「その2 孤独な部屋で佇む」
ここからが本編です。
ここに言う「アクアリウム」とは、要するに、鑑賞目的で魚を水槽で飼育することを言うものとするが、まぁ、熱帯魚飼育とおんなじ意味でいいや。なお、「熱帯魚」とは、(主に)外国原産の魚及びエビやら貝やらを総称するものとし、海水魚は含まないものとする(海水魚は淡水魚とちょいと違った特殊な部分もあるため)。
――――― だってさ。
――――― と、ティンクルは言った。
チュンチュンとさえずる小鳥たちの声。
黄緑色の柔らかな芽吹き。
良い季節。
良い天気だ。
石畳の道に打ち水がされ、なんともみずみずしい清々しさがある。
分散された小さな水溜まりのそれぞれが映し出す天守球が、やけに眼にマブいぜ♪
おっと、天守球というのは、この星に昼間を作り出す空飛ぶ巨大な球体で、地球の太陽よりももう少しオレンジ色が強いものっす。
町並みは今日も優しい。
大空に巨岩飛び交う戦が今日も変わらず続いてるのが嘘みたいだぜぃ、イエイ♪
カーミラクス=ロープ街。
首都、6メガシャイン・シティから自動牛車で15分もかからないところにあるが、この都会ではちょっとした穴場である。派手ではないがちょっとした小金持ちや、オシャレな文化人、それから代々この地に暮らす人族や土着の神人やら妖精なんかが住んでいる。
“カーミラクス=ロープ”と表示された連結牛車の停留所があり、休日でいつもより少し賑わってる様子のメインストリート(といっても、荷台付き自動牛車一台ずつがギリギリすれ違えるくらいの道幅だが)からクリムゾン=キャッスル神社側に一本入った小路を下って行くと、曲がり角に一軒の民家っぽいのがある。
ここら辺の住人は、このクリムゾン=キャッスル神社のことを、皆、クリル神社と呼んでる。
歴史ある神社をスタイリッシュにリニューアルした感じのちょっと変わり種の佇まいだ。
整然とした白い石畳に、ガラス張りの本殿。
現代アートじみた獣姿の石像たち。
夜なんかに来ると、ちょっとしたデートスポット並みに幻想的な空間となる。
坂の上の立地が故、眼下に見える6メガシャイン・シティの沢山の灯りが、地上の星のようで美しいのだ。
素敵な異性と一緒に眺めたいぜ♪
伝統的な宗教施設のクセして妙にナウでヤングなルックしてるクリル神社に比して、小路を下った曲がり角にあるこの民家調の建物は、老練の景色を感じさせ、「いつの時代の建モンだよ!」と言いたくなる木造建造物だ。
周囲の擁壁でそれほど中は見えないものの、擁壁の隙間から覗き込んでみると、あるいは、背の高い者なら擁壁越しに覗き込めば、どうやら単なる民家ではなさそうだ。
「代書士 ティンクル=リロルスター事務所」と墨書きされた、古びた木製の看板が掲げられている。
木製の引き戸がある入り口は、室内に爽やかな風を通すためか、不用心に開けられている。
耳を澄ませてみると、その入り口の奥から、よく通る、歯切れの良い、少女のような声が、何やら講釈をたれてるのが聞こえてくる。
この辺の住民やら勤め人にとっては、よくあるいつものことみたいよ。
開け放たれた引き戸の入り口をくぐると、存外に狭い所内に入ることができる。
外観よりも室内が狭く感じられるのは、どうやら同じ建物内にもう一軒の店子が入っていて(入り口は別)、レトロな飲食店か何かをやってるからみたい。
何気に可愛いお洒落女子が集うみたいだから、今度、試しに行ってみたら?
