「その13 改心の位置」(3)
「よく分かったっす。それで、だいたい何cmくらいから引き取ってもらいにくい大型魚になってくるんすか?」
ライプニの質問に、引き続きティンクルが答える。
「そーっちゃね、イメージ的には全長30~40cmが境目っちゃろね。そんくらいの大きさが、ショップの水槽棚に並んでる普通の水槽でストックできるかどうかの境目になるけん。まー、ウナギみたいに超細いとかは別っちゃけど。」
「なんとなくポイントは分かったっす。買ってくる前に、ネットかなんかで調べて、引き取ってもらいにくい大型魚なのかどーかを確認しとけばいいんすね。……、でも、ほんと、なんかトレーディングカードみたいっすね、熱帯魚って。」
ライプニはぷにっとした白い顎に人差し指を立てつつ、しみぢみと言う。
「ぃゃぃゃ、やっぱり交換系・取引系のオモチャとは違うって。水合わせの点には、いささか疑問があるものの。水槽内で追いかけ回して網で掬ったり、袋詰めして運搬したり、住む環境変えたりするのが、熱帯魚にかなりのダメージやストレスを与えることは、間違いないっちゃろ。それを『熱帯魚が可哀想だから』と言うべきかは別としても、少なくとも、純粋な商品価値としても大きな劣化を招くわけだから、トレーディングカードのように年中交換だ買取りだってゆーのは、やめとくべきよ。」
「あんたも、たまには魚に優しいこと言うんだね?」
ラムシゲのツッコミに、めんどくさそーにティンクルが反応する。
「だーけん、朕は熱帯魚に優しくするつもりも、冷たくするつもりもないけん。ただ、ふわふわした、よく分からん倫理観を持ち出さんよーにしとるだけっちゃろー。だけん、胸の足りんヤツは脳みそも足りんって言われるんよ。」
「なっ!?むっちゃくちゃ強引なディスりね~!チンクル、あんただって、実際、あんまり私と変わらないじゃん。」
「ほ~、そーくるか?脳みそが足りんヤツは違いっちゅーんも分からんくなるっちゃね~。ほれ。揉んでみるか?ほ~れ?」
ティンクルが、結構下のほうまでラフにボタンがあけてあるピンク色っぽいワイシャツの胸元を、両手でラムシゲのほうに広げて見せながら、ラムシゲを挑発する。
てゆーか、ちょっと、リアルにエロっぽいからやめて~!
「あんた、私を見くびってるわね。後悔するから! ていっ!!!」
ラムシゲがティンクルに襲い掛かる。
「うわっ!ほんとに来やがった、この煩悩エルフ!!」
ティンクルは、ド派手な黄色のコンニャク菓子を片手に逃走。
あ~、ラムシゲ先輩。
揉んじゃってくらさい、チンクルさんのその中途半端なバストを。
お二人が禁断の道に踏み込んでゆく瞬間に、スーを立ち会わせてほしーっす。
ぃゃ、何なら、もう、スーの……。
スーの……。
「ちょっと、ライプニちゃん!鼻血!鼻血!」
逃走中のラムシゲが、ライプニの顔を指さして騒ぎ始める。
突然立ち止まったラムシゲの細い背中に、勢い余ってぶつかって「ぐぉっ」と跳ね返るティンクル。
ライプニは、ボケ~っとラムシゲを見つめてる。
真っ白い両頬は、少しだけ桜色に色付いていて。
まるで薄い色の桜餅のよーですね♪
「ライプニちゃん!大丈夫!?どーしたの!?」
ラムシゲが呼びかけるが、ライプニはなんかぼーっとしたままだ。
「いや、その……、スーのバストのほうが大きいから……。スーの……。スーの……」
「え~っ!??鼻血たらしながら巨乳自慢っ!?? ね、病気なの!?この子、何か重大な病気なの~!??」
「大丈夫か、弟子よ。目、醒ますっぺよー。」
森岡師匠がテーブルの上にうつ伏せに進んで来て、ライプニのコスプレちっくな胸部を、両手の短い人差し指でツンツンしている。
「はっ!?スーは一体何を……!?」
我に返ったライプニは、胸部をつついている森岡師匠から静かに離れると別の席に移動した。
「ライプニちゃん、死霊魔術のやり過ぎで、ホルスタインの悪魔かなんかに取り付かれてるんじゃないの?だいじょぶ?」
ラムシゲが、何故かライプニの額に手を当てる。
別に熱があるとかじゃないんだけど。
止まりかけていたライプニの鼻血が、再びポタポタと流れ落ちる。
ティンクルがそれをコップで受け止めている。
どーすんの、それ?
「さて、そんなわけっちゃけん。とりあえずは、ティンクル様流熱帯魚飼育術その1。理解できたっちゃろ? もういい時間だし、夕飯でも行きますかい♪ 魚っちゃね、魚。こーゆー日は、ビールと刺身に限るけん♪」
有無を言わさず、帰る準備をはじめるティンクルに、ライプニも返事する。
「なんか、飼育法なのか分からんすけど、ポイントは分かったっす。飼う魚を決めるときは、今日の話をポイントにして選ぶよーにするっすね。」
「よしよし。そーしとけ。」
ティンクルも満足気だ。
「で、どんな熱帯魚を飼いたいの?」
ラムシゲの質問に、ライプニはちょっと困り顔だ。
「う~ん……。難しいっすね。とりあえずネオンテトラとか考えてるんすけど、まだまだ飼育のポイントとか全然分からないし……」
悪かったなとゆーティンクルの視線に気付き、ライプニがわざと目線を逸らしつつ続ける。
「まずは熱帯魚のお店に行ってみようと思うっす。」
ふと、ライプニは、何かが自分の右足に纏わり付いているのに気付く。
森岡師匠、その人だ。
不気味な爬虫類の瞳と目が合い、思わず、「うわぁ~!!!」と驚くライプニ。
そんなライプニの怯えを意にも介さず、森岡師匠が言った。
「弟子よ。師が熱帯魚店に連れて行ってやるっぺ。明日、午後1時。カーミラクス=ロープの停留所に来るがよいっぺよー。」
「ぃゃ……。えー、明日は、その、普通にクリル神社でおつとめなんで、ちょっと無理っすね~……!」
スーは、こんなわけ分からん獣人とショッピングなんて無理っす。
あー、変な汗出て来たっす。
「寛大な師に出会えて良かったっぺよ、小僧。では、明日の午後6時半に集合としよう。楽しみにしとくがいいっぺよ。」
そして、森岡師匠はティンクルとともに事務所の外に出て行った。
「早え~な~、所長は。俺のほうは、あと少し書類を片付けたら追っかけるんで、二人とも。良かったら、ティンクルの夕飯、付き合ってやってな!あー見えても太っ腹だから、きっとおごってくれるぜ♪よかったな!」
カトゥーチャが、デカい図体に似合わず、せこせこと書類を作成しながら言う。
「じゃ、まー、行きますか♪ 熱帯魚の話してたら魚が食べたくなったってゆーのもどーかと思うけど……。でも、魚っていーよね。飼うのもよし、見るのもよし、食べるのもよし、健康にもよし。やっぱり、獣人より、吸血鬼より、魚よね♪」
なんのこっちゃと思いながらも、ライプニは、ラムシゲと一緒に食事に行けると思うと、なんか嬉しくなっちゃってます。
ライプニちゃん、森岡師匠との明日の約束。
忘れないよーにね~!
遠くの空が赤くなりはじめたカーミラクス=ロープ街の夕方の始まりだ。




