セルカと指輪と伝染する悪夢⑨
ここはフレイル依頼窓口。
朝焼けが空の三分の一を染める頃、僕はジト目さんに今日の依頼を聞きに来ていた。
毎日のように繰り返されている光景。しかし最近、その光景にもちょっとした変化が起こっている。
冒険者ではない人までもここを訪れるようになっているのである。来訪者の手元には一様にひらひらしたなにかが握られている。
しかし、たとえお客さんが増えたとしても、受付の仕事内容は変わらない。
ピッピピピッピッ。目の前の受付からは、小さな機械音が鳴り響いている。
「何をやってるんですか?」
「ちょっとした連絡です。……今終わりました。」
「はぁ……」
ジト目さんが、人を待たせて誰かに連絡なんて珍しい。
あっ、そっか。そういえば、近々大きなお祭りがあるらしいと聞いた覚えがある。きっとそのせいでジト目さんも忙しくなってるんだ。
ジト目さんがポケットに結晶通信をしまうタイミングを見計らい、話しかけた。
「最近、(お祭りのせいで)人多いですよね~。大変じゃないですか?」
「セルカ様(の写真)のせいですけどね」
「???」
「……そろそろ現実を見たほうがよろしいんじゃないでしょうか。」
どういうことだろうか?まあ、後でそこの人たちに直接聞けば分かるか。こんなことで、忙しいジト目さんの手を煩わせるのもなんだしね。
「そんなことより、今日の依頼お願いしますよ、い・ら・い。ああ、早く迷宮行きたいなぁ。近々大きなお祭りもあるみたいだし、依頼もいっぱい来てるんじゃないですか〜?」
「確かにたくさん依頼は来ておりますが……よろしいのですか?」
「よろしいのですか?ってそんなの聞くまでもないじゃないですか。僕の仕事なんですから」
「でも……今日は『ルチル』様との約束がある日でございますよね?」
「……その話はどこから?」
「リシア様から。『来週までお預けをくらった』とおっしゃっておられました。」
「マジっすか……言っちゃってましたか……」
「ですので、セルカ様につきましては本日は休暇ということになっております。」
「そ、そこを何とかお願いします!僕に仕事をさせてください!!」
その約束から逃げるために朝早くから来たんですから!!
「……それは無理かと。」
「無理!?無理ってどういうことですか!受付なんですからそれくらいは――」
「……先ほどリシア様に連絡させていただきましたから。」
「!?」
思わず息を呑む。
もしかして、さっきの結晶通信は……。
「リシア様に『もし、その日にセルカが来たら連絡ちょうだい』と仰せつかっておりましたので。」
「……」
終わっ……た。もう逃げられない。
「リシアに連絡された」ということはそういうことだ。あいつはこういう「面白そうなこと」を逃したりしない。
そういう意味では、ただ無策に迷宮に逃げ込もうとした自分の行動そのものが甘かったのかもしれない。
でも、今それを悔いても無駄なこと。
すぐに処刑台からの使者がやってくる。
ギギィ、と軋む音を奏でながら開かれていく出入り口の扉。
その向こうでは、不敵に笑う悪魔が僕を見つめていた。
えー、今、僕は『ルチル』へと強制連行されています。
首と、かかとが痛いです。……首根っこをつかまれたまま引きずられているので。
「あのぅーこの体勢はいろいろと痛いんだけど」
「良かったじゃない」
……だめだ、会話が通じない。
早朝から女性にズルズルと引きずられている僕。
自分の中のなにかが、ゴリゴリと削られていくのを感じる。
依頼窓口から『ルチル』までは徒歩で約十分。人一人引きずっているにも関わらず、リシアはいつもと変わらないペースで歩いていく。……この馬鹿力、もっと別のところでつかってほしいんだけどなぁ。
いろいろと不本意な形ではあるものの、きっかり十分後に『ルチル』に到着する僕とリシア。
入り口前の階段、その手すりに身を預けて所在なげにアルが立っていた。無理やり起こされたのだろう、しきりにあくびを噛み殺している。
アルはその眠たげな眼をこちらに向け――
「……」
そのまま半眼で僕を見つめてきた。
「まさかのノーコメントっ!でも逆にその無言は辛いっ!」
ともあれ、全員揃った僕たち「検証班」。
それぞれテンションに違いはあるものの、三人全員で扉に手をかけ、店内へと入っていく。
……本当のところ、僕もちょっぴり期待していたんだ。
