「MS1 バードビーク・ヌメニウス」
今回のお話は、森岡師匠の熱帯魚巡り第1弾です。
しみぢみと楽しんでいただければと思います。
あ~、この銭湯のよーな高湿で生暖かい空気感。
しみ渡るっぺ~。
やっぱショップは落ち着くっぺよ~。
水族館のような薄暗い部屋。
水槽から漏れ出る青白い光。
たまに変な臭い。
やっぱ専門店はこーでなくっちゃいかんっぺ♪
ルンルン気分の森岡師匠が、ムチムチ系のネクロマンサーを従えて、熱帯魚ショップを闊歩する。
いや~、しっかし、すんごい湿度っすね~。
襟元が汗ばんで、貼り付くっす。
この猫系獣人さん、何でこんな楽しそーなんすかね?
全部の水槽の魚が餌に見えてたりしてそーっすね……。
リアルに喰い始めちゃったら、どーしたらいーんすか?
弁償とか、させられないっすよね……!?
「弟子よ。このショップは、師も久々でよ。まだ、駆け出しだった頃を思い出すっぺ。」
ない髭をしごくよーな態度をしながら、森岡師匠がライプニに語り掛ける。
「そーっすか。」
ぉぃぉぃ、駆け出しの頃って、あんた一体、何歳なんすか?
超若いんじゃないの?違うの?
とか思いつつ、とりあえず気のない返事をするライプニ。
「ほれ。お前もちゃんと見とけよ。飼いたい魚が見つかるかもしれんぺよ?」
――――― はぅあっ!
森岡師匠がハスキーボイスで突然叫んだ。
ただでさえ、森岡師匠の得体の知れなさに恐怖を感じてたライプニは、むちゃくちゃビビって、マンガみたいな驚きリアクションをしてしまう。
周囲の客の視線を感じ、真っ白い大福顔が真っ赤に染まる。
「バードビークだっぺ!! こんなところで、こんなレア・ポケ●ンに出会えるとは……!!」
森岡師匠の視線の先には、黒っぽい細かい砂が数cmほど敷いてあるだけの、物寂しい水槽があった。
え? なんすか?
あの水槽、何かいるんすか?
バードビーク?
鳥? 鳥がいるんすか!?
「弟子よ。お前は運がいい。師に仕えて来たことを誇りに思うがよいっぺ。」
「はぁ……。で、なんなんすか?何かあったんすか?」
痛っ!
え? 獣人に足を引っ掻かれた!?
えー!?
スーの足が、3本線のミミズ腫れになってんすけど~!
「小僧!まったく……、師は悲しいっぺよ。あの水槽をよく見れ。」
森岡師匠がちっこい手の指で水槽を指差すが、どの水槽を指してるのか、イマイチよく分からんす。
多分、さっきの水槽で間違いないと思うんすけど、魚がいるよーには見えないんすよね……。
ん? なんか真っ黒いのが隅っこにいるかも?
黒い板っきれみたいのが微妙に上下してるよーな……
森岡師匠の先導のもと、2人はその水槽の前に辿り着いた。
水槽は、床から1メートル数十センチほどの高さに置かれていたので、当然、森岡師匠は真下から見上げるばかりで、何も見えてない様子だ。
水槽には、確かにドドーンと「バードビーク・ヌメニウス」と書いたポップが付いてる。
魚の名前っすか?
聞いたことないっす。
ライプニが殺風景な水槽の中を覗き込むと、突然、隅っこの黒い板切れっぽいのが水槽の前面に泳いできた。
「スピーディーっすね……。」
ライプニの最初の感想だ。
ふと気付くと、森岡師匠が無言でライプニを見上げている。
今日も、昨日と同じ青いジャージに赤いチェックのミニスカート。
この服装は譲れないのかな?
森岡師匠は、目を細めてライプニの顔を見つめ続ける。
目を細めていると、幼い少女そのものだ。
「はいはい、分かったっすよ、森岡師匠。抱っこすればいーんすか?」
ライプニは、何考えてんだか理解不能な、猛獣の瞳孔をしたこの獣人に触れることは、可能な限り回避したかったのだが……。
長時間に渡って見つめられているにもかかわらず、それを無視し続けると、かえって何をされるか分からないとゆー恐怖があったため、やむを得ずそう提案する。
森岡師匠がそのまま表情を全く変えずにただ1回、大きく頷いたようだったので、ライプニは、覚悟を決めて森岡師匠を後ろから、その我が儘な胸に抱きかかえた。
うわ!軽っ!!!
