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我らたいあたり検証班  作者: あおいしろくま
セルカと指輪と伝染する悪夢
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セルカと指輪と伝染する悪夢⑧

 目の前にあるのは、鑑定屋『ルチル』の入口。

 明るい茶色をした木製の扉には"OPEN"と書かれた札が掛けられている。

 

 生憎、今はその全体を窺い知ることはできないが、どこかログハウス的な趣のある外観は、同じ木造の建物といえど、依頼窓口とは全く違った雰囲気をまとっている。

 これも「鑑定屋」という言葉の響きが醸し出す一見さんお断り臭を払拭するのに一役買っていると言えるだろう。


 ここの店主は代々続いている鑑定屋の四代目。女だてらに傾きかけていた店の経営を立て直した敏腕店主である。今は若くして弟子に看板を譲り、気が向いた時にだけ鑑定をする楽隠居状態。

 もちろん半分引退しているとは言え、鑑定の腕前も折り紙付きだ。

 僕も冒険者になってからずっとお世話になっている。彼女が店主になって間もない頃からの付き合いだし、ちょっとなら融通も利く。これが常連ってやつなのかもしれない。……お互い変に気恥ずかしいから口に出したりはしないけど。

 

 そんなことを逃避気味に考えていた時、不意に体の右半身から感じる圧迫感。 


 ……もう一度確認しよう。ここは鑑定屋『ルチル』の入口――の半歩手前。扉からはお辞儀もできないくらいの至近距離。文字通り目と鼻の先である。

僕の前方、その視界には木の扉……というより扉の木目だけが映っている。

 

 対して、右側から感じる圧迫感の正体は黒のロングコートを羽織った女性。冒険者「黒い運命(ブラック・フェタリテ)」リシア=トリフィン。彼女は、僕たち「検証班」のメンバーでもある。

 何を隠そう、彼女こそが僕を押しつぶさんとばかりに体を押し付けてきているのである。左手で僕の背中を押さえ、彼女の肩に回された僕の右手に自身の右腕を絡ませる。

 ここだけを見れば、店の前でイチャつくバカップルそのものなんだけど……。

 よく見てほしい。注意深く見れば、この現状が全く妬みや嫉みの対象にはならないことをお分かりいただけるだろう。

 なんのことはない、彼女は抱きついているんじゃなくて、腕を極めているのである。……僕の退路を断つために。

 

 そして左側も同様にがっちりホールドされている。こちらにいるのは、数時間前に救世主から悪魔へとクラスチェンジした男アルマース。

 

 要するに、僕は二人がかりで拘束されているのである。

 

 ひょっとすると、通りすがりの人には「景気のいい社長さん豪遊の図」的な感じに見えているのかもしれない。

 でも実態は全く違う。どちらかというと、連行される囚人といった方が正しい。

 ここで、目の前の鑑定屋のことを思い浮かべて立ち止まったのも、裁判開始直前における囚人のささやかな抵抗に過ぎない。


 

 ……きっかけは新種のモンスターからドロップした一つの指輪。リシアはその怪しさ満点・詳細一切不明の一品を僕に装備させようと目論んでいた。とりあえず、一度は専門家に鑑定を依頼することになったんだけど、当然、そこには僕の運命も天秤に載せられているわけで。入るのにも心の準備というものが――


 「なに日和ってるのよっ!」


 ドンッ。ドッシャーン。

 ついにしびれを切らしたリシアによって、物理的に店の中に押し込まれた。大きな音とともに、ドアごと店内になだれ込む。


 「……い、いらっしゃいませ」


 少し遅れて、店員さんの引き気味の声が聞こえた。いやいや店員さん、思いっきり、僕の方見て引くのはやめてほしいんですが。やったのは後ろの女の人だから。悪いのはそこのリシアだからっ!


 「痛いじゃないかリシア!」


 「いつまでも入り口に突っ立ってるからよ。時間を稼ごうって魂胆が見え見えなのよ」


 「あれは心の準備に必要な時間だったんだよ!」


 「……(おろおろ)」


突然始まった言い争いに狼狽する店員さん。リシアの後ろで、処置なしとばかりに首を横に振るアル。

 ……店内は混迷の度を極めていた。


 「何やってんだい!騒がしいったらありゃしない!」


 と、そこに、店の奥から一人の女性が現れる。

 「かわいい」というより「かっこいい」と形容したほうがしっくりくる顔立ち。その前髪の一部はぴょこっとはねて軽い寝癖になっていたが、それでもかっこいいという印象は全く薄れていない。口調もそこそこキツイものであるはずなのにあまり不快感を感じない。これもカリスマの成せる業、ということだろうか。