いくら見た目が怪しくても、それでもあの指輪に関しては、僕たちが第一発見者なわけで。何ていうか、すごくわくわくするじゃないか。子供の頃「冒険者」に抱いていた純粋な憧れの一端がここにあるというか。これぞ冒険って感じがして。
多かれ少なかれ、三人とも同じ気持ちだったんだと思う。
だから――だからこんなに腹が立ったんだ。
「これ、何なのかほとんど分かんなかった(テヘッ)」
僕らの来訪を出迎えたのは、滅多に店には出てこないはずの四代目の白々しい笑顔だった。
思考がフリーズする。温かみのある木造店舗の中に居るにもかかわらず、僕らの体感温度は確実に下がっていた。
訪れる長い沈黙。耐えかねるように、まるで痙攣しているかのようにピクピクと振動する四代目の表情筋。
『(じぃーーー)』
なおも突き刺さる三つの冷たい視線。
「すいません。調子乗りました……」
その一言をきっかけに、辛うじて保たれていた均衡が崩壊した。
「えーっ!」
「僕の命はどうなるんですかっ!」
「鑑定屋の意地にかけてって言ってたのに……」
三人から一気に不満が噴出する。
僕らの落胆は深い。アルも言ってたけど、一週間あれば分かる的なことをドヤ顔で宣言しておきながらのこの現状。これは流石にどうかと思うの。
僕に至っては命の保証すら無くなったわけで。……このままじゃ、保証の無いまま、不機嫌なリシアによって「あぶないゆびわ」をはめさせられる可能性が高い。
僕はまだ生きていたいし、せめて死に方くらいは自分で選ばせてほしい。少なくとも「指輪の呪いで死亡」は遠慮したい。
「せめて命の危険が無いかだけでも分からないの?」
っ、リシア……!もしかして、表には出さなくても、心の中では僕のことを心配しててくれてたの……?
……鬼だ悪魔だ、なんて言ってごめんなさい。やっぱりリシアは天使だったよ。
「セルカが居なくなっちゃったら、誰を弄って楽しめばいいのよ!!」
う、うん……ち、ちょっと引っかかるけど、心配してくれてるだけで嬉しいよ、うん。
「ん?それなら分かってるぞ?」
『???』
どういうこと?さっき分からなかったって言ってたよね?
「ほとんど分からなかったとは言ったが、全く分からなかったとは言ってないさ」
「じゃあ教えてちょうだい。指輪について分かったことを全部ね!」
「ああ、もちろんさ。そういう契約だしね。しかしなにしろ初物の一品だ。鑑定屋として、確証が持てないことは話せないよ。それでもいいかい?」
「それでいいわ。でも、分かってることがあるなら最初から喋りなさいよ」
「あたしはあんたたちの依頼を果たせなかった。その時点で仕事としては失敗さ。それに、意地をかけてやるなんて大見得切っちまったしねぇ。まぁ、仮にも鑑定屋やってるあたしが類似品さえ見たこともない指輪さ。ちょっと舞い上がっちまったのは否定しない。ホントにすまなかった」
そう言って頭を下げる四代目。
……そっか。四代目も僕と同じ気持ちだったんだね。
でも、僕にとっては命の方が重要!早くそこのところを聞きたい!!
「で、どうなんですか?指輪。早く教えてください」
『……』
……急に否定的な視線を感じる。 なんかまずいことでも言いましたっけ?
「……まぁ、いいさ。話そうじゃないか」
『……(じろーー)』
「なんか冷たくない!?」
僕はなにもやってないのに!
「そうだねぇ、まずあの指輪にかかってるのは、加護系の付与魔術じゃなくて、状態異常付与の呪いだね。残念だけどね。でもって、何の状態異常かは不明。……不明だけど、とりあえず命に関わるようなものじゃない。これは断言できるね」
「何の状態異常かは分からないのに、命に関わらないとは断言できる。そんなことってあるのかい?」
「あるさ。命に直接関わるような状態異常の魔方陣には、必ずなんらかのセーフティがかけられてるもんさ。だけど、この指輪にはそれがない。これは鑑定屋の常識、『絶対』ってやつさ。だからそこは心配しなくていいさ。あと、一度着けたら外せない系の追加効果も無いね。ただ……」
『ただ?』
「……さっき、何の状態異常なのかは不明だと言ったが、その『不明』の度合いが高すぎるのさ。なんたって、効果も持続時間も発動条件も、何かもが分からないんだからね」
「それって……」
「もちろん、何の変哲もない普通の毒とかの可能性もある。何せ全く分かんないんだからね。でもね、あたしは……」
『あたしは?』
「……あたしは正直、全く新しい状態異常――いわば、未知の呪いなんじゃないかと思ってる」