクルとは熱帯魚談義仲間。
◇『ラムシゲ』(ラム)
エルフの超美少女。水色の髪のポニテ。何故か事務所に勝手によく顔を出す。一人称は「私」。好きな魚種は「モルミルス」。
◇『森岡師匠』(森岡)
ネコ科の獣人のちっさい少女。ブラウンのショートヘアーに三毛色の猫耳。猛獣だか爬虫類だかのような瞳孔。
【その他の用語】
◇『カーミラクス=ロープ街』
「代書士ティンクル=リロルスター事務所」がある街。首都「6メガシャイン・シティ」から近い都会。隠れ家的お洒落町。坂が多い。
◇『クリムゾン=キャッスル神社』(クリル神社)
ライプニがネクロマンサー修行している神社。事務所からすぐ近く。
◇『天守球』
要するに太陽。その光は「天守光」。