だが、この混乱が収まるかというとそれはまた話が別だ。


「ただ指輪をはめてほしいって言ってるだけよ。いつもの訓練と似たようなものじゃない」


「『何が起こるかわかんない指輪』なんてはめられるか!!そもそもその訓練も、リシアに無理矢理やらされてるだけで、したくてしてるわけじゃないからね!?」


「だから鑑定してもらいに来てるんじゃな~い」


「……一応聞くけど、もし、指輪が死なない程度に危険なものだったら?」


「普通にはめてもらうわね」


「じゃあ、死にかけるくらいに危険だったら?」


「今後指輪と同じ状態異常かけてくるモンスターが現れないとも限らないし、耐性つけるためにも、はめてもらうことになるでしょうね」


「それ、どっちにしてもはめることになるよね」


「そうなるわね」


「だから嫌だったんだよ!!」


「まあ、即死するレベルで危険だったら流石に諦めるわよ。そうね……。セルカ、あなたにうちの家訓を贈るわ。

『死ななきゃ安い』

これは私のひいひいおじいちゃんの遺した台詞なんだけど――」


「家訓、物騒すぎるだろっ!」


「ちなみに、この台詞を残した三日後にひいひいおじいちゃんは亡くなったらしいわ」


「なんて不吉な家訓っ!そんなものを贈られても困るんだけどっ!?」


 女性が現れても二人の言い争いは止まらない。相変わらずアルは入り口で突っ立ってるし、店員さんは涙目でおろおろしている。店内のあまりの惨状に、こめかみをひくつかせていた女性がついにぶちギレた。

 女性は店の隅まで歩み寄ると、そこに立て掛けられていた木槌を手に取り、同じく床に置かれていた木箱に叩きつける。

 バッガァァァーン。ひときわ大きい衝突音が店内に響く。

 足元にまで飛び散ってきたのは、元、箱であったはずのなにか。破砕面も痛々しい木片。……さっきまでとは違う意味で、震えが止まらない。


 「あんまりうるさいと、営業妨害で店から叩き(・・)出すよ!!」


その言葉に、僕ら二人は顔を青くしてうなずいた。



「……で、用件はなんだい?あんだけ騒いでたんだ、つまらない用件だったら承知しないよ」


 足を組んで、威圧感たっぷりに問いかけてくる女性。だいたい推測ついてると思うけど、彼女が鑑定屋『ルチル』の現店主である「四代目」。


 ちなみに、僕ら二人はさっきお亡くなりになったものと同じ木箱に座らされている。……言外に、何かあったら木箱ごと吹っ飛ばすぞって言われてる気がしてならない。


 っていうか四代目ってこんなに怒りっぽかったっけ?少なくとも、突然木箱をぶっ壊すような人ではなかったと思うんだけど……。


 そして生まれた一呼吸分の静寂。

 その沈黙を悪い方に受け取ったのか、四代目は再び木槌を手に取って、握り心地を確かめるようにむすんでひらいてを繰り返している。


「こ、こここっこの指輪なんですけど……」


 ヤバい。今日の四代目はなにかがヤバい。いつもいろんな危険にさらされ続けてる僕の勘がそう告げている。

 早急に、鞄から例の指輪を取り出して四代目に献上する。


「ほう……こいつは……」


 指輪を一目見た瞬間、四代目の顔つきが変わる。


「分かるのか?」


 いつの間に店内に入っていたのか、すぐ後ろから、アルの問いかける声が聞こえる。


「……ああ分かるさ。こいつが何者なのか全く分からないってことは、ね」


「それじゃあ――」


「やっぱりセルカに実験台になってもらうしかないわねっ!」


「早合点するんじゃないよ!今すぐには分からないだけだ。……一週間だ。一週間でいい、こいつをあたしに預けてくれ!それだけあれば、こいつの正体を突き止めてやる」


「ホントに分かるの~~?」


「突き止めてやるさ。あたしの意地にかけてもね。……もし分からなかったときは、そこのバカを煮るなり焼くなり好きにしてもらって構わない」


「えっ、ちょっとまっ――」


「ええ、それでいいわ」


「代金は一週間後でいいか?」


「こっちとしては願ったりかなったりだけど……いいのかい?」


「あたしとしても、いい加減な仕事はしたくないからね」


「なら、契約成立ねっ」


 立ち上がって握手を交わす女性二人。アルも店員さんも満足げだ。

 こうして、涙目が加速する約一名をよそに、判決は第二回公判へと委ねられることとなった。

 

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