「その12 私の心を解放なさい」(2)
代書士ティンクル=リロルスター事務所。
そろそろ天守球も傾き始めた頃だけど、中からは熱い熱帯魚談義が漏れ聞こえてくる。
「だいたい、ショップ側だって、大量の熱帯魚を仕入れたり、売ったりしてるわけで。そーなれば必然的に『ドライ』な考え方になるわけっちゃけん。まぁ、それを『ドライ』と表現すべきかどうかは、また別としてもな。」
ティンクルはこの手の話を議論するのが好きなんだろな。
なんか楽しそうだ。
「そーだろね。熱帯魚の気持ち~とか考えてたら、『このガキ、絶対、熱帯魚の世話なんてまともにできねーよ!』って感じの客が来たら売れなくなっちゃうし、『ベタはコップで飼えます』とか言えなくなっちゃうよね。仕入れた魚の体調が悪くても、いちいち一喜一憂なんてしてらんないだろーし。」
「そーっちゃね。店員の前で、わざわざ命を軽視したり、悪ぶったりするような必要もないっちゃけど、変に謝ったり、悪いことしてるよーな気分になる必要もないけん。語弊はあるやもしれんけど、よーするに、趣味の車かバイクでもやり取りするよーな感覚くらいの心持ちでいることは、いろいろと冷静に判断するためにも重要なんじゃないっちゃろかと思うけん。」
「うーん……。私なんか、まだちょっと違和感が拭い切れないけど、否定はできないな。」
珍しく、ティンクルとラムシゲが意気投合的ムード。
ライプニはあくびを必死に我慢中。
「そー考えると、無料で手放す『引取り』よりも、『買取り』や『交換』が選択可能な状況なら、そっちのほうが良いって分かるっちゃろ?しかも、熱帯魚とかの生体って、ショップによって2~10倍くらい買取価格が違ってくることがあるけん。なるべく複数のショップから見積りとったほうがえーのよ。ショップによっては店舗まで持ち込まないと見積もってくれないところもあるけど、持って行ったのに持ち帰るってゆーのは大変っちゃろ?そのへん見透かされて安く買われちゃうことも多いけん、電話とかメールで概算でも提示してくれるところで、事前に目星をつけといたほーが賢いぞ。朕の経験じゃ、事前の見積りと実際の買取価格が大幅に変わったことは、ほとんどないけん。見せてみたら、ヒレが欠けてるとか、病気だったりとか、そーゆー明らかな問題がない限り、大体事前に聞いた価格どおりに買い取ってくれるっちゃね。オマケの知識だけど、ヘビとかヤモリとかの爬虫類になると、ショップ毎の買取価格が異なる傾向はもっと強いけん、複数のショップの見積りとるのは基本中の基本っちゃね。」
「じゃー、私もセルフィンプレコのとき、いくつかのショップで買取りの見積りとったほーがよかったかな?」
ちょっとワルノリし始めたラムシゲ。
「ぃゃぃゃ、セルフィンプレコは大きくても高い値段はつかんけん、大体、どこのショップだって同じ価格っちゃろね。一般的に、価格の安い魚の場合、引取りでも買取りでも何でも、ほとんど変わんないから、手間を考えると近場でサックリ引き取ってもらっちゃったほうが経済的っちゃけん。」
「なるほどねー。ドライだわー。」
実に情緒のない内容でも感心するラムシゲ。
なんか、らしくないよね?
「こんなふーに考えてくると、ショップで『交換』を選択できるアクアリストって強者っちゃろ?なんてったって、『引っ越しでどうしても飼えなくなっちゃったから~』が言えないけんね。これからまだまだバリバリ熱帯魚飼う気マンマンなわけっちゃけん。」
「確かに。私もそんな強者になりたいわね……。はっ!? 私ってば、完全にティンクルに毒されてる!?」
ラムシゲは、大袈裟に頭を抱えてみせる。
「毒されてるとは失礼っちゃね。冷静に物事を考えられるようになった分、感謝しー!」
むくれるティンクル。
「でも……。じゃー、私も、荒ぶるブルーダイヤモンド・ラミレジィやら拒食のディスカスやらを買い取ってもらっちゃったほうがいいってこと?」
ラムシゲが、現実的な問題に気が付き、顔を曇らせる。
「結局、そーゆーこっちゃね。しかも、ディスカスに至っては、痩せちゃったり、体調を完全に崩しちゃったりする前に、まだ十分に立て直せるうちに、なるべく早く売っちゃったほーが合理的とさえ言えるっちゃろね。まー、ラミレジィのほーは、大して高く売れないけん、引取りでも変わらんと思うけど。買った値段の10分の1以下になっちゃうことは、非常に多いっちゃけんね。」
ティンクルは容赦なく意見する。
「やっぱ、そーゆー感じかー……。」
ラムシゲは、なんか複雑な心境だ。
「ぃゃぃゃ、別に、そーしなきゃイカンっちゅーわけでもないけん。お前の飼育スペースとか、金銭的な事情とか、飼育技術とか、趣味に割ける時間とか、モチベーションとか、そーいったものを全部総合して、合理的な選択肢を考える際に、何だかフワフワした根拠不明の生命倫理っぽい思い込みを排することもあり得るんじゃね?ってことだけっちゃけん。」
「とは言っても、やっぱり随分否定的よね。あんたの言う『フワフワした根拠不明の生命倫理』ってヤツには。」
ラムシゲの指摘に、ニヤリとしてティンクルが答える。
「まーね。朕は、そのよく分からん倫理観っちゅーか、思い込みっちゅーヤツが、特にアクアリストの卵たちを中心に、結構な悲劇を生み出してると考えとーけんね。」
「ちなみに、朕は、ブリーディングに成功したシクリッドとか、よく買い取ってもらうっちゃよ。それに、稚魚とか幼魚とか買うときは、結構『5匹で500ゼニー!大セール!』とかやってることもあるけん。そこそこ大きくなったら、そのうちグレードの高い雄・雌だけ残して、他の個体はそのショップやら他のショップやらに買い取ってもらうことを最初から予定して、ある程度の数をまとめて購入する。なんてことも少なくないんよ。」
「なるほどねー。まとめて青田買いしておいて、優秀な子だけ引き抜いちゃおーってわけだ?ほんと、あんた、ドライよねー。」
ラムシゲがまたまた感心する。
「これをドライってゆーかどーかは別として、『生命倫理上、許されるのか?』なんて命題には誰も正解なんて出せんっちゃろー!って朕は思うね。魚なんて、そのまんまショップにいたほーが良かったのか、最後まで飼い続けるぞ~って気合いの入ってる誰かに買って行かれたほーがよかったのか、そこそこ大きくなるまで一時的に朕に育てられたほーがよかったのか。結局のところ、誰にも分からんけん。」
森岡師匠も、短い腕を組んでフンフン言いながら頷いている。
「それに、『引取り』や『買取り』のほかに『喰らう』という選択肢もあるっぺよ。基本的に腐敗しちゃったヤツより死にたてが美味いから、死ぬタイミングが掴めないときは美味しそーなうちに喰らい付くってゆーのが―――――」
「やっぱこの人、熱帯魚、喰うんだー。」
森岡師匠のクールなハスキーボイス談義を右から左へ聞き流しつつ、ライプニは、自らの座る椅子を森岡師匠の座る方向から、分からないよーにちょっとずつ遠ざけた。




