「その8 十分過ぎるほど良い感じ」
登場人物の名前、憶えていただけそうでしょうか?
ライプニとラムシゲって、なんとなく似てて分かりにくいっすよね?
ネーミング、失敗したかな~……と強く反省。
ちょっとしつこいかなと思うので、毎回、登場人物紹介とかするのは前話までで終わりにして、今回はこれまでのあらすじを簡単にまとめてみました。どうぞ♪
【あらすじ】
人族の少女ライプニは、ネクロマンサー修行のため、ここカーミラクス=ロープ街に帰って来た。新居で熱帯魚でも飼おうかと思い、あるのどかな日の昼下がり、修行先のクリル神社の近所にある「代書士 ティンクル=リロルスター事務所」を訪れる。所長を名乗る吸血鬼の少女ティンクルは、熱帯魚飼育のベテランなのだ。そこに、勤務代書士のおっさん、カトゥーチャや、何故か勝手にやってきたエルフの美少女ラムシゲ、猫系獣人の少女森岡師匠も加わって、脱線しまくりの熱帯魚談義が続いている。
「おー、これはこれは、なかなか奇抜な飼育格言だな!面白い、面白いぞ、所長!」
カトゥーチャは、型にはまらないものが好きだ。
若い頃は結構世間体を気にするほうだったとか。
今の彼からは信じられないことだが。
カトゥーチャ曰く。
――――― 恥も外聞も世間体も、あの世には持っていけない。
彼は、戦闘騎士団員時代、戦地で乱れた衣服を気にしていた瞬間に巨岩が直撃してペチャンコになった戦友を見て、これを悟ったという。
実に極論である。
「分かったか?ライプニ。まずは、買ってきた熱帯魚が死んだ場合以外の処分の仕方を覚えておかんといかんちゃけん。」
ライプニは、ティンクルの教えを素直に受け容れられない様子だ。
「えー、そこからっすか!?ほんと、これ、なんかちゃんとした飼育術なんすか!?なんかスッゲー背徳的な感じがするんすけど……?」
ラムシゲもライプニの躊躇に賛成する。
「チンクルの言うことを全部否定するつもりはないけど、流石にそれはどうかと……。」
「そうか?それは何故だ?『一度、熱帯魚を飼い始めたら、必ず最後まで飼い続けなきゃならん』なんてことは誰が決めた?そこに何か根拠があるっちゃろか? そして、チンクルって呼ぶな、ティンクルっちゃけん。血、吸うぞ。」
「師は、一度として熱帯魚を最後まで飼い続けたことなどないっぺ。死んでしまう前に売ってしまったほうが得だっぺ。死んだ熱帯魚なんて到底喰う気にならんぺよー。まぁ、状態によっては喰らうこともあるけどな。」
森岡師匠が猛獣系の瞳をパチクリさせて、真顔で言う。
「ぃゃぃゃ、流石にそれはないっちゃろー。死ぬ直前のヘロヘロの魚なんて売れないし、そもそも、よっぽどプレミアの付く魚種でもない限り、売れる値段なんてたかが知れとるし。まぁ、でも、高く売れる魚種だっておるけん、一つの合理的な対応方法とも言い得ることに間違いはないっちゃろ。」
ティンクルも相槌する。
「死んだ熱帯魚、食べたりするんすね……。」
ライプニは、ジト目で見つめながら、はす向かいに座る獣人との心の距離をますます広げた。
森岡師匠は、そんなことも気付かずに、「言ってやったぞ」といった満足気な表情で瞳を細める。
う~ん……、目を細めたこの獣人は、やっぱりイノセンスに可愛いんすよねー。
幼いハスキーボイスで下衆なことを言い放つクセに。
まぁ、いいや。
ラムシゲは、一通り考えた後、やっぱり納得いかない様子だ。
「でもやっぱり、少なくとも、『一度飼い始めたら、最後まで飼い続けてあげる』ってゆー心構えがないよーじゃ、生き物を飼う資格なんかないんじゃないのかなーって思うんだけど……。」
ティンクルは、椅子に大きく反り返って、1回大きく深呼吸をしてから、やはり、といった声色で話し始める。
「う~ん……、この話になると、ペットという趣味やペット業界全体に関する生命倫理的なものを議論することになるから、出来れば避けたいっちゃねー。何でか分かると?」
「何で?」
ラムシゲが質問で返す。
「結論が出ないけん。そんな大層な題目に結論やら正解が出せるとゆーなら、それは勘違いか神くらいっちゃろ。ましてや、魚の気持ちとか幸せとか、そんなもんまで考慮に入れ始めたら、なんのこっちゃ分からんくなるけん。そもそも、魚ってのは気持ちがあるんか?あるとして、それは吸血鬼とか人族とか、そんな者の思い及ぶところのもんなんか? 魚の気持ちやら幸福やらを語ったりしよったら、それこそ本当に勘違いか神かしかなかろーもん。」
ティンクルは、自分の考えを話すとき、妙にニヤつく癖がある。
ライプニは「多分、照れ隠しかなんかっすね」と思って見ている。