結構、ハマっちゃうかも。
茶色い板張りの天井。
外界との境には「障子」と呼ばれる簡素でレトロな窓のような、戸のようなものが据え付けられている。
「障子」超しに、あるいは「障子」が開けられたスペースから差し込んでくる天守光だけが、室内を照らし出している。
床は「畳」と呼ばれる特殊な枯草製の絨毯であり、土足は厳禁だぜ。
鴨居というか、梁と言うか、頭上の木材がやけに低く、背の高い者はもちろん、普通の身長の者でも頭をぶつけかねない危険な部屋だ。
「所長」と書かれた立て札?が乗せられたデスクに腰かけて、ビロードのような美しく長い黒髪を傾け、やや上向きに天井板の染みをぼんやり眺めながら。
先程来、何やら講釈をたれてるのは、代書士ティンクル=リロルスター、その人である。
今、「人」と言ったが、厳密に言うと彼女は人族ではなく、吸血鬼である。
とはいえ、別に見た目は人族とほとんど変わりはなく、ちょっと鋭い八重歯があるん?とか思う程度である。
ただ、黒目がちの真っ黒な瞳が、見る角度によっては、突然に赤目補正前の写真の如く真紅の光を反射し、内側に秘められた仄暗い何かを感じさせてドキッとさせられる。
今日は休日でオフなのだろう。
ラフな感じのデニムのミニスカートに、暖色系のワイシャツをフワッと羽織っただけの簡単な装いで、機嫌良さそうにニヤけている。
ちょっとばかりムチムチした太ももが、かなり若く見える顔付きとの間で奇妙なハーモニーを奏で、キュートな中にも妖艶さを醸し出していて。
やばい、可愛い。
食べているのは、「コンニャク」と言われるぷにぷに、かつ、ぷるんぷるんした食材を原料とした棒状の菓子で、原色系の赤や黄色、青や緑といった、美しくも毒々しい色彩のものが何種類か机上にも置かれている。
ティンクルは、そのうちの“ソーダ味”と表示された派手な水色の一本を、何やら長い間、くにゃくにゃと噛み続けてるみたい。
長々と続くその光景に嫌気が差したのか、唯一人、同席していた人族の少女が不平を口にする。
「そんなに物を口に入れてクチャクチャしながら喋ってるなんて、所長たる人がみっともないっすよ。」
そんな非難が聞こえてか聞こえてないか、ティンクルは誰かが事務所にやってくる物音を聞きつけ、入り口の方に目線をやっていた。
「誰か来たみたいっちゃけん。ライプニ、見に行って。」
ライプニと呼ばれたその人族の少女は、本名ライプニⅡ・ケイ・スー。
何かのコスプレみたいな漆黒のスーツ?いや、ローブ?のようなものを身に纏っているが、何気に露出度が高く、マシュマロ……、いやむしろ大福のような、サラサラとした触り心地の良さそうな肩回りや腰回りが見え隠れしている。
ティンクルよりも、さらにちょっとだけムチムチ感のある我が儘ボディが、その白い肌と相俟って、大福を想起させられずにいられないのである。
喰らい付いたり、触ったりしちゃダメだぜ!
前髪ぱっつんツインテール。
首を動かす度に元気に躍動するツインテールが、天守光を鈍く反射している。
漆黒の衣類と真っ白な肌、そして、銀色の絹のような頭髪が、白・黒・白・黒……。
まるでオセロかオ●オかシマウマのようなシュールな印象を振り撒いている。
「ぃゃぃゃ、スーはここの人間じゃないっすから。お客さんもビックリしちゃうっすよ。」
と困り顔のライプニ。
スーとは、もちろん彼女自身、すなわちライプニⅡ・ケイ・スーのこと。
ティンクルは、室内を吹き抜けるそよ風を清々しく吸い込んで満足する。
「お前は朕に物を教わりに来とーけん、そんくらいよかろーもん。」
とお構い無しの様子だ。
だが、そうこうしてるうちに、そいつはズカズカとそのまま事務所に入ってきた。
【登場人物】
◇『ティンクル=リロルスター』(ティンクル/チンクル/朕)
所長。吸血鬼の少女。一人称は「朕」。エセ××弁(「~ちゃけん」とか)。黒髪ロングヘアー。棒状のコンニャク菓子(=こんにゃくゼリー)が好物で、よくグニュグニュ噛んでいる。
◇『ライプニⅡ・ケイ・スー』(ライプニ/スー)
人族の少女。事務所の近所のクリル神社でネクロマンサー修行中。一人称は「スー」。前髪パッツンプリンセスでツインテール(銀色)。ムチムチ大福系。事務所の大家さんの孫娘。熱帯魚飼育歴なし。
【その他の用語】
◇『カーミラクス=ロープ街』
「代書士ティンクル=リロルスター事務所」がある街。首都「6メガシャイン・シティ」から近い都会。隠れ家的お洒落町。坂が多い。
◇『クリムゾン=キャッスル神社』(クリル神社)
ライプニがネクロマンサー修行している神社。事務所からすぐ近く。
◇『天守球』
要するに太陽。その光は「天守光」。