「その11 タラリラが足りない」(1)
ライプニは、彼氏が出来たことがない。
別に、異性からモテないわけじゃない。
むしろ、平均よりもモテるほうなんじゃないかな?なんて自覚もあるほどだぜ。
でも、告白されたことはないっす。
なんか違うのかな?
いい友達にはなれるんすけど。
もちろん、誰かに告白したこともないっす。
別にだれかを好きになったりしたことがないっすから。
死霊魔術とか勉強してると、そーなっちゃうんすかね?
一緒にいたいと思う友達は沢山いるんすけど。
もちろん、スーは、別に全然焦ってたりするわけじゃないんすよ?
本当っす。
でも、珍しいものって、手にしてみたいと思わないっすか?
ちょー珍しくて、こんなの手に入れられる機会なんて二度とないかもしれない。
そーゆーふーに感じたときって、なんか、ちょー気になるって思わないっすか?
そのまんま何もしないで指をしゃぶって見てるのが、ちょー勿体ないってゆーか。
だけど、手を伸ばして掴み損ねたら、するりとどっかに行ってしまいそーでコワイってゆーか。
それなら、少しでも長い時間。
ぃゃ、たとえ今だけでも、なるべく近くで眺めてたいってゆーか。
誰か、ほかのワケわからんヤツに取られるくらいなら、いっそこの手で壊してしまったほーがいい、なんて気持ちも、ちょぴっと分かる気がするっす。
それがそのままの姿であり続けてくれるんなら、スーだって文句はゆわないっすよ。
でも、もしも、スーじゃない誰かの手で無意味に汚されたりしちゃったら、スーは……。
――――― 汚されるってなんだろ?
パッキングとかゆー、熱帯魚袋詰めの話が退屈過ぎて、ライプニは、いつの間にか、熱帯魚とまったく関係ないことを意味もなく考えてしまっていたことに気付く。
あれー? スーってば、ボーっとしてたっすね。
一体、何を考え込んでたんだっけ?
スーってば、たまにつまんないと、ついついぼーっとしちゃうんすよ。
いけない、いけない。
あー、まったくもう、バカバカ。
「あー、バカみたいっす。」
――――― なっ……!?バカっ!??
「えっ?」
ライプニが我に返って周囲を見回すと、テーブルの端っこにちょこんと腰掛けてたラムシゲが、首だけこちらに向いて、こめかみをピクピクさせていた。
「ぃゃ~、確かにコイツはバカだし、バカ以外に表現しようがないっちゃけど、『バカみたい』はないっちゃろー。それじゃ、まるでコイツが本当はバカじゃないみたいっちゃけん。そりゃ怒るよ、コイツも~。」
嬉しそーにニヤニヤして、ティンクルが言う。
ますますピクピクきてるラムシゲが、黒いオーラを纏いながら低い声で凄む。
「この根暗マンサーさん。人族の分際でバカとはどーゆーことかしら!?」
「黙れ、小僧。そのままの意味と思い知れ。謙虚にその事実を受け入れるがいいっぺよー。」
幼いハスキーボイスで、火に積極的に油を注ぐ森岡師匠。
「えっ!?なんすか!?あれ?またバストかなんかの話っすか!?」
「バストって何!?関係なくない!?? へ~?あんた、そーとー私の胸のこと、見下してるみたいね~?」
「ププププ……、ライプニ……。お前、そんな、胸のことばっか言ったらいかんちゃよ、マジで。ププ……。ほら、笑ったりしたら悪いけん……、プププ!」
「うるさい!そこのバンパイア!!!」
ラムシゲ姉さん、怒り心頭。
ライプニが何やらぼーっとしてた間、ティンクルとラムシゲは、あれやこれやとパッキング談義をして。
それから、ラムシゲのパッキング失敗談になり。
ラムシゲ曰く。
「5cmくらいで買って来たセルフィンプレコがみるみる大きくなって、そのうち30cmオーバーになっちゃって、泳ぐたびに水槽内が大混乱。こりゃダメだってことで、ちょっと遠方のショップに引き取ってもらうことになったんだけど、見よう見まねでパッキングしたら、運搬中に自動牛車の中で見事に漏水して、床が水浸しの大惨事。」
との失敗談。
ティンクルが半ば馬鹿にしながら、
「セルフィンプレコなんかは、運が悪いと固いヒレの骨とかでビニールに穴が開くときもあるけんね。なんにせよ、大型魚のパッキングは特に難しいけん。にわかアクアリストが迂闊に手を出すけん、そーゆーことになるんよ、プププ……。」
とか言った後。
たまたま、ちょいとした沈黙のタイミングで、絶妙に、ライプニが例の一言をつぶやいてしまったらしい。
「もぅ怒ったわよ、チビッ子ネクロマンサー!あんたのその胸、捻り潰す!そこを動くんじゃないぞ、小娘ー!!」
意外なほど、しなやかな動きでラムシゲが襲い掛かってきたので、ライプニは慌てて逃げる。
一瞬、頭にぶつかりそうな低い天井の梁を気にして、ラムシゲの追随の手が遅れる。
ライプニちゃん、これはラッキー♪
でも、ライプニったら、強そうなコスチューム来てるクセに、運動神経はからっきしダメ。
「きゃふん!」
という謎の感嘆詞とともに、「畳」の上に顔からコケた。
そーゆー、両手を上に上げた姿勢での転び方って、逆に難しいと思う。
すかさず飛び掛かるラムシゲ。
一方、ライプニは、「畳」に顔を埋めたまま、半泣きで、「障子」の隙間から差し込む天守光を受けたテーブルの影の中に、左手の薬指でイジュカイルネ地方(※ライプニが死霊魔術を学んでた高等寺院がある地方)に伝わるルーン文字みたいなヤツを記す。
スピードを重視した無詠唱の死霊魔術。
固有名を「巻き上がる蔦=連れ戻される黒き者=贄と誘導/連続する生命にあらず」とする。
理屈はよく分からんが……。
「巻き上がる蔦」は、この魔術の効果を分かりやすく説明する部分。
蔦のようなものが何かに巻き付くような効果がありそうな名前だな。
「連れ戻される黒き者」は、この魔術の性質を示す。
いかにも死霊魔術っぽいカテゴリーで、死界に連れ戻されるべき、あるいは、連れ戻されるであろう何者かを召喚ないし操作するなどして行われる魔術であることが推認される。
「贄と誘導」は、この魔術の理を示す。
魔術の理は、固有名の中でも一番分かりにくい部分だが、この魔術は比較的分かりやすい。
要するに、「連れ戻される黒き者」を、贄、要するに餌で誘導することにより、発動される魔術っぽいね。
ライプニが贄にしたのは、もちろん、「畳」に顔面を打った拍子に再び流れ始めた鼻血だ。
「タダでは鼻血は流さないっすよ。」
ライプニは、心の中で誇りを込めて言った。
アホだ。
最後の「連続する生命にあらず」は、固有名にない場合も多い、註釈みたいな部分。
死霊魔術の場合、生命やら魂やらその自体をこねくり回したり、生成・消滅させたりするイカツイものも少なくないが、ライプニが発動しようとしているこの魔術にはそーいったイカツイ要素がないから、安心して使いなさいね♪ってゆー感じだ。
簡単にゆーと、「連れ戻される黒き者」とかいうワケわからんヤツに軽く助力を頂戴する程度のものとゆーわけ。