「でも……、魚にだって多少の気持ちや幸せなんてのもあるんじゃないの?」
ラムシゲが食い下がる。
「うむ。正直、魚に気持ちとかがあるのかなんて知らん。ただ、それはどーやっても朕たちには分からんし、最終的には確かめよーがないけん。よーするに、朕たちは、そんな、そもそもあんのかないんか分からんし、理解もできん、フワフワとしたもんに引っ張られてしまうと、本来の確実で現実的で必要な議論が無意味に乱されてしまう危険性がある、っちゅー点が重要なんよ。朕たちにはそれしかできない。繰り返すが、それ以上のことが出来るなんちゅーんは、勘違いか神かっちゃけん。」
「チンクルのゆーことも分からないわけじゃないんだけど、なんか納得できないんだよね。だって、汚~い水の中で飼われてたら、魚だって嫌だろうし、不幸でしょ?」
「ぃゃぃゃ、それは、魚の気持ちとか幸・不幸で議論すべきではないとゆーとんのよ。つまりだ。魚が体調を崩したり、死んじゃったり、本来の美しさを見せてくれなかったりするんでは、朕たちの熱帯魚飼育が成功とは言えんから、綺麗な水にするわけっちゃろ。ここが重要なんよ。魚のためじゃない。朕たちの熱帯魚飼育という趣味の成功のためなんよ。そして、さらにもうひとつ。チンクルって呼ぶなってゆーとっちゃろー!お前の血、今すぐ吸うけん~ッ!!!」
そう叫んだと思うと、ティンクルが思わぬ瞬発力で机越しにラムシゲに襲い掛かる。
だが、そこはエルフもなかなかの運動神経。
それを子供のような笑顔でかわすと、ラムシゲは部屋の中を逃げ回る。
ティンクルとラムシゲ。
小学生レベルの追いかけっこが続く。
ラムシゲは低い天井に警戒せざるを得ず、結構走り難そうだが。
あー、やばいっす。
可愛いっす。
ラムシゲさんの周りに、光り輝く南国のビーチの水しぶきが舞い上がってるみたいっす。
ライプニは、ティンクルとじゃれまわってるラムシゲに見惚れている。
「え?」
ラムシゲが驚く。
その瞬間、それは起こった。
あれ、スーってば、何やってんだろ?
あー、この冷たいガラス細工のような肌触りは何すか?
いい香り。
樹木と果実が合わさったような。
こんなシャンプーとか、どこで売ってるんすか?
「ほほぅ♪」
森岡師匠が、肉球のある小さな手で、これまた小さな顎をなでる。
その視線の先にあるものは、大福のごときムッチリ娘が、水色のポニーテールのエルフに抱き着いてる光景。
ムチムチのネクロマンサーは、何とも触り心地の良さそうな頬を赤らめることもなく、エルフの華奢で薄い胸の中で、母親の腕の中で眠る赤ん坊のように幸せそうに笑っている。
どうやら、ネクロマンサーが、ティンクルに追いかけられて走ってきたこのエルフに、突然抱き着いたようだ。
その勢いで、二人は「畳」と呼ばれる枯草製の絨毯の上に、ポサリと倒れ込んでしまったのである。
あれ?何これ?
何してんすか、スーは……?
ライプニが徐々に我に返り、状況把握に努める。
目の前には、それはそれはお美しい、ビックリして声も出ないラムシゲ様のお顔。
ひたすらいい香り。
やべ、スーってば、なんかやっちまったっす。
完全に無意識っす。
テヘペロ♪
ラムシゲ様は?
うひゃー、目がミッ●ーって状態、ほんとにあるんすね……?
……。
……。
神様、スーはどーしたらいいっすか?
状況が分かり始めたライプニの顔が、漫画かアニメのように、下から真っ赤に染まっていく。
「でかしたっちゃね、ライプニ!そのまま押さえてろ!」
そう叫ぶと、ティンクルが抱き合ってる二人の上に飛び掛かって来た。
「もー!!何であんた、ティンクルの味方すんのよ~っ!さっきから私に恨みでもあるわけ!?また胸の関係なの!?貧乳狩りなの!?」
ラムシゲは、自らの胴体からライプニの腕を引き離すべく、ライプニの脇腹を必死でくすぐる。
その上に乗っかって来たティンクルは、ラムシゲの美しい流線形の脇腹をコチョコチョとくすぐり始める。
「ちょ……、あんた、やめなさいよ!あっ……、そこ……!?キャハッ!?あー!!!ちょ、くすぐったいーっっっ!!!ちょ、ホント、無理、無理、もぅやめてっ!!!」
涙目で抵抗するラムシゲ。
カトゥーチャは、相変わらず爆笑している。
あー、チンクルさんの言葉がこれだけ救いになってくれたことはないっす。
ほんと、助かったっす。
一生、ついて行くっす、チンクルさん!
……。
……。
やっぱ、ラムシゲさんのほうがいいっす。
あー、ラムシゲさんのその涙、舐めたいっす。
テヘペロ♪
ライプニは、そんなことを考えながら、ラムシゲから引き離されてしまうまでのあとちょっとの時間を満喫していた。




