「その11 タラリラが足りない」(2)
「無詠唱の影魔法!?」
ラムシゲが一瞬、嫌な顔をして警戒。
瞬間、テーブルの影の一部がペコっと凹んだように見えた後、逆に、ぐにょーっと持ち上がり、細くなって、真っ黒な蔦のような形状になってラムシゲを襲う。
「ショボ。」
ティンクルの退屈そうなつぶやき。
あらら。
ラムシゲは、エルフ特有の言語か何か。
どこから声が出てるんだ?
イメージ的には、水色のポニテが揺れる頭頂部あたりから、仔犬がクンクン鳴いてる声が漏れてる感じ。
理解不能な念仏のようなものを一瞬唱えて、ラムシゲが光魔法を発動させる。
エルフは人族とかと比べて、比較的魔法や魔術に長けている。
ラムシゲも、ご多分に漏れず、魔法が得意なほうだ。
特に、自然の精霊たちの加護を受ける魔法が得意。
そーゆーと、何かスッゴイ良い人感あるよね。
固有名を「照らし出す光明=母なる風の加護=大気導く屈折」とする。
これも随分と分かりやすい名前だね。
効果は、光で闇を照らし出すんだろな。
性質は、風の精霊かなんかの加護。
理は、大気の何かに影響を与えて、周囲の光を屈折・集積させてんのかな?
「アホだが、詠唱が速い!」
ティンクルが笑いを堪えて、わざとらしく言う。
次の瞬間、一筋の閃光が真っ黒な蔦を照らし出す。
……が、その光は、すぐに蔦に吸い込まれてしまったぞ?
「あれれ?」
おっかしいな~?といった表情のラムシゲ。
既に、真っ黒い蔦に両足首から膝までを絡め取られて、動けなくなっている。
蔦は細いし、長さもそれほどでもなく、あまり凄さを感じないが、エルフの少女の動きを止めるくらいはできてるみたい。
良かったね、ライプニちゃん。
「お前、アホっちゃろ。こいつはネクロマンサーっちゃけん。しかも無詠唱なら、死霊魔術が来るに決まっとろーもん。そりゃ、光で照らし出す程度じゃどーにもならんけん。きゃははは!」
ティンクルが腹を抱えて笑う。
「ふぅ、ラムシゲさんがアレで助かったっす。」
ライプニが鼻を押さえながら立ち上がる。
目からは涙。
鼻からは鼻血。
「チンクルさん、ティッシュくださいっす。」
「ほい。」
とか言いつつ、何故か小型のスポイトを手渡そうとするティンクル。
「き~っ!!!『アレ』って何よ、『アレ』って!? クイズ形式ですか? 児●清気取りですか!?」
「誰っすか、それ?」
ティンクルの差し出すスポイトを無視して、取って来たティッシュを鼻に詰め直すライプニ。
「そーやってチビ2人で勝ったよーな気になってるんだろーけど、そこのネクロマンサー、鼻血ブーだからね! 私の百八あると言われてる策略の1つでブーさせてるからね! これ、スゴイことだからね!!?」
「うわー、小学生みたいっちゃね。」
ティンクルが残念なものを見る目で、生暖かくラムシゲを見守る。
「あ、その目、沸々とムカつくんですけど! ハゲそーになるほどムカつくんですけどー!!」
「あー、ホント、すみません。誤解なんす、本当に。スーってば、一人で考え事してて、スー自身に向かって『バカみたい』ってつぶやいちゃったんす。絶対、ラムシゲさんのことを言ったんじゃないっす、信じて欲しいっす!」
「俄かに信じ難い!これまでの胸バッシングの連続とか~!ちょいちょいレベルを超えて怒涛の攻撃だったからね。荒ぶる百裂張り手レベルだからね!」
「ホントにホントっす!信じてくださいっす、ラムシゲ先輩!」
「ん~?先輩!?……。……。あーん……、もう、仕方ないなー。もう、まずはとにかくこの蔦。なんか微妙にネットリしてるし、変にピロピロ動いてて気持ち悪いから、もう外して。」
「はい……。えー、それがその……。あー、それが『贄』にした鼻血の効果が切れれば自動的に闇に帰ってくれるんすけど、思ったよりしぶといっすね……?」
「はー!? 自分では消せないわけ!?」
「ぃゃ……、そうっすね……。はははは。」
ライプニの鼻血は、お前らが思うよりも価値が高いんよ。
既に味わった朕がゆーっちゃけん、間違いない。
みなぎるパワー!!
ティンクルは、ひとり、ほくそ笑んだ。
「殺す!あんたを今、この場で屠るぅ!!!」
「勘弁してほしいっす、ラムシゲ先輩~!」
ライプニが、得意の土下座。
ちっこく丸まったその姿は、黒白縞模様の豆大福のそれを想像させる。
マジ、美味しそう。
いろんな意味で!?
ラムシゲは、仕方なく、炎系の小規模魔法で焼き切ろうとするが、ただ足が火傷しそーになるだけで、真っ黒い蔦はビクともしない。
「あ~ん、もう! どーしてとれないの~!!!」
腕っぷし自慢のカトゥーチャも、不気味な蔦の引き千切りに挑戦するが、そもそもネットリ、ヌルヌルしてて握り難い上、意外にも丈夫で、千切るどころか引き伸ばすことさえ出来ない。
何かこう、暖簾に腕押しのような?
この世のものではないものには、この世の物理法則も通じないらしい。
「こりゃ、まいった。」
カトゥーチャもお手上げだ。
ティンクルは、相変わらず他人事のように……、ぃゃ、実際に他人事で、真っ黄色のコンニャク菓子をくにゅくにゅ噛みながら、ニヤニヤして見つめている。
性格悪いな、この吸血鬼。
そんな中、もぞもぞと森岡師匠が椅子を下り始める。
なかなか足が「畳」に届かなくて、爪先をひたすらフイフイと伸ばしている。
椅子にしがみついた後ろ姿は、そして、その身のこなしも、ちょっと刈り上げたような感じのショートカットのお子様そのものだ。
ほんとにこの人、猫系の獣人なんすか?と、違和感バリバリのライプニ。
ずるずると椅子の脚を滑り落ちながら、森岡師匠の赤いチェックのスカートの後ろの部分がピコピコ動いてる。
合わせて、短いスカートの裾もちょこんちょこんと、上がったり、下がったり……。
てゆっか、尻尾を通す穴かなんか開けときゃよくない?
誰か言ってやって。
やっとこさ着地後、ぽすぽす歩いてラムシゲの足元に来た森岡師匠が、ラムシゲの両足に巻き付いている蔦を、縦長に絞られた猛獣の瞳孔で見つめる。
「助けてくれるの?」
ラムシゲが意外そうに問う。
だが、森岡師匠は、ピロピロ動いている真っ黒い蔦の先っぽにじゃれ始めた。
え?何これ?何してんの、この獣?
楽しんでる? 楽しんでるの~!?
ラムシゲは、この時、獣人とは何なのかを知った。
ほぼ猫じゃん。