何これ?紙か何かでできてんすか?
しかも、香ばしい肉球の香りがしてるっす……。
おっと、イカンイカンす。
ちょっとほっこり感出ちゃいそーだったっす。
コイツは猛獣、コイツは猛獣。
ライプニは自分に言い聞かせた。
「このコールタールのような無機質感が秀逸だっぺ。師は、このような生命体をベ●セルクの使徒のほかに見たことがないっぺよ。」
「う~ん……。確かに。死霊魔術で呼び出された黒い何かみたいっすね……。この長い吻?鼻?みたいのも、不気味さを強調してるっす……。」
餌を貰えるわけではないと判断したその黒い物体は、また素早く水槽の奥のほうに去って行く。
「なんつーか……、コレ、飼いたい人とかいるんすか?」
「青いな、小僧。」
そー言って、森岡師匠は、左手の肉球をそっと水槽のガラスに押し付けた。
餌でも貰えると思ったのか、再び、その黒い物体は、水槽の奥の定位置から、ササ~っと前面に移動してきた。
「うむ。よく修行されてるっぺ。」
森岡師匠は目を細めてちっさい鼻の穴を大きく開いたかと思うと、スピーっと鼻息を噴き出した。
水槽のガラスが、ごくわずかに曇って、すぐに元に戻る。
「ほかの水槽はみんな見ていくけど、さっきから、この魚を見て行く人いなくないっすか? つーか、えっ!?? これ、1匹で15万ゼニーもするんすかっ!??」
え~っ、マジで~!?
下手すっとスーのお月給に近づいてきてんすけど……。
ライプニは、驚き過ぎて思わず森岡師匠を落としそうになる。
「黙れ下郎。これぞモルミルスの一つの集大成だっぺ。あ~、コールタール飼いたいっぺ~。コールタール欲しいっぺ~。」
「あれ?モルミ……なんとかって、ラムシゲ先輩が好きなヤツじゃないっすか?」
森岡師匠がゆっくりと首だけ回転させて、ライプニを見つめる。
「良く気付いたっぺよ、弟子よ。ラムシゲは未熟だが、見所のある可愛いヤツだっぺ。」
そー言って、またまた森岡師匠は、顎の下を撫でられてる仔猫のように目を細めた。
「ラムシゲ先輩……。これのどこがいいんすかね……?」
「分からんか、青二才よ。この感情のない丸に点を描いただけのような眼。ラムシゲも同じ眼をしてるっぺよー?」
「確かに……。そーっすね……。」
「ポップコーンをついばむ鳩の眼だっぺ。こえ~っぺよ~。」
「そーっすね……。」
何となく、変にからまれてもめんどくさいので、テキトーに返事するライプニ。
そのコールタールをクッキーの型抜きで抜いてきたような魚は、無表情のまま、思い出したように水槽をくるりと一周して、またもとの定位置に戻っていった。
「これ、見てて楽しいんすかね?」
「ほほぅ。お前はラムシゲを見ていてつまらないと言うのか?」
「いや、そんなことはないっすけど……。」
それから5分間。
森岡師匠は、その後、ちっとも動かないバードビークを眺め続け、ライプニもこれに付き合わされることとなる。
もう夜も更けつつある帰り道。
白い部分だけが浮き上がったようなネクロマンサーを後ろに従えて、森岡師匠が満足気に歩いている。
「今日は良い出会いがあったっぺ。これが専門店とゆーもんだっぺよー。」
ライプニは、なんか良く分からん黒い生き物だけ見せられたよーな気分だったが、あえて口にはしなかった。
スーは、出来れば今度は1人きりで観に行きたいっす。
そんな2人をつけ狙う人影が1つ。
「バードビークは最高だけど、私が同じ目をしてるって何!? 鳩の目って何!??」
ライプニと森岡師匠を電信柱の影から見守りつつ、物言いたげな様子のラムシゲ姉さんがそこにいた。
なに?ずっと影から2人をストーキングしてたの~!?
「明日もあのお店行ってみよ~っと♪てへ♪」
素直に一緒に行きたいと言えなかったラムシゲだが、なかなかお目にかかれないモルミルスに出会えたため、呑気にそんなことを思うのであった。